第4話 底辺配信者さん、モンスターガチャ配信に挑戦する
「今日はこちら! 魔法商店さんにお邪魔してます」
エモリスは冒険者カードの通信機能をオンにして、リスナー向けに語り掛ける。
「いつものぷにょちゃん配信を楽しみにされていた方、大丈夫です! 間違っていませんよ。今日も素敵なぷにょちゃんの姿を皆様にお届けする予定ですから!」
エモリスは現在視聴者数3という表示を確認した。
その内の1つは『ただの平民』ことリサのアカウントのはずだ。
どうして……どうしてですか、リサさん……!
今日の配信、マネージャーとして一緒に来てくれるって言ってたのに……!
エモリスはそう、心の中で問いかける。
魔法商店でのガチャ配信、リサは直前になって仕事が入ったとかでここに来ていない。
『ごめんね! どうしても外せない要件が入っちゃって……ちょっと大事な人と会わなきゃいけないんだよね。……そのせいでセバスのガードが固くなっちゃって抜け出せ……っと、まあ、とにかく、そっちには行けないけど、エモリスちゃんの配信はしっかり見てるから頑張って! エモリスちゃんなら絶対いい絵が撮れるよ!』
冒険者カードを使った直接通信でそう告げられたエモリスは穏やかではない。
外せない仕事って……リサさん、わたしの他にもアドチューバ―のマネージャーしてるのかな……?
わたしの配信のことすごく褒めてくれてたけど、他の人の配信も見て、手伝ったり助言したりしてるんだ……。
わたしだけじゃないんだ。
……それはそうだよね、マネージャーさんだもん、何人も担当してて当たり前……。
でも、大事な人に会うって言ってたし……そのアドチューバ―さんはリサさんにとって特別な人……?
わたしよりもその人の配信の方を優先して、期待してるってことじゃ……。
……え、それとも、もしかして……マネージャーとアドチューバ―ってそういう関係になりやすいって噂もあるし……リサさん、わたしのことが好きなんじゃなかったの?
リサとの通信を思い返していたエモリス、その胸の内が一気にざわついた。
心ここにあらずになってしまう。
と、冒険者カードにコメントが流れる。
『エモリスちゃん! 配信中配信中!』
アカウント名:ただの平民からのコメントだ。
エモリスはそれに促されるように、口ごもりながら配信を続けた。
「……え、ええと、ですね。今日はどんなぷにょちゃんをご紹介しようかと言うと……」
ともかく、リサががっつり配信を見てくれていることは間違いない。
ちゃんと見守っていて、なにかあれば今みたいにフォローしてくれる。
そう思って気を取り直したエモリスは、そこで言葉に力を入れ直した。
「……はい! 今現在こちらの魔法商店さんで販売されている、なんと! あの! 幻の! ギラファぷにょちゃんをご紹介したいと思ってるんです~!」
エモリスは手で背後の魔法商店を指し示す。
そこには古風な造りの館、とでもいうべき大きな建物があった。
「今、こちらではモンスターが封じられた魔法玉の販売キャンペーンを行っているそうでして。その魔法玉の中に、ギラファぷにょちゃんがいる! とのことなんですね~。早速、お邪魔したいと思います!」
エモリスは魔法商店のアーチ型の入り口をくぐった。輝くクリスタルや宝石が散りばめられ、ピカピカと眩い入口だ。
なんだかわくわくしてくる。
「じ、実はわたしもギラファぷにょちゃんの実物はまだ見たことが無くて……! きょ、今日、これから本物に初めて会えるかと思うと、こ、興奮してます……! あ、こ、こんにちは~」
「いらっしゃいませ、エルフの魔法商店へようこそ」
エモリスが入店すると、魔法商店の店員──若く見えるエルフ女性──が穏やかな笑みを浮かべながら迎え入れてくれた。
思わず、エモリスの口から言葉が漏れる。
「うわ、綺麗な人……」
「エルフです、お客様」
エルフの店員が鈴の音の様な声で指摘してきた。
「あ、えへ、そ、そうですよね、綺麗なエルフの人、ですよね」
広々とした店内は暖かな色調だ。
丁寧に整理された棚には、様々な魔法の品が陳列されている。
棚の上には煌びやかな宝石や魔法陣が飾られ、魔法的な輝きが店全体を照らしていた。
香が焚かれているのか、いい香りで心落ち着く。
「今日はどういったご用件でしょうか、お客様?」
「はい、あの、ギラファぷにょちゃんが欲しくて……」
「ぷにょ……? ギラファスライムのことでしょうか? それでしたら只今キャンペーン中の封印球の中に含まれておりますが……」
「あ、じゃあ、そのキャンペーン中の魔法玉? が欲し……」
言いかけて、エモリスはふと思いつく。
ギラファぷにょちゃんがいるくらいなら、もしかして……。
「そ、それと……もしかして、ここに7色に光るぷにょちゃんはいませんか?」
「7色……でございますか?」
「はい。ずっと探してるんです。もしかして誰かに捕まってここの魔法玉の中にいるなんてことは……?」
「……申し訳ありません。そのようなスライムは取り扱っておりません」
「あ……そうですか……」
エモリスは少し肩を落とす。
ちょっと期待しただけ。そんな都合のいいこと、あるわけない。わかってるわかってる。
そう、エモリスは自分に言い聞かせた。
そんなエモリスにエルフ店員が首を傾げて見せる。
「それで、お客様? 封印球をお求めでしょうか?」
「あ、は、はい! お求めですお求めです!」
今はギラファぷにょちゃんだ。
確実にここにいるギラファぷにょちゃんを手に入れることだけ考えよう……!
