第18話 底辺配信者さん、あんまり配信したくなくなる

「……えーと、皆さん、こんぷにょ~……! 今日も今日とて始まりました、皆さんにかわいいをお届けする癒しの配信、ぷにょちゃんねる。……今日はダンジョンの恐怖テラーエリアに来ています……」


 エモリスは通信機能をオンにした冒険者カードに向かって話しかける。

 声を抑えて、囁くような口調。

 それに対して、コメント欄はテンションが高かった。


『こんぷにょー!』

『待ってた』

『きたあああああ』

『S級モンスターを一発撫でただけで倒した人だ!』

『今日もエッチな配信期待してます!』

『配信BANされてどう思った?』

『初見です噂を聞いて見に来ました』

『この子がスライムに服溶かされたってマ?』


 同時視聴者数は余裕で三桁を超えていて、しかもどんどん増えていく。

 だが、エモリスはそのことにもコメント欄からの問いかけにも触れない。

 それどころではないといった風で、自分の前口上を述べるだけで精一杯。


「……その……それで、ここは恐怖テラーエリアの中でも本当に洒落にならない心霊スポットなんですけど……ダンジョン内ではここにしかいないと言われている珍しいぷにょちゃんを紹介しようと思っています……」


 そう言ってから、エモリスが冒険者カードに映し出したのは古い洋館。

 ツタが絡み、黒ずんだ壁。その染みは人の顔のよう。

 窓は破れ、門扉は外れている。

 見ているだけでうすら寒い。

 と、屋根に止まった黒い鳥が、アーと鳴いてから羽ばたいた。

 明らかな廃墟だ。


「……今回の第2回ぷにょちゃん図鑑配信で紹介するのは、死霊をエサにしているとってもかわいいぷにょちゃん、アンデッドぷにょちゃんでーす……」


 エモリスはスライムを紹介しているのにいつもより明らかにテンションが低い。

 ちらちらと洋館の方を意識して、あまり集中できていないようだ。


「えー……死霊をエサにしている、ということはアンデッドぷにょちゃんの生息しているところには死霊がいる、というわけでして……ここ、通称『影人館』にはたくさんの死霊が蠢いていると言われてます……あああ、やだなあ……」


『これから珍しいスライムを配信するっていうのに、そのエモリスちゃんがやだなあ?』

『なんか様子違くね?』

『いつもならもっとヨダレ垂らしてぐへへぐへへ言ってるだろ、どうした? 病気か?』

『そのアンデッドスライムってよっぽど危険な奴なんじゃ……』

『どしたん? はなし聞こか?』


 コメント欄が流れ、そこでようやくエモリスはコメントを拾う。


「あ、いえ! アンデッドぷにょちゃんが嫌な訳じゃなくて……その周りに出てくるレイスとかの呪霊が、その、苦手でして……アンデッドぷにょちゃん自体は全然危険じゃない、かわいくてぷにょぷにょしたいい子ですよ! 死霊エネルギーに満ちててたまに人を狂わせたりするくらいの害のない子です!」


『害のない?』

『いやダメじゃん』

『エモやんオバケ怖がってんの草』

『か弱い女の子アピールかな?』

『この前ワイトヌッ殺してたやん』


「手で触れられる相手なら怖くないんですけど……。だって殴……撫でられるじゃないですか? でも、霊体系は撫でられないですし、血まみれの怖い顔で急に出てきたりするし、大きな悲鳴で脅かしてきたりするし……心臓に悪いんですよ……」


『物理が効かない系が苦手だと』

『魔法使いなのになあ』

『そんなことよりギラファはどうしたんだよ』

『そんな有様で影人館なんかに入って大丈夫?』

『呪い殺される未来しか見えねえ』


「そんな怖いこと言わないでください。わたしにはこんなにぷにょかわいいキララもいますし……」


 と、エモリスは白まんじゅうを抱き上げる。

 だるんとした腹に仏頂面。


『ネコちゃん! ネコちゃん!』

『前回大活躍の淫獣!』


「……それに、わたしをサポートしてくれる強力な見守り人も来てくれてるんですよ! ご紹介します、レネさんです! レネさんが来てくれました!」

「ぷにょチャンネルを見ているリスナーさん達に挨拶しとこうかな。マスターズ所属の剣士レネ、エモリスちゃんのために参上したよ」


『つよい』

『えええええええええええ!?』

『また来てくれたんだ』

『脱がされた人!』

『もう鎧新調してんの?はやくね?』


 短くまとめられた銀髪の女剣士がフレームの中にインしてくると、コメント欄の流れが速まった。

 女剣士レネはエモリスに頷きかける。


「呼んでくれてありがとうね。また君と一緒に行けるなんて嬉しいよ」

「あ、こ、こちらこそ、コラボのお誘い、受けてくれてありがとうございます! 昨日の今日で厚かましいとは思ったんですけど……」


 レネはにっこりと笑う。


「なに言ってるの! エモリスちゃんはあたしをワイトから助けてくれた恩人なんだから! あたしはいつでもエモリスちゃんの役に立てるなら駆けつけるよ」

「昨日、あんな鎧が溶けてお胸が出そうになってしまったばかりなのに、また来てくれて……」

「うん、その話はやめよう?」


 自称マネージャーのリサにどんな伝手があったのか。

 速やかにマスターズと話しをつけたリサは、早速レネとのコラボを実現させている。


「ともかく、またエモリスちゃんと一緒に配信できるなんて嬉しいね」

「……レネさん……」


 レネの微笑みに、どきりとしてしまうエモリス。

 

 やっぱり、レネさんわたしのこと好きだよね……?

 そうじゃなきゃ、こんなすぐまた来てくれるわけないし。

 リサさんはそういうのは全部ビジネスで本当じゃないみたいに言ってたけど……レネさんのこの喜びよう、本心からのものに見えるもの。

 ……もしかして、リサさん、わざと……?

 わたしとレネさんがこれ以上仲良くならないようにわざとあんなこと言ったのかな?

 だとしたら、それって……嫉妬……?

 レネさんにわたしを取られたくなくて……。

 やだ、困るなあ~……。


「どうしたの、エモリスちゃん?」

「ふぁ! な、なんでもないです」


 一瞬、意識を気持ちのいい妄想の中に飛ばしていたエモリスは、レネの言葉で我を取り戻す。

 と、レネは首筋に手を当て、影人館を見つめた。


「……えっと、それであたし達はこれからあそこ、影人館に挑むんだよね?」

「はい! 頼りにしてますレネさん! 頑張ってアンデッドぷにょちゃんを見つけ出しましょう!」

「他に、だれか僧侶系のメンバーはいないの?」

「はい?」

「あたし、剣士なんで物理攻撃が効かない霊体って苦手なんだよね」

「……えーっと……」


 幽霊苦手が2人。あとデブ猫。

 せっかく有力アドチューバ―と再びコラボできたのに、早くもダメそうな空気が漂ってきた。

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