第21話 底辺配信者さん、友達になりたい

 エモリスは目の前の異形に鳴き声をあげる。


「びゃああああああ!? レネさん!? じゃない!? どこ!? いや、誰!? ていうか、なに!? これ、どういうことですか!?」

「オンナノコノレイヲスクッテアゲテ?」


 のっぺり顔の不定形な何かがまた音を立てる。

 確かにそれはレネの声に似ていた。

 

 ……でも、全然レネさんじゃない……! わたし、なんでこれをレネさんだと思い込んで……って、あれ……?


 そう思っていたエモリスは不意に察する。


「……え!? あれ? あれぇ!? よく見たら……このぷにょぷにょ具合……? これってぷにょちゃんじゃ!?」


 エモリスの目が見開かれた。

 と、先ほどまでレネだったモノは形を失い、ドロリと崩れ落ちる。

 まるで正体を見破られて観念したかのように。

 そうしてゼリー状の一塊になってしまう。

 ぷるぷるとした弾力が目に見える震え方。


「ぷにょちゃんが……人の姿に擬態してた? これってシェイプシフトぷにょちゃんの特徴……? でも、今のこの形態はシェイプシフトぷにょちゃんとは違う……本当ならもっと半透明だし、そもそも擬態姿もクオリティ低すぎだったし……んんん? ぷにょちゃん? 君は誰?」


 それまでキャーキャー叫んでいたのに、正体がスライムだとわかると態度一変。

 エモリスは難しい顔をして首を捻り出す。


『あ、正気に戻った?』

『コメ欄見えてる?』

『え!? こっちのレネ消えた!? スライムになった!?』

『なんでこれが人に見えてたんだ俺ら……?』

『本物のレネと合流して』


 コメント欄が流れ、エモリスも今は普通にそれらを意識的に捉えることができている。


「あ、リスナーさん達、す、すみません! さっきまでなんでかコメ欄が見えてない……というか意識できない状態で……皆さんの言葉、受け取れていませんでした。今は大丈夫です! けど……これ、どういう状況でしょう? わたし、今までこのぷにょちゃんをレネさんだとばかり思い込んでました」


『俺も俺も』

『なんでやろな』

『幻覚じゃない? なんかキメてた?』


「……やっぱりこれ、変ですよね? こんなことってあります? 影人館に詳しい識者の人、なにかご存じだったらコメント欄に……」


 と、聞き慣れない声がエモリスにかけられた。


「あーあ、やっぱり気がついたか」

「……はい?」


 エモリスは声のした方向に振り向いた。

 そこには緑の髪をした僧衣の少女がいる。

 首からぶら下がっているのは禍々しい聖印。クモをモチーフとしているのだろうか?

 先程、キララがエモリスの足元に飛び込んできたときに聞こえてきた声と同じだ。


「デブ猫、お前が横やりを入れるからだぞ?」


 僧衣の少女の声に応えるように、キララがにゃーんと鳴く。


「お前が助けに入らなければ……」


 と、僧衣の少女はエモリスにその三白眼を向けた。


「……こいつが罠にかかって死霊化するところを見られたかもだったのに……!」

「罠? 死霊化? わ、わたしがですか?」

「ああ、もうくそぅ! 死霊になるところ見たかったなあ……! ちぇ、ほんと惜しかった……!」


 すごく残念そう。


「あの……なにか、このぷにょちゃんについてご存じなんですか? ていうか、わたしの身になにが起きたのか知ってたりなんかします……?」

「ああん? そんなの見りゃわかるだろ? お前、騙されてたんだよ」


 と、僧衣の少女は今や床で震えるばかりのスライムを指差し、


「そこの、声マネをするスライムにな」

「声マネ……? さっきまで流ちょうにわたしと会話してたんですよ、この子。ただの声マネだったら、わたしもレネさんだと思い込んだりしなかったのに」

「そいつは声マネだけじゃなく、精神に影響を与える力も持ってる。声マネを聞いた者に、自分が本物だと錯覚させるみたいだな。そいつから出ている強い死霊エネルギーがそうさせるんだろう」


『へー』

『ふーん、わからん』

『俺らも影響されてたのかよ』

『画面越しに。呪いのライブ配信みたい』

『マスターズのレネだとばかり……』

『俺は気付いてたけどね。言うことやることちょっと怪しかったし』

『ていうか誰? このエモリスちゃんよりスライムに詳しい子?』


 エモリスは目を輝かせていた。


「……そんなぷにょちゃん、わたし、聞いたことありません! これは新種のぷにょちゃんでは!? すごい! 新発見ですね!」

「新種ってわけじゃないけどな。こいつはアンデッドスライムだ」

「アンデッドぷにょちゃん!? ……言われてみれば、確かにこの黒ずんだ色と模様は……! けど、アンデッドぷにょちゃんは死霊をエサにするぷにょちゃんであって、人の声マネをして化けたりするようなぷにょちゃんではないはず……?」

