第19話 底辺配信者さん、うるさい。あと少女の声を聞く。
死霊の巣食う館「影人館」の前に立つ2人と1匹。
その内の一番挙動不審な者が口火を切った。
「……そ、それじゃ早速、館の中のどこかにいるアンデッドぷにょちゃんを探しに行きたいと思います……ああん、やだぁ……」
へっぴり腰で館の門扉に手をかけるエモリス。
その拍子に、ガタン、と門扉の蝶番が弾け、
「ひぁゃ……っ!」
ドォン……! と扉が倒れてしまった。
「……っっっ! なにっ!? なにっ!?」
エモリスが喉の引きつったような声を上げる一方、レネは倒れた扉や門柱を探る。
「触っただけで壊れたね。腐ってたのかな? ケガはない?」
「……むりぃ……もう無理ですぅ……」
「もう!?」
「ほんとに無理ぃ……」
そう言いながらも、アンデッドスライムを探し出すという意思は残っていたようで、エモリスは門を抜け、館の敷地内に入り込む。
『行くんかい』
『まだ何も出てきてないのにギブアップしそう』
『エモリスちゃんの叫びの方がびびる』
『ここ俺も攻略したことあるよ』
『そんなに高難易度の場所じゃねえよな』
影人館の玄関を前にして、エモリスが硬直した。
「……ちょっ! ちょっと待っ、ちょっと待ってください!」
「わ、なに?」
エモリスはレネを引き留め、二の腕を引っ掴まれたレネはバランスを崩しかける。
そしてエモリスからの必死の訴え。
「見てる! 見てる! 2階の窓からなにかが見てる!」
「え? なにも見えないけど……」
「ひゃぁいっ!?」
「うわ、びっくりしたぁ、どうしたのエモリスちゃん?」
「なになになにっ!? あれ、あそこ、いる、います! なんかいるなんかいるなんかいる! ……いない……ですね……」
「いないねえ」
「さすがにまだなにもでてこない、です……?」
「まだ館の中にも入ってないしね。死霊はここには出てこないんじゃない?」
「はい、(がさがさ)びゃああいっ!? はっ!? なにっ!? なにぃっ!? そこっ! ここっ!? どこぉっ!?」
にゃーん。
「なんだキララちゃんか。大丈夫だからね、エモリスちゃん。そんなにしがみつかなくても」
「ななななんでここに来るなんてことになったんですか! 誰が言ったんですか! 誰も言ってない! 自分で決めました!」
『まだ館にすら入れてねえ』
『なにもないところでビックリするのやめてほしい』
『こんなんでお目当てのスライムまで辿り着けるのかよ』
『リサ様が一緒じゃなかったとっくに死んでるんじゃ?』
と、にわかに雷雲湧きおこり、稲光が落ちる。
エモリスは一瞬視界を奪われパニックに陥った。
稲妻の轟音がそれに拍車をかける。
「びゃああああああ! なにぃっ!?」
「急に雨まで……これは館の中で雨宿りするように誘い込もうとしてるっぽいね」
落ち着いているレネの声が聞こえる一方で、エモリスは捲し立てた。
「こんなのホラーのお約束じゃないですか! なんでわざわざ罠の中に! わたし雨好きですよ!? 外で雨に打たれてましょうよ!」
「そんなこと言ってないで、このままじゃ体も冷えちゃうし、中に入ろう? そのために来たんだからさ」
「でも、レネさん……わ、わたしもタイミングってものが……い、今じゃなくてもうちょっとしたら……心の準備がですね……」
「大丈夫? ほら、玄関開けるよ、エモリスちゃん?」
「行動早っ!? ええ……? あの……もう終わりでいいですか、配信? ……いいですよ、ありがとうございました、お疲れ様でした」
「急に裏声でもう一人の自分と会話しないで?」
「あああ……玄関のドア……い、意外といいドアですね? た、高そうだし真新しいし……これってヒダの職人さんがヒノキから一本削り出しで作り上げた名品では? 眠りネコの飾り彫りが一体一体表情違うのが味わい深いですねっ!」
「玄関ドアの解説とかしなくていいんだよ、エモリスちゃん? そういう配信じゃないもんね? 玄関ドアの中から配信するんだからね?」
「ああああ、入らなきゃですよねぇ? その為に来たんですからねえ……。玄関開けたら、いるんでしょう? いるんですよね? わかってるんです。もう絶対いる……! やだぁ……」
「だとしたら、きっとエモリスちゃんのことを見にきてるんじゃないかな?」
「心配だから見に来てくれてるってことですか?」
「早く会いたくて入り待ちしてるんだよ。強い気持ちが溢れてるね」
「こっちは全然会いたくないんですけどぉ……」
『往生際悪ぅ』
『レネ、これじゃ介護要員じゃん』
『はよいけ』
『でるぞでるぞ』
『お覚悟を』
コメント欄もエモリスの背中を優しく押す。
エモリスは、ぐっと気持ちを腹に飲み込んだ。
「……怖くない、怖くない、怖くないと思えば怖くない……い、行きますよ? いるんでしょ? わかってるんですからね! ひゃい……ひゃああああーいっ! びゃああああああああああっ‼」
裂帛の気合と共にエモリスは影人館の玄関扉を開け放ち、同時に事件性のある悲鳴を上げた。
『なんやねん』
『耳無いなった』
『どうした急に』
