第8話 底辺配信者さん、食うものに困ってネコのエサに手を出す

 人生は続く。

 エモリスはとぼとぼ冒険者ギルドへと向かっていた。

 正確にはギルドに付属している冒険者専用の下宿に帰るところだ。

 魔法商店での配信後、どうやってここまで来たのかあまり記憶がない。


 これからどうしよう。

 お金ないなった。

 なぜあの時、GO! してしまったの……?

 あそこでやめておけば……。


 そんなことばかり考えて、周囲など目に入っていなかった。

 ふらふらと自動的に自分の家へと足を運んでいる状態。

 そして、ふと気づく。


「……自分の家……」


 エモリスが今住んでいるのは、冒険者であれば誰でも入居可能な下宿。前金で月63000チェブラ払えば利用できる。

 そう、前金で払えれば、の話だ。


「……今月はまだ居られるけど来月からどうしよう……」


 1人呟くエモリスの背中には太い白猫。

 だらりとだらけたキララを、エモリスはおんぶしていた。

 ふてぶてしく、自ら歩こうともしないキララを連れ帰るにはこうするしかない。


「……って来月の心配どころじゃない。今夜のご飯……! キララの食べる物だって……」


 封印球を割ってテイム済みモンスターの主人となったからには、エモリスにはそれを養う義務がある。


「……このままだと近い将来、2人して野宿でサバイバル生活かも。……せっかく来てくれたのにごめんね。……キララってぺんぺん草好物だったりしない?」


 エモリスは背中越しに語り掛ける。

 と、


 にゃーん。


 キララが鳴いた。

 まるで自分の声に応えてくれたようで、エモリスの頬がほころんだ。


「もしかして、こんなはずじゃなかったって文句言ってる? それとも励ましてくれてる? えへへ、キララがなに言ってるかわかればいいんだけどね」


 その時だ。

 ギルドへと至る路地。

 そこから小さな影がふらりとこちらへ向かってくる。

 エモリスの同業、冒険者のようだ。皮鎧を身に着け、ギザギザ歯をした目つきの悪い少女。

 何でもかんでも噛みついてきそうな剣呑な雰囲気がある。見た目がちょっと怖い。盗みの技を生業とする盗賊だろう。

 絡まれたら嫌だなー、面倒は避けよう。

 と、エモリスは路地の脇に寄る。


「……ん? おい、お前っ! そこのデブ猫背負ってるお前だお前っ!」


 早速絡まれた。


「え、えっと、なんでしょう……?」

「お前、面白かったぜ」

「はい?」

「途中から見てたんだよ。文無しになったじゃんか? クッソ笑ったわ」

「……あ! もしかして、今日の配信、見てくれてたんですか!? あ、ありがとうございます! 面白かったですか!?」

「ああ。どんどんドツボにはまっていくの、よかったわー。で、最後ネコで〆たの最高だったぜ。その時の震え声もグッド!」

「……嬉しいです! よかったって言ってもらえて……やっててよかった……!」

「でも、お前、コメ欄見てないの? 俺、何度もコメントで止めろ止めろって言ってたのによー」


 ギザッ歯はやれやれというように首を振る。


「そ、そうなんですよね……あそこでやめておけば……」

「お前素人だろ? やり方が間違ってんだよ。だから止めとけって言ったのによ。ああいう賭けをするときはやり方があんの。しらねーの?」

「え? やり方?」

「教えてやろうか?」


 指示厨ギザッ歯少女は得意げだ。


「ああいう大勝負の時ってのは目を開けてちゃダメなの。迷いに繋がるから。目を瞑って自分の運を試さなきゃよ」

「……わたし、目を開けて封印球を選んでたからダメだったんですか?」

「そうさ! どれがいいのかとか考えちまうともう負けさ。自分で負けに行っちまう。ガチャの時は目を瞑って回す。ガチャ勢の常識だぜ? 俺くらいになるとガチャの中身が出てきても見ないように目を瞑ってるくらいだ。そうしていれば、気持ちは穏やかでいられる」

「……わたしの知らない世界がまだまだあるんですね」

「まあ、お前は賭けが下手糞だけど、有り金全部ツッコんで借金までしょい込むバカなところが最高にいかしてた。熱かった。おもしれー女だな、お前」

「え、えへへ、ど、どうも……」

「気に入ったから、また今度も見てやるよ」

「え」


 エモリスはギザッ歯の顔をまじまじと見る。

 気に入られた……?

 てことは……わたしのこと……?


「でも、お前が前に配信でやってたスライムのやつ? あれ、よくわかんねーな」

「は、はい?」

「お前のアーカイブもちょっと見てみたけど、スライムがかわいいとかどうとか意味わからんかった。あれよりは今日みたいな配信した方がいいぜ。そっちの方がおもしれーから」

「そ、そう、なんですか? ぷにょちゃん……かわいくて癒されませんか?」

「いや、全然」

「はうううう……」


 エモリスは締め付けられるような声を上げ胸をかきむしる。

 そんなエモリスの様子を訝し気に見つめるギザッ歯。


「まあ、そんなのどうでもいいか」

「そ、そんなの?」

「それより、今日おもしれーもん見せてくれた礼に、これ!」


 ギザッ歯が差し出してきたのは金色に輝く焼き菓子のパッケージ。


「え? お菓子? な、なん、ですか……?」

「やるって!」


 ギザッ歯に押し付けられる。


「ネコ用の高級薄焼き菓子レンバスだ。エルフの作った最高級のネコマンマさ。マジカルチュールなんか問題にならねえ代物だ。やるよ」

「えっと……これって……差し入れ?」


 エモリスは目を瞬かせる。


「あの……応援してくれてるんですか?」

「あん? そりゃそうだろ? 俺はお前のファンなんだから」

「……ファン……!」


 ファンから始まって最後結ばれる……そんなラブストーリー?

 そういうこと?


 エモリスはギザッ歯から強い愛情を感じ、心揺らめく。


 でも、わたしのことを先に好きだったリサさんがいるし……。

 それに応えるわけには……。

 でも、この人、わたしのこと気に入ってくれたって、ファンだって言ってくれたし……。

 どっちを選べばいいの……?


 そのギザッ歯、エモリスではなく、キララに目を向けていた。


「こいつ、昔飼ってたスプーキーに似てるんだよな。せっかく今日手に入れたんだから、かわいがってやれよ」

「それは……本当にありがとうございます……」

「おう、じゃ、またの配信楽しみにしてるからな。借金返せないからって跳ぶなよ。じゃあな」


 そうしてギザッ歯は行ってしまった。


「……貰っちゃった……いいのかな……?」


 にゃーん。

 と、キララが鳴く。

 まるでありがたく思え、と言わんばかりにふんぞり返って見えた。


「? どうしたのキララ? 急にのけ反って?」


そう言いながら、エモリスは手の中のネコ用高級焼き菓子を改めて見つめる。


「……でも、これがあれば少なくとも今夜のご飯は……えへへ、もしかして運が向いてきたのかな? キララ?」


 にゃーん?


「え? だって、今日はキララがわたしのところに来てくれたお祝いをしなきゃ。この高級ネコマンマレンバス、口に合うといいけど」


 キララは首を振った。

 呆れたように。


「あ、わたしの分の夕食のこと? ……それはまあ……キララ? ちょっとちょうだい?」


 キララは唸り声を上げる。

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