第11話 底辺配信者さん、初めての突発コラボ

 この世に存在が疑問視されていた、服だけ溶かすスライム(あと角質も)。

 それが実在し、なおかつ実演してみせるというのだ。

 それを見ているリスナー達が盛り上がらないわけがない。


「では、いきますよ~♪」


 ニコニコ村のエモリスさん、ぷるんぷるん村のピールスライムに呼びかける。

 どす黒欲望村のコメント欄さん、雄叫び絶頂暴れ太鼓。


『きたああああああ!』

『いけ! いけええええええ!』

『垢バン! 垢バンなるよ!』

『今、古の伝説、服だけ溶かすスライムを目にしようとは……!』

『みえ! みえ!』


「それえ!」


 エモリスはキララを掴む。

 そして、勢いよくピールスライムの中へ、ぽにょん、と漬け込んだ。

 ドアップになるキララの迷惑そうな顔。

 ぶーたれきった丸いネコの顔を見せつけられて、コメント欄が一瞬異様に静まり返った。


「どう? キララ、気持ちいいでしょ~? くすぐったくて、でもなんか体が解けちゃうみたいな感じするよねえ?」


 わしゃわしゃ。


「わあ、うっとりしてるの? かわいい~!」


 エモリスはキララにシャンプーでもするみたいに、ピールスライムを泡立てて擦り続ける。

 その内、エモリスの口ぶりが怪しくなってきた。


「……あああ、これ、一生触っていられる……こねこね……これは良いぷにょちゃん……」


 やめろや。


 キララの眼差しはそう訴えかけているが、エモリスは一生懸命こねこねこねこねネコを漬け込み続けた。

 そして、コメント欄が動き出す。


『……は?』

『……は?』

『ぽろりは?』

『なにしてんのきみ』

『よくもだました』

『訴訟』

『法廷案件』

『よくもだましたあああああああああ!』

『なにやってんだおまえええええええええ!』

『ちがうそうじゃない』

『こんなむごいことどうして』

『きめたおれ魔王軍はいるわ』

『こんなのってないよひどすぎるよ』


「え? え? な、なんですか!? みんななにをそんな取り乱してるんです!?」


 津波の様なコメント欄に、エモリスは気圧される。


『さっき靴脱いで素足になってたやんか!』

『スライムに足つけるんじゃなかったの!?』

『それで間違って服にも付いちゃって、っていう』

『そういう流れやったやろがい!』


「あれはマネージャーさんがピールぷにょちゃんの実演をする前にそうした方が盛り上がるからっていう演出で……」


『俺達の心を弄んで!』

『こんな卑怯なやりかたみたことない』

『マネちゃん邪悪』


「で、でも、ほら! 見てください、このキララのかわいすぎな仕上がりっぷり! わたしの言ったこと嘘じゃなかったでしょ?」


 そうしてピールスライムの中から持ち上げられたキララ。

 その毛並みはつやつやと輝き、ぶーたれた顔はますますぶさいく。


「汚れも落ちて、傷んだ毛もつやっつや! ふわふわもこもこになった白い毛並みはまるで雪みたい! ほら、みんなに見てもらおうね! かわいいよ~、キララ~!」


 冒険者カードの前に晒されて、キララはぷいっと顔を背ける。

 更に、エモリスはキララの腹に頬ずり。


「この柔らかさ、ああ、ぷにょぷにょかわいい……顔がキララのお腹の中にどこまでも沈んでいく~……かわいいの底なし沼だよ!」


 かわいいかわいいメチャかわいい! と人前で連呼されキララの耳が赤くなった。ように見えた。

 そして、堪忍袋の緒が切れる。

 にゃー、と一鳴きすると、キララはもがいてエモリスの手から離れた。


「あ、ちょっと、キララ!?」


 キララは地に降り立った。

 と、水槽の中のピールスライムに一旦顔を向け……。

 そして、底光りのする目で、意味ありげにエモリスを見上げる。


「どうしたのキララ? ピールぷにょちゃんを咥えたりして……その子は美味しくないよ? ぺっぺしようね。ネコ系魔獣の舌に合うぷにょちゃんなら、もっと別の……」


 ピールスライムを咥えたキララが跳んだ。

 体躯に見合わぬ、まるでゴムまりのような軽やかさ。

 エモリスの胸に飛び込もうとする。


「わ」


 反射的に抱きかかえようとしたエモリスは、はっとして半身を引いた。

