第22話 底辺配信者さん、自分が好かれていると思い込む
「……あなたの気持ちはわかりました」
エモリスはわかったような口をきいた。
僧衣の少女は腕を組んで無言。
更に睨みつけてくるが、エモリスは気にしない。
「人を好きになる……それはとても自然なことですし、わたしもそんな風に思ってくれていたのは嬉しいです」
「……ああ? なにがだ? 私のなにがわかった?」
無視。
「でも、ですよ? 人を好きになって、その人に応えてもらいたいと思うなら……順序があると私は思うんですよね」
「なにを言っているんだかわからんが、不快なのはわかる」
「誰かを好きになったのに、その誰かにまだ名前も教えていないんですよ? これじゃあ、相手も困ってしまいます。わたしも、ね? だから、素直になって……恥ずかしがらずお名前をどうぞ! そうしたら、ぷにょちゃん達のことをいっぱい話しましょう! 楽しいですね!」
「……」
僧衣の少女は全く光のない瞳でエモリスを見ている。
『あ』
『思い込み怖』
『また勘違いしてる……』
『この子、どうしてそう思えるんだ? 好きになる要素あった?』
『エモリスはたまにおかしくなるから……』
『たまに?』
僧衣の少女の無言にエモリスは、んー……、と考え込み、
「……まだ恥ずかしいんですね? でも、そこを乗り越えないと! 好きになるっていうのは、相手のことを知りたいし、相手に自分のことを知ってほしいって思う気持ちだと思うんですよね! わたし、そういうの詳しいんです! だから、あなたの好きの第一歩として、あなたを何て呼べばいいかわたしに知らせたいって思うのが正解なんですよ?」
「……待て」
僧衣の少女は変な匂い嗅いだ猫みたいな顔をした。
「待て待て待て……お前はさっきから本当になにを言ってるんだ? 好き……? なにが? 私が……なんだと?」
エモリスはほほえましくなった。
「もう、いいんですよ? 照れてとぼけなくても」
「意味がわからんのだが!? 私が……いや、私をなんだと思ってるんだ!?」
「気持ちは伝わっています……! もちろん、それを恥ずかしがったり隠したがったりする気持ちもわかります! 好きな人に気持ちがバレてるのって焦っちゃいますよね? わたしも初恋のぷにょちゃんに、好き♡食べちゃいたい♡っていう気持ちがバレた時すっごく動揺しちゃったものです……!」
「つまり、あれか? お前は、私がお前のことを好きだ、と思っているということか?」
「見抜いているというか、気づいているというか……でも、そのことを大っぴらに指摘してあげないくらいの奥ゆかしさも持っていますよ?」
「……侮辱するな! なんという辱めだ!」
「ええ、ええ、ですから、そういう好きがバレちゃう恥ずかしさはよくわかりますよ? でも、そこから先に進まないと……」
「大体、お前、女じゃないか!」
「? それがなにか?」
「なにって……だから、私はお前のことなんか全然全くちっとも好きじゃないっ! というか、お前のどこに好きになるところがある!?」
「ふわああ、今時みかけないくらいのベタなセリフ……やりますね!」
「人の話を聞け! お前、おかしいぞ? 大丈夫か?」
「心配してくれるんですか? 優しい……」
「なんでそうなる……! 頭が痛くなる……」
僧衣の少女は頭を抱え、
「……お前は、私がお前を好きだ、なんて妄想をどうして抱くようになったんだ? 前世によっぽど悪いことでもしていたのか? 神に見放されて心細さのあまり狂ったのか? だとしたら、我が神、クモの女神を信仰するといい。心寂しき者はいつでも女神の糸に縋ってクモの元へと至ることができる。そこでは寂しき者共も全て繋がることができるのだから」
「クモのことはよくわかりませんが、見てればあなたの気持ちはわかりますよ」
「見てる……? 私のことを? さっき会ったばかりでなにを見たというんだ? 幻覚か?」
「わたし、あなたの気持ちを見抜く程度にはずっと見てましたから!」
「……お前は人を見るだけで、その心を読めるとでも言うのか? 大した能力だな。なんで世界を征服しない?」
