第15話 底辺配信者さん、配信をBANされる
「……エモリスちゃん!? 今のって……!?」
叩きつけられたワイトの残骸を見て、レネは言葉を失ったかのよう。
コメント欄も一瞬止まっていた。
『え』
『なに』
『素手で一撃』
「い、いやあ、ワイトさん自分から飛んで自爆しちゃったんですかねえ? こ、困るなあ! 癒しの配信ぷにょちゃんネルで殴るとか倒すとか暴力シーンがあったみたいに見えちゃうじゃないですか。キッズチャンネル目指してるのに、お子様に見せられなくなっちゃう。リスナーさん達、誤解しないでくださいねー?」
焦って舌を回すエモリスは強張った笑顔。
と、がしっ、と肩口を掴まれた。
「ひぇっ、レ、レネさん……?」
エモリスはたじろぐ。
レネの両手にはかなり強い力が込められているうえに震えている。
顔もぐっと近い。
じっと見つめてくるレネの瞳は栗色で美しかった。
エモリスはどぎまぎしてしまう。
相手の呼吸すら意識してしまうこの近さ。
……圧、すご……!
エモリスは心の中でそう呻いた。
距離感を誤って近付き過ぎると、プレッシャーになってしまうものだ。
圧をかけられた者は平常心ではいられない。
だから、とぅんく、とエモリスの胸もあやしくときめいた。
「……ち、近い、近いですよ、レネさん!? い、いやだなぁ……へ、えへへ……」
こ、これじゃまるでキスしちゃう距離じゃないですか……。
そう言いかけて、エモリスは口ごもった。
……え、もしかして、これ、マジでこのままキス……?
その考えが浮かんだ途端、エモリスの心拍は怪しくときめく程度から、どどっどどっとヒートアップ。
えええ!? そ、そういうこと?
さっき手を握られた時から怪しいとは思ってたけど……レネさん、やっぱり……わたしのこと好きなの……?
だってこの真剣な表情……生まれてこのかた誰とも付き合えたことないわたしの経験上言わせてもらえば、これはわたしのこと絶対好きになっちゃった顔……!
あー、これ絶対好きだわー。
お胸をやたら大きく見せてくるのも、わたしへの露骨なアピール……?
え、でも、ど、どうしよう……ここで簡単に受け入れたら、本当はそうなることを期待してたくせにって思われないかな……?
本当はチューしたがってるむっつりのくせによお、とか思われちゃうんじゃ……?
こ、ここは一度、ダメですっ! って断って清楚をアピールした方が……。
レネとのガチ恋距離に晒され、この間僅か0.5秒、とりとめのない邪想が浮かんでは消えるエモリス。
そんなエモリスに、
「エモリスちゃん、君すごい……っ! すごいよ!」
レネの頬が興奮して赤くなり、言葉も弾みだす。
「あのチャンピオンワイトを素手でぶっ飛ばしちゃうなんて……すごいっ!」
「あ、いえ、わ、わたしはなんにもしてないんですよ? ワイトさんが勝手に自分からぶっ飛んでいっただけで……」
レネの目はキラキラと輝き、
「エモリスちゃんのお陰で助かったんだ! あたしの命の恩人だね!」
「いや、そんな大げさな……」
それまでのやり取りを受けて、エモリスの配信を見ていたリスナーたちも数を増している。
『危険度Sランクをあんな簡単に!』
『つええええ!』
『鎧も魔剣も無くなっていたとはいえ、一発で倒せるか普通!?』
『誰? この子?』
『こんな冒険者が埋もれていたなんて』
『エモリス? 聞いたことない』
『魔法使えよ』
『STR特化ソーサラー』
『かわいいゴリラ』
一方、エモリスの謙遜したような物言いに、レネは大きく頭を振っていた。
「なに言ってるの!? エモリスちゃんがいなかったらあたし死んでたよ? 最初は頼りない子なのかと思ってたけど、こんなすごい子だったなんて……! ねえ? その強さならマスターズに入って、マスターズの皆と一緒に最下層攻略配信、やってみない?」
「えええ!? わ、わたしがですか!?」
『マスターズにスカウト!?』
『こんな無名のアドチューバ―を』
『いいな、俺もマスターズ入ってスカイシーフちゃんと一緒に冒険配信したい』
『いや、この強さなら当然だろ』
『だったらアビスの仲間になった方がいい』
『あんな戦闘狂のところはきついって』
『そんな強いの、この子? 興味湧いてきたな……』
コメント欄は、ほとんど無名のアドチューバ―が大手アドチューバ―集団に誘われたことに対する驚きで溢れ返る。
「ねえ、どう? 一緒にやらない?」
「わ、わたしは……」
純粋な善意の込められた、レネの表情。
エモリスの心はぐらりと揺れた。
だが、
「……マスターズはダンジョン攻略をメインに配信しますよね?」
「そうだね。大体はマスターズのみんなでコラボして最下層のいろんなエリアに挑戦してる。あたしのソロキャンプ配信みたく他になにを配信しててもいいけどそればっかりじゃ駄目。必ず週に1回は最下層攻略配信をする。一応それは決まり事になってるね」
