第20話 底辺配信者さん、気づく

「……それで、女の子の霊を助けるとかいうイベント? ですか? ……どうすればクリアできるんでしょうか?」

「普通はその霊の願いとか心残りを叶えてあげると成仏してくれるから、そういうパターンだと思うよ」


 エモリスの問いに、レネが応える。


『そのために形見の品とか大切な人形とかそういうアイテム集めるのよな』

『俺達のパーティ、前にこの館探索したけどこんな霊出なかったぞ?』

『あれ? こっちも配信中? なんかおかしいな』

『ここは慎重に』

『この部屋に手がかりあるかもだから探してみたら?』


 レネは耳に手を当てて少女霊の声を探る。


「エモリスちゃん、とにかく館の奥へ行こう。あの子の声を追えば……きっともっと話してくれる」

「え、ええ……嫌だけどいいでしょう……そ、その代わり、急に声出してびっくりさせるのは無しですからねっ!? 聞いてますぅ? 幽霊さん? 発言する時は手を挙げてからにしてください?」


『それも怖くね?』

『あーあ、慎重にって言ってんのに先に進んじゃうのか』

『また言うこと聞かないな。コメ欄見てないのかよ』

『指示厨うざ』


 エモリス達は少女霊の声を求め、次の部屋に続く扉へと向かった。


「はぁぁやだぁぁ……ダメですよ、ダメですからね? そこ、いたらダメですよ、わかってます? もし開けてそこにいたら、もう止めますから。そこのところわかってもらわないと、わたし一生ドア開けませんけど、オッケー?」


 しつこく念押しして、エモリスは扉に手をかける。

 と、扉の方から勝手に開いた。


「ひゃああいっ! 自動ドア!? なんでっ!?」


 扉の先はバスルームのようだ。


「どういう間取り!? なんで自動ドアつきのバスルーム!? お風呂入ってるときに自動ドアがパカパカ開いたら落ち着かないでしょう!? どういう建築思想なんですか!?」

「いや、待って、エモリスちゃん。あの子の声……聞こえない?」

「ええ?」


 レネの言う通り、囁くような声がする。


「……コワイヨ……」

「ひゃ……っ」

「バスタブの……カーテンの奥から聞こえない?」


 バスルームに備え付けのバスタブ。

 そこは今、ぼろ切れのようになった浴室カーテンで遮られている。

 バスタブの中になにがあるかは見ることができない。


「……タスケテ……」

「……あの子、そこにいるのかも」

「えええええええ? いる? いるぅ?」

「エモリスちゃん、カーテンめくってみたら?」

「嫌ですけど!? なんでわざわざ怖いもの見なきゃいけないんです?」

「なにかヒントがあるかもしれないよ? 彼女が助けを求めている理由がわかるなにかがあるかも」

「絶対怖い奴ですよねえ!? カーテンの奥……見たらいけないものがあるんですよねえ!? 精神ダメージ貰って気絶しちゃうような奴なんじゃないですか?」

「それってなに?」

「え、あの……し、死体とか……惨殺の後、とか……」

「だったらなおのこと、カーテンを開けて祈りを捧げるとか供養してあげないと。この子が求めている助けってそういうことじゃない?」

「……ママ……コワイヨ……」

「そ、そうなんです、か……?」


 エモリスは少女霊の囁きに問いかける。


「……見つけてほしいんですか?」

「……タスケテ……」

「……わ、わかりました……っ」


 エモリスは震えながらも、そう言い切った。

 バスタブに近付き、カーテンの端をぐっと掴む。


 レネが励ますように囁いた。


「さあ、カーテンをめくって」

「やだぁもう……こ、怖がらせるの、ほんとに絶対無しですからね! せ、せーのでいきます……せーのっ!」


 にゃーん!


 獣の鋭い叫び声と共に、なにかが後方からエモリスの足元に飛び込んできた。


「びゃあああああああ!」


 まったく予想だにしていなかった角度からの衝撃に、エモリスは腰を抜かしてへたり込む。


「ちぇっ、やめとけ、デブ猫。もう少しだったのに」


 誰かの、熱の無い声もした。


「あーあ。……そのデブ猫に感謝しとくんだな」

「ひゃ、ネコ? ネコ……キララ!? な、なんだ、脅かさないでよ……」


 エモリスは足元で身体をすりよせているキララを見て安堵の息を漏らし、それから息を呑んだ。


 ……あれ?

 え? キララ? あれ?

 そういえば今までキララいなかったの?

 いつから?

 なんで気付かなかったんだろう?

 わたし達2人だけで館の中に入って……キララのこと放っておいて忘れてた……。

 なにかおかしい?


 エモリスはふとリスナーからのコメントに目をやった。


『おーい!』

『コメント欄見えてないんじゃ?』

『なんかおかしいって』

『マジだ。今あっち見てきた』

『え? じゃあ、あれ、なに?』

『コメント見ろ!』

『これヤバくね?』

『エモやん、コメ欄見ろ! 見ろって!』


 なんだろうこれ。

 そういえばコメント欄にもまったく気づかなかった。

 というか、リスナーからのコメントがあるってこと自体、意識の外に行っちゃってた。

 いつから……?

 まるで夢の中にいるみたいに……夢の中だと自分が夢を見てるなんて全然意識できないみたいに……。


『エモリスちゃん!? 今、レネの配信見てきた!』

『レネ、さっきからエモリスちゃんのこと探してるよ!』

『鳩禁止』

『誰かエモやんに教えてやれよ! 通話も聞こえてねえの!?』


 え?

 わたしならレネさんのすぐそばにいるよ?

 え? あれ?

 いや、違う。

 わたしの隣のこれ、なんだ……?


 エモリスは振り向いて隣を見た。

 そこにあったのは目と口が真っ黒な穴になっている、レネとは似ても似つかないのっぺりとした顔。


「……タスケテ……」


 そこにある真っ黒な穴からそんな音が聞こえてきた。


「ドウシタノ、エモリスチャン? ハヤクカーテンヲメクッテ?」


 そんな音もした。

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