第7話 底辺配信者さん、現実改変を行う

 ガチャによるダメージを耐えきったエモリス。

 その怪我の功名か。

 大きなダメージを負った彼女の頭脳に、一つの悪魔的閃きが走っていた。


 ……そうだ……こうすれば……勝てる……!

 確実に……!

 このガチャには必勝法がある……!


 ゆらり。

 エモリスは幽鬼のようにふらつきながらも踏みとどまる。

 歯を食いしばり、刻みだす言葉。


「こ、こうなれば……禁断の秘儀を使うことになりそうですね……」


『まだやんの?』

『ほう、ここから逆転できる保険がある、と?』

『話を聞こう』


「最悪……ここにある封印球150個全部を買い占めれば、その中に必ずギラファぷにょちゃんはいるわけですから……。既に10連ガチャを5回していますし、あと100回分引けば……!」


『力技で草』

『それ総計300万チェブラやぞ……』

『キャンペーンの買い取りを利用しても150万のお支払い』


「むしろここで止めたら損です。行くところまで……わたしは止まりません!」


 不退転の決意。

 覚悟を決めた者の眼差しは美しく、まっすぐだ。

 エモリスは封印球10個をエルフの店員に差し出しながら言う。

「これの買い取りを! そしてまた10万借りて、次の10連をお願いします!」

「冒険者カードの使用限度額を超えています。これ以上ツケにすることは出来かねます」


 エルフの店員はにこやかに応えた。


「……え?」


 エモリスは止まった。


『借金上限額超えちゃったか~』

『かわいそう』

『あほす』

『さすがにかわいそう』

『そんなにこの子のことかわいそうに思うなら助けてやれよ』

『投げ銭したるわ』

『できんぞ』

『この子視聴者数少な過ぎて収益化できてない』

『投げ銭もできない』

『oh……』

『思ったよりあほの子だった』


 エルフの店員がエモリスに金貨を10枚渡す。


「それではこちらが封印球10個の買い取り金となります」

「あ……はい……ありがとう、ございます……?」

「それで、お客様。いかがなさいますか?」

「……はい……?」

「キャンペーンの対象外とはなりますが、金貨10枚なら封印球を5個お選びいただけます。いかがなさいますか?」

「う、うう……」


『やめろやめろやめろ』

『有り金全部溶かす気か!?』


「や……やってやりますとも……っ! ここまで来て引くことはありえません!」


『あーあ』

『むしろ、やれ』

『ここで止めたら致命傷で済むのに』

『フラグかな?』


 エモリスは渾身の力を込めて封印球を選び出す。


「……最後にギラファぷにょちゃんを引いてハッピーエンド! そうしてみんな幸せに暮らしましたとさ、にならないとあまりにも世界は残酷すぎるじゃないですか!」


『現実は非情』

『がんばれー』

『今来たんだけどなにしてんのこれ?』


「これとこれと……これーっ!」

「アタックドッグ、ウルフ、ウェブスパイダー、ボーリングビートル、ストローゴーレムです」

「ひぃ」


 エモリスは膝から崩れ落ちた。

 

『最後の引きもゴミw』

『30万借金までしてこの結末かー』

『それでもテイムモンスター5匹残っただけでもよかったんじゃない?』


 エモリスは力の抜けた足でなんとか立ち上がる。

 そして、蚊の鳴くような声を漏らした。


「あ、あ、あの……」

「はい、お客様」

「……この封印球5個……買い取り……してもらえませんか……?」

「キャンペーン対象外になりますので金貨1枚では買取できませんがよろしいですか?」

「……えっと……いくらで……?」

「このランクのモンスターでしたら封印球1つにつき銀貨20枚となっております」

「銀貨20枚……2000チェブラ……ていうことは、5つで1万。今、わたしの手元にある1万……合わせて、2万……」


『あっ』

『気付いてしまったか……』

『あーあ』


「いかがなさいますか?」

「……や、やります……! これが……これが本当のラスト……! そして、ここで感動の対面……! それが運命……! 美しいストーリーというもの……! これこそがわたしのぷにょちゃんへの愛……! 愛の力です!」


