第34話 底辺配信者さん、お別れではなく約束する

 メリッサの言葉にコメント欄が騒ぎ出す。


『え』

『今なんて』

『神官ちゃん魔王軍なの!?』

『うわヤベー』

『エモリスちゃん逃げて!その場からすぐに離れて!』

『通報しろ』

『王国に潜入してる魔王軍がその正体を知られたら……』


 エモリスは目を大きく見開いていた。


「……え? あの……メリッサさん、エモ―キンを魔王軍に誘うって、え……? どうしてエモ―キンを連れていこうと……?」

「私は仕事でここに来たと言っていただろう」


 メリッサは平然とした顔で応える。


「私の仕事は魔王軍に役立つ魔獣の探索だ。その力が魔王軍のためになるなら研究対象として捕獲し、場合によっては魔王軍の同志として受け入れる判断をする。……このスライムは、魔王軍にとって大きな力になるだろう」


 メリッサの視線がエモ―キンに向かう。

 エモ―キンは穏やかな赤に光った。


「ダンジョン内には魔王軍の威光に従う陣営がいくつもある。ゴブリンやオークの部族、殺意のリッチに率いられたアンデッド達、拷問の神に仕える信徒の集団……。感情を操作するスライムの力があれば、その者らを容易く一つに統合することができる」


『ヤベースライム』

『ダンジョンの各勢力を魔王軍としてまとめるためにこのスライムを利用しようってことか』

『おいおいダンジョンが魔王軍の支配下になったら危険度爆上がりじゃね?』

『配信とかやってらんねーじゃん!』

『アドチューバ―終了のお知らせ』

『いや、普通に人間世界そのものの危機だけど』

『とめて』

『勇者よんでこい!』


 リスナー達は物騒な話に浮足立った。

 ダンジョン内が統一され、そこでは魔物同士で争い合うことが無くなり……そして、ダンジョンから無限に魔王軍が湧き出し、王国を蹂躙しはじめる。

 それは魔王軍との戦いがずいぶん昔となった今でも、悪夢のようにリスナー達を恐れさせた。


 メリッサは続けてエモ―キンに告げている。


「そして、これはお前にとっても悪い話ではないはずだ。お前は大きな力が欲しい。魔物としての本能か、それとも誰かに……いや、その理由までは私の知ったことではないか。とにかく、魔王軍はお前の望みを叶えてやれる、お前はこのダンジョンの王となって大きな力を得られるのだから」

「エモ―キン……? どうしたの?」


 メリッサの誘いにもエモリスの問いかけにも、七色に発光するスライムは応えない。

 今、エモ―キンは光るのをやめている。

 感情の見えない状態。

 そこにメリッサが決断を迫る。


「ただ闇雲に、ダンジョン内で力を求めてお前1人で暴れ回ったとしても、それで得られるものは大きな力ではない。私と共に魔王軍の中核として、力を手に入れるのだ。魔王軍からの支援も約束できる。あとは──お前が決めることだ。私とダンジョンの王を目指すか、幼馴染と村に帰るか──」


 エモ―キンは一瞬激しく赤い光を放つ。

 それから色合いを落とし、次第に落ち着いた青へと変わっていった。

 それを見て、メリッサは口角の片方だけを上げる。


「そうか」

「そんな……エモ―キン、どうして……帰らないの?」


『スライムなんて言ったん?』

『なにいってんだかわかんねーな』

『2人しかわかってなくて草』


 エモ―キンは滑るように動き始め、メリッサの傍に立った。

 エモリスとの間に大きな距離が生まれる。


『これはあかん』

『あーあ』

『魔王軍入りすんのかよ』

『探してた幼馴染が悪落ちして魔王軍入りとか曇るなあ』


 立ち尽くすエモリス。言葉もない。

 それをじっと見ていたメリッサは、なにも言わず背を向けた。傍らのエモ―キンにだけ告げる。


「行こう。お前はもう元の村には帰らない。そう決めたんだろう? ……二度とあいつの顔を見ることはない……」


 エモ―キンは体色を黒く濁らせる。

 それはどのような感情を意味する色か。


 と、にゃーんと鋭い鳴き声が発せられ、それでエモリスははっと我を取り戻した。

 エモリスの足元には白猫キララがいて、鳴き声と前足ぺしぺしパンチでエモリスに何かを促しているかのよう。

 黙って見送るな、と。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 エモリスは目の前から去ろうとするメリッサ達に声をかけた。


