第38話 底辺配信者さん、みんなの意識をある一点に集中させることに成功する
「……どうやら今回の巨大ワームはギャルぷにょちゃんを狙ってやってきたみたいですね~」
エモリスはリスナーに向けて語りかける。
「ワームにとって、美味しそうな匂いでも発してるのかもしれません。ワームにも大人気! さすが流行の発信地ギャルぷにょちゃん! かわいすぎ! キラッキラしてますもんね!」
エモリスはそれまで岩陰に隠れていたギャルスライムを抱き上げる。
ギャルスライムは嬉しそうにプルプル震え、カワイイ! と鳴いた。
そんなエモリス達の付近には残骸が転がる。
「皆さんもギャルぷにょちゃんを鑑賞するときは、巨大ワームに襲われる可能性があることを十分理解した上で冷静な対処の方、よろしくお願いしますね!」
にこやかな表情。
エモリスは可愛らしく小首を傾げるポーズで画面にキメた。
その後ろや足元は、砕け散った黒い甲殻や黄色い体液でビッシャビシャ。
さすが虫の生命力か。
まだピクピク動く肉片もあった。
『また瞬殺かよ……』
『すげー』
『ぐろ中尉』
『今回もすごい魔法戦闘だったな!』
『あれだけの巨大ワーム、危険度S以上だよなあ』
呟くコメント欄も慣れたもの。
ドラゴンほどの体躯を誇った巨大ワームも、いまや小さくまとまってしまった。これも時の流れかもしれない。
そんな諸行無常の雰囲気の中、うーんうーん、の唸り声。
「……痛ぇ……足が……」
それは積み重なった巨大ワームの残骸の方から聞こえてきた。
その残骸のてっぺんでは、いつのまにかデブ猫キララがつまらなそうな顔で欠伸などしている。まるで、こっちだ、と招くように。
「あ……。もしかしてさっきの人達、巻き込まれちゃいました!?」
エモリスが慌ててそちらに駆け寄ると、思った通り。
アドチューバ―集団フェイタルスの面々が折り重なるように倒れている。
リーダー格らしい細髭の男はワームの残骸の下敷きになり、弓使いは他の2人と同じように最早意識失っていた。
細髭が喘ぐ。
「……足が挟まって……動けん……」
「……! これは……! ……ええと、酷い怪我ですね。専門じゃないのでよくわからないですけど……」
「……頼む、この残骸をどけてくれ……こ、このままじゃ……」
「わ、わかりました。……せーのっ!」
エモリスは小山の様な残骸に手をかけると、よいしょーっとばかりに投げ飛ばした。
そのせいで、なにすんねん、とぶすったれた顔のキララが残骸のてっぺんから放り出される。
『あ』
『やること雑ぅ!?』
『ネコちゃん!?』
だが、キララはその体に似合わぬ軽やかな動きで宙返りし、見事、音もなく着地。
一方、宙に浮いたワームの残骸。
轟音と共に重々しく大地を揺らした。
『あーあ』
『……か弱い女の子……?』
『強過ぎる。物理が』
コメント欄を目にして、エモリスが頬を赤らめる。
「え、えーと、レ、レビテーション! 浮遊! 浮遊の魔法です! どんなものも軽くなってフワフワ浮いちゃう魔法ですよ!」
『そんな使い方だったっけ?』
『呪文唱える前に持ち上げてたよな』
『エモやんほどのソーサラーになると無詠唱どころか呪文詠唱前に効果が発動するっ! 知らんの?』
『すげー』
「そ、そうです! 『金食い虫さん』の言う通り、ソーサラーは、その、魔法の暴走で、呪文が勝手にかかってたりするとかしないとか……とにかく、魔法パワーです! わたし自身は非力な女の子なんですよ?」
エモリスがリスナーに向かって言い訳をかます。
「……うう……」
細髭の男は残骸を取り除かれても動ける様子ではない。
呻いて、伏したままだ。
足が折れているのかもしれない。
細髭の男はエモリスに懇願し始めた。
「な、なあ、ポーションとかくれないか……俺達はもう回復手段がないんだ。回復魔法とかかけてくれたら……お前のことは善だと認めて、狩らないでやるから……」
問われてエモリスは後ろめたいかのように目を逸らした。
「え、えー……わたしソーサラーなので回復魔法は使えないんです……いえ、他の魔法なら使えるんですけどっ!」
「ポ、ポーションは? 俺の足を治せるだけのやつがあれば、最悪俺だけでも生還して、あ、あとでこいつらを助けにきてやれる」
「……わたし、ポーション持って歩くと割っちゃうこと多いんで、その、持ってきてないです。……高いし。……それに、後から助けに来るって言っても、今気絶してる人達……な、なんかすごく具合悪そうですけど、だ、大丈夫なんですか?」
エモリスは倒れている弓使い達の様子を見て、不安げに尋ねた。
細髭の男は舌打ちする。
「……こいつらはもうだめだ。こんな奴等より、俺を助けることに集中しろよ」
「そんな……」
『こんなときこそ、配信してる利点を生かせよ』
『配信で、周囲の冒険者に救援頼めるだろ』
『倒れてる場所も画像で伝えられるしな』
「な、なるほど! すみません! 誰かこの配信を見ている方で、ここまで助けに来てくれる方、いませんかー?」
エモリスがコメントに指示されて、早速助けを求める。
と、すぐに直接通信がエモリスの冒険者カードに送られてきた。
「あ、レネさん! レネさんから早速メッセージが!」
「レネって……マスターズのレネか!? ええっ!? あんな大手のアドチューバ―が助けに来てくれるのか!?」
細髭の男は声を一段上げた。
「それが本当なら、助かる……!」
「……今すぐこっちにきてくれるそうですけど……半日くらいかかるみたいです……」
「ああ! 待つさ! それくらいなら、我慢してやるとも! これで助かった……」
「でも、それじゃ……! こっちの人達は間に合わないかも……」
喜ぶ細髭の男と対照的に、エモリスは倒れている男達を見て呟く。
細髭の男は肩を竦めたようだった。
「そいつらは間に合わない。もうだめなんだ。さっきも言ったろ。仕方ないさ。ダンジョンで生き残る実力がなかったんだから」
「そんな……」
エモリスは項垂れる。
そんなエモリスを心配するかのように、抱いていたギャルスライムが、カワ? カワ? と鳴いた。
その鳴き声を聞き。
エモリスの表情が、きゅっ、と覚悟を決めたように見えた。
「こうなったら……仕方ありません」
「そうだ、仕方のないことだ。ほっとけほっとけ」
「わたしが一肌脱ぎましょう……! ポーションはないですけど……その代わりになるものなら用意できます!」
「そんなものがあるなら、まず俺に飲ませろよ」
細髭の男の文句。そして、
「で、それはなんなんだ? 出し惜しみせず、さっさと出せ」
「……わ、わかりました。今、出してきますね。体力を……やる気や生きる気力を回復させるミルク……優しさのミルクを」
「ほう、ミルク? ポーション代わりになるそんな便利なものが……今、出す?」
細髭の男は片眉をピクリとあげ、なぜかエモリスの胸元をガン見した。
『いまなんて?』
『優しさのミルク……?』
『ミルクを出す、だと……?』
『ごくり……』
『え? なになにどういうこと?』
コメント欄も、なぜかざわついた。
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