第17話 底辺配信者さん、テンプレな絡まれ方をする

 あれ? これって……?

 ケーキセット代1400チェブラに、リサさんが飲んでいたお茶代800チェブラ……。

 わたしが払わなきゃいけない流れ……?

 ……そんなのってないよ! 話が違う!

 はやく……早く帰ってきて……リサさん!


 手持ちに余裕が全くないエモリス、祈るように部屋の扉を見つめる。


 ……ていうか全然足りないよ!

 御馳走してくれるみたいだし、たまにはケーキなんて小洒落たもの食べてもいいよね? キララに内緒で自分だけ贅沢しちゃっても……いいよね? ふへへ。

 なんて欲を出してケーキセットなんか頼むんじゃなかった……!

 水だけ飲んでればよかった……!

 このままじゃ食い逃げで捕まっちゃう……!


 だが、リサが戻る気配は一向にない。

 エモリスもさすがにおかしいと気付く。


 ……まさかリサさん、道に迷って戻ってこられないとか?

 それならまだしも……お手洗いでなにかあったのかも……!

 急病で倒れてしまっているとか……紙が無くて出られないとかだったら最悪だ!

 リサさん、とんでもないピンチに見舞われているに違いない!


 お手洗いで紙がない時の絶望感と孤独をエモリスは知っている。


 あんな思いをするのはわたしだけで十分だ……!

 そんな思いをリサさんにもさせてはいけない……! 絶対に……!


「た、助けにいかなきゃ……!」


 エモリスは慌てて席を立つ。

 部屋から飛び出した。

 出たのはいいが、お手洗いの場所がわからない。

 重厚な調度品の揃えられた、ふかふか毛並みのカーペットの廊下。

 そこをうろうろ、右に行ったり左に行ったり。

 手洗いを探して歩き回っていたら、廊下の角で人と鉢合わせした。


「はわ……っ! す、すいませ……」

「痛っ!? ……ッチ……!」


 思い切り舌打ちしてきたのはいかにも成金といった、嗜みのない服装の男だった。

 ジャラジャラと貴金属類をぶら下げた、派手派手な絹服の若者。

 薄い唇が冷酷そうな印象を与えてくる。

 成金男の傍にはボディガードらしい大男が控えていて、


「坊ちゃん! お怪我は!? おいっ、貴様あ! どこに目をつけて歩いてやがる!」


 濁った声でエモリスを怒鳴りつけてきた。

 慌てていて不注意だったのは確かなので、エモリスは頭を下げる。


「す、すみません! 人を探していて急いでいたもので……」

「……おい、お前、冒険者か?」


 成金男が薄い唇を歪めて吐き捨てた、


「地下をうろつくネズミ風情がどうして人間様の目の前に出てくる? 分を弁えて、くさい穴倉にでも帰れ! 二度とこの店に来るな! ……まったく、服が汚れてしまった。変な汁でもついていないだろうな?」

「この野郎! ぼっちゃんの服を汚すなんてとんでもねえ野郎だ!」


 大男が胸倉をつかんでこようとするので、エモリスは慌てて後退った。


「そんな、ちょ、ちょっとぶつかっただけですよ……」

「この店も質が落ちたな。こんなネズミ風情を店に入れるとは……」

「坊ちゃん、こいつ盗人じゃねえですか? 店の客から財布でも盗もうと店の中に入り込んだんじゃ」

「ち、違います!」


 とんでもない言いがかりにエモリスはぶんぶんと首を横に振る。

 が、成金男は湿った笑みを浮かべて、


「……そういえば私の財布が見当たらないな。お前、やったな?」

「な、なんの話ですか?」

「おい、ブロック。こいつを捕らえろ。そして、衛兵に突き出してやれ!」

「はい、坊ちゃん!」

「わ、わたし、なにも盗ったりしてません、信じてください!」

「いいからおとなしくしろ!」


 ボディガードの大男が喚く。


「お前みたいな下賤な輩の言うことなど誰が信じるか! だが、こちらのお方はブルーギル家の跡取りランディ坊ちゃんだ! その坊ちゃんが貴様を盗人だって言ってるんだ! さっさと罪を認めろ!」

「そんなぁ……な、なんでこんなことするんですか? めちゃくちゃですよ」


 と、成金男は口を歪めた。


「なんで、だと? それはお前が私にぶつかったからだ。汚いネズミの分際でこの高級店に入り込んだからだ。まったく、気に食わん。だから、お前に罰を与えてやる。それだけのこと」

「ただぶつかっただけなのに……」


 エモリスは嘆息する。


「さあ、観念しろ。衛兵に突き出す前に、坊ちゃんの財布をどこに隠したか、身体検査してやる!」


 と、ボディガードがエモリスに掴みかかってきた。

 思わず、声を漏らすエモリス。


「ひぇ」


 そこに、バン! と扉を開けて廊下へ出てきた男がいる。

 何事!? とエモリス達の視線が集まった。

 それはローブを纏った老人だった。

 きびきびした足取り。

 まっすぐ廊下を進んできて、


 どん。


「痛っ……!?」

「失礼、急いでいるのでな」


 老人に肩をぶつけられ、成金男がふらついた。

 成金男の顔が赤く染まる。


「おい、待て! そこのジジイ!」

「……私のことか?」


 老人が険しい顔で振り返ってきた。

 その怖い顔に、エモリスは怯んでしまう。

 すっごい不機嫌そう……!

