第14話 底辺配信者さん、ぶっ飛ばしてしまう

 エモリスの首に迫る凶刃。


 そして響く、濁った金属音。


 死体の振るった剣が、レネの長剣に止められていた。


「はわぁ……っ!」


 目の前で剣と剣のぶつかる火花を見たエモリスはたじろぐ。


「び、びっくりしたぁ……!」

「……エモリスちゃん……っ! ……今の内に離れて……!」


 剣士レネが歯を食いしばりながら、ようやく言葉を発する。

 レネと死体、剣を通じてそのまま押し合いを始めていた。

 そして、レネの方がじりじりと押されているようだ。

 その剛力に、レネは察するところがある。


「……こいつ……ワイトだ……しかもただのワイトじゃない……っ!」


 生命力の干からびた、しわしわの皮膚を張り付けたアンデッド。

 その口が笑いの形に歪んだ。


「身に着けている物も……魂食らいの魔剣持ち……鮮血の鎧……間違いない……歴戦の勇士が死霊の力を得てワイト化した、チャンピオンワイト……ッ!」


 レネはやっとの思いでワイトの剣を弾き返す。

 チャンピオンワイトの口からどす黒い瘴気の様な息が、はぁっ、と漏れた。それは嘲笑のつもりだったのか。


「なんでこんなところに……駄目……! あたし1人じゃこいつに勝てない……!」


 レネの喉から絞り出されたのは絶望の吐息。

 コメント欄が悲鳴で溢れる。


『わあああああ』

『S級……!』

『逃げて逃げて逃げて』

『深淵エリアのモンスターだろこれ』

『誰か近くの冒険者パーティに救援を』

『今来たんだけどもしかして終わった?』


「……エモリスちゃん、ごめん。守り切れない……うまく逃げて!」

「え、ちょ、レネさんはどうするんです!?」

「あたしは時間を稼ぐから、早く!」

「ちょ、え? ええええっ!?」


 チャンピオンワイトは魔剣を隙なく構える。

 一撃加えれば、相手の生命力を奪い動きすら止めてしまう魔剣を。

 突然の状況についていけないエモリスは頓珍漢なことを口にしてしまう。


「あ、あのっ、2人で力を合わせて戦いましょうよ! そしたらきっと……」


 それが気に障ったのか。

 ひゅっ、とチャンピオンワイトの姿が消える。

 一瞬にしてレネの横を回りこんだチャンピオンワイトは標的をエモリスに変えたらしい。

 エモリスの生命力を奪うべく、神速の刺突を繰り出してきた。

 常人では目に捕えることもできない、避けようのない一撃。

 かろうじてチャンピオンワイトの姿を目で追ったレネが悲鳴めいた言葉を漏らす。


「……エモリスちゃん……!」

「おっとと」


 エモリスはチャンピオンワイトの一撃から、ひょい、と身を引いていた。

 空ぶったチャンピオンワイトからどす黒い呻き声が上げる。

 レネの目が丸くなった。


「……え? エモリスちゃん……?」

「危ない危ない……。でも、不意を突かれてびっくりさせられなければ避けれますね!」


 チャンピオンワイトの一撃一撃が致命の斬撃の数々。

 それをエモリスはことごとく躱していく。


『なにこれ!?』

『なにが起きてるの』

『めっちゃ避けるじゃん!?』

『この子強ない?』

『でも武器すら持ってないし、避けてるばかりじゃじり貧』


 エモリスの意外な善戦に、コメント欄では賞賛よりむしろ困惑が広がっていた。

 だが、剣士レネはいち早く困惑から立ち直っている。


「……隙が……っ!」


 言うや否や、レネは踏み込んでいた。

 エモリスに魔剣を振るうワイトに強烈な横撃!

