【番外編】初めてのデート(後編)
「でね? 真似ってばめっちゃ下手で笑っちゃった。童貞丸出し。もっと勉強しなさいって言ったらなんて言ったと思う?」
日曜日の夜。
月見里更紗はアイスティーを片手に絶好調だった。
土曜日のデートのことを楽しげに──満面の笑みを浮かべて話す彼女の姿はもう、忍野撫子には「惚気ている」ようにしか見えなかった。
たとえ言葉の上では彼氏──更衣真似のことをこき下ろしていても、だ。
口は悪くとも顔に出てしまう。そういう素直だけれど素直じゃないところは更紗のチャームポイントだと思う。
「そうですね。真似さまでしたら『じゃあお前で練習させてくれ』でしょうか」
「正解。ほんとわかりやすいわよね、あいつ」
ここは撫子の部屋だ。
寮の壁は厚めに作られているので普通の声量なら隣室に迷惑がかかることはない。
同時に他の者が入ってくることもないのでプライベートな話にはもってこいだ。
まあ、更紗が話している内容はかなり親しい間柄でも気を遣うようなそれなのだが。
「では、昨夜はうまくいかなかったのでしょうか?」
撫子は気にすることなく、むしろ話がスムーズに進むように助け舟を出す。
彼女と更紗はパーティメンバーであり同級生であるという以上に同じ男性──更衣真似と深いかかわりを持っている、という点で共通している。
さらに、お互いを恋のライバルなどとして敵視してもいないのだから、ある意味家族以上に親密な間柄だと言えた。
撫子の相槌に気を良くしたのか更紗は笑みを深めて、
「ううん。なんだかんだでけっこう上手くいった、かな? あたしも初めてだったから正直よくわかんないけど」
「更紗さまも女性的な興奮を覚えていらしたのですね?」
尋ねると今度は恥ずかしそうな赤面顔に変わった。
「まあね。あいつに言葉責めされてたらだんだん気分良くなってきて……途中からは正直、夢中になっちゃってよく覚えてないくらい」
「お二人はやはり相性が良いのかもしれませんね」
「……うん。そうかも。あたし今すごく楽しいの。彼氏作るのがこんなにいいものだなんて思わなかった」
更紗の表情はとても深い感情を湛えていて──率直に言えば「女の顔」だった。
少女めいた「恋」のそれとは違う。大人の「愛」には相手を愛する分だけ何らかの愛を返してもらう、というギブアンドテイクが色濃く介在する。愛の形は言葉や物、金など人によって異なるが、更紗の場合はわかりやすく「身体と心を満たされること」なのだろう。
であれば、更紗がこれだけ満たされているのは相手が真似だからだ。
少女自身がそう評したように真似は童貞だ(正確には童貞だった)。本人は自分勝手で短絡的なところが多分にあるものの、彼は異能によって更紗や撫子の「望み」を知り、それを自分のことのように捉えられる。
そこらにいる「自称S」などとは違い、かなり正確性の高いコミュニケーションが望めるのだ。
より明確に表現するならば、更紗の露出癖に沿って露出プレイや言葉責めを実行できる。
一般的な女子にとっては心惹かれないポイントだろうが更紗、そして撫子にとってはこれ以上ないほどに重要だ。
特に撫子はそうだが、人に言いづらい性癖を抱えた女子にとって必要なのは彼氏よりも先に「ご主人様」なのである。
「……それで、撫子はどうだったの?」
ひとしきり惚気を吐き出し終えた更紗はアイスティーでひと息入れると撫子に尋ねてきた。
更紗との一夜を終えて朝帰りしてきた後、つまりは今日の昼間、撫子は真似と一緒だった。先を更紗に譲った代わりに真似の時間をたっぷりもらって二人きりの時間を過ごしたのだ。
正直、行為の余韻はまだ身体にたっぷりと残っている。
彼との交わりをひとつひとつ思い返しながら、撫子はほう、と息を吐いて、
「至福と申し上げるしかない時間でした」
生きていて良かったと涙さえ流した。
