【番外編】初めてのデート(前編)

 美少女が着飾っている。

 待ち合わせ場所に立つ更紗を見て、俺は「あいつワンピースなんて持ってたのか」と思った。思えば学内でしか会っていなかったし、日中は制服がデフォなので私服姿を見たのなんて数えるほどだ。

 動きやすいのを好む奴なので清楚な私服なんてそれこそデートの時くらいだろう。


 デート。


 時間遅れてないよな? とスマホを確認すると十五分前。

 大丈夫。俺のほうが遅くなったのはあいつが早く来すぎたせいだ。

 学園の正門から真っすぐのところにある噴水広場。

 九割を占める寮生はわざわざ来ないエリア──かと思いきや土曜のせいかけっこう人通りがある。さっさと声をかけないと余計なナンパがやってきそうだ。


「更紗──」


 物陰から出て声をかけようとしたところで案の定。

 二人組の上級生っぽい男子が「ねえ」と少女に声をかけた。


「友達と待ち合わせ?」

「どうせだったら俺たちと遊ぼうぜ」


 どこにでもいるんだなこういう奴。

 っても、この学園の学力レベルは高くない。異能適性のほうがずっと重視されているのでチャラい輩を排除しきれない。

 モンスター相手に命のやり取りしてる関係上、あんまり不真面目な奴は淘汰されるはずなんだが──戦いでストレス溜まってるからこそナンパしたがるのか。

 先輩となるとさすがに強く出るのも危険かもしれないが、


「ごめんなさい。あたしこれからデートなので」


 言いやがった。

 ドストレートを投げられた野郎どもは一瞬怯んだ後に、


「へえ、どんな奴と?」

「こんな奴です」


 しょうがないので声をかける。

 俺を見て「なんだ、この程度かよ」という顔になるナンパ男×2。イラっとするが事実なので仕方ない……と、


「あ。おはよっ、真似」

「あ、ああ。おはよう、更紗」


 少女の飾らない笑顔が俺を含む男三人を撃破した。

 なんか言おうとしてた二人が今のを見て「は、はは」とフェードアウトしていく。

 別に恋する笑顔ってわけじゃなかったと思うが、まあ仲良さそうなのは伝わったっぽい。


「? どうしたの?」

「いや。お前がめちゃくちゃ可愛いからびっくりした」

「あはっ。なによそれ。今更言うこと?」


 いつもの可愛さとはレベルが違うんだよ。


「そのワンピース、撫子のチョイスか?」

「ああ、うん。おススメのブランド教えてもらったの。どう?」

「可愛いよ。高そうだけど」

「それね。お金入ってなかったら絶対買わなかったわよ」


 うん、中身はいつもの更紗だな。

 話していると少しずつ安心してくる。荷物を肩にかけ直しながら俺はふっと息を吐いた。


「それにしても大きなバッグ持ってきたのね」

「ああ。今日は買い物だろ? 念のための収納用と着替えだよ」

「あんたもしかして変身する気なの?」

「この間急に『変身しろ』とか言われただろ。念のためにな」

「ふーん、そっか」


 頷いた更紗は俺と手を重ねて──さっとバッグを奪い取ってくる。


「あ、おい」

「あたしが持ってた方が楽でしょ? さ、行こ?」


 指の触れたところがなんだか熱い。

 慌てて「待てよ」と追いかけると背伸びをした少女に囁かれて、


「ちなみにあたし、今日もノーパンだから」


 というわけで今日はデートである。

 なんでこんな美少女と俺が付き合えることになったのやら。

 あらためて考えてもよくわからないが、まあ、ひとつ言えるのは普通にしてるこいつはほんとに可愛いってことだ。



   ◇    ◇    ◇



 付き合い始めて最初のデート。

 話し合った末に決めたプランは「買い物して飯食ってお茶」だ。

 定番中の定番。


「前から思ってたんだが、この手のデートって金がないと無理だよな?」

「そうね。遊園地も水族館も映画館もお金使うところだし」


