第2話 底辺配信者さん、怪しい勧誘を受ける
翌日。
エモリスは今日の配信を取りやめて、冒険者ギルドにいた。
正確にはギルド酒場だ。
冒険者達が酒を飲み、情報を交換し、配信を見たりギャンブルをして、喧嘩をする。そんな騒がしいところ。
今日は特に騒がしかった。
「……昨日の緊急メッセージ、あれマジだったのか?」
「結局、デマだったんじゃねーの?」
「首攫いが出たのは確かなんだって! 嘘じゃねえよ!」
「でも、じゃあ、今どこにいるんだよ? いなくなったらしいけど」
「下層の深淵から出てきたのはいいけど、すぐ帰っちまったんじゃねえの?」
「……それか、どこかのエリアに隠れて、俺達冒険者がまたダンジョンに入ってくるのを待ち構えてるとかな。とてもじゃねえが、今、
「おっ、丁度、ブルキャットのパーティが
「……よくやるぜ、まったく。アドチューバ―って奴は怖いもん知らずっていうか……リスナー数欲しさにそこまで命かけることはねえだろうに」
そんな冒険者達のやり取りを耳にしつつ、エモリスはギルド酒場の指定された席に着く。
俯いて、身を縮こませていた。
どうしよう……なんでもするから黙っていてもらえないかな……?
昨日の手違い配信は自分の配信アーカイブからは削除しておいたけど、保存されちゃってたら……。
そんな思いに耽るエモリスの背中をバーンと叩き鳴らした者がいる。
「すごいじゃない! あの怪物の話でどこもかしこももちきりよ!」
「ひぇ」
エモリスは飛び上がり、目を白黒させた。
それから振り返り、自分の背を叩いた人物を見る。
目が丸くなった。
「あ、あのっ……? 昨日の、ただの平民さん……ですか?」
「そうよ。私はただの平民、リサって呼んでくれる?」
昨日、唐突にエモリスをアドチューバ―の頂点へと誘った『ただの平民』。
それは黒髪を腰まで伸ばした少女だった。
リサはエモリスの隣に、まるで十年来の親友のように座る。
顔には装飾の施された黒い仮面。
その仮面は……?
と尋ねかけて、エモリスははっとする。
冒険者達の中には仮面やマスクで顔を隠している者も多い。
それは大抵、大きな傷や火傷を隠すためだ。
この人もそうかもしれない。
そう思うと仮面のことに触れるのは憚られた。
リサの顔は、その仮面によって上半分だけが隠されている。
そこから窺えるのは、彼女の眼だけだ。
その紫の瞳がきらきらと弾けるように輝いた。
「で! 私の呼びかけに応じてきてくれたってことは、私からのお誘い、受けてくれるってことでいいのかしら? エモリスさん……ううん、エモリスちゃんって呼ばせてもらうわね?」
弾む声が堰を切ったように流れ出る。
それに対して、エモリスは震えて首を横振り。
「あ、あ、そのっ、違くて!」
「違う?」
「今日ここに来たのはお願いがあってきたんです。昨日のこと、その……誰にも言わないでおいてもらえませんか?」
エモリスの絞り出すような声。
それに対して、リサは大きく頷く。
「なるほど。ええ、もちろんよ!」
「あ、わかってもらえましたか? よかったぁ……」
「今はまだ発表するべき時ではない、ってことでしょ? マーケティング的に! これから首攫いの死がギルドの人達に確認されて、さて、じゃあこれをやったのは誰だ? となったときに満を持して、それはわたしです! って名乗り出るつもりなのね? その方が盛り上がりそうだもん! オッケー、理解理解♪」
リサは親指を立てて、片目をつぶって見せる。
「全然違くて!」
「え?」
「わ、わたし、とにかく、怪物を倒したなんて知られたくないんですよ」
「どうして!? あなたがあの首攫いを倒したのは自分だと名乗って配信動画を上げれば、一気に人気爆上がりだよ? なのに、なんで?」
「わたし、アドチューバ―でもモンスター動画配信中心のアドチューバ―なんです」
「ああ、見た見た! エモリスちゃんのこれまで配信アーカイブ、マネージャーの立場から漁って確認してみたけど、エモリスちゃんってスライム配信しかしてないの?」
「ま、マネージャー? あと、ぷにょちゃん配信です」
「そうそれ! ぷにょちゃんね! 配信ではぷにょちゃんのことしか紹介してないみたいだけど、どうして?」
