底辺配信者さん、この世で最もかわいいスライムを配信してバズりたいのに
浅草文芸堂
第1話 底辺配信者さん、切り忘れて凄惨な現場を配信されてしまう
「今日も最高にかわいかったですね~! それでは今日の配信はこの辺で! 次回もぷにょちゃん達の愛らしい姿をお届けします。またお会いしましょう! チャンネル登録、どうぞよろしくお願いしまーす!」
エモリスはリスナーにそう別れを告げた。
同時に、冒険者カードの表面をなぞる。
それで通信機能がオフになった。
終わった終わった~、とエモリスは軽く伸び。
それからギクッと身体を竦ませ、きょろきょろと周囲を見渡す。
人の気配がしたからだ。
エモリスは沼地の縁に茂る低木の影に屈んで身をひそめた。
びちゃびちゃ。
湿った音を立てて、いくつかの人影が薄い霧の中を進んでいく。
足早だ。
「……冗談じゃねえ……」
「……なんかの間違いじゃ……」
「……残りたきゃ残れ、俺は……」
「……首攫いが出るなんて……」
「……危険度SSランクデーモン……」
そんな声だけ残して、彼等──おそらく冒険者達──は行ってしまう。
「……ふう、やり過ごせたかな?」
彼等の声が聞こえなくなってから、エモリスは立ち上がった。
顔を合わせずに済んでほっとした顔。
正直、エモリスにとってはモンスターよりも冒険者連中の方がよっぽど怖い。
「……今日はダンジョンに潜っている冒険者が少なくてラッキーだと思ったのに……。まあ、もう配信も終わったし、その間ぷにょちゃんを独占できてたからいいけど」
エモリスが今いるのは王国の首都キングズガーデンにある巨大ダンジョン
その中でも通称・沼地と呼ばれるエリアだ。
そこには湿地帯が広がっている。
虫の羽音や、何かが水面にどぽん、と沈む音で常に耳障りなエリア。
腐った植物の匂いが微かに鼻につく。
さらに不快な湿気で肌がむず痒い、そんな場所。
そんな陰鬱な場所だが、それでも通常なら何人もの中級冒険者達が徒党を組んで探索しているものだ。
ここまで来るような冒険者なら普通、それなりに自信がある。
隠れ潜んで敵をやり過ごすのではなく、正面からやり合う者達も多い。
そんな連中が剣を振るう音や魔法の発動する光などが、沼地特有の靄を通して見聞きできる。
それが、今日に限っては先ほどの冒険者達を除いて人っ子一人見当たらなかった。
気配がない。
「こんな日もあるんだなあ。ふふっ、誰にも邪魔されずにぷにょちゃん達をじっくり愛でられたし、お陰で今日はいい夢見れそう♪」
えへえへえへへ、と配信では見せられないようなだらしない口元になるエモリス。
そんなエモリスは冒険者にしては防御力の低そうなフリフリの服を着ている。
かわいらしい、明るい黄色の衣装。
魔法使い風の装いに見えないこともない。
ただ、太陽をモチーフにしているのか。
正直、バカみたいにも見える。
これでは隠密性もまるでない。目立つ。
はっきり言えば、冒険者に似つかわしくなかった。
にもかかわらず、エモリスがこの装備を選択した理由はただ一つ。
配信を行う上での見た目、インパクトに気を遣ったからだ。
エモリスは冒険者は冒険者でも、ダンジョン内部の様子や冒険中の行動を配信する
「なにより、一番見せたかった黒ぷにょちゃんのお腹丸出し動画が撮れたもんね! ああ、めちゃくちゃかわいかったぁ……つんつんしたら、すっごい怒ってるんだからぁ……うん、今日の配信は手ごたえあった! これならリスナーさんの反応も……」
そうやってリスナーの反応に期待して胸躍らせる姿はまさにアドチューバ―そのもの。
だが、彼女も最初からアドチューバ―を目指していたわけではない。
エモリスはもともと、幼馴染(というか弟も同然)の行方を探すため冒険者となった口だ。
冒険と成功、富と名誉を求めていたエモリスの幼馴染、エモ―キン。
自分は大物になるのだ、と彼はいつも真っ赤になって熱意を示していたものだ。
そんなエモ―キンがある日なにも言わずにどこかへ消えた。