「だからこいつはアンデッドスライムの亜種か、特異な個体か……あるいはこれは、私達にはまだ広く知られていない、アンデッドスライムの隠れた習性なのかもな。自分のエサになる死霊を作り出すために、生きた人間を騙して罠に誘い込み苦痛に満ちた死を遂げさせる……ああ、くそぅ! それがまさに目の前で見られると思ったのに……!」

「あの、さっきから罠がどうこう言ってますけど、それってどういう意味ですか?」


 エモリスの疑問。

 それに対し、僧衣の少女はこともなげに親指で指し示す。


「お前がさっきめくろうとしていたバスタブのカーテン、その奥を見てみろよ」

「はい……?」

「気をつけな」

「……うわあ!? な、なんですかこれ!? なんて深い穴……!」 

「アンデッドスライムに騙されたままのフワフワした気持ちでカーテンを開けてたら、そのまま下まで落ちてただろうな」

「……ひぇ。底には尖った杭が……」

「急所から外れて即死を免れたら、長いこと時間をかけて苦しんで死ぬタイプの罠だな。もともとこれを作った奴はいい趣味をしてる。死霊になるには恨みや苦しみが強ければ強いほどいい。このアンデッドスライムは、この場所で死んだ者は死霊になると学習して、人をおびき寄せるようになったんだろう」

「……わあああぁぁ」


 エモリスは感嘆の声を上げていた。

 僧衣の少女のスライム知識に魅せられている。


「あ、あの! あの! わたし、エモリスって言います!」

「は? 誰も名前なんか聞いてないが? なに急に?」

「あなたのお名前は!?」

「はあ? 聞いてどうする?」

「友達に! なりたいです!」

「はああああ? 初対面の奴に友達になりたいとか気持ち悪っ!」


 盛大に眉をひそめて、僧衣の少女は吐き捨てる。

 それから、その三白眼をギッとエモリスに向けた。


「チッ、詐欺か? なにが目的だよ? からかってるってわけか? 殺されたいの?」

「ひぇ、殺されたくないです! なにが目的って……ぷにょちゃんに対する深い造詣、ぷにょちゃんの知られざる生態に対して、わたしの命なんかどうでもいいという人体実験を厭わないその探究心……! さぞかし名のあるぷにょちゃん愛好家とお見受けしました! なにをそんなに荒ぶるんですか!? 鎮まりたまえください!」

「黙れ、小娘! わかってんだよ! 企んでるんだろ? 私に近付いて……何かを奪うつもりだな。ははあ? このアンデッドスライムを狙ってるってところか?」

「確かに今回の配信ではアンデッドぷにょちゃんの姿を捉えることを狙ってましたけれど……それはもう達成されたからいいんです! わたしはただ、わたしと同じぷにょちゃん愛好家と仲良くなってぷにょちゃんの話をいっぱいしたい……ただそれだけなんです!」

「……キモ」

「ええー?」

「いいか? 私はぷにょちゃんだかスライムだかの愛好家でも研究者でもない! これは……仕事だ、仕事でやってるだけだ。勘違いするな」

「……そうなんですか? ……でも、好きでもなければあんなにもぷにょちゃんの新たな生態を見たがるとは思えません! どうか本当の気持ちを明かしてください! あとお名前も!」

「う、うわっ!? 迫ってくんな!? しつこいっ!」


 にじり寄られた僧衣の少女、思わず両手でエモリスの接近を抑えた。

 手で触れられて、エモリスの胸がドキリと跳ねる。


 あれ……?

 こんなボディタッチしてくるってことは……親密さの表れのはず……!

 ギャルがよくやるって掲示板で見たし!

 しかもこの自然なソフトタッチは相当な手練れ……!

 なのに、この素っ気ない口調……これは一体……?

 身体と口が一致してない。

 言行不一致。

 つまりこれって……照れて気持ちとは裏腹なことを口にしちゃってるってことでは……!?

 この子、わたしのこと意識しちゃって恥ずかしいんだ……!

 困ったなあ……また、わたしのこと好き過ぎな子が出てきちゃった……。


 エモリスはやれやれと首を振る。

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