「え? だってかわいくないですか?」
「かわいい……っていえばかわいいかもだけど」
「かわいくてとってもいいものは皆にも知ってもらいたいし、なにより癒されますよね?」
「う、うん、そうだね。で、ダンジョン探索とかをメインに配信するつもりはないの?」
「ぷにょちゃんの可愛さをどう伝えるか考えるだけで手いっぱいなんで、とても他の配信をする余裕は……」
仮面の少女、リサは大きく頭を振った。
「えー!? もったいなーい! 絶対、エモリスちゃんのダンジョン攻略配信とか人気でると思うのになー」
「いえ、そんなこと絶対ないですよ……」
エモリスは肩を落とす。
ダンジョンに初めて潜った時、周囲から投げかけられた刺々しい言葉が思い出されていた。
『……空気読めよ』
『……俺達の獲物なんですけど』
『……自分さえ良けりゃいいとでも思ってんのか……?』
何にも考えずにダンジョンに挑戦してたら、いつのまにか周りの人達の迷惑になってた。
気遣いとか察しとか、全然できてなかった。
そんなわたしが、ここはこうしたらいいですよー効率的ですよーみたいな攻略動画なんか出しても誰の役にも立たない。
それどころかきっと非難されたり害悪動画だって通報されちゃう……。
そんな風に心沈むエモリスを励ますように、リサは言葉を弾ませる。
「いやいや、自信もって! わたし、エモリスちゃんがあの怪物を一撃粉砕するのを見た時、運命を感じたんだ! まったく怖気づくこともなく立ち向かう姿に感動したの! ていうか、あいつをまるで相手にもならない、ただの邪魔な障害物扱いだったよね! クール過ぎない!? で、あの強さだもん……うん、これ、絶対人気でるって! そんなエモリスちゃんを一番先に見つけられたのが私で、ほんとに幸運だと思ってるのよ?」
「う……だから、その……怪物を倒したとか、言わないで欲しいんです。わたしはぷにょちゃんの愛くるしい姿を配信して皆さんを癒す、ええと、癒し系アドチューバ―なわけですよ」
「うんうん」
「そんな癒し系モンスター動画配信チャンネルが、裏ではモンスターを殴り飛ばしていたなんて……そんな噂が流れたらどう思います?」
「炎上かなー」
「ですよね! だから、そのことはどうか内密に……」
「でも、今のエモリスちゃんの視聴者数じゃ、エモリスちゃんの配信が癒し系モンスター動画配信だなんて誰も知らないと思うんだけど。エモリスちゃんのこと、癒し系だなんて誰も思ってないっていうか」
「う……」
エモリスは薄々自覚していたことを指摘されて、言葉に詰まる。
癒し系配信と自称しても、誰も見ていないのなら誰も癒されていないのである。
観測されない癒しは存在しないのと同じ。
「……うう、どうしたらわたしの配信、みんなに見てもらえるようになりますかね……?」
「その答えを見つけ出すために、この敏腕マネージャーのリサがいるってわけ!」
「あの……わたしのマネージャーになりたいんですか?」
「なりたいんじゃないの。もうなってるの。エモリスちゃんがここへ、私の話を聞きに来た時点で。これからはなんでも私に相談していいからね?」
「ふわー、そ、そうなんですか? えっと、じゃあ……よろしくお願いします……?」
首を捻りながら、頭を下げるエモリス。
仮面の敏腕マネージャーリサは、いいってことよ! とばかりに手を振った。そして、早速マネジメント業務を始める。
「配信を見てほしいなら、今からダンジョン攻略配信に切り替えても全然いけると思うんだけどね」
「そういう力を見せつけるみたいな配信ではなくて……ぷにょちゃん達のかわいさを強調した配信をみんなに見てほしいんです、わたしは」
「……おっけー♪ クライアントであるエモリスちゃんの希望に沿った配信を考えてみようか? 任せて! きっとエモリスちゃんが満足できる結果を出してみせるから」
「く、クライアント? あの……わたしをどうするつもりなんです?」
「昨日も言ったでしょ? エモリスちゃんを頂点アドチューバ―に押し上げる! 私はそのための手助けをしたいの!」
「は、はあ……」
なんでまた?
しかもわたしなんかを?
