第39話 底辺配信者さんのギャルミルク
傷ついたアドチューバ―達を救うために、エモリスはついに決意した。
「じゃあ……わたし、あっちの方でミルクを絞ってきますね……」
エモリスの思いつめたような表情。
頬は赤らんでいる。
そんな顔になってしまうほど、本来なら避けたいものだということか。
わざわざこの場を離れようとするのは、人前でやるには憚られる恥ずかしい行為である証。
「……あー、ちょっと確認したいんだが……いや、させてもらいたいのでございますが、よろしいですか?」
足の痛みを忘れたのか、細髭の男が急にかしこまる。
今にも負傷した足で正座しそう。
「……ミルクというのは、その……牛から出る奴ではなく……?」
「はい。牛乳も美味しいですし栄養もありますけど、今からわたしが絞り出すのは……飲んだらすごく体が元気になると言われてるものなんです」
「……ほう、妙に元気に?」
細髭の男の瞳がギラリと光った。
『これって……』
『体のどこが元気になるんやろなあ……』
『つまり母乳』
『ママ! ママァー!!!』
『うおおおおおおおおお!』
『ばぶうううううううううううう!』
『こいつら終わってんな……』
リスナー達が大騒ぎし始めた。
『おれものみたい』
『エモやんはそういうのちゃうやろ』
『まーたBANされるのか』
『言い値で買おう』
『シェフを呼べ! この母乳を作ったのは誰だぁ!』
『きっしょやめろやめろやめろここキッズチャンネルでしょ』
『キッズチャンネルだからこそでは?授乳とかなにを騒ぐ必要が?』
エモリスはこれから自分が絞るミルクのことで細髭の男に謝る。
「その……飲み慣れない人には気持ち悪いかもしれないんですけど……効果はあるはずなので我慢してくださいね」
「お、おう……」
細髭の挙動が怪しくなってきた。
やたらソワソワ。
『気持ち悪くはないやろむしろご褒美やろ』
『↑気持ち悪』
『ええなあ!』
『きもー』
細髭の男は急に咳払いなどした。
そして、
「お前は、あー、こういうの飲ませ慣れてるのか?」
「そんなわけないでしょう! わたしだって誰かに飲ませるなんて初めてです!」
「ああ、そうなのか。初めてか、わ、悪いな」
「いえ、傷ついた人を助けるためなら……わたしがミルクを絞り出すこと、きっとわかってくれると思うから……」
「わかってくれるって、故郷の親御さんかなにかか? そうか、女の子にとって大事なものだろうからな。……いや、俺はこれまでお前のことを見誤っていた。お前は善だ。素晴らしい。これからもどんどんミルク出していってほしい」
「? よくわかりませんけど、誤解が解けたならよかったです」
『えっど』
『なんかもやもやする』
『完全に性犯罪』
『おまわりさんここです』
「あー……ところで、つかぬことをお伺いしますが……」
「はい?」
「……そのミルク……飲み方はどういう風にすればいい……?」
「? 飲み方? それってどういう? ブレンドしたりコーヒーに混ぜたりとかですか?」
「混ぜるなんてもったいないだろ! い、いや……そうじゃなくてだな。直搾りというか……直飲みというか……そういうのできるのか?」
『おい』
『プレイのオプションみたいにいうな!なんぼや!』
『ぶっこんできやがった』
『こいつとんでもないド変態やぞ』
エモリス、びっくりした顔で変な声を上げる。
「え゛!? じ、直飲みですか!? い、いやあ、それはちょっと、飲み慣れない素人には相当難しいんじゃ……」
「だだだ誰が飲み慣れない素人じゃ! どどど童貞ちゃうぞ! ままま毎日直飲みしまくりやっちゅねん!」
『急に方言なるじゃん』
『これは紛れもない素人』
『会ったときはエモリスちゃんのことを悪だ、裁くだ言ってたくせによお』
『必死過ぎ』
『こんなやつ助ける必要ねえよ』