きっと自分の夢を果たすために飛び出しちゃったんだ。無理して怪我なんかしてなきゃいいけど……。
そう思ったエモリスは居ても立っても居られない。
後を追って故郷を出、幼馴染エモ―キンの行方を聞いて歩く。
そうして流れ着いたのがこのダンジョン
成功を求め、大物を夢見る者はいずれ巨大ダンジョン
エモ―キンはきっと生きてる、ここにいればいずれまた会える。
そう信じて、エモリスは今日もダンジョンに潜ってはエモ―キンを捜していた。
その一方で、彼女はただ会う人会う人に一々彼の行方を尋ねていても埒が明かないとも気付かされている。
『もっと多くの人に話を聞いてもらわないと……』
そう考えたエモリスにある閃きが走ったのは、今からちょっと前のこと。
その閃きというのが、配信者になればもっと多くの人に訴えかけることができる! というものだった。
それに殺伐としたダンジョンでかわいいぷにょちゃん達を紹介することは、自分の楽しみにもなる。
更についでに……あわよくばこれでお金を稼げれば冒険者生活が楽になるはずだ。
そうやって、エモリスはアドチューバ―を始めたのだったが……。
「……今日も視聴者数は一桁かぁ……」
冒険者登録カードから浮かび上がっている画面。
そこに表示された数字を見て、エモリスは肩を落とす。
エモリスの配信を参考にしてくれている冒険者は10人にも満たない、ということだ。
というか、おそらく本物の冒険者でエモリスの配信を見てくれている者は1人もいないだろう。
「……紹介するぷにょちゃん達のチョイスがガチすぎたかなぁ……? もっと一般受けする子達を紹介した方が……うーん、でも、今更ありきたりだし……」
冒険者登録をしてカードは持っているものの、実際には冒険に出ない。
いわゆる冒険者ではない一般人のリスナー。
そんな人たちが多くなってきたのはここ数年のこと。
それはアドチューバ―が流行り出してからのことだ。
その時期は丁度、冒険者カードが動画通信機能を持つようになったころと重なる。
本来、動画通信機能は冒険者同士の連絡や情報共有を目的としてカードに取り入れられたものだ。
だが、すぐさまそれを遊びや楽しみのために使う連中が現れた。
カードの動画通信機能を利用して、未熟な冒険者がアドチューバ―となり、無茶な冒険に出たり、わざわざ封印されていたモンスターやモンスターゲート(別世界からモンスターをこの世界に呼び込むゲート)を解放して配信。結果、多大な迷惑をかけるという事件も起きている。
それでも人々はアドチューバ―を禁止したりせず、娯楽として楽しむことをやめていない。
ただのパン屋の親父や花屋の娘でも、冒険者カードさえ持っていれば冒険者達の生の冒険を実際に見たり感じたりできるのだ。
冒険者カードを通して配信される冒険の数々。
ハイエルフとの高貴な果し合いに胸躍らせたり、ダンジョンに居を構える骸骨商人との魔剣購入値切り交渉のはずがいつの間にかセクシーゴブリン王の彫像を買わされている様子を笑ったり。
冒険者ギルドだって、新たな収入源として一般人向けの冒険者カード発行を推奨し始めるくらいだ。
その内、配信には広告が載せられ、そこから得た収益は配信している冒険者達にも分配され始めた。
もちろん、人々により多く見られた配信ほど分け前は大きくなる。
こうなれば、より多くの人々にウケる配信を目指し、冒険者達が配信に雪崩を打って参入するのも必然。
アドチューバ―が盛り上がり出したのだった。
しかし、こうしたアドチューバ―全盛の時代になっても、その時流に乗り切れず、埋没していく者の方が多い。
エモリスもそんな一人で、
「……よしっ! こうなったら、明日はもっと攻めたぷにょちゃん達を撮りに行くまで! 切り替え切り替え!」
ネガティブな考えを振り払うように、頭を上げた。
絶対、これを配信すれば大うけして視聴者数もうなぎ上り!
そうなれば幼馴染のエモ―キンの居場所の情報もすぐに集まる集まる!