自分は今日この瞬間のために生まれてきたのだと確信できるほどの幸福感。
満たされる喜び。女には「これ」が必要なのだと強く実感し、その行為によって生まれ変わったような錯覚さえ覚えた。
敢えて抽象的に語ったひとつひとつを更紗は文句ひとつ言わずに受け止めて「そっか」と微笑んだ。
「なんだ。じゃあ撫子も初体験しちゃったんだ」
「いえ。初体験を迎えたのは真似さまですので、わたくしはまだ処女ですよ?」
「うぇ!? あんたたち『そっち』を先にしたの!?」
「ええ。だって、わたくしのはじめては一回きりでしょう?」
真似は異能によって他人に姿を変えられる。
パンツを脱ぐと変身が解けるしブラを外すと同調できなくなる、という制限はあるものの、逆に言うとそれさえ守れば撫子になったままいろんなことができる。
極論、死ななければ変身解除でなかったことになるので、自分の身体だと怖くてできないようなことでもかなりやりたい放題である。
主導権を交互に握るという約束だったので一回目は撫子が「攻め」でも問題はない。
「ちょっと待って。じゃあどうやって挿れたの? やっぱパンツずらしたわけ?」
「いいえ。こういう時のために専用の下着を用意いたしました」
着用するパンツやブラの形状は問われていない。
セパレートタイプの水着でさえ発動したのでここは真似が下着と認識しているか否かの問題だ。
であれば、本来の下着としての機能を放棄して飾りの役割だけに特化した勝負下着の中の勝負下着であっても真似がそう認識すればパンツでありブラとなる。
穴が開いていれば挿れるのにもいじるのにもなんら問題はない。
これには更紗も感動したように瞳を潤ませて、
「そっか。……そういうのを使えば真似にもノーパンプレイみたいなことさせられるんだ」
「今回は試しませんでしたが、思い込みの強度によってはガーターベルトだけを着用しても変身可能かもしれませんね」
どっちにしても特殊な形状のブラ、パンツを撫子たち自身が一度は身に着けないといけないが。
「ああ、そういえば真似とそれも実験したのよ。あたしと一緒に買ってプレゼントしあった新しいやつで試したらあいつ変身できたの」
「では、更紗さん用の下着であれば着用経験の有無は関係ない、ということですね」
「そうね。これなら部屋にストックしてある新品でもいけるかも」
必ずしも着用しなくともいけるかもしれないらしい。
これはなかなかの朗報だ。とはいえ撫子も更紗も、自分が着用した下着を人につけられる、つけさせることに興奮を覚えてしまう性癖なのだが。
「それでそれで? どんなことしたの?」
「今回は初回でしたので可能な限り抑えるようにいたしましたが……その、具体的に口に出すのはさすがに憚られますね」
激しいうえに特殊なプレイだ。
下手をすると真似の尊厳にも関わってくるので不用意に話せない。
「真似さまもわたくしに同調していらっしゃいましたので、普段ならばぜったいになさらないような反応も多くございまして──」
「なにそれ詳しく教えなさいよ」
「更紗さまのご様子を真似さまから詳しく聞き出しても良いのでしたら」
要するにそういう話だ。
自分の姿をして自分と同じ性癖の少女を嬲っていたわけなので、彼女もとい彼の反応について語るのは撫子にとっても羞恥プレイ。そそられるので語りたくなってしまうが、ここは我慢である。
羞恥特化ではあるものの撫子同様に被虐性癖を持つ更紗は同じようなことを考えたのか「ぐぬぬ」という表情を浮かべた後で諦めたようにため息をついた。
「しょうがないからあいつと一緒にプレイする時の楽しみにしておくわ」
「それがよろしいかと」
もしかすると恥ずかしい姿を晒し合った仲としてさらに二人の仲が深まるかもしれない。
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