第24話 底辺配信者さん、教えてもらう

 どすん、どすん、と鈍重な足音が響き渡る。


「ひゃ……っ! な、なになに、なんですか!? これ、くる奴? くる奴?」


 エモリスのそんな言葉に従ったのか。

 ぬっ。

 と、小山の様な大きさの死体が廊下の奥から姿を現した。


「……ゾンビ……しかもデカブツゾンビだね。力はあるけど鈍重な奴だよ」

「レ、レネさん、これ、殴れますよね?」

「ゾンビだからね、物理は効くよ」

「……な、なら、大丈夫……!」


 剣を構えたレネの横で、エモリスは緊張した面持ち。拳を握り締めた。


「お前達で対処できるな? 私を煩わせるなよ」


 エモリス達の背後に控える僧衣の少女が熱の無い声で言う。

 レネの表情が硬くなった。


「君は私達のご主人様かなにかだっけ? そんな口をきかれる覚えは……」

「気を逸らしていていいのか? デカブツゾンビは一体だけじゃないようだが?」


 どすん、どすん。

 廊下の奥から次のデカブツゾンビが、さらに次のデカブツゾンビも現れる。


『いっぱい来た!』

『危険度Bランククラスだけどそれが集団だとちょっとまずいな』

『体力面に関してはボスクラスかってくらいタフだし、一撃のダメージもかなりでかい』

『数の暴力で一発でもまぐれ当たり貰ったらそれで致命傷になるぞ!』

『足遅いんだkら逃げれ』


「……殴れるなら倒せる……!」


 エモリスは物騒なことを呟いた。


『やる気じゃん』

『あれ?これキッズチャンネル……?』

『リスナーに癒しを届ける、暴力とは無縁の優良チャンネルやぞ!いい加減にしろ!』


 コメント欄を目にしたエモリス、慌てて釈明する。


「あっ! え、えーと、ちょっとゾンビさん達をナデナデしてきますね? 魔物を殴るとか、わたしのチャンネルで配信するわけないじゃないですか! ……これは暴力じゃないですから、ね?」


 ぷちり。

 エモリスは冒険者カードに触れた。


『あれ!?』

『画面が真っ暗になったが?』

『見せられないよ!?』

『これはやってんねえ』

『音声だけ?』


「い、今の内に……! とあああ!」


『ナデナデする声じゃない』

『雄叫びやん』

『こっちで画面オフにしてもレネのチャンネルで見えるんだけど……』


 レネの驚嘆の声が入る。


「さっすが……! 一撃でぺしゃんこ……」

「な、ナデナデ~! い、いい子ですねぇ~? よ~しよしよし! アラカワイイ~(棒)」

「次から次へと……! 私も負けてられない!」

「あ、あ、じ、実況するとですね? 今、レネさんもデカブツゾンビを滅茶苦茶撫でてます! 剣でナデナデ……なんていうか、なで斬りです!」


 そうしてちょっとの後、配信は回復した。

 エモリスが首を傾げている画面が映る。


「あ、あれ~? なんか魔力の通りが悪かったんでしょうか? もしかして画像映ってませんでした? 配信中、お見苦しい点がありました、すみません」


『わざとらしい』

『あの一瞬であれだけのデカブツゾンビがみんな倒されてる』

『なでなでされたか』


「片付いたか。だが、こいつらはアンデッドスライムのエサじゃない。先へ進むぞ」

「……ええ、デカブツゾンビたちは私達が倒した。で? 君はなにをしてるの? 見てるだけ?」


 僧衣の少女にレネが言い放った。

 まあまあ、クモの信徒さんのいつもの照れ隠しですよ。

 そう言おうと思って、エモリスが口を開いその時だ。

 エモリスの肌がぞわっと総毛だつ。

 ぞっとするような寒気を感じたからだ。


「ひぇ……! この感じ……!」


 壁から真っ黒な塊がすり抜けてきた。

 哄笑が響く。

 ハハハハハ……!

 塊の一部に青白い穴がいくつか開き、それが歪んだ笑みを浮かべた人の顔のようになった。


「びゃあああ出た出た出た出たあ!」

「不意打ち? でも、残念、見えてるよ!」


 へっぴり腰になったエモリスに代わり、レネが黒い塊の前に立つ。

 そして、流れるような斬撃。大きく一歩踏み出しての下から上への斬り上げ。

 剣の刃は黒い塊を両断した。

 が、


「……この手応え……! ヤバい……!」

 ハハハハハハハ……!


 両断された黒い塊は何事もなかったかのように繋がり、元に戻る。

 逆に黒い塊から伸ばされた手のような物に触れられ、レネが膝をついた。


「……く……っ!」

「やだあああ! レネさんんんん!?」


 コメント欄が流れる。


自我なき悪意の魂スペクターか!?』

『生命力吸われるぞ』

『物理効かない奴出たな』

『剣士じゃムリ』


「どどどどうしたら!? リスナーさん、どうしたらいいですか!? 指示を、こういう時こそ指示をしてください! 倒し方とか弱点とかっ! 至急有識者さん!?」


『さあ?』

『冒険者カードのFボタン押せば加速して逃げられるよ』

『あきらめる』

『お覚悟を』

『魔法使って』

『デカブツゾンビが出た時点で近くにスペクターがいるの確定だから、その場に聖水撒いとけば出現を抑えられるよ』


「……Fボタン……ウソつきぃぃ! 魔法使えないんですけど!? 今、スペクターを出させない方法教えられても後の祭りですよね!? わたしの行動と配信ラグを計算して30秒前に『ここにお化け出るからこうして倒せばいいですよ』とか指示してくれないと、わたし対応できないんですよ!? なんでそれができないんですか!?」


『無茶言うな』

『指示厨に指示するのやめて』


「……お前はなにを慌てふためいているんだ」


 僧衣の少女がエモリスに問いかけてきた。


「お前らはこういう時、私に任せればいい」


 そう言って、僧衣の少女は精神集中を終え、聖印を掲げる。


「死者よ、糸のくびきにこうべを垂れよ。怖れよ、我が神を」


 途端に、スペクターは声にならぬ悲鳴を上げ、雲散霧消した。


「ふあぁ……これが僧侶の力……あ、大丈夫ですか、レネさん!?」

「……く……ありがとう、大丈夫。大したダメージじゃないみたい」

「……役割分担ということだ」


 そう呟いた僧衣の少女に、レネは問いかける。


「なに?」

「お前らがゾンビどもを倒す。私はそれを見ている。私は刃の通じないスペクターを倒す。お前らはそれを見ている。そういうやり方でいいだろう?」

「こういう時のために、魔法を取っておいてくれたんですね」

「……あと一回使えるかどうかしか残っていないがな」


 僧衣の少女の言葉に、レネは首を振って溜息。


「……さっきは悪かったね。君は見てるだけ? とか言って……マスターズで慣れた仲間とばかり組んでたから、そういう……魔法を温存しておく感覚? ちょっと忘れてたよ。ありがとう、君のお陰で助かった」

「礼などいらない。私はただアンデッドスライムの元へ行きたいだけだ」


 エモリスは2人のやり取りを聞いていて、ふと思いついた。


「ねえ、クモの信者さん? そろそろ本当に名前を教えてくれてもいいんじゃないですか? お互い、役割分担しあう仲間なんですし」

「……くだらないな。名前なんかどうだっていいだろう。……そう、どうだっていいんだ。教えたってどうってことはない……メリッサ・シェイドウィーバーだ」


 僧衣の少女はエモリス達の方を見ず、ぼそりと呟いた。

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