エモリスはそう考えると、気もそぞろ。
前のめりになって応えた。
「ギラファください!」
「では、どうぞこちらへ」
エルフ店員に導かれ、エモリスは店内のとある棚の前に案内される。
「……こちらの棚に、封印球を150個ご用意しております。金貨2枚お支払いいただければ、この中から1つ選んで購入することが可能です」
「この中にギラファぷにょちゃんがいるんですね!?」
「はい、この棚にある封印球にはレアモンスターが何種か含まれておりまして、その内の1つがギラファスライムとなっております。ギラファスライムはブレス攻撃で敵全体に状態異常効果を付与することのできるスライムです。またその体を長く伸ばして威圧し、敵を立ち竦ませることもできます。味方になれば大変頼もしいモンスターといえるでしょう」
「そしてなによりかっこいいですよね!」
「……左様でございますね」
「黒光りする体表面はとってもしなやかなのに硬くて……! まるで液体になった鉄みたいだそうですね! スライム大全で読みました! 2本の角状に体を伸ばして、それを鋏として使うとも聞きました!」
「左様でございますか」
「ああん、想像するだけでかわいい~♡」
「左様で」
エルフ店員の声の抑揚の変化にエモリスは気付かない。
いい気持ちで喋り倒す。
「そうなんですよ! ぷにょちゃんはかわいいんです! やばいんです! もっとみんなこのヤバさを知るべきだと思います! まあ、でも、ギラファぷにょちゃんは渋くて玄人向けのかわいいですけど。わたしが今初心者向けにお勧めしたいぷにょちゃんは真ピンクぷにょちゃんですね~。フローラルぷにょちゃんのことですが。主食が植物で、花とか草の香りがするんですよ。おとなしくてのんびりぷにょぷにょしてる子です! お部屋に一匹、お勧めですよ?」
と、エモリスの冒険者カードに視聴者からのコメントが流れはじめる。
『エモリスちゃん! 店員さんの目! 目を見て!』
『なにこの配信? お店に凸する迷惑系冒険者?』
『目が笑ってないから……っ!』
エルフ店員はにこやかに促した。
「それは大変よろしゅうございました。で、大変失礼ではございますが、お買い上げなさいますか?」
「あ、はい! 買います買います!」
「おいくつ御入用でございますか?」
「う……金貨2枚だから、2万チェブラ……ま、まずは1つで」
「ギラファスライムが当たる確率は150分の1になりますがよろしいですか?」
「そ、それは……で、でも! 愛があればきっと引けます!」
「ことほど左様で。それは素晴らしい心意気でございますね。私、感銘を受けました」
全く変わらない穏やかな笑顔で、エルフの店員は感動を伝えてくる。
「え? あ、はい、どうも……?」
「そんなお客様に、キャンペーン中につき特別措置のご案内をさせていただきます。お客様、お手元の金貨をご確認いただけますか? もし20枚以上金貨をお持ちなら、是非お勧めのサービスがございます」
「20……っ!? 20万チェブラ!? そ、そんなのわたしの家賃3か月分より高い……!」
「今この場で金貨20枚お支払いいただき10個連続で封印球をご購入ください。その場合に限り、その購入された封印球が未使用状態のままなら1つ金貨1枚で引き取らせていただくサービスがございます。いかがなさいます? ご利用なさいますか?」
「え? つまり?」
「お客様が購入された封印球、それらが不要だと判断されたならば、こちらで買い取らせていただく形となります。お客様にお目当てのモンスターがございましたら、大変お得かと。実質金貨10枚で10回封印球を引けるということになりますので」
「え! 10連ガチャすれば半額になるってことですか!? なら、そっちの方が全然お得じゃないですか!」
「どうなさいます?」
「う……で、でも20万チェブラはさすがに……今、そんなに持ってないですし……」
「一旦金貨20枚お支払いいただいても、すぐに金貨10枚返金されるのですよ。私としては強くお勧めいたしますが」
「う、うう……」
エモリスは呻くように声を漏らす。
そして、ふとコメント欄を見た。
コメントが流れている。
『エモリスちゃん、ここはマネージャーとして厳しいことを言わせてもらうけど』
驚いたことに、リサ以外のリスナーからもコメントがつき始めていた。
『このサービス、ほんとに得か? 20万チェブラ払って10個買って。その10個全部買い取りされたら単に10万チェブラ失って手元に何も残らないだけじゃ……?』
『GO! エモリスGO!』
『高度にマネジメント的な判断から導かれる結論はプッシュ! 田畑売り払ってもプッシュプッシュだよ!』
「え? え? それってつまり10連しちゃって、い、いいんです……か? 20万ですよ……?」
『これから先のことを考えると、ここはエモリスちゃんがガンガン行く方が人気がでる! マネージャーとしての私の判断を信用して!』
『やめとけ』
『きっと※※※なことになるけどそれでいいの!』
『どうせ当たらない』
『それがいいの!』
「う、ううううううっ! ……わ、わかりました! 店員さん、ちょっと待っててください! い、今、ギルドからお金下ろしてきますから!」
「左様でございますか」
店外へ向かって駆けだすエモリスを、エルフ店員は穏やかに送り出す。
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