第3話 底辺配信者さん、胡散臭い広告に秒で引っかかる

 突然、料理配信おもろいよ、とリサからオススメされ、エモリスは意図がつかめない。

 首を捻りながら、


「料理、ですか……?」

「そう! でね? 料理の匂いにつられて子フェンリルや子アウルベアが寄ってきちゃって……。その子達に料理をあげてテイムする動画があったんだよね。それ、かわいいかわいいって再生数すごいことになってたよ」


 本来なら野生生物に人間の食べ物を与えるのはタブーとされている。

 だが、ダンジョン内ではエサを与えてモンスターを手懐けるのはサバイバル術として有効だ。戦力にしたり危険を回避するのに役立つ。

 エモリスも以前、そういう場面を見たことがあった。


「それはまあ、ダンジョン内でお肉とか焼いたらモンスターが寄ってくることもあるかもですけど……。魔獣使いがそうやってテイムするモンスターをおびき寄せてましたし」

「私が思うに、その料理動画のポイントは、かわいいモンスターが寄ってきたってとこだと思うの! そして、そのかわいいモンスター達が料理を一生懸命食べてるシーン、めっちゃよかった! その食べ方、懐き方のかわいいこと! これが人間の料理というものか! すごい! こんなもの食べたことない! もっとくれ! って感じでね。ね? これ、ヒントにならないかな?」

「なるほど……!」


 エモリスは、リサの意図するところを察した。

 料理配信とぷにょちゃん達との組み合わせ……! そういう見せ方か……!


「確かに、ぷにょちゃん達もエサを食べてる姿は鬼のようにかわいいですからね!」

「でしょ!?」

「半透明の体にエサを取り込んで5時間ほどかけてゆっくり吸収していく姿、あれをじっくり見ていたら誰しも虜になります!」

「……5時間? その間ずっと動きなしの動画配信になっちゃうの?」

「? なにかダメですか?」

「う、うーん……需要がないわけじゃないかもだけど、マニアックすぎるかな……。全然動かないと放送事故って思われるし……」

「なかなかいけると思うんですが……」

「えっと、他に注目されてる料理系配信だと新鮮な素材を使ったダンジョン飯とか、ダンジョンの奥深くで食料も尽きてなにもない時に助かるサバイバル飯とか。そういうのも人気だよ」

「そういう料理系配信でぷにょちゃん達を生かすとなったら……食材? ぷにょちゃん飯でしょうか?」

「え、エモリスちゃん、スライム……ぷにょちゃんを料理するの……? えっと、つまり……食べるの……?」

「ほんの手習いですけど、少々」


 エモリスはちょっと照れながら応える。


「ぷにょちゃん達は食べちゃいたいくらいかわいいですから」

「う、うーん……ゼリーみたいで映える……かなあ?」

「噛み応えがぷにょぷにょしていてぷにょ汁がジューシーですよ」


 リサはなにか想像したらしく、急に頭を振った。


「ま、まあ、それは一旦保留しておいて! 他にも考えてみようよ! 最近受けてる配信は料理配信以外にもまだあるからさ! そうだなー……ダンジョン内の綺麗な風景を紹介する配信も人気あるね」

「風景ですか?」

「そうそう! ここ綺麗だな行ってみたいな、って思わせるような配信。綺麗じゃなくても、有名な英雄が実際に足を踏み入れたダンジョンの聖地みたいなところを見て回る配信もウケてるね。うん、そういう場所をエモリスちゃんお勧めのぷにょちゃんと一緒に巡るのはどうかな?」

「ぷにょちゃんと綺麗な景色や観光名所を見て回って、感動を共有するわけですね。それはきっとぷにょちゃんも喜びます。……でも、そういうところって人も多いですよね?」

「まあ、そうだね。他のアドチューバ―も普通に冒険者もいるかも」

「……そういう人達のいる前でぷにょちゃん見せると、ぷにょちゃん狩られちゃうんじゃないでしょうか?」

「あー……まあ、普通の人達から見たら、スライムはただの魔物でしかないからね……」

「そうなんですよ。これまでもぷにょちゃん配信してたら、横から『危ないっ!』って配信の邪魔されたことがあって……いえ、善意でやってくれたのはわかってるんですけど……」