そう思うと、エモリスはリサを正面から見つめた。
エモリスを見つめ返してくる、仮面の奥の紫の瞳。
そこには熱量と輝きがあった。
……本気、みたいだ。
真意はわからないが、リサのやる気は伝わってくる。
というか、結構間近での見つめ合いになってしまい、なんだかエモリスは落ち着かない。
頬に熱を感じながら、目を逸らしてしまう。
……な、なんでこの人、こんなまっすぐ見つめてくるの……?
それに、わたしの手助けしてくれるって……もしかして、わたしのこと……?
そのリサ、人差し指を立ててくるくる。考えをまとめている様子。
「ええと、エモリスちゃんはスライム──じゃなくてぷにょちゃんね、ぷにょちゃんのかわいさで天下を取りたい。でも、今までのぷにょちゃん達を紹介する動画では結果が出せていない、と」
「ひゃ、ひゃい!? ……そうですね……」
どぎまぎした声でエモリスは答える。
いつの間にか、リサのペースで話が進められていることにも気づいていない。
「それについて、エモリスちゃんはなにか解決策考えてみた?」
「! はい! やっぱり今までわたしの紹介してきたぷにょちゃんが玄人好みに偏り過ぎてたっていうか……もっと目立つぷにょちゃんとかを推していくべきだと思うんですよね!」
「うんうん、なるほど」
「今考えてるぷにょちゃんとしては、ピンクでいい匂いかわいいフローラルぷにょちゃんが受けるかなあって……。あ、それか、珍しいぷにょちゃんとかもいいかもです! ヘラクレスオオぷにょちゃんとか幻のギラファぷにょちゃんとか!」
リサのくるくる回していた人差し指がぴたりと止まった。
「……うん、レアなのはいいね! 希少価値ってだけで人気でるし!」
「ですよね!」
我が意を得たり!
と、エモリス、大きく頷く。
リサの声も弾む。
「やるじゃない、エモリスちゃん! すごくいい考え! ちゃんと考えてる。やっぱり、真面目にぷにょちゃん配信で上を目指そうとしてるんだね!」
「え、へへ、そ、そうですか?」
エモリスははにかんだ。
そして、ちらりとリサに視線を送る。
リサの紫の瞳が綺麗だった。
この人、すっごいわたしのこと肯定してくれる……!
やっぱり、これ、わたしのこと好きなんじゃ……?
そんな思いに囚われているエモリスの肩に、すっ、とリサの手がかけられる。
そして、がしっ。
強く抱きしめられ、背中をポンポン叩かれた。
リサのぬくもりを全身の肌で感じて、エモリスは飛び上がりそう。
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
「やっぱり、私の見る目は間違ってなかった! 私、絶対にエモリスちゃんを頂点まで押し上げて見せるよ! エモリスちゃんは今、私の夢なんだから……!」
流れるようなボディタッチ、そしてハグ。
これ完全に好きだよね!?
エモリスの頭は今や噴火するかのようになった。
と、リサはエモリスから身体を離し、真正面からニコニコと、
「じゃあ、エモリスちゃん、そのレアなぷにょちゃん紹介する配信、いつできそう? 遂に発見、超絶レアなぷにょちゃん初公開! とかなんとか事前に宣伝して盛り上げて……」
途端に萎れるエモリス。
「……ええっと……わたしも話に聞くだけで、ヘラクレスオオぷにょちゃんもギラファぷにょちゃんも実際には見たことないんです……」
「そっかあ。うーん……」
リサは腕を組む。
「……方向は間違ってないけど、実物が用意できないなら……レアなぷにょちゃん……レアな……」
目の前のテーブルに視線を落とし、皿の上の料理などを見つめていた。
そんなリサを窺うエモリス。
そのリサが急に、ぽん、と手を打ったので思わずびくっとする。
「……そうだ! こういうときは別の切り口から考えてみない?」
「べ、別の切り口?」
「ぷにょちゃん達を配信するだけじゃうまくいかなかったんなら、もっと他にウケそうな配信とぷにょちゃん達を絡ませてみるの! たとえば……最近、料理配信とか人気なの知ってる? ダンジョン内での食事や調理を配信してるだけなんだけど、結構美味しそうでいいんだよね! エモリスちゃんも見たことある?」
彼女はなにを言おうとしているのだろう?
リサから出された唐突な話題に、エモリスは目を瞬かせた。
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