第9話 底辺配信者さん、幸運に見舞われる
その夜、エモリスは夢を見た。
なにか巨大なぷにょぷにょしたものの上に乗っている夢だ。
足場は相当悪く、揺れる。
エモリスはぷにょぷにょしたものから振り落とされないよう必死にしがみついた。
そして、直感に従って呼びかける。
「ぷにょちゃん!? あなた、ぷにょちゃんなの!?」
「吾輩をぷにょちゃんと呼ぶのはやめろ」
「その声は……!」
地の底から響くような声に、エモリスは震えた。
大地から発せられるかのような声が続く。
「貴様、吾輩を得ようとして全財産を捧げたそうだな。そして、それだけにとどまらず、身の丈に合わぬ債務まで負い、それも惜しげなく捧げた、と」
これは、わたしがギラファぷにょちゃんをガチャで出そうとしたときのことを言ってるのかな?
そう思ったエモリスは大きく頷いた。
「ぷにょちゃんを迎えるためならちっとも惜しくないよ」
「吾輩を求めてあそこまで泣き叫び、遂には歓喜のあまり具合が悪くなってしまうとは見上げたものよ。感服した。いかれておる」
「……えへへ、それほどでも……」
「それに吾輩のことをああまでかわいいかわいいと連呼するとは……気恥ずかしい奴だ。控えよ。人前でするな」
「え? ぷにょちゃんのこと、かわいいって言っちゃダメなの?」
「人前でするなと言っている。……まあしてもいい。よくよく考えたら、吾輩はそんなことに拘るような小さな器の持ち主ではなかったな。そうだった」
「じゃあ、するね」
「好きにしろ。ともかく、貴様がそこまで吾輩の力を欲していたというのならば、その声に応えてやらぬでもない。吾輩の秘められた力を貴様に貸してやろう」
「秘められた力? ってなに?」
「幸運を招き寄せる力、招福だ。よいか、貴様にはこれから幸運が訪れる。だが、せっかくの幸運もそれを受け取る側の使い方次第なのだ」
「使い方……」
「吾輩が言いたいのは、だ。幸運を得たからといって幸せになれるとは限らぬ。幸運を得たのはよかったが、それで慢心して身を持ち崩し結局不幸になるなどというのはよくある話。逆に、不運に見舞われても幸せに生きることは可能だろう、ということ」
「……ええと、つまり、これからわたしにはいいことが起きるって言ってくれてるの?」
「そうだ」
それって、ギラファぷにょちゃんを手に入れられたり、わたしのぷにょチャンネルが人気になって、そのお陰でみんながぷにょちゃんのことを好きになってくれたり? ぷにょちゃん好きの仲間ができたり?
それとも、幼馴染のエモ―キンを遂に見つけられたりするとか?
エモリスは自分の身に起こるいいことを想像し、わくわくしてくる。
「わたしが思いつかないような、すっごいいいことが起きるの、期待しとくね!」
「ああ、いいことは起きる。だが、そのあとの対応によっては不幸になってしまうから気をつけろ、と言っているのだ。貴様がこれから訪れる幸運をうまく活かせるよう、しっかり心構えをしておけ」
「わたしのこと心配してくれてるんだ? ふふ、ありがとうっ!」
「それだ。その感謝の言葉。実はそれが一番重要なことだ。幸運をもたらす吾輩を敬え、と言いたい。今のように。忘れるな。そういう、感謝の気持ちがあれば吾輩への捧げものも日々絶やすことはない。そうだろう? よいか、吾輩に捧げものを……怠るな……毎日マジカルチュールを……」
そこでエモリスは寝ぼけ眼で目を覚ました。
自室の扉をノックする音がしていた。
ついでに、呼び声も。
「……エモリスさん、お届け物です……」
エモリスの中から急速に夢の記憶が薄れていく。
だが、ぷにょぷにょして幸せな夢だったという感覚は残った。
「……ふわぁ……あ、おはよ、キララ……なんか面白い夢見ちゃったよ」
にゃーん。
キララは、わかっとんのかこいつ、とでも言いたげな顔をして鳴いた。
「……エモリスさん?」
「あ、はい……ちょ、ちょっと待ってください……」
寝起きのまま、上だけ羽織って玄関口に出る。
しゃちほこ張った態度の配達人が小包を手に立っていた。
「エモリス・サマーさん? こちらリサ様からのお届け物です」
「リサさんから?」
エモリスの頭の中に仮面の少女の顔が浮かぶ。
紫の瞳がキラキラしていた。
エモリスは礼を言って小包を受け取ると、早速中身を確認する。
中を見て、感嘆した。
「……わぁ、綺麗な首飾り……」
それは派手派手しい宝石をあしらった、豪華な首飾りだった。
緑の輝石が周囲を縁取っている。
いかにも高価そうだ。
「それに、手紙?」
リサからの手紙だろう。
ざらざらした安っぽさのない、滑らかな手触りの紙質。
こんな高価な品物に、上質な紙を使った手紙とくれば。
「まるで恋人への贈り物みたい……こ、困るなぁ……こういう女の子同士の距離感……」
満更でもない顔で、エモリスは手紙を読み始める。
『取り急ぎ!