「うーん……じゃあさ? まだ誰も見つけていない、ダンジョン内の映える穴場、みたいなとこ見つけられないかな? ぷにょちゃん達が生息してて、ひと気が無くて、でも綺麗だったり荘厳だったりするようなエリア! ぷにょちゃん達の住む秘境、みたいな。そういう場所を発見して紹介したら、一気に人気でるかも!」

「ぷにょちゃん達がいるのは沼地とか狭い場所とか……壁のひび割れの中とか、宝箱の罠の中とか……」

「……あんまり気持ち良く無さげな場所ばっかりだね」


 リサは溜息を吐く。

 エモリスはおずおずと尋ねた。


「……ダメ、でしょうか?」

「自分も行ってみたいと思うような映える場所を知りたい視聴者には刺さらない、かなあ」


 リサは自分の冒険者カードを取り出し、なにやら配信をチェックし始める。


「なにか他に参考になりそうな配信……ん? これ……」


 と、リサは椅子を動かした。

 そして、エモリスの横にぴったりつく。


「……ッ!」


 甘い香りがエモリスの周りを包んだ。

 柔らかなリサの身体を肘で感じるエモリス。

 突然の密着に変な声を上げそうになった。

 声の代わりにびくっとしたが、リサには気付かれていない。


 距離感がフレンドリー過ぎる……! いや、これってもう友達以上じゃ……? こうやってやたらとボディタッチしてくるのって、そういうことだよね……?

 うわ、いい匂い……。

 わざと? わざとやってるのかな? それとも無自覚……?

 ほっぺ近っ!

 あ、首筋にほくろ……なんかエッチ……?


 そんな風に、ぐるぐると頭の中で考えを巡らし散らかすエモリスはフリーズしてしまっていた。


「……? エモリスちゃん、どうかした?」

「あふぁいっ!? い、いえ、ちょっとびっくりしちゃって……」

「そうなの? ていうか、これなんだけど……」


ねえ見て見て? と、リサは冒険者カードをエモリスに差し出してきた。


「はい? ええと、モンスターガチャ……配信?」

「エルフの魔法商店でテイム済のモンスター達が売られてるの、知ってる? 特殊な魔法玉の中に封じられてて、その魔法玉を割ると仲間になってくれるの。まあ、大体弱いモンスターばかりだけど、中には超強いモンスターもいてね」

「へ、へえ、そうなんですね」


 間近で聞くリサの声にも、エモリスはどこか上の空。

 意識は、どうしても密着した部分に向かってしまう。

 ちゃ、ちゃんと話に意識を集中しなきゃ……! と、エモリスは内心、気合を入れた。

 咳払いして気を取りなおす。


「ごほん……で、それがなにか?」

「それで今、その魔法商店でキャンペーンが行われていて、今ならモンスターの入っている魔法玉、全部どれでも一個金貨2枚で売ってるんだって。ただし、どの魔法玉になんのモンスターが入っているかはわからない状態でね」

「ええと、つまり、金貨2枚で超強いモンスターを仲間にできるかもしれないけれど……」

「金貨2枚払ってモブモンスターを買わされることになるかもしれない、一種のギャンブルよね。このガチャをやって手に入れた魔法玉の中からどんなモンスターが出てくるか、その様子を配信したアドチューバ―の評判が上がってる。これ、どう? やってみない?」

「ええ……? わたしお金そんなにないですし……それにこれ、ぷにょちゃん達のかわいさを皆に広めたり癒したりするのとはあんまり関係ないというか……」

「ここ、ここ! ここ見て?」

「魔法商店の広告……? ガチャの目玉のレアモンスター……っっっっ!?!?」


 エモリスは立ち上がった。

 それまで座っていた椅子が、その勢いでバターン!

 リサの冒険者カードには魔法商店による広告が浮かび上がっている。


『超レアモンスター! 幻のギラファスライム世界初入荷! 手に入れられるチャンスは一度きり、早い者勝ち!』


 そこには超絶長い首をした黒光りスライムの画像と共に、そんな煽り文句が並べられていた。


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