『極まってんなあ』

『これ死ぬまでわかんない奴だ』

『最後の最後で大逆転を……!』

『ストローゴーレムかな』


 そして、買取金金貨1枚もらってからの魂の大勝負。

 ずらりと並ぶ95個の封印球にエモリスは真剣な眼差しを送る。

 その熱視線に込められた熱量は36000キロジュール。

 空間も歪むというもの。

 ぐにゃあ。

 瞬間、殺気が走った。

 エモリスの口から裂帛の気合が放たれる。


「ちぇすとおおおあああああっ、これっ! これに決めました!」

「ファットキャットです」

「ふああああああ」


『だと思った』

『オワタ』

『だから言ったのに』

『おつかれさまでしたー』

『応援するから元気出して』


「お客様、こちらの封印球、銀貨20枚で買取いたしましょうか?」

「……」

「お客様? お客様?」

「……」


『おーい?』

『返事がない』

『意識トンでる?』

『ちんだ』

『2000チェブラあれば最後の晩餐にシュワシュワつけて豪勢にいけるぞ!よかったじゃん!』

『シャバの最後の思い出作りのためにも良いもの食えよ……』

『え、なに? これギラファスライムを紹介する配信じゃないの? ギラファどこ?』


 はっ、と我に返るエモリス。

 寄せられたコメントに応えるかのように、ぎこちない笑みを浮かべた。


「……え、えー今日の配信は、か、かわいいかわいいネコちゃんを皆さんに愛でてもらおうかなと思ってやってきたわけですけど……い、いやあ、苦労の末、遂に手に入れましたよ。え、えへへへ……」


『ネコ……?』

『おいおいコンセプト捻じ曲げてきたぞ』

『ギラファスライムへの愛が届かなかったことを認められなくて現実改変し始めた……!?』

『よかった! この展開、狙い通りだったんだね!』

『かわいそうなエモリスちゃんはいなかったんだ』


「は、はいっ! お待たせしました! これが今日の目玉! ダンジョンでもよく見かける魔獣、ファットキャットちゃんです!」


 エモリスは目を泳がせ、顔も真っ赤にしながら、封印球を割った。

 途端に封印球の中から、太った白猫がゴロンと現れる。

 その姿には恐ろしいほどの脱力が漲っていた。端的に言うと、でろーんとばかりに寝っ転がっての登場。

 封印から解かれたというのに、ちょっと首をもたげて周囲を、そして新しい主人を見上げただけ。そして、すぐに興味なさそうに仰向けになる。

 おっさんの様な寝姿。

 だるんだるんの腹を見せ、脚はおっぴろげ。


「わあ、かわいいですねえ~!」


 エモリスは弾んだ声をあげた。

 ファットキャットの耳がピクリと動く。


「こんなにかわいいなんて! ぜ、全財産を費やして、借金までしてこの子に会えて、本当に良かったです! ぷくぷくとしたお腹、見てるだけで癒されますねえ? 癒されますよねえ? ……癒されるって言ってください。この子を見れて本当に良かったって……皆さんもそう思うでしょう? ……勝ちました! わたし勝ちました!」


『ええ……?』

『逃げるな』

『現実逃避してる』


 エモリスはコメントから目を逸らし、なにもない空に向かって笑顔を振りまいた。


「今回は充実した配信になったんじゃないでしょうか? わたしもこんなお腹ぷにょちゃんなネコちゃんに出会えて大満足です! ちょ、ちょっと撫でてみて、どんな味……吸い心地のネコちゃんか猫レポしてみたいと思います」


『完全に、今日の配信はファットキャット狙いだったことにしようとしてる』

『かわいい~……のか?』

『ネコ系の魔獣の腹触ろうとするのヤバす』

『頸動脈ひっかかれるぞやめろ』


「……うわあ! やわらかくてあたたかくてふわふわですよ。最高にかわいいじゃないですか。よーしよし」


 エモリスはファットキャットを揉みしだくが、ファットキャットの方はおとなしくされるがままだ。


『あれ? 平気か?』

『命知らずやなこの子』

『かわいいじゃん見た目おっさんネコだけど』


「……あれ、この子、首輪してる……? お肉に隠れて見えなかったけど……これ、名前かな? キララ? あなた、キララって言うの?」


 にゃーん。


 エモリスの問いに答えるように、ファットキャットは鳴いた。


「そうなのね? キララ……キララちゃん! いい名前! そっかぁ……ずっと会いたくて探していたこの子にやっと出会えた……みたいな感動があります!」


『もともと飼われてたファットキャットか』

『道理で人慣れしてるわけだ』

『……ネームド魔獣?』

『いや、ネコじゃなくてギラファスライムは? そっちはどうしたのよ?』


 エモリスはどこか遠くを見るような目のまま、話し続ける。


「ええと、そ、それでは今日の配信はこの辺で! みなさんまた今度も、その、お会いできる日があることを願っていますが、ど、どうなっちゃうんでしょう……? 次回もぷにょちゃん達の愛らしい寝姿をお届けしたいと思ってはいます。……登録、よろしくお願いします……」


 エモリスは震える手で冒険者カードの通信機能をオフにする。

 こうしてエモリスは全財産を失ったのに加えて借金30万チェブラも引っかぶり、その引き換えとしてデブ猫キララを手に入れ幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。


 それで終われればどんなに幸せだったことだろう。

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