第25話 底辺配信者さん、過ちを繰り返す

 そこは影人館の地下通路。

 エモリス達は逃げたアンデッドスライムを探して探索を続けている。

 どこまでも果てしなく続く回廊。

 魔法的な仕掛けでも施されているのか、同じところを歩み続けているような気がしてくる。

 その堂々巡りが終わるきっかけは些細なことだった。


 硬いもの同士が擦れるような、ほんのわずかな音。

 神経が過敏な者にしか聞こえないだろう、そんな音がしたのだ。


「ひぇ……! 今度こそ音がしましたよね!? しましたよねぇ!?」

「音? だとしたら、音のする方へ誘われてるのかもしれないね。ちょっと様子を見て……」

「……その音というのは、あいつのことか?」


 僧衣の少女──メリッサが指し示したのは自らの背後。

 エモリス達から遅れて、廊下の端で蹲っている白猫だ。

 それも丸々と肥えた猫。


「……キララ?」


 デブ猫キララはエモリス達について来ようとせず、足を止めていた。

 壁の下をカリカリひっかいている。

 そして、一鳴き、にゃあと漏らした。


「どうしたの? なにか気になるものでも……?」


 エモリスはキララの元へ行き、よっこらしょと抱き上げた。

 すると、そこには小さな窪みがある。

 丁度つま先がはまる程度の窪み。

 その綺麗な半円形の空洞は自然に欠けてできたものではなく、最初から設えられたもののようだ。


「……お手柄だね。これ、隠し扉の開閉スイッチだよ」


 レネが窪みを見て、言う。

 そして、自らのつま先で、窪みをつついた。


 がこん。


 と、廊下の一角が開く。

 同時に閃光が周囲を満たした。


「ひぃ!? 光った!?」

「……光っただけ? ポルターガイストみたいな騒霊系の仕業……。大丈夫、ダメージを与えてくるような相手じゃないよ。こいつらは脅かしてきて、人がびっくりする様を喜ぶだけ」


 レネは自信ありげに言った。

 そうして隠し扉の奥を覗いてみれば、黒っぽい不定形の魔物が蠢いている。


「……いた。アンデッドスライムだ」

「当たりですね! いやぁ、よかった……! これでやっとここから帰れます……!」

「捕まえるまで気を抜かないことだ。これから私が封印球にこいつを封じる。それまで私に攻撃が及ばないようにしろ」


 メリッサの要請に、エモリスは頷く。

 だが、レネは頷かない。


「……オネガ……コワ……ステテ……」

「ああ、わかった……安心するんだ。私達は君の敵じゃない」


 ぶつぶつと何事か唱えているレネにはメリッサの言葉が届いていなかったようだ。

 エモリスが首を傾げる。


「……レネさん?」


 がしゃん。

 と音がして、レネが剣を鞘ごと捨てた。


「え? レネさん?」


 更にレネは纏っていた胸当てを外し、籠手を外し、鎧下に着けるアンダーコートまで外し、肌を曝け出す。


『!?』

『ええっ!?』

『みえ』

『うおおおおお!?』

『なんで!? 半裸なんで!?』


「レネさん!?」

「ほら、君達も装備を外すんだ」


 言いながら、レネはエモリスを掴み、エモリスの黄色の配信服を脱がしにかかる。


「ひゃ!? そ、そんなレネさん、いくらそういう気分になったからって急過ぎでは……っ!」

「そいつ、いつのまにか嵌められてるぞ」


 メリッサはレネとエモリスから一歩も二歩も離れた場所にしれっと退き、警告してきた。


「アンデッドスライムがなにか別の者に見えてるんだ。そして操られてる」

「えっ!? レネさん、どうしちゃったんです!? しっかりしてください!」

「君達こそしっかりしろ! 女の子が怯えているだろう?」

「……オネガイ……コワイ……ステテ……ブキ……ヨロイ……」


 アンデッドスライムがごぼごぼと、声のような鳴き真似をしていた。

 しかも、姿かたちは小さな女の子を模している。クオリティは低い。

 だが、レネには紛うことなき美少女に見えているらしい。


「こんないたいけな女の子が怖くて泣いてお願いしているんだ。私にはそれを拒めないよ」

「な、なにを言ってるんですか? ……って、これはさっきのわたしと同じ。わたしにはアンデッドぷにょちゃんがレネさんに見えてたみたいに、今のレネさんにはアンデッドぷにょちゃんが女の子に見えてるんだ……」

「善良な性格なら女の子の頼みを無下にはできない。そうやって、自分に危害が加えられないよう敵に武器を捨てさせる。そして、アンデッドスライムの貧弱な攻撃力でダメージが与えられるよう敵に防具を捨てさせる。声マネを的確に使う、実に合理的な魔物だ」


 メリッサのアンデッドスライムへの評価がさらに高まったようだった。

 それに合わせるかのように、コメント欄にも変化が現れる。


『……俺らもこのスライム、女の子に見えるなあ?』

『わかる。見える』

『そうだな、こんなかわいい子が泣いて頼むんなら脱いだ方がいい』

『エモリスちゃんも脱いであげて!』

『女の子が可哀そうだよぉ』


「え!? リスナーさん達にも幻覚の効果が……!?」

「……オネガイ……コワイ……ステテ……ブラ……パンツ……」


 棒演技みたいな音を立てるアンデッドスライム。


「そうなんだね? 怖いのなら仕方がない。脱ぐからもう怖くないよ?」

「レネさんっ! またっ! またBANされちゃうんでっ!」


『うっひょおおお!』

『ええな!』

『僕も常々ブラとパンツは怖いと思っていました』

『レネ、また裸になってるよ』

『もはや趣味では?』


「……オネガイ……コワイ……ホカノヒトモ……ステサセテ……パンツ……」

「聞こえてるよね、エモリスちゃん? この子を助けるためにはパンツを脱がないと!」

「それほんとに幻覚で言わされてます!? レネさん、わたしのことが好き過ぎてそう言ってるだけじゃ……?」


『人助けだよ!』

『脱いであげて』

『はやく』


「ちょっとレネさん!? ダメですよ、脱がそうとそんな……ダメダメダメダメ! びゃあ! そ、そんな触られたらわたし……ひんっ……!」

「私も辛いよ。でも、女の子が泣いてるから……私はもう二度と女の子に涙を流させない……!」


 くんずほぐれつ。


「……クモの女王の名において、糸のくびきにこうべを差し出せ……!」


 我関せず、とメリッサがそれまで行っていた詠唱が終わる。

 封印球が投じられた。

 途端にアンデッドスライムは封印球の中へと吸い込まれ、


「……はっ!? 私は一体なにを……!?」

「も、もう脱がさないで……そ、それからこれを着てください……」

「うわわわ、私はまた……!」


『おいいいいいいいい!』

『正気に戻っちゃったじゃねえか!』

『まだ脱げてない』

『こんなのってないよひどすぎるよ』


「……本当に、お前達はなにをやっているんだ。私がいなかったら、どうなっていただろうな?」


 メリッサがゴミを見るような目でエモリス達を見た。


『こいつ空気読めよ!』

『戦犯』

『全部脱がしてから封印するとかさぁ! ガキじゃねえんだから!』


 ちなみにこの後、エモリスのチャンネルは再びBANされた。


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