 この人、あんまり関わったらいけない人じゃ……?

 だが、成金男はそんな危機意識を持たずに育ってきたらしい。

 舌打ち交じりに老人に吐き捨てた。


「また下賤の輩にぶつかってこられるとは、今日は厄日だ! お前も冒険者だろう? 許さんぞ……!」

「……急いでいると言ったはずだが? 用件が不明瞭だ。失礼する」

「逃がすか! ブロック! そいつも私の財布を盗ったぞ! 捕まえろ!」

「はい、坊ちゃん!」


 ボディガードの大男は老人のローブを掴んだ。


「おら、坊ちゃんの命令だ! こっちに来てひざまず、げっ!」


 ボディガードは喉元を押さえてひっくり返った。


「わ、すごっ……!」


 エモリスは老人の早業に思わず呟いていた。

 一瞬、老人の剣の柄がボディガードの喉元に打ち付けられたのを見たのだ。

 剣を抜くでもなく、最小限の動き。

 老人はもう元の姿勢に戻っている。

 やられた方はなにが起こったかわからない。

 その弾みで、老人の身に纏っていたローブがずり落ちた。

 ローブの下から出てきたのは白い鎧姿だ。あと、筋肉。

 ムキムキの重装備老人が姿を現していた。

 その姿に気圧されたのか、成金男が息を呑む。


「な……っ! お、お前!? 私はブルーギル家の跡取りだぞ!? その私に逆らうのか!? そんなことしたらどうなると思っているんだ!」

「どうなるのだ?」

「今の職にいられなくしてやる! この町にいられなくしてやるぞ!? 我が家は王国の司法機関と繋がりが深いのだ! 罪をでっちあげて牢にぶち込ませてやる!」

「それは聞き捨てならんな」


 老人は向き直る。


「王国の腐敗を誇るような輩は見過ごせん。司法機関との繋がりとやら、すべて話してもらおう」

「な、な、ちょ、ま」


 自分の脅し文句にも動じず、それどころか剣を抜いて突きつけてくる老人に、成金男は口をパクパクさせた。

 老人の方は眉一つ動かさない。


「急いでいるというのに。これで取り逃がしでもしたら、私は貴様に深刻な後遺症の残る責め苦を課してしまうかもしれん」

「ふ、ふ、ふざけるな!」

「ふざけているか、試してみるか?」

「く……っ」


 老人の眼光に射すくめられ、成金男は立ち竦む。

 老人はそこでやっと気付いたかのようにエモリスに声をかけた。


「すまないが、君。店の者に衛兵を呼ぶよう伝えてきてくれないか。急いでくれ。……こうしている間にも勘付かれてしまうかもしれん」

「は、はい、ありがとうございました」

「ありがとうだと? 私がなにか君にしたか?」

「わ、わたしもこの人達に引き留められていたもので……」

「質の悪い連中に絡まれていたようだな」

「そ、そうだ! わたしもこんなことしてる場合じゃ……! 早く探さないと、って危ない!」


 間一髪だった。

 成金男が隠し持っていた短剣を閃かせ老人めがけて襲い掛かるのと、エモリスの警告の叫びが響いたのはほぼ同時。


「ぐえ」


 それからカエルの潰れるような声を上げて成金男が崩れ落ちるのと、老人が剣の平で成金男の頭を打ちすえたのもほぼ同時。

 どしゃ、と成金男は意識を失って倒れた。


「往生際の悪い」


 老人はこともなげに剣を仕舞う。

 それからエモリスに頭を下げた。


「君のお陰だ。君が警告してくれて助かった」

「い、いえ……」


 わたしなんかが声を上げなくても、このおじいさんなら簡単にやっつけちゃったんじゃ……?

 と思いつつ、エモリスは曖昧に頷いてみせる。

 老人は最早、気もそぞろといった様子だ。


「これならこいつらもしばらく動けまい。衛兵隊にはあとで引き渡すとしよう。では、君、ご協力感謝する」


 老人はすたすたと店の奥、つまり個室のある区画へと行ってしまった。


「……あ! このカフェのお手洗いがどこにあるか、聞けばよかったかな……」


 老人を見送りながら、エモリスは呟く。

 と、そこで冒険者カードにメッセージが届いていたことに気付いた。


『ごめーん! 急用ができちゃったんで先に帰るね! 今後のことはまた通話かメッセージでお知らせするからいい子で待ってて♪』


 リサからのメッセージだ。


「え? え? 帰っちゃったの? え? お代は……?」


 と、もう一つリサからのメッセージが入っている。


『お代はもう払ってあるから心配しないで!』


 それを見て、ようやくエモリスは緊張から解放される。

 今日一番の安堵。


「よ、よかった~……死ぬかと思った……」


 安心したエモリス、それならもっといっぱいケーキ頼めばよかったかな、などとみみっちいことを考える。


  ◆


「……逃げられたか」


 老人は、カフェの個室のうちの1つに入ると呟いた。


「ここにいたことは間違いない。……勘付かれたか、誰か内通者がおるな」


 それから屈みこんだり、テーブルや椅子に触れたりした後、


「……1人ではない……誰かが一緒にいた。こちらはまだ温かい。ついさっきまでいたのだ。……悪い虫が」


 老人の表情はいまや巌のように厳しい。

 そして、紡がれる言葉も厳粛な誓い。


「必ずや見つけ出し……大事になる前に駆除してやる。キングスガードの名に懸けて決して逃さぬ。王国の安寧のために」

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