リスナー達からの当たりが強い。ヘイトを一身に買っている様子。
ただ、エモリスはそんな細髭の訴えに心を打たれたのか、
「わ、わかりました。ああ、あなたも好きなんですね。わかります。そこまで言うなら……直飲み、してもいいですよ」
「おっほ! ほんとか! ……ぐへへ、言ってみるもんだぜ……!」
「……許してくれるなら、ですけど」
『ゆるさーん!』
『アウトー!』
『いいわけねーだろ』
吹き荒れる否定コメントの嵐。
エモリスは慌てて言い添えた。
「で、でも、まずはこっちの人達です!」
と、地面にノビている男達を指し示す。細髭の仲間達だ。
「こちらの人達の方が重傷っぽいですし、早く回復させないと……。今、急いで絞ってきますから待っててくださいね」
そう言って、エモリスは誰からも見られない岩陰へと姿を隠す。
冒険者カードも置いていった。
そのため、
『おい見せろ』
『はいしんして!やくめでしょ!』
『見えないんだけど』
『背景しか映ってない、放送事故』
『品質を確認するためにも目視は必要なことなんですが……』
『見せられないよ!』
と、怨嗟の声が溢れる。
そうして、みんながなんとなくエモリスの今の状態や姿を空想で補っていると、ようやく帰ってきた。
その手には、カップに入った白い液体が見える。
エモリスはそれをいそいそと細髭の男に渡した。
「さあ、これです」
「ほほう、これはまた結構なお点前で……」
細髭の男はしげしげとカップの中身を覗き込んだ。
感慨深げに呟く。
「……これが……今さっき出たばかりの優しさのミルク……」
「はい。これを倒れているみんなに飲ませてあげてくれますか? これできっと持ち直すはずです」
「お? ……これ、生温かい……」
「搾りたてなので」
『エモリスちゃんの搾りたて生ミルク』
『はかどるなぁ』
エモリスはもじもじして、
「あのう、いっぱい飲んで大きくなってくださいね」
『大きく?』
『なにが?』
『歪んでるやつ多すぎやろ、ここ』
「……これを俺は後で直に飲めるわけか……その行い、まさに善! 正しいことだな!」
なぜかうっきうきになった細髭の男、上機嫌で倒れている仲間達にエモリスのミルクを飲ませていく。
「ほら、さっさと飲め! 手間をかけさせるな」
フェイタルスの仲間達は一様に、ミルクを口にしてすぐに目を開けた。
「こ、これは!?」
「今の、なんだ!?」
「ほんのり甘くていい匂いがしたぞ!?」
それまで死にかけていたのが嘘のよう。
みんな、急に生気を取り戻し、がばっと立ちあがらんばかり。絶望から、希望に満ちた前向きな顔つきに代わっていた。
そんな彼等を、細髭の男がせせら笑う。
「よかったな、女子からとれるミルクが飲めて。まあ、俺はこれからそのミルクを直接、口付けて飲むわけだが。お前らは指くわえて見てろ。おい、じゃあ、出せよ」
細髭はエモリスに向かって顎で指図する。
「は、はい……」
エモリスはもじもじしながら腕を自らの背後に回した。そして、
「こちらになります、どうぞ」
背中に乗っかっていたギャルスライムを細髭の男の前に差し出す。
「……は?」
「この子のミルク、ギャルミルクになります」
「……は? は?」
「? どうかしました?」
「お前が絞り出すとか言ってたミルクって……は? このスライムの……搾り汁……?」
「あのう、それを直接飲みたいんですよね? ぷにょちゃんの素人がぷにょちゃんに直接口をつけて中身のエキスを吸い出すとかかなり難しいとは思うんですけど……ぷにょちゃんへの愛さえあれば、きっと大丈夫です! 頑張って吸ってくださいね!」
エモリスは滅多に見かけないぷにょちゃん好きの同志を遂に見つけたかのような、満面の笑みを浮かべていた。
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