第10話 底辺配信者さん、男のロマン配信をしてしまう

「えー、と……皆さん、こんにちは~! ……じゃなくて、こんぷにょ~! 今日も今日とて始まりました、皆さんにかわいいをお届けする癒しの配信、ぷにょちゃんねる。今日はダンジョンの森林エリアに来ています!」


 エモリスは通信機能をオンにした冒険者カードに向かって話しかける。

 そして、目を疑った。


「あれ!? きょ、今日は随分……リスナーさんが増えてますね? ひゃ、100人超えてる……!? もしかして、誰かと間違えてます?」


 コメントが流れ始めた。


『こんにちは~』

『初見です』

『こんぷにょ? なんて?』

『ガチャで全財産失った人を見に来ました』


「う……っ、前回の配信、見てくださったんですか? それでまた見に……? は、はは、あ、あれは、その、ほら! 一応、ちゃんとぷにょちゃんを皆さんにお見せして存分に癒しをお届けできたと思うので……っ! せ、成功! 大成功配信でしたね!」


 エモリスは、お腹ぷにょぷにょの白猫を抱き上げてにこっと笑顔。

 ぷにょぷにょしていればなんでもぷにょちゃんである、という拡大解釈を披露してみせた。

 白いファットキャット、キララはぶすったれた顔で抱かれるがまま、ぐでえっとしている。

 やめろや、みたいな態度のキララを抱え、エモリスは話し続けた。


「え、えーと、初見さん、ありがとうございます! こんぷにょ、は今回から挨拶で使うことにしまして……マネージャーさんからの提案で、ちょ、ちょっと恥ずかしいんですけど……これからリスナーさん達にも広まってくれたら嬉しいなって思います!」


『こんぷにょ~』

『こんぷにょ』

『こんぷにょこんぷにょこんぷにょ~』


 早速コメント欄に溢れるこんぷにょの嵐。

 エモリスは目を瞬かせた。


「え、と……同じ『こんぷにょ』ていう字ばかり見てるとなんだかちょっと変になってきますね。意味がわからなくなるっていうか……こんなにたくさんの人がわたしの配信を見てくれるなんて、ちょっと前までは考えられませんでした! いやあ、遂にわたしの布教活動が実ってぷにょちゃん好きが増えてきたってことですよね? ぷにょちゃんのかわいさに目覚めたリスナーさん、見てます~? これはもう、わたし勝っちゃいましたね!」


『違うぞ』

『違う』

『は?』

『勘違いしないでよね』


 そんな多くのコメントを目にしたエモリス、そこではたと思いついた。

 100人以上の視聴者が見てくれている今なら、もしかして知っている人もいるかもしれない。


「あの! 配信の前に少し皆さんにお尋ねしたいことがあるんです!」


 エモリスは冒険者カードに向かってそう呼びかける。


『ん?』

『なんぞ?』

『俺のことなら年収1000万チェブラの髪の毛ドフサイケメンだけど?』


「今から2年ほど前、北の大かまど村付近で7色に光るぷにょちゃんを見かけた人はいませんか?」


『なんのはなし?』

『また珍しいスライム探し?』

『大かまど村ってどこ? しらん』


「特徴はとってもかわいくて小さめの……右半身がちょっと長め……ほんと、ちょっとだけなんですけど! おそらくまだ学者も見たことがない新種で変異体だと思います」


『特徴聞いても全然わがらん』

『新種のスライムか』

『俺の股間のスライムとよく似てる』

『かわいそう』

『コメント削除』


「きっと、今はこのダンジョンへ来てるんです。もし、なにかご存じの方がいたら教えてください!」


『スライムなら勇者に山ほど倒されてるよ』

『じゃあ勇者なら知ってるかも』

『お前は今まで食った経験値のことを覚えているのか?』


 コメント欄を見ていたエモリスは息を呑む。


「ひぇ……それって……勇者にもう倒されてるかもしれないってこと、ですか……?」


 そんな場面を想像して、エモリスの表情から血の気が引く。

 考えてみれば、そういう可能性は十分ある。

 もしかしたら、もう二度と会えないのかも……。


『どしたん? はなし聞こか?』

『せっかくの新種を殺されちゃってたらショックよな』

『勇者に復讐を! 勇者に対して加害の際は是非我々にお声がけください』

『魔王軍関係者おるな』

『魔王軍だと!? 許せねえ!』


 コメント欄が無秩序に荒れ始めそうになった。

 エモリスは慌てて口を挟む。


「と、とにかく、これはわたしの個人的な質問で、今日の配信内容とは関係ありませんから……き、気を取り直して、今日の配信に行きたいと思います!」


『今日なにすんの?』

『サムネの【ぷにょちゃん図鑑作成開始!】ってなに?』

『ギラファスライムはどうなったんだよギラファは』


 エモリスは、こほん、と咳払い。


「それで、ですね。わたしのこの配信はぷにょちゃん達のかわいさをリスナーさん達に紹介して癒しちゃおうってチャンネルなわけでして……」


『そうなの?』

『それ、意味わからんから止めた方がいいって言ったじゃん』


 エモリスはコメント欄から目を逸らすようにして続ける。

 だって、それがわたしのやりたい配信なんだもん……! と内心呟きつつ。


「……そのためにマネージャーさんとも相談して決めたのが、今回から始める、ぷにょちゃん図鑑作成配信です! これからいろんな種類のぷにょちゃんを配信毎に紹介していって、最終的には全てのぷにょちゃんを網羅した独自のぷにょちゃん図鑑アーカイブを完成させちゃおう! ていう企画……これをやっていきたいと思います!」