「……わ、わたしはぷにょちゃん達をどうしたらリスナーさん達にかわいく紹介できるか、そればっかりで……。それで手一杯。とても攻略配信までする余裕は……なので……誰かと一緒にダンジョン攻略とか、無理です……ごめんなさい」
「えー? そうなの? ……そんな難しく考えなくていいんだよ? ……実際、マスターズの中でも最下層の遺跡の研究ばっかりやってて配信休止状態の子だっているんだから……」
「配信したい内容の方向性が違うのでやっぱり……」
「そっか、それは残念……」
レネは表情を曇らせた。
エモリスは後ろめたい気持ちでいっぱいだ。
正直、今言った以外にも理由がある。
マスターズに限らずだが、ダンジョン攻略メインの配信となるとガチ攻略にならざるを得ない。
そこでは1人のミスが他の人の足を引っ張り、空気はピりつく。
余裕はなく、しんどい冒険になる。楽しくない。
そうなると、エモリスはこのダンジョンに最初に潜った時、空気を読めずに周囲から責められたことを思い出してしまう。
……わたしには、誰かとパーティを組んでダンジョンを攻略するなんて無理だ……。
レネさんみたいに優しく受け入れてくれるとわかっている人とならわたしも安心して組めるけど……マスターズの他のメンバーもレネさんみたいに受け入れてくれるかわからない。
一方、コメント欄も荒れる。
『断った!?』
『なんで?』
『あーあ』
『意味わからん。こんなチャンス滅多にないぞ』
『スライム図鑑、まだ今日の一匹分しか配信できてねーもんな。他のことやってらんねーよな』
『そんな趣味の配信だってやりたきゃやって構わないってスタンスなのになにが不満なんだよ』
『もったいねー』
『義務になったら嫌じゃん』
『わかった、代わりに俺入る!』
そんなコメントの反応を見つつ、エモリスはレネに尋ねる。
「……というか、なんでわたしなんか……わたしより強い人なんかいくらでもいるでしょう? わたしは……魔法も使えない役立たずのソーサラーなんですよ」
『いやいや』
『魔法無しであのでたらめなパワー!』
『腕力だけで十分なんだよなあ』
コメントにツッコミが散発する。
問われたレネが笑い飛ばすよう答えた。
「なんでエモリスちゃんか、って? それはもちろん、あたしがエモリスちゃんと一緒に冒険したいからだよ」
「わたしと?」
「同じチームになれば、コラボもしやすいでしょ? エモリスちゃんのその力……また見たいもんね」
「そ、それって……」
やっぱり、わたしのこと好き過ぎなのでは?
エモリスは再びレネのことを意識してしまう。
「あたし、強い人や強い技、好きだからさ」
「好き! ですか? つまり……わたしのこと?」
「? うん、だから、もっとよく知りたいな、エモリスちゃんのこと」
「……そんなに……っ! こ、困ります……そんな大胆過ぎですよ、レネさん……リスナーさん達だって見てるのに……」
エモリスは1人もじもじし、ほてった頬を両手で覆う。
「で、でも、そういうことなら……わたし、マスターズには入らないし攻略配信もしないですけど……なにか別の配信で、またレネさんと一緒に配信してあげてもいいですよ?」
「いいの!? 約束してくれる?」
「はい……い、いいですけれど……わ、わたし、誰とでもこんな約束したりしませんからね! レネさんとだけ、その……特別……」
「? うん。ありがとう?」
『あげてもいいですよ?』
『偉くなったね』
『マスターズのレネ相手に上から目線』
エモリスの無作法を指摘するコメントに対して、当の2人は今やがっちり手を握っている。
レネは楽しそうだし、エモリスは恥ずかしそう。
ついでにキララは、にゃん、と鳴いた。
そして、まるでそれが合図だったかのように、レネの足元がもぞもぞと蠢いた。
「……ん?」
つま先の感触に異変を察したレネが小首を傾げるのと、それは同時だった。
レネの足元から半透明のぶよぶよした物体がぶわっと吹き上がる。
「うわ!? これって……!?」
「ぷにょちゃん!? なんで!?」
ピールスライムだった。
いつの間にか誰かに仕掛けられていたのか、レネはピールスライムを踏んでいた。
ピールスライムは肌の汚れを許さない。
「なああああ!? ちょっと待って、ちょっと!?」
「レネさん! わあ……っ、お胸すっご……」
『うおおおおおお!!!!!』
『きたあああああああ』
『えっろ』
『やったあああああああああ』
『待ってた』
『みえ』
『光邪魔ぁっ!』
『ひゃっほおおおおお』
『ふぅ……エッチなのはよくないとおもいますつうほうしました』
『祭りやあああああ』
『ぽろり』
『でっか』
『えちちちちちちち』
次の瞬間。
エモリスの配信はBANされ、暗黒だけが残った。
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