そんな目論見からはじまったのが、ダンジョン内のぷにょちゃん──ふつうはスライムと呼ばれるモンスター──の姿を配信するエモリスのぷにょチャンネル。いわゆる動物(モンスター)動画配信だ。
子ケルベロスや仔サーベルタイガーのじゃれる様子を配信するといった、もともと強いジャンルの配信。
エモリスはそういったかわいくて癒されるモンスターの中でも、最も最高で最も最カワであるぷにょちゃん達の様子を配信したら死ぬほど受ける! しかもまだ誰もぷにょちゃんメインの配信はしていないし、まさにブルーオーシャン! と期待していたのだが……。
そう思っていたのはスライムを偏愛するエモリスだけだったようだ。
御覧のように、結果は出ていない。
一般のリスナーには不定形でプルプル震えるモンスターの魅力がいまいち伝わっていないのか。
エモリスは同接常時一桁(たまにゼロ)という底辺アドチューバ―に甘んじている。
それにしてもなにがいけないんだろう? とエモリスは首を捻った。
その理由を探ろうと、早速今日のブラックスライム配信を振り返ってみる。
1人反省会だ。
冒険者カードを覗き込む。
「……やっぱり、黒一色の黒ぷにょちゃんを配信するのは見た目地味過ぎだった……? こことか、いいお腹見せてくれてるんだけど、画質が悪くて伝わってないとか……? ……そうだよね……よりカラフルなぷにょちゃんの方が目立つもんね……」
ツイ、ツイ、と冒険者カードの画面を操作するエモリス。
そうやって今日の生配信の内容確認に熱中するあまり、エモリスは冒険者カードに送られてきていた緊急メッセージに気付けない。
それは冒険者ギルドから冒険者達へ警戒を促すものだった。
曰く、
『SSランク危険モンスター首攫いデーモンの出現を確認。ギルドメンバー各員は速やかに
と、一刻も早く走れ逃げろ死ぬぞ、という内容。
そこに添付された画像には真っ赤な体に四本腕のデーモンの姿も映っている。
エモリスは知る由もなかったのだ。
今日の
残念なことに、この首攫いデーモン襲来の警告が発せられたのは、エモリスが古の幻影に入ってしまった後だった。
まさにエモリスが配信をしている最中のことで、その時着信メッセージに気付けなかったのも無理はない。
今日は冒険者が少なくて良かったな~、とか思ってたくらいだ。
今も危機感なく、まだ冒険者カードから頭をあげない。
ぶつぶつと今後の配信について善後策を呟いている。
「……だったら、明日は下層のフローラルぷにょちゃんのいるあたりまで降りようかなぁ……あの子なら真っピンクでキュートだから……そのぐらい攻めないと……! 普通のぷにょちゃんじゃ、きっともうみんな飽きちゃってるんだよね?」
エモリスは今日の自分の配信、毒と酸を撒き散らすブラックスライムの愛らしい寝姿を見直しながら溜息を吐いた。
「……それにしてもかわいいなあ……うん、ここ! このあざとかわいいポーズ……! これなら、たとえぷにょちゃんに興味のない人でも……」
いつしか、エモリスの手はグーの形に握りしめられている。
「……そうだよ、こんなにかわいいんだもん、一回でもわたしの配信を見てもらえれば、きっとみんなにもぷにょちゃん達の可愛さは伝わるはず……! そのためにはとにかくまず見てもらうこと……なら、わたしの好みなんか封印してもいい。一般受けするぷにょちゃんを前面に出してくっ……! 大人になるってきっとそういうこと……!」
人気のなさに項垂れて諦める、という選択肢はエモリスには全くないようだった。
そんなエモリスの決意の表情が、ブラックスライムの動画を見ている内に緩んでいく。
「……それにしても、いい仕事したなあ、わたし! ここの黒ぷにょちゃんのプルプル具合、食べちゃいたいくらいかわいい……!」
エモリスの顔には再び笑顔が浮かんでいる。
楽しそうで何より、と言いたくなるような笑み。あと、よだれ。
冒険者カードに映し出されているブラックスライムのあどけない姿態に釘付けといった感じだ。
と、そんな風にダンジョン内で配信のことばかり気にしていると、いつのまにかモンスターに忍び寄られているというはよくある話。
バッシャバッシャ。
どこか耳障りな水音が周囲に響きだす。