 間一髪で避ける。


 ぼてっ、ぴょん、ぴょんと弾んでから、キララはくるりと向き直った。


「ちょ、ちょっとダメだよ!? キララ!? ピールぷにょちゃんをそこに置いて?」


 ぴょいーん。


「わ! わ! だからダメだってば! 服についちゃうでしょ!?」


 それでもキララは執拗だ。

 エモリスの胸めがけて飛び跳ね続ける。ピールスライムを咥えたまま。

 その頃には、コメント欄もキララの意図に気付き始めた。


『おい、これってよ……』

『こいつ、やる気だ』

『ねこちゃん! ねこちゃん!』

『そこだ! いけええええええ!』

『おっぱおにあてろおおおおおお』


「あ、あれえ? どうしたのキララ、なんか怒ってる……? ね、話し合おう、ね?」


 エモリスの取り成しに、キララはでぶでぶとした体を揺らす。

 キララの瞳は、邪な笑みを湛えていた。

 これはわかってやっている目だ。


『ネコ大好き!』

『いっけえいけいけいけいけねこちゃん!』


「わ、わ、ダメだって! こっち来ちゃダメえ!」


『惜しいいいいいい』

『ナイスファイト!』

『大丈夫、次こそは当たるよ!』


 温かい声援がキララに集まっていく。

 この一体感。


「だ、ダメだったら、キララ! この服溶けちゃったら、わたしもう配信できなくなっちゃうからあ!」


『裸で配信すればいいじゃない』

『むしろその方がリスナーが増えるのでは?』


 無責任なコメントが流れた。

 と、その時だ。


「……この魔獣め……っ!」


 閃光と共に風切り音。

 長剣が大上段から振り下ろされ、キララを狙った。


「……っ! 見かけによらず素早い……!」


 キララはするりと長剣の軌道をかいくぐり、ぱっと飛びのいて距離を取る。


「え!? なに!?」


 と、エモリスは目を白黒させた。

 突然、冒険者が1人、エモリスを守るように体を割り込ませてきていたからだ。

 それは、たった今キララに斬撃を放った相手。

 長剣を手に、神速の踏み込みで距離を詰めてきたらしい。


「え? あの、え?」

「大丈夫? ……けがはしていないよね」


 その冒険者は長身の女剣士だった。

 きりっとした目鼻立ちは人目を惹く美しさ。

 髪は短くまとめられてボーイッシュに見える。

 金属製の胸当てには百合の紋章が刻まれていた。

 そしてエモリスを気遣うような優しげな声で


「こんな階層に1人で迷い込むなんて災難だったね。でも、もう大丈夫! あたしが必ず君を無事地上まで送り届けてあげるから安心して」

「……あれ? どこかで見た……?」


 そんなエモリスの呟きに、女剣士は微笑みを返してきた。

 それから、きっ、と鋭い視線をキララに向ける。


「……その身のこなし、ただのファットキャットじゃないってわけ? でも、あたしが本気を出せば……!」

「あ、あのー……あ、え!? もしかして……レネさん!?」


 エモリスは彼女の正体に思い当たり、声を上げていた。

 コメント欄もこの乱入者にざわつく。


『レネ?』

『トップ配信者集団マスターズのレネだ!』

『なんで森林エリアなんかにいるんだ?』


 長身の女剣士──レネは油断なくキララを見つめながら、傍らに問う。


「君、あたしのこと知ってるの?」

「それはもう! マスターズのみんなの配信はいつも参考にさせてもらってます! 特にレネさんのダンジョンソロキャンプシリーズはサムネとかかわいいし、センスが大好きで!」


 と、こんな時にもかかわらず、レネの頬が上気する。


「……それは嬉しいな……! 女の子のリスナーに会えるなんて! ……もしかして、君も配信者アドチューバ―?」

「はい、エモリスって言います! 今も配信中で……」

「そうなんだ! ふふっ、じゃあ、これ突発コラボだね!」

「コラボ……?」

「ええ! 一緒にやろうよ!」


 レネは力強く、エモリスに向けて頷いた。


「この魔獣……かわいい女の子に襲いかかって、そのうえ裸にしようだなんて破廉恥な魔獣の討伐配信を!」


 レネの長剣が、ぎらり、とやけに殺意をむき出しにキララに向けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る