第13話 底辺配信者さん、死体を発見する
え?
と、突然手を握られちゃったけど……レネさん……? ついてきてって……ど、どこへ?
そんなことを思いながら、エモリスはレネの手の感触と体温を意識してしまう。
レネさんの手、ちょっとひんやりしてる……手が冷たい人は心が温かいって聞くけど、やっぱりそうなんだ……。
レネさん、優しくてきれいだし、人気者だもん。
これぞまさにマスターズ所属の人気アドチューバ―って感じ……!
レネさんと仲良くなれたら……もっと近くで一緒にいられるかな?
レネに寄り添う自分の姿を思い浮かべたところで、なんだかまずい気がしたエモリス。
慌てて頭を振る。
そして、レネに待ったをかけた。
「あの、あの、ま、待ってください」
「どうしたの? 早くこの階層を離れなきゃ……」
「ま、まだわたし、今日のぷにょちゃんのかわいさを全然配信しきれてないんで、その、配信続けたいんですけど……」
そう聞いて、レネの表情が難しいものに変わった。
「うーん……今日のところはここまでにして切り上げた方がいいと思う」
「え、そんな……なんでです?」
「ここ、危ないかもしれなくてね。かなりヤバいモンスターが出歩いてるみたいだから。もしかしたらS級クラスの」
「S級!? こんな静かな森に!?」
全然そんな気配など微塵も感じていなかったエモリスは急に周囲を見回し始めた。
エモリスの声に、レネは頷く。
「恐らく、ね。この近くで、獰猛なアウルベアが3匹ほど死んでた。しかも剣や魔法じゃなくて、なにか強い衝撃を受けたみたいな傷口でね、ぐしゃぐしゃに潰れて惨い有様だった。ここには、あの化け物をそんな風に3匹まとめて倒せるくらいの危険な存在がいるってこと」
「そ、そういうものなんですか……?」
エモリスは目を瞬かせて呟く。
コメント欄もざわつき始めた。
『アウルベアがやられてるってヤバくないか?』
『危険度ランクB~A級以上だろ、アウルベアって』
『引き上げた方がいい』
『シャレにならん』
『安全を第一にお願いだから無事帰ってきてくれ』
レネは言葉を続けた。
「……どうもこの前、SSランクの首攫いデーモンが深淵エリアから這い出てきたことといい……今回の黒森エリアでのアウルベア惨殺といい……ここ、下層階層でなにか起こっている気がしてならないんだよね」
「なにかってなんです?」
「……まず間違いなく悪いこと。凶悪な魔獣がゲートから湧いてきたか、封印が解かれでもしたのか……。とにかく、エモリスちゃんもしばらくは下層階層には入り込まないように気をつけた方がいいと思う」
『やばいやばい』
『マスターズがそう言うんなら相当だぞ』
『
『予知の通りだ』
と、レネの眉間に皺が寄る。
「……というか、エモリスちゃんの仲間は? もしかしてはぐれた? だとしたら、その子達が危ないかもしれないよ」
「い、いえ……わたし、キララ以外一緒に来てくれる人なんていなくて……」
「ええ? じゃあ、ここまで……他の冒険者仲間無しで?」
「えへ、わたしいつも1人ですから、えへ、へへ……」
自分のぼっちさをレネに悟られてしまい、エモリスはうつろに笑う。
「エモリスちゃん、初心者だよね? よく無事に……いやむしろ、不運にも上層・中層でモンスターに遭遇しなかったからか……。それでここまで来れてしまって、今や帰るに帰れないってとこ……?」
「あれ? あの……わたし、初心者だってわかっちゃいます?」
エモリスは自分の拙い配信技術までも見抜かれた気がして、更に恥ずかしい。
「ファットキャットに苦戦しているようだったから、そんなに手慣れていないんだとは思ったよ。まあ、このネコ型魔獣はエモリスちゃんの味方だけど……。どちらにしろ、危険度Dランクくらいの魔獣を仲間にした初心者1人で挑むようなところじゃないよ、
「は、はいぃ」
「もっとも、あたしが一緒にいれば問題ないけどね」
レネはそう言って、自信ありげに頷いて見せる。
「だから、一緒に帰ろう? あたしが先に行って安全を確認するからさ」
『ついてけついてけ!』
『絶対離れるなよ』
『ソロマスターのレネに出会えたの幸運だったな』
『配信してる場合じゃねーぞ』
コメント欄からも指示が飛ぶ。
そして、うっそうと茂る木々の間に入りながらレネがエモリスを呼んだ。
「あたしの後についてきて。黒森エリアから抜け出す安全なルートを教えてあげる」
「は、はい、ありがとうございます!」
エモリスはすぐに返事をし、それからちらりとコメント欄を確認。
自分の冒険者カードに語り出す。