エモリスは我に返った。
「あ……」
エモリスの目の前に真っ赤な体に4本腕の人型モンスターが姿を現していた。
毛の一本もないつるりとした体。
巨人、というほどではないが、それでも人に比べたら大柄だ。
腰からぶら下げた幾つもの生首が揺れている。
そのモンスターの頭部に、すっ、と横一本の切れ目が入る。
それが口で、いやらしく歪むのに、エモリスは気付いた。
理解しがたい、耳障りな声がそこから漏れだす。
それは深淵の言葉で、
「……首……お手玉……」
といった意味だった。
だが、エモリスにとってそれは沼地から湧き出るあぶくの様な音に過ぎない。
意味を聞き取れず、
「えっと……な、なん、ですか……?」
そう問いかける。いや、問いかけようとした。
が、4本腕のモンスターはその言葉が言い終えられる前に、光の速さでエモリスの横を通り抜けていった。
その際、モンスターの4本腕がエモリスの首元を、しゅっ、と薙いで行く。
「あ」
エモリスの間の抜けた声。
4本腕は再び口をいやらしく歪める。
首攫いとして、新しいコレクションが増えた喜びを感じながら。
と、
「……?」
4本腕は不意に真一文字に口を閉じた。
4本腕の4つの手。
その手の中のどれにも首が入っていない。
ありえないことだった。
首でお手玉ができず、4本腕は不愉快になったようだ。
ゆっくりとエモリスの方へと振り返る。
が、不愉快だったのはエモリスも同じ。
4本腕が通り過ぎる際、ひょいと4連撃を躱していたエモリスだったが、つまずいて冒険者カードを落としてしまったらしい。
丁度、今日の配信動画最大の見せ場、ブラックスライムの滅多に見られない腹だし仰向け寝姿のシーンを見ていたというのに。
エモリスの頬がぷっと膨れ、
「……邪魔しないでください!」
4本腕がその4本の腕でガードする間もない。
エモリスからの一撃が4本腕の腹に叩き込まれた。
びしゃっ。
単純な力。
魔力が放出されたとか特別な技が使用されたとかではない。
なのに、4本腕はその衝撃で弾け飛び、肉片が四方八方に散らばった。
そうして、その場にただ一人残るはエモリスのみ。
そのエモリス、身をかがめて手早く冒険者カードを拾うと、
「……もう! せっかく癒されていたのに……!」
ぷんすこ。
スライム動画の視聴を邪魔されて容赦なし。
腹立ちを押さえるように、再び冒険者カードからスライム動画を見始めようとする。
と、そこで違和感を覚えた。
「……え? あれ? 配信されてる……?」
いつのまにか、配信モードになっていたようだ。
冒険者カードの通信機能スイッチを押してしまっている。
その証拠に、カード上には現在視聴者数1と表示されていた。
そして、コメントも。
『!? なに今の!?』
「あ、わ、あれ!? あ、ああああの、こ、こんにちは!」
万年視聴者一桁アドチューバ―のエモリスにとって、コメントを残してくれるリスナーなど都市伝説のような存在。
コメントを拾うなどめったにない経験だ。
「え、ええーっと、『ただの平民』さん……? 見てくださってありがとうございま……あ、違う!」
見られていた、ということは。
エモリスが4本腕のモンスターを粉砕した、情け無用の残虐ファイトシーンを見られていたということだ。
「あ、あの、これ違うんです!? わたしは皆さんを癒すようなかわいい配信をしてるんです! こ、こんな殴ったりとかお見苦しいところをみせてしまって、その……! ご、ごめんなさい! さっき見たことは無かったことにしてください!」
と、コメントが流れる。
ただの平民からのコメントだ。
『今のって、ギルドが退避命令出してたデーモンだよね!? それを1人で!?』
退避? なんのことやら?
と、エモリスは首を捻りかけるが、すぐにそんな疑念は脇に追いやった。
「あー、あのあの、ありがとっございましたっ! 配信を終わります!」
『待って! 話があるの! お願い!』
「は、話……?」
『そう! ねえ、あなた、私と契約して頂点アドチューバ―を目指さない?』
ただの平民からのコメントが、エモリスの目に焼き付いた。
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