「やだぁ! やだぁ! なんかいるぅ!? なんかいるぅ!? レネさんっ! 見てぇ!」
「なにもいないよ」
「ほんとに? ほんとに? え? びゃあああああっ! 待って待って待って待って! なんかいないけどなんか聞こえる! なんか聞こえますけどぉ!?」
「? 聞こえないよ?」
「聞こえないですねっ!? うん、聞こえなかったです……」
すんっ、とした。
ことん。
「……と見せかけてのぉっ!? なになになににゃににゃんになにッ!?」
「あんまり怖がらないで早く先に進もう? ずっとここにいたら、リスナー達にも中で待ってる人たちにも悪いよ」
「待ってるんですか!? 待ってるの確定!?」
「じゃあ、ここで中の人達がやってくるのを待つ? みんな来るよ、きっと」
「みんな!? 死霊たちが!? だ、だったらワンチャン、誰にも会わないようにこっそり探しに行った方が……死霊とかなるべく見ないで済ませられるに越したことないですし……」
「でしょ? さ、行こ行こ!」
レネに促され、エモリスは渋々館内へと足を踏み入れた。
薄暗い館内。
玄関口からはいくつもの扉と2階へ向かう大階段がある。
死霊の気配はない。
ただ、どこからか腐敗臭やかびの不快な匂いが漂っていた。
エモリスは自分に向けて独り言で言い聞かせる。
「……楽しいこと考えながら行けばきっと大丈夫……! 楽しいこと……これからアンデッドぷにょちゃんに会える! 楽しいなあ! 楽しい楽しい、あー、すでに楽しいですね! なにも怖くないという態度でいるのが大事。そう、わたしは今、なにも怖くないです。なので、今ここで何か出てきたら、この館のこと嫌いになっちゃいますけど? それどころか死んじゃいますけど? いい? それでいい? オッケー? それは事務所的にオッケー?」
「喋るね、エモリスちゃん。沈黙がない。配信者として素直にすごいと思うよ」
「静かにしてたらなんか出てきそうじゃないですか。喋っていたらなにか」
ドアの隙間から覗く目。
目と目が合った。
「ひゃああああああいっ!」
ギッ、とドアは閉じられる。エモリスの鳴き声に呼応するかのように。
「なんかなんかなんかいましたねえ!? ねええ!?」
「霊体……スペクターとかそういう系統のモンスターかな? あの扉の先にいるね」
「いますねえっ! いましたねえっ!」
「じゃ、扉を開けて先に行こうよ」
「なぜ? おかしなこと言いますね? 断ります」
「死霊のいる方向に行けばアンデッドスライムに近付くんじゃないの?」
「ええええ? 理論はそう。でもドア開けるの嫌です。嫌。イヤイヤイヤ」
『シンプルに拒絶』
『駄々っ子か』
『あれ? いなくね?』
「ふふ、わかってるよ。エモリスちゃんのそれはフリでしょ? 即落ちする奴だね? アドチューバ―の鏡、お手本みたいなフリだよ」
「違うんですけどぉ……」
その時、小さな声がエモリス達の耳に届いた。
「……ケテ……」
「はぁい!? だれぇ!? 誰ですかぁ!?」
「……タスケテ……ママ……コワイヨ……」
明らかに小さな女の子の声。
それはエモリス達が逡巡しているまさにそのドアの奥から漏れてきた。
エモリスの表情にぐっと力が入る。
「……でも、いかなきゃなんでしょう……? 結局、ドア開けなきゃ進めないんですよね? わかってます。もう、あけなきゃいけない……」
ドアに手をかけた。
「……ここにいたりなんかしないですよね? パカッとしたらそこにいたりなんかしないですよねえ? いたら嫌いになりますから。いいですね? 覚悟してください? 法廷にも訴えます。いやあだあぁ、もおおお……い、いきますよ? せーのっ! ひゃあああああい!」
叫びながらドアを開ける。
「……いた? いた? ……いない、ですねえ……。……ふぅ、余裕でした」
「……ママァ」
「びゃああああああい!」
耳元で叫び声が聞こえ、エモリスは負けじと叫んでしまった。
「なん、なん、なんなんですか!? なんですか!? ASMR!?」
「……助けを求めてる霊がいるみたいだね。それも子供の……」
レネがぽつりと呟いた。
「とても苦しんでるみたい」
「そう……なんですかね……?」
「エモリスちゃん、何とか助けてあげられないかな?」
「ええ、はい……これ、そういう流れですよね……? かわいそうだとは思いますけどぉ……相手は死霊ですし……」
「マスターズとしての経験から言わせてもらうと、こういうイベントをこなしておかないとグッドエンドには辿り着けないよ?」
「ええええええ? グッドエンドって何ですか? ……ええ? 待ってください……イベントなんかあるんですか? ねえぇ、嫌なんですけど。あとから『イベント起こしてないからまた戻ってやり直し』みたいなの……もう一回最初からとか無理無理無理無理ぃ……」
「だからこそ、今、この女の子の霊のイベントを解決しておかないとね?」
レネのその声はどこか楽しげですらあった。
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