「魔王軍って聞いて固まっちゃいましたよ!? びっくりしたぁ……」

「……私の正体を聞いて腰が引けたんだろ? 当然だ。いつものことだ」


 メリッサは頭だけ振り返り、突き放すような目でエモリスを見る。


「私の正体がわかれば誰もがいなくなる。お前もそうだ。だったら、最初から近寄らなければよかったものを」

「? いえ、そうじゃなくて……あのっ、次のコラボ、いつ、なにをするか決めときませんか?」

「……は?」


 メリッサは素の声で戸惑った。


「あっ、今すぐ決められないなら、あの、あとで連絡ください! 連絡先、わかります……よね?」

「……」

「え、えーと、それではリスナーさん、今日は第3回ぷにょちゃん図鑑の配信、ご視聴ありがとうございました! わたしはエモ―キンに会えて元気な姿を見られましたし……ま、まあ、一緒に村に帰れはしなかったですけど、その、今日の配信、内容よかったなって思ってて……」


 ナイフで切り取るように、メリッサがエモリスを遮った。


「こう問いかけるのは何度目だろうな? ……お前はなにを言ってるんだ?」

「え、今日みたいなのまたやりたいじゃないですか。その時は、またメリッサさんをゲストにぷにょちゃん紹介したいなって! その時はエモ―キンも一緒だと嬉しいなって」


『なんでそうなる!?』

『魔王軍やぞ!今すぐぶっ倒してでもとめろ!』

『もうこうなったら敵味方に分かれて殺し合いやろ』

『魔王軍とコラボするって……』

『まーた変なこと言いだした』


 コメント欄の一部が激し、一部が呆れる。

 呆れたのはメリッサも同じだ。


「……そんなことが許されるとでも? お前の周囲はそんなに甘くないだろ? 魔王軍と関わりがあれば、お前自身が白い目で見られる。傷つくことになる。私達とはもう二度と会わず、関わり合いを断つ方がいいとなぜわからない? いや、お前が傷つこうがどうしようが私にはどうでもいいから、別に知ったことではないんだが」

「あっ、わたしのこと心配してくれてるんですね?」

「してないが?」

「はいはい、本当に好き過ぎなんですから……」


『またはじまった』

『いつもの』

『魔王軍相手でもそれカマせるガッツよ』


 メリッサは舌打ちしそうな顔。

 それから、不機嫌そうな声を出した。


「……大体、お前は配信を続けるのか? そこになんの意味が? お前は、このスライムを見つけるために視聴者からの情報を求めて配信していたんだろ? その目的のスライムは見つかった。そして、お前の元から去る。なら、お前がアドチューバ―として配信を続け、私達とまた配信したい思う理由はなんだ?」

「え? いえ、単に楽しいから……ですけど」


 エモリスは首を傾げつつ答える。


「配信、楽しい。だからこれからもやりたいです。そのときは、好きな人と一緒にコラボしましょう? そうしたら好きな人とまた会えるんですよ? よくないですか?」

「……なにを言っているのか……」

「わたし、これからも配信続けますよ。変わりません。それはメリッサさんが魔王軍だとかエモ―キンがダンジョンの王になるとか、関係なく。だから、またいつでもゲストに……一緒に配信しましょう?」

「……警告はした。私達と一緒にいるとお前は周囲から傷つけられることになる、と。なのに、バカなのか?」

「こうやって配信をすることでエモ―キンにも再会できたし、メリッサさんとも知り合えました、それをやめるなんてもったいない……! もっと楽しいこともあるかもしれないのに」


 エモリスはメリッサに手を差し出す。


「ぷにょちゃん達を紹介して、みんなにぷにょちゃん達のヤバさかわいさをわかってもらう。ずっと布教しますよ。そうやって、わたしはいつでも配信してますから、きっとまた会いましょうね。だからここでするのはお別れじゃなくて、また会う約束なんです」


 メリッサはエモリスの手をじっと見つめ、溜め、それから吐息を吐いた。


「……約束はできない。でも……そうだな、また一緒に配信出来れば……」


 それ以上は言わず、メリッサとエモ―キンはダンジョンの奥へと消えた。

 エモリスはその背を見つめつつ、引き留めることだけはしなかった。

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