「……リスナーさん達も、今日はもうここまでにしといた方がいいと思います? ……シャレになりませんか? ……そうなんですね……。……というわけで、今日はピールぷにょちゃんのかわいいところをまだちょっとしかご紹介できてないんですけど、事態が事態なので……残念ですけど、ここで配信を終わりたいと……」
エモリスはレネの通っていった獣道を辿りながら、そう言いかける。
その時だった。
キララがふいと顔を上げ、にゃーん、と鳴いたのは。
「あれ!? ちょっとキララ!?」
キララは身を翻し、レネの向かった方向とは逆の方向へと駆け出す。
『ねこちゃん!?』
『そっちちがう』
『あ、これ死ぬやつ』
「どこ行くの!? ダメだよ、戻って!」
キララが木々の奥へ消えるのを、エモリスはほとんど反射的に追った。
『ばかー!?』
『あーあ』
『やめろやめろ追うな』
『レネについてけって』
コメント欄も慌てふためいている。
キララはどこへ行ったのか。
エモリスの視線は右へ左へ揺れ動いた。
だが、のしかかるような深い樹々は暗闇を投げかけてその視界を奪う。
ごつごつと根の張る地面はエモリスの足を取ってやろうとほくそ笑むかのよう。
黒森エリア全体が悪意を持っているのか。
それらの所為で、キララの姿はまるで見えなくなっていた。
ただ、にゃー、と呼ぶような鳴き声がたまに聞こえる。
エモリスはその声を辿るしかない。
「ど、どこ!? 迷子になるよ! 戻ってきて!」
にゃー。
鳴き声に導かれ、エモリスはやっと白い球体、キララを視界にとらえた。
「……もう! ダメじゃない、キララ。急に走りだしたりして! これじゃわたし達道に迷っちゃう……」
エモリスは言葉を途切れさせた。
キララがいるのは森の中にぽっかり開けた小さな空き地。
その真ん中に人が倒れている。
キララはその横で、これ見ろ、とばかりにエモリスを待っていた。
コメント欄も目敏く反応する。
『そこ、なんかおる!』
『誰かいるの?』
『ネコちゃん、人がいるって気付いたんか』
『でも、あれ……』
「え、大丈夫ですか!? って……あぁ……」
エモリスはその人影に呼びかけようとして声の調子を落とす。
くたびれた服。
朽ちかけた装備。
なにより袖口から覗く白い骨。
明らかにその人物はずいぶん昔に死んでいた。
『しんでる』
『行き倒れの冒険者か』
『あーめん』
『なむあみだぶつ』
『ごめいふく』
「行き倒れた冒険者……アドチューバ―だったりしたのかな……」
そう思うと他人事ではない。
これはもしかしたら自分だったかもしれない死体、もしくは未来の自分かもしれないのだ。
エモリスは死体に近付く。
道半ばにして倒れた者を見つけたらその亡骸を連れ帰るか、せめて遺品を家族の元に届けてやる。
それがこのダンジョンに潜る冒険者達の不文律というもの。
とはいえ、死体と対面するのは勇気がいる。
「……どうか安らかに……ば、化けて出たりしないでくださいね……?」
祈りを捧げつつ、おっかなびっくり。
エモリスは死体に向かって屈みこむ。
「……お名前……教えてくださいね。……家族はいたのかな……わたしと同じくらいの年だったのかな……」
と、死体が冒険者カードを持っていないか、その懐を探ろうとするエモリス。
『辛えな』
『なんかこういう状況前に見たことあるこれヤバいよ』
キララがそこで強めに、にゃー!! と鳴くのと、
「待って! 近付かないで!」
と、鋭い声が投げかけられたのはほぼ同時。
2つの声に引き留められ、不意を突かれたエモリスはびくっと手を引っ込めた。
「ふぇ!?」
「エモリスちゃん、それからすぐに離れて!」
「レネさん!?」
『レネちゃんきた!』
『戻って追いかけてきてくれた!』
『合流おめ』
『ん?』
『離れろって?』
『あ』
『やばい!逃げろ!』
そんなコメント欄からの警告も見落として、エモリスはレネに弁解する。
「ご、ごめんなさい、はぐれちゃって。その、キララが急に森の中に逃げちゃったから……」
「! いいから、早く逃げて!」
長剣を構えたレネが空き地に踊り込んでくる。
「そいつ、綺麗すぎる……! この森で倒れたら、その死体は魔獣達に食われて大抵バラバラになる。なのに、全然荒らされた様子がない。ずっと前に死んで一部白骨化してるくらい時間が経ってるのに……! この森で食い散らかされていない古い死体があるとしたら、そいつは……死んでないか、寄ってきた魔獣を自らの手で追い払うくらい元気な死体だってこと……!」
死体ががばっと起き上がった。
起き上がりざまに抜刀。
その剣筋はあやまたずエモリスの首元へと吸い込まれていく。
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