第23話 底辺配信者さん、パーティを組む

 僧衣の少女は歯を食いしばる。

 お前なんか好きじゃないっていうのはクモの女神に誓って本当のことだ! と言い返したいのを必死に堪えての歯軋り。

 なにを言っても、「またまたwww」と返されるのが容易に予想されるからこその我慢だった。


「……~~っ!」


 それで6秒、アンガーマネジメントができたのか。

 僧衣の少女は、深呼吸をしてみせた。


「……もういい。お前らなどの話に付き合っている場合じゃない」


 そうして、エモリス達を無視するようにそっぽを向く。


「私にはやらなきゃならないことがある。邪魔しないでもらおう」

「クモの女神の信徒はろくなことをしないって有名だけどね。ここでなにをしようっていうわけ?」


 一方、レネは刺々しい。

 ちら、とエモリスに目をやり、


「……もしかして、エモリスちゃんを追って来た? 前回の配信でチャンピオンワイトを叩き潰すところを見て、その力を利用しようとでも考えた? ……そういう輩が出てくるんじゃないかと心配してたんだよね……安心して、エモリスちゃん。クモの女神の狙いがエモリスちゃんだとしても、私が絶対そうはさせないから」

「え、わたしですか? やっぱりわたしのことを……」

「違う」

「ああ、だから! わたしと親密になりたくて、それでここまでキララを連れてきてくれたんですね? キララ、さっき、このお姉さんに連れてきてもらったんでしょ?」


 問われてキララは腹を出しながら、にゃん、と鳴く。

 それを肯定の鳴き声と捉えて、エモリスは頭を下げた。


「わざわざ、わたしのところまで無事送り届けてくれてありがとうございます!」

「全然違う! デブ猫はたまたまで……私自身はお前なんかどうなろうが知ったことじゃなかったんだ! ああ忌々しい! またお前らの話に付き合ってしまった。私はただアンデッドスライムを……」


 と、僧衣の少女は周囲を見回し、


「……おい、アンデッドスライムはどこだ?」

「アンデッドぷにょちゃんですか? あれ? さっきまで床でプルプル震えていたのに……」


 エモリスは首を捻る。


「……冗談じゃないぞ! お前、逃がしたのか!?」

「ええ? いえ、わたしは別に……」

「なにをやってるんだ!」


 僧衣の少女は声を荒げた。


「あれを逃がしたら、またお前みたいに罠にかけられる奴が出るんだぞ。人を声マネで幻惑して殺し、そうして出た犠牲者を死霊化する。あれはそういう魔物だ。逃がしてはならない。ここで捕えないと」

「ちょっと待ちなよ。エモリスちゃんが逃がしたわけじゃないのに、なにその言い方?」

「あ、あ、いいんですよ、レネさん!」

「でも、エモリスちゃんが悪く言われるのは……」

「それだけ必死だってことは伝わりましたから」


 と、エモリスは僧衣の少女に向き直る。


「わかりました! あのぷにょちゃんを一緒に捕まえましょう……初めての共同作業ですね!」

「……なんでそういちいち気持ちの悪い言い方を……」

「共同作業、したくないんですか?」

「……いいから捕まえるために手を貸せ!」

「やっぱりしたいんですね? はいはい」


 すると、レネが剣を構えながら周囲を窺う。


「捕まえるの? 倒しちゃってよくない?」

「ダメだ!」


 僧衣の少女は鋭い声で言う。


「あれは貴重なスライムだ。特異な個体で、研究の余地がある。実際の擬態化能力や犠牲者を死霊化する生態はまだまだ知られていない。ここで捕えて、施設に収容しなければ」

「わかります!」


 エモリスが食い気味に応える。


「あんなキュートなぷにょちゃん、無闇に倒したりせず標本にしたり愛でたりしないとですもんね! 有意義に使わないと……!」

「愛でる……? どういう感情だ? ただの研究材料、サンプルにどうしてそんな感情を抱ける?」

「クモの女神信徒さんは学者とか研究者なんですね? ぷにょちゃんの新たな一面を明らかにするために日々勉強してくれて……感動しました! そのための手助けができるなんて、ぷにょちゃんを愛する者として光栄なことです。絶対、アンデッドぷにょちゃんを捕まえましょう!」

「……ああ、もう、それでいい。あれを捕まえるために手を貸してくれるなら何でも構わん」

「レネさんも、手伝ってくれますよね?」

「……クモの女神信徒に手を貸すのはちょっと心配だけど……このまま放置したら犠牲者が出るかもしれないし、それにエモリスちゃんがそう言うなら手伝わないわけにはいかないよ」

「ありがとうございます、レネさん!」

「あんなに死霊を怖がるエモリスちゃんが、頑張って館を探索するの手伝うっていうんだもの。その勇気と覚悟、私も見習わなくちゃね」

「……あ……」


 死霊たちの存在を思い出したエモリス、間の抜けた声を出した。

 それから急に萎んだみたいに身を縮こまらせ、


「……はは……い、今は1人じゃないですし……神に仕える僧侶さんなら死霊をやっつけることだってできますもんね? できますよねえ?」

「死霊を鎮めたり従える術は心得ている」

「え、へへ、やったぁ……!」

「まあ、あと1回か2回は可能だ」

「……ええ……? あと……1回……?」

「ここに来るまでに何度か使ってしまっている。だからこそ、これからアンデッドスライムを捕まえるのに手を貸せと言っている」

「……ひゃ……ひゃい……が、頑張り、ましょう……おー……」


 エモリスは腰が引けた状態で拳を振り上げた。

 こうしてエモリス達3人は即席のパーティを組む。


『前衛に剣士、後衛に僧侶とソーサラーか』

『まあまあバランスの取れたパーティにみえるよなあ』

『実際はエモリスちゃんも前衛だけど』

『物理で殴るしかできないソーサラー』


「……で、アンデッドスライムはどこ?」

「エサとなる死霊のいる場所に向かったと考えるのが妥当だろう。お前ら、私をしっかりと守れ。まあ、私1人でも館内を行くのに支障はないが、探す眼はいくつあってもいいからな」

「……偉そうじゃない……」

「レネさん。クモの信徒さんはまた照れ隠しでそういう口をきいてしまうんですよ。わたし、わかります」

「ちがう! なんにもわかってないじゃないか! 私の言動のどこが照れ隠しだ」

「……憎まれ口をきくところとか?」

「……私を守ってアンデッドスライムの居場所まで連れて行ってくれ。頼りにしている。……これでいいか!?」

「はいはい、いいですよ、いいですよぉ」


『半ギレ』

『ふくれっ面かわいい』

『この子も結構ポンコツじゃない?』

『これヤバいわ。物理無効の死霊系を唯一攻撃できる子がポンコツって。帰った方がいい』

『あーあ、死んだな』


 そんなコメント欄の懸念をよそに、エモリス達一行は館の奥へと続く扉を開けた。

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