第16話 底辺配信者さん、MTGする

「カカカカフェですか!?」


 最初リサからそう指定された時、エモリスはそう問い直してしまったものだ。

 そこは今まで足を踏み入れたこともない別世界。

 紳士淑女がさんざめき、ご立派なティーポットにオモチャみたいなお上品ケーキが出てくるお高いお店、というあやふやなイメージしかない。

 少なくとも、田舎から出てきた少女冒険者には縁のないところだ。


「わ、わたし、そんな場所入ったことなくて……」

「じゃあ、エモリスちゃん初めてってこと? いいじゃない! アドチューバ―なら色んなことを体験しておくと雑談のネタになるでしょ? そのカフェで私の一番のオススメ、シフォンケーキ絶対食べてみて!」

「い、いえ、でも、そんな格式高いところ、わたし、どうしたらいいのか……マナーも知りませんし……」

「まさにおあつらえ向きだよ! 初めてのカフェでエモリスちゃんがなにをしでかすか……それこそ絶対面白いネタになるから、絶対そこにしようよ!」

「えええ? あの、リサさん? 打ち合わせなら、この前みたく冒険者ギルドの酒場でいいんじゃ……あの? ……もう通話切れてる……」


 というわけで、エモリスは指定されたカフェを訪れている。

 おっかなびっくりカフェの扉を潜った。

 と、きっちりとした制服の店員に案内されて、店内の奥に通される。

 そこは他の客に話が聞かれないように仕切られた特別な個室だ。

 室内に入って目に映るのは、豪奢なテーブルに趣向を凝らした椅子が二脚。

 そして、つややかな陶磁のカップと、すでに席についてそのカップでお茶をたしなむ『ただの平民』こと仮面をつけた少女リサだった。

 エモリスは借りてきた猫といった様子で、


「こ、こんにちは……あの、来ました……」


 雰囲気に気圧された声を出す。

 カフェの木目調の内装。

 そのどれもが艶出しされ、歴史と風格を感じさせる。

 すなわち、高そうだ。

 エモリス、ものすごく居心地悪い。

 と、リサが手招きしてくる。


「あ、早かったわね、エモリスちゃん! ささ、こっち座って! なに飲むなに飲む?」

「こんなところ……いいんですか?」

「うん? 緊張してるの?」

「だ、だってここ高級店でしょう!? わたし、お金持ってませんよ!?」

「今日の制作会議、経費は私が出すから大丈夫よ」

「え? 今後の配信についての打ち合わせじゃ……? 制作会議……?」

「そ! そう言った方がそれっぽくない? 予定表に何月何日15:00~MTGって書き込んだりして、ね!」

「そういうものですかね……?」

「ま、言い方はどうでもいいんだけど! でも、マネージャーとして、これからエモリスちゃんがどういう配信をしていくべきか、また話し合う必要があると思ったのは確かなのよね」


 リサはカップを受け皿に戻し、エモリスとしっかり向き合う。


「特に、エモリスちゃんBANされた後だし!」

「うう……っ!」


 エモリスが記念すべき第1回ぷにょちゃん図鑑配信を行ったのは昨日のこと。

 その配信中、ある特殊なものが映り込んでしまったため、途中で配信は停止されてしまった。

 幸い、すぐに配信停止措置は解除されたが、第1回ぷにょちゃん図鑑はコンテンツ違反ということでアーカイブからは抹消されてしまっている。

 もう二度と昨日の配信を見返すことはできないだろう。

 エモリスは席に座り、頭を抱えた。


「……心機一転、新企画を始めた途端にBANされるなんて……幸先が悪過ぎます」

「まあまあ。悪いことばかりでもないわよ。むしろチャンスだわ」


 そんなリサの言葉にエモリスは頭をあげる。

 今のわたしにどんないいことが? と、言いたげな顔。

 リサは人差し指を立て、くるくる回し始めた。


「じゃあ、昨日の配信の中であったいいことを考えてみましょうか? まず、マスターズ所属のレネと突発コラボできたこと! これはかなり幸運だったわね!」

「それは……確かに、そうですね」

「縁ができたのは大きいわ。彼女、エモリスちゃんと相性も悪くないみたい」

「え。え。そ、そう思いますか? 相性悪くないって……」


 エモリスは俄然食いついた。


「へへ、やっぱり第3者から見てもそう見えました? 困っちゃいますよねえ。あんな配信中に……わたしのこと好き過ぎですよね、まったく。まあ、そんなに好きだっていうなら、わたしも応えてあげなくもないっていうか、レネさんが求めるから仕方なく、ですね……」

「というわけで、一案として、これからレネとのコラボを推していきましょう! てぇてぇ営業をしかけるの!」

「? てぇてぇ営業ってなんですか?」

「仲良しのカップリングを演出してリスナーにアピールする活動のことよ。恋人同士とか気の置けない友人同士みたいな演技をするの。アドチューバ―の間で最近流行ってるわ」

「カップリングを演出……? なんか作り物みたいというか、演劇とかフィクションって感じですか? わたしとレネさんはそういうのでは……だって、レネさんはわたしにマジなので!」


 ふふん、とばかりに胸を反らすエモリス。

 一方、リサは、ん? と首を傾げて見せる。


「え? もちろん、こういうアドチューバ―同士の繋がりは全部ビジネスよ? そういうものなの。リスナーに仲良いところを見せるお仕事。実際には仕事上の繋がりしかないのに、それでも仲良い振りをしなくちゃいけないから相性って大事なんだけど……昨日の配信を見た限り、エモリスちゃんとレネ、どちらも相手に対して虫が好かないとか生理的に気に入らないとか、そういうのは無さそうだったし。だから、てぇてぇ営業いけると思うのよね!」

「……え? あれ? うそ?」


 エモリスの自信に満ちた態度はみるみる失われていき、


「……じゃ、じゃあ、昨日のレネさんの親密な態度、あれって……全部営業だったってこと、ですか……?」

「うん? そうなんじゃない? レネも有名売れっ子アドチューバ―だし、そこら辺の計算はしっかりしてるでしょう。そうでなければ、マスターズみたいな大きなチームでアドチューバ―できているわけないもの」

「……はは、あはは」

「エモリスちゃん?」

「あ、いえ!? まさか、わたしだって本気だなんて思ったりしてませんでしたけど!? 当たり前ですよね、そんな好きとかあるわけないですよ、えへへ……」


 ……わたし1人本気になって……恥ずかしい……!