「そんな大げさなものじゃないですよ? 例えば、あなたが私に触った後、腕組みをして自分の身を護るようにしていたのは、恥ずかしさからの防御の気持ちですよね?」
「……! いつの間に私はそんな真似をしていた……?」
言いながら、僧衣の少女はまた腕を組みそうになり、慌てて腕を身体の横にぴたりとつける。
「それから、わたしに会ってからずっと上目遣いでわたしのこと見てましたし。上目遣いってかわいいですよね? かわいさをわたしにアピールしたかったんですよね? それって、わたしのこと好きだからですよね?」
「……そういう目なのだから仕方ないだろう! 瞳と白目の部分の割合のせいで、上目遣いしてるように見えるだけだ!」
「あと声も高めで、かわいい仕草……これ、完全に好きですよね、わたしのこと」
「声もこんな声なのは身体的欠陥なだけで、私の仕草をかわいいと思うかどうかはお前の勝手な感想じゃないか!」
「今もそうですよね? 恥ずかしくて身を守りたいから、腕を組んで自分の身体を手で触っているんでしょう?」
いつの間にか無意識に腕組みをしていた僧衣の少女、腕組みを解いた。
「これは違う! 身を守りたいのは恥ずかしいからではなく恐れ……いや、私が恐れるなど……!」
「いいんですよ、誤魔化さなくても? ちゃんと見てわかってるんですから!」
「お前……解釈は間違ってるが、私のことを細かく見てたのは本当なのがムカつく……」
『強引に好きに持ってったぞ』
『なんか怖いわ』
『いつもの勘違い』
『え? レネは? 浮気じゃんこんなの』
『で、結局この子誰なのよ?』
『クモの女神の信者って邪教徒っぽいよな』
エモリス達のやり取りを見ていたリスナー達の呟きがコメント欄に流れていく。
と、そこに駆ける足音と息せき切った声が響いてきた。
「エモリスちゃん! ようやく会えた……」
短くまとめられた銀髪をした女剣士が安堵の息を漏らす。
有名アドチューバ―で今回のコラボの相手、レネだった。
「どうして君とはぐれちゃったんだろ? でも、よかったよ、なんとか合流できて。これまで影人館の中をずっと探し回ってたんだけど、アンデッドや死霊に邪魔されてこんなに時間が……」
レネの口が止まる。
その視線は、エモリスのすぐそばの人物に注がれている。
「……そっちの子は? エモリスちゃん? アンデッド……じゃあないよね?」
「ええっと、この子は……」
僧衣の少女の目が、すっ、と細められる。
「お前はレネとかいう奴だな? マスターズに所属している……。こいつと知り合いなのか?」
と、少女の指はエモリスを指す。
『あれ? なんだこれ?』
『2人バチギスじゃない?』
『修羅場』
『雰囲気悪いよ~』
「私がエモリスちゃんと知り合いだとしたら、なに?」
「この迷惑なイカレた娘から離れるな。ちゃんと見張っておけ。関わり合いになったこっちが迷惑だ」
その時、レネはなにかに気付いたようだった。
目を見開き、エモリスに鋭く呼びかける。
「エモリスちゃん、この子、クモの女神の信徒だ……!」
「あ、はい。そうみたいですね。聖印がクモみたいで……」
「クモの女神は隷従と裏切りを司る神だよ! あとコミュ障の庇護者とも言われてるけど……その信徒の口にする言葉は全て相手を裏切るための甘言! なにを言っても信用しちゃダメ! というか耳を塞いで! なにも聞かないのが一番だから!」
「……つまり、この子の言うことは全部ウソってことですよね? やっぱり……」
「エモリスちゃん、ウソを吐かれた心当たりがあるの?」
「はい。わたしのこと全然全く好きじゃないとか……やっぱり嘘だった。わかってましたけど♪」
エモリスの得意げな様子に、僧衣の少女は呻いた。
「なんでそうなる……! これはクモの女神の与えたもうた試練なのか? それは嘘じゃない! 本心だ!」
「またまた~w それもウソなんですね? わかってます、わかってますって!」
エモリスはまた、わかったような口をきいた。
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