『またガチャやって爆死する配信しないの?』

『スライムなんか興味ねー』

『つまんなそ』


「そ、そんなことないですよ! 絶対かわいいですから! 一回見てください!」


 エモリスは食い気味に捲し立ててから、はっとして笑顔に戻る。

 そして、仕切り直し。


「……そ、それでは……! えー、今回! 記念すべきぷにょちゃん図鑑第1回目で皆さんにご紹介するのは~……!」


 エモリスは屈む。

 エモリスの足元に置いてあった水槽。

 そこにかけられていた黒布に手をかけた。

 そして、


「……じゃじゃーん! こちら! ピールぷにょちゃんです! ここ森林エリアでたまに見かけられるぷにょちゃんで、本日はあらかじめ捕まえてこちらにご用意しておりまーす!」


 黒布が一気に引き上げられ、水槽の中にいた薄灰色のスライムが露わになる。


『おおー……おぉ?』

『あー、うん……』

『なにこれ』

『……で?』

『地味』

『森でこんなの見たことねえなあ』

『くさそう』


「ちょ、ちょっと、なんでそんな反応ばかりなんですか!? い、いえ、確かにこの子はカラフルでもポップでもないかもですけれど……とってもかわいくていい子なんですよ! くさくないです!」


 エモリスはむきになって画面に言い返した。


「ぷにょちゃん図鑑第1回目のぷにょちゃんとして、見た目だけじゃなくて実際のお役にも立てるぷにょちゃんを紹介する方がキャッチ―だって、マネージャーさんとも話し合って選んだわたしオススメのぷにょちゃんなんです! その、話だけでも聞いて帰ってください! あ、待って、ブラバしないで!」


 エモリスは焦った笑顔で水槽の中身を指し示す。


「実はこのぷにょちゃん、とっても体に良いんです!」


『通販かな』

『アオジルの広告かとおもた』

『なんとこのぷにょちゃん食べれるの?』


「こちらのピールぷにょちゃん、皮膚の角質とか汚れを溶かして食べる性質を持っていまして……だから、この子に足をつけたりするとお肌がすべすべになるんですよ~。足湯ならぬ足ぷにょ、この夏のお勧めです!」


 と、エモリスはえへ、と口元を緩める。


「そのお肌を溶かして食べてる様子がまたかわいくてですねえ~。ぺろんっ、じゅわじゅわ~ちゅるちゅる~って感じで一生懸命なんですよねええ! ふへへっ」


『きめえ』

『なにいってんだかわからん』

『美容とか俺にはかんけーねーな』

『興味ないっす』


「その上、食べられ心地もくすぐったくて最高! こう、優しくゆ~っくり押し付けられて、浸透していく感じでしてね? そうやって浸食されてくのがこそばゆいんですよ! わたしがこれまで食べられてきたぷにょちゃん達の中でも一番ソフトタッチの食べられ感! 一度包まれてみてください、これが本物か……!? って病みつきになりますから! 食べられながら肌全体でぷにょぷにょ感を存分に味わうことまでできるんです!」


『え』

『待って』

『食べられ感って……』

『やばくね?』

『このスライム、人食い?』

『ていうかエモリスちゃんスライムに何度も食べられてんの……?』

『スライムによる食べられ心地をレポするとかそういう癖の持ち主しか喜ばねえだろ』

『くわしく』

『とんでもねえ性癖開示してきたな』


 エモリスはコメントの反応を見て、慌てた。


「あ、あれ? あ、ああ! もしかして、ピールぷにょちゃんのこと危険だと思って引いちゃってるんですか? 安心してください! 安全ですよ? さっきも言いましたが、この子は肌の角質層とか汚れだけを食べてくれるんです。……といっても、実際見た方が早いですよね? というわけで、これからピールぷにょちゃんによる食べられを実演してみたいと思います!」


『まじか』

『ぐろ注意』

『美容のためとはいえそこまでやるか』

『俺スライム苦手なんだよね、さいなら』


 エモリスはいそいそとサンダルを脱ぎ、素足を晒していく。


「ただ、この子、肌をきれいにしてくれるのはいいんですけど、防具につくと防具も消化しちゃうんですよね。特性が【肌を綺麗にすること】だから、身に着けている服や鎧なんかも肌についた異物、汚れと感知しちゃうみたいで。そのせいで、気をつけないと装備した鎧やアクセサリーなんかも消化されちゃうこともありますね~。皆さんもそんなことのないように十分に容量用法を守ってピールぷにょちゃんをお楽しみください、ね?」


『ん?』

『ん?』

『え』

『おれバカだからよくわかんねえけどよ、それってつまり……』

『まさか服だけ溶かすスライム……!?』

『バカな! 実在したのか!?』


 コメントがざわつき出したことに、エモリスは気付かない。

 ピールスライムの様子をうっとり眺めている。


「こんなにかわいいのに厄介な子で、まあ、そこがかわいいんですけど! でも、ほんと取り扱いには十分注意しないと……。わたし、今、諸般の事情でものすごくお金がないんで、もし今着ている衣装にピールぷにょちゃんがくっつきでもしたら、以後裸で配信しなきゃいけなくなっちゃうんですよね……」


『うおおおおおお』

『これはフリだな間違いない』

『がんばえーぴーるすらいむがんばえー』

『俺スライム大好き!』

『流れ変わったな』

『マネちゃん有能』

『スライム図鑑配信エモリスちゃん、このあと脱ぐ!』


 コメント欄がこの日一番の盛り上がりを見せ始める。

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