 と、エモリスは目をグルグル回しながらそう思う。

 そんなエモリスの狼狽に構わず、リサは人差し指をくるくるしながら考え考え言った。


「……ただ、レネとのてぇてぇコラボ配信をするにしてもレネ側とまだ連絡も取れていないから、すぐにはできないわね。ちゃんと話を通して、しっかり条件を決めてからの話になるわ」

「はい……」

「そこら辺は、私が管理する。エモリスちゃんはそういう話があるってことだけ覚えておいて。うまく話がついたらその時教えるから」

「わかりました。……レネさんとの次のコラボ、だいぶ先の話になりそうですね……。それまでわたしの配信、どうしたらいいと思います? BANされちゃいましたし、しばらく自粛してお休みとかしないとダメな感じですか?」

「ここは前に出るべきだと思う!」


 リサの力強い言葉。

 ほへー、とエモリスは傾聴する。


「昨日のエモリスちゃんの配信、実は結構評判で噂を聞いた人達がみんな見たがってるみたいなの」


 まあ、レネさんの服が溶けちゃうような配信だもんね、とエモリスは納得する。


「でも、アーカイブは消されてしまったからもう見られない」

「まあ、レネさんの服が溶けちゃうような配信だから仕方ないですね……」

「そんな中、エモリスちゃんが今日も生配信すれば、昨日の配信の噂を聞きつけたリスナーが興味を持って見に来てくれること間違いなし! 今日も誰かの服が溶けるんじゃないかと期待してくると思うの。ここで下手に休んで間をあけちゃうと忘れられちゃうから、畳みかけていくべきなのよ! 垢バンされて注目度も上がってる中、次の配信でなにをやるかで勝負は決まる!」

「なるほど……」


 うんうん、と頷いてエモリスは呟いた。


「……となると、最高のぷにょちゃんを用意する必要がありそうですね! 任せてください! 第2回ぷにょちゃん図鑑で紹介するぷにょちゃんについて、いい考えがあるんです! 肌を綺麗にするピールぷにょちゃんがあれだけ注目されたじゃないですか。やっぱり、これは美容に関するぷにょちゃんをリスナーさんは求めてるってことだと思うんですよね! そこで今度は爪を食べるぷにょちゃんと髪を生やすぷにょちゃんを紹介……」


 気持ちよくしゃべり出したエモリスを、リサがちょっと待ってと止める。


「そのことなんだけど……エモリスちゃん、苦手なぷにょちゃんっている?」

「はい? 突然なんですか?」

「いや、ぷにょちゃん大好きなエモリスちゃんでも中には嫌いなぷにょちゃんもいるのかなって思って……」

「それはまあ……わたしにもあんまり会いたくない怖くて嫌なぷにょちゃんはいますけど」

「オッケー! じゃあ、それを紹介しに行こうよ!」

「え゛!? や、やですけど!? なんでそんなぷにょちゃんを紹介しなきゃならないんですか!?」

「その方がエモリスちゃんがきっと面白いリアクションしてくれるから! いい? エモリスちゃん? リスナーは今、エモリスちゃんを見にくるんだよ。ぷにょちゃんだけを見に来るんじゃないの」

「わたしを……?」

「そう! ぷにょちゃんを紹介するエモリスちゃんの喋りを、その様子を、感情を楽しみにしてるんだと私は思うな。エモリスちゃんの素の姿っていうか……だから、そんなリスナー達を楽しませるためには、エモリスちゃんが嫌がったり怖がったりしてる姿を見せるのが一番なんだよ! かわいい女の子がキャーキャーしてるだけの配信、リスナーさん達きっと好きだから!」

「ええええ~? そうなんですか? や、やだなあ……」


 リサに力説され、エモリスは口ごもる。

 と、リサの冒険者カードから着信音がした。


「あ、ごめん、エモリスちゃん。ちょっと通話しても?」

「ええ、どうぞ」

「ありがと、ちょっと待っててね……はい、どうしたの……え?」


 リサの顔が難しいものになる。


「……確認してみる……そっちはそのまま……よろしくね」


 リサは通話を終えた。

 エモリスに向き直る。


「エモリスちゃん、ごめんね? ちょっとお手洗いに行ってくるから……」

「あ、はい、どうぞどうぞ」

「今の内にエモリスちゃんも飲み物でも頼んでおいて! あ! あとシフォンケーキ! 絶対食べた方がいいよ!」


 それだけ言うと、リサは個室の外へと行ってしまった。

 エモリスはお勧めされた通りのケーキとミルクを頼み(なかなかいいお値段だった)、リサを待つ。

 ケーキが来た。

 ケーキを食べ終わった。

 フワフワだった。

 皿が下げられた。


「……遅いなあ……」


 エモリスはリサが出ていった個室の扉をじっと見続ける。


「……あれ? もしかしてこのままリサさんが帰ってこなかったら……ここのお代って……」


 エモリスの背中にどっと嫌な汗が流れ始める。

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