 鈍い金属音が響いた。

 一撃を貰ったチャンピオンワイトはよろめきつつ、距離を取る。


「……硬い……っ!」


 痛烈な一撃を与えたはずのレネの表情は険しい。


「こいつの鮮血の鎧……防御力も並じゃない……あたしの剣じゃ貫けないってこと……?」


 見れば、チャンピオンワイトにダメージはない。

 すでに体勢を立て直し、次の攻撃の機会を窺っている。

 レネも相手の出方を窺いつつ、手出しはしない待ちの姿勢。

 ここに緊迫した間隙が生まれた。

 レネは目の前のワイトから目を離さず、口だけを動かす。


「エモリスちゃん、さっきの身のこなし……君、素手で戦うモンクだったの?」

「あ、いえ……は、恥ずかしいんですけど、わたしソーサラーです……」


『んなアホな!?』

『あの動きで魔法使い!?』

『解釈不一致』

『パッションで呪文使う系か』


 驚いたようなコメントが流れる。

 ソーサラーは魔法を、ウィザードのように研究して習得したり、ウォーロックのように強大な精霊や悪魔と契約して授かったりはしない。

 ソーサラーは自らの内を荒れ狂う膨大な魔力を操り、それを解き放つ術を学んだ魔法使いだ。

 感情が昂った状態で魔法を使うと、自らの魔力が暴走して予期せぬ効果をもたらすこともある扱いづらい魔法使い。

 レネもエモリスがそんなソーサラーだとは予想外で、声が跳ね上がる。


「エモリスちゃん、魔法使えるの!? ……いや、これはチャンス……! 助かるかも!」

「は、はい?」

「お願い。あたしの物理攻撃じゃこいつの鎧を抜いてダメージ与えるの厳しいの。なにか強力な呪文はない? 呪文詠唱の間、あたしが盾になるから」

「……」

「エモリスちゃん?」

「ご、ごめんなさい。……わたし、魔法……使えないんです……」

「え? そうか、魔法使い切っちゃってるんだね……」

「あ、あ、そ、そうじゃなくて……もともと……」

「? もともと?」

「……もともと魔力が低いのか……魔法使えたことが無くて……今まで一度も……」

「ええ!?」


 ごにょごにょと呟くエモリスに、レネは思わず振り返る。


『魔法が使えないソーサラー!?』

『それただの紙装甲の的やんけ!』

『そんなん誰もパーティ組んでくれんだろ』

『ていうかなんでソーサラーになれたんだよ』


 コメントがツッコミの嵐になった。

 レネも問わずにはいられない。


「エモリスちゃん、今までどうやってこのダンジョンで過ごしてきたの!?」

「モンスターを殴っ……撫でたり愛でたりしてきました。ぷにょちゃん愛護系アドチューバ―ですから!」

「この危険な場所を、素手で生き残ってきた……!?」

「はい。わたし、魔法を使えないから、全然ソーサラーとしての経験が積めなくてそれで強くなれないんですよね……」

「……ともかく、エモリスちゃんにも魔法攻撃手段は無し、ってことだね? ……だとしたら、何か別の手段……」


 言いかけて、レネは剣を払う。

 チャンピオンワイトが突き出してきた魔剣をかろうじて弾き返した。


「……っ! やっぱり重い……っ!」


 びりびりと腕が痺れるような衝撃を受け、レネは呟く。


『こんなんどう勝てばいいんだよ』

『終わった』

『レネちゃんの剣は効かないエモリスちゃんの魔法は使えない』

『配信者が死ぬとこなんか見たくない。さいなら』


 残酷な結末の予感が、コメント欄に悲痛なメッセージの数々をもたらした。

 チャンピオンワイトの虚ろな瞳に悪意の光が灯る。


 にゃーん。


 そこに、まるで場違いなキララの力の抜けた鳴き声。

 それまでキララのことを全く無視していたチャンピオンワイトだが、なにか違和感を覚えたのか。

 ふと、足元のキララに注意を向ける。

 その仕草につられて、エモリスもチャンピオンワイトの足元に目を向けて、


「……あれ? ぷにょちゃん……?」


 チャンピオンワイトはいつの間にか踏んでいた。

 ぶよぶよとした不定形で半透明なゼリー状の物体を。

 その傍らには白い球体キララ。

 その顔は、愚かな争いをする人間どもを見下すかのよう。

 これで終わりだ。そう言わんばかり。


 ぺろんっ。


 と、チャンピオンワイトは足元から膨れ上がった半透明の物体に包まれる。

 それはキララが先ほどまで咥えていたピールスライムだった。

 これはその捕食行動。

 ピールスライムは肌を綺麗にする特質を持ったスライムだ。

 そして、肌についた異物──服や装備を消化してしまう能力を持っている。


「───ッ」


 チャンピオンワイトは意味を成さない叫びを発した。

 闇雲に魔剣を振るいピールスライムの抱擁から逃れようとする。

 その様子を見ていたレネが息を呑んだ。


「ワイトの鮮血の鎧が……! それどころか魔剣まで……」


 今や全身をピールスライムに覆われたチャンピオンワイト。

 その装備がぐずぐずと崩れていく。

 と、エモリスの表情がピコーンとばかりに輝いた。


「! はい! 皆さん、見えてますか? このようにピールぷにょちゃんに包まれると、お肌に潤いがもたらされるんですね~。その効果はほら! アンデッドにだって有効なんですよ! すごくないですか!?」


『おい』

『うわあ突然配信者に戻るな』

『緊張感ないなる』


 エモリスはこれをピールスライムの能力を紹介するのに絶好の配信チャンスと察したらしい。

 突然、冒険者カードに向かって語り出す。


「保湿効果も抜群! どうです? 見てください! このチャンピオンワイトさんのお肌を! さっきまでかっさかさのしっわしわだったのがピッチピチです♪ なんでこんなことができちゃうんでしょうか? その秘密は~? ピールぷにょちゃんに含まれるマジカルビタミンC! ピールぷにょちゃんの体には豊富なマジカルビタミンCが含まれてるんですね~。で、このマジカルビタミンC、肌のコラーゲンを合成し活性酸素を抑制するので、こんな風にみるみる肌が活性化しちゃうんです! こんなにも可愛い上に美容にも役立つなんて、まさにこのぷにょちゃんは最高ですね! ね!」