エモリスちゃん、昨日の配信お疲れ様!
リスナーさん達も盛り上がってたし、すっごくよかったよ!
詳しいことはまたDMするけど、エモリスちゃん、昨日の配信でお金なくなっちゃったよね?
だから、当座は同封したネックレスを使って生活費にでもしておいて。
私、自由になるお金はあまりないけど、こういう物ならいくつか持ってるから。
マネージャーとして、エモリスちゃんの食事や生活も管理しないとだもんね。
だから、遠慮しないで受け取って!
それで美味しいものでも食べること!
じゃあね! 』
「い、いいのかな……」
さすがにこんな高価そうなものを売ってお金にするとか気が引ける。
エモリスは躊躇した。
その途端、キララがにゃーんと鳴き、エモリスのお腹も鳴った。
「……うう……水だけじゃ膨れない……」
一文無しの空腹。
キララも自分のエサを、おそらくマジカルチュールを要求している(なぜかエモリスにはそうに違いないとわかった)。
「……しょ、しょうがないよね? ……むしろ、ここはリサさんから支援してもらえた幸運を喜ばなくちゃ……! ありがとう、リサさん、お世話になります……っ!」
エモリスはネックレスを手に、外へと出ていった。
◆
その日、道具屋の主人はツイていた。
ものがいいネックレスを安く手に入れることができたからだ。
持ち込まれたそのネックレスに対して、センスが悪い、流行りの型じゃない、傷がついている、などなどケチをつけて値切りに値切って金貨10枚。
「まったく、田舎者は騙しやすくて助かるわい」
買取後の道具屋の主人、ネックレスを手にほくそ笑む。
実際には金貨100枚はする代物だ。
早速、それを店頭に並べて客を待つ。
すると、すぐに買い手が現れた。
買い手は老人だった。
道具屋の主人はここぞとばかりに売り込む。
「旦那、それに目をつけるとはお目が高い! そいつは金貨100枚は下りませんぞ」
「ほう、そうか」
「今日仕入れたばかりの品物でしてな。これだけの掘り出し物だ。ここで買わないなら他の客に買われてしまいますぞ」
「ふうむ、なるほど。値段は金貨100枚だったか?」
「はい、その通りで」
「なるほどなるほど。あいわかった。お前の眼は節穴だな」
「な……!?」
「これが金貨100枚? バカを言うな、金貨200……いや、私にとっては金貨1000枚にもなる代物だ!」
「あ、そういうことで……へへ、なら金貨1000枚でお譲り……」
「その前に貴様。これをどうやって手に入れた?」
「はい?」
「これは市中に出回っていいものでなくてな」
買い手の老人のローブの下に見える体躯。
それは筋肉ムキムキに白い鋼鉄の鎧姿だった。
ムキ爺。
「門外不出の宝物というものだ。それをどうやって手に入れたのか……話してもらおうか? 良くない商売をしているようだな、店主? 返答次第によっては、この場で斬り捨てることになる」
幸運が訪れたとしても、それをどう生かすかは幸運の受け取り手次第ということだ。
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