『めっちゃ語るやん』

『ビタミンCってなに?知らん言葉なんですけど?』

『萎えるわ~』


「と、とにかく、リスナーさん達今日は、ピールぷにょちゃんはマジカルビタミンC! って、これだけ覚えて帰ってくださいね?」


 そうして、さあ見ろ! とばかり、今度は冒険者カードをチャンピオンワイトの全身が映るように突きつける。


「ね? こーんな色艶のいいワイトさんなんて、リスナーさん達も見るのは初めてでしょう? これもピールぷにょちゃんがマジカルビタミンCを優しく肌になじませてくれるからなんですよ。決して他の粗悪なぷにょちゃんで擦ったりしちゃダメですからね? さあ、その仕上がりをとくとご覧あれ! ワイトさんツヤツヤバージョンをアップでお届けです!」


 だが、コメント欄はエモリスの期待したような驚嘆の声ではなく、悲鳴で溢れた。


『ヴぉえ!』

『みえ』

『ぎゃああああああ』

『╰⋃╯』

『隠せ隠せ隠せ』

『これはBAN対象』


 既にチャンピオンワイトの肌は生命力の失われた皮切れの張り付いたものではなく、十分な潤いを持った弾力あるものへと回復している。

 その上、皮膚上の穢れも身に着けていた鎧も服も全て溶けてピールスライムに吸収されていた。

 となれば、今やそこにはつやつや全裸チャンピオンと化したワイトが突っ立っているばかりである。

 丸出しで。


「ぎゃー! 映しちゃダメ! BANされる!」


 エモリスは自らのミスを悟り、悲鳴と共に冒険者カードを手で覆った。

 そして、早口で弁解。


「こ、このようにピールぷにょちゃんを利用する際は細心の注意を払い、容量用法を守って正しくお使いくださいっ! この配信は個人の感想です! じ、実はピールぷにょちゃんの使用を推奨するものではありません! 丸出しとか全裸といった問題については個人の自己責任で活用してくださいっ! ふう、びっくりしたっ!」


 エモリスは冷や汗を拭い、大きく息を吐く。

 そんなばたつきを見せるエモリスに対して、レネは大いに安堵している。


「厄介な鎧も魔剣も無くなった! これなら勝ち目も……!」

「NOOOOOOOOOO!」


 つやつや全裸チャンピオンワイトは慟哭の叫びをあげた。

 先祖伝来の由緒ある、そして邪悪な価値のある武具・防具を食われ、全て失ってしまったのだ。

 今更ぴちぴちワイトになったとて慰められるものでもない。

 その嘆きは怒りへと変わる。

 ワイトは恐ろしく醜くツヤツヤの顔を歪め、今や健康的に綺麗な色をした爪先を捻じ曲げる。

 そして、その爪をエモリスの体に食いこませんと踊りかかった。

 これにはエモリスも悲鳴を上げる。


「わあああああ!? ちょ、ちょーっ!? 動かないで!? 隠せない、隠せないからっ!?」


 エモリスは冒険者カードを持って右往左往。

 それを追って、全裸チャンピオンもイキリ声を上げながら右、左。

 動きに合わせて、右に左にぶらんぶらん。


「ぎゃー! 揺れてる!」


 つやつやなのでぺちぺち音が鳴る。


「こっち来ないでください!? 映っちゃう!」


『ぎゃああああああ』

『きもおおおおおおお!?』

『モザイク! モザイク処理かけて!』

『( ω^ 三 ^ω )ヒュンヒュン』

『吐いた』

『くさそう』

『おいいいいい』

『こんなもん配信すんなよ!』

『俺はなにを見ているんだ……』

『消せ消せ!』

『なんでBANならないの』

『質問です。ピールスライムに包まれて、なぜ髪の毛は無事なのに他の毛は処理されるのですか?』

 

 コメント欄も阿鼻叫喚。


「ちょ、ほんと、無理ですって! もうこれ以上ダメって……! ……ダメって言ってるでしょっ!?」


 ボッ、と鈍い音。


 エモリス、キレて手が出た。

 グーで力の限りぶん殴っている。

 チャンピオンワイトは吹っ飛んだ。


「え?」


 一方、レネは風を感じて目を見開く。

 たった今、自分の傍らを回転しながらぶっ飛んでいったワイトの姿を追って振り返った。


 べしゃ。


 瑞々しい果物が潰れて飛び散ったような音がして……。

 チャンピオンワイトはひしゃげ、黒森の木々から地面にぼとりと落ちる。

 その体は強い衝撃で四肢があらざる方向に曲がり、もう二度と動くことはなかった。

 急に静けさが舞い降りる。


「……あ! えっと、つい……」


 殴りつけた姿勢から、我を取り戻したエモリス。

 握り拳を広げて、なんでもないですよ~、というようにひらひら振って見せた。


「お、おかしいですね? わたし、ちょっと触っただけで殴ったりしてないんですけどぉ……? その、ソフトタッチ? なんであんなに飛んじゃったのかな?」


 エモリスは懸命に首を捻る。

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