 毎週デートとかし始めたら金がいくらあっても足りないんじゃないか。


「そのうえ飯はお洒落なレストラン、とか無理だろ」

「ファミレスとかコスパ最高なのにね」

「ちなみに牛丼屋は?」

「この服で入るのはちょっと抵抗あるわね。がっつり食べたい時ならいいけどデート向きじゃないでしょ」


 そりゃそうか。

 などと話しつつ向かったのは──。


「こんにちは。なにか新しい剣とか入荷してないですか?」


 前にも二人で来た刃物店だった。

 デートっぽくはないが、まあ俺たち的には当然の流れだ。

 今日、買い物デートに決まったきっかけは「金が入ったから」。

 金が入って真っ先に買いたいものと言ったら装備だ。服とかも多少は買うとしても一番金を使いたいのはここ。なので散財しないうちに訪れるのは理にかなっている。


「なんだ。この前のはもう壊しちまったのか?」

「まあね。ドラゴンにさんざん叩きつけたから」

「そりゃ剣も駄目になるな。じゃあ前回と似たようなの見てくか?」

「そうね。見せてくれる?」


 また裏に連れていってもらって、更紗は何本か試し振りしたうえで新しい片手半剣を選んだ。

 俺はといえばその間にもう少し軽い剣を物色して、


「更紗。これも振ってみてくれよ」

「いいけど。もしかして予備にプレゼントしてくれるの?」

「プレゼントまではできないけどな。共用できないかと思ったんだ」


 俺も更紗になった時用に接近戦用の武器が欲しい。

 ナイフじゃ軽すぎるが片手半は扱いづらすぎるので片手剣が無難だろう。

 比較的軽いので、使わない時は更紗に予備として持っておいてもらえばいい。なんなら普通に使ってもらってもいいし。


「なるほどね。じゃあ……握りの形的にあんたがさっき見てたこっちかしらね」

「お前、こっちもしっかり見てたのかよ」

「そりゃあ、なんか熱心に見てるから気になるじゃない?」

「まいど。でも、お前らならもうオーダーメイドでもいいかもしれないぞ?」

「それはドラゴンの牙でやってもらうからいいのよ」

「ドラゴンの牙ときたか。そいつはいいな。出来上がったら見せに来てくれ」

「ええ、約束ね」


 購入した剣は後日届けてもらうことにした。

 さすがに今日は荷物を置きに帰りたくない。


「真似。銃も見ていく?」

「あー。今日は止めとこうかな。別に壊れてないし、弾の補充は今度メンテに持ってくる時についでにするから」

「そっか。じゃあ他の装備見ましょ」


 更紗が次に欲しがったのは靴だ。

 けっこう飛び跳ねるので丈夫かつ履き心地のいい靴が要る。

 スポーツ用どころか戦闘用のものからいくつか試して一足に決める。


「あの、これって同じのもう一つありますか?」


 靴はけっこう盲点だった。

 サイズが合えばいいと思っていたが、どうせならいい奴を買っておきたい。

 今は一足しかないそうなので取り寄せてもらうことにした。手続きをしていると更紗がこそっと、


「なんかペアルックみたいね」


 お前になった時に使うからペアっていうか双子コーデみたいなもんだけどな。


「あ。ねえ真似、あたしいいこと思いついたんだけど」

「? なんだ?」


 にやにやする更紗に連れていかれたのは普通の衣料品店。

 俺たちも若い学生だから当然こういう店も需要があるわけだが──。


「ほら、あたしに変身して」


 言われるまま変身させられた俺は更紗の手で次々服や下着を押し当てられる。

 こうすると自分で試着するより早いし似合うかわかりやすいらしい。


「あんたもあたしの身体用の私服持っておいたほうがいいでしょ?」

「確かにそうだが。自分用の服を相手で見立てるって変な感じだな」

「なんならプレゼントし合うでもいいけど?」

「そういや新しく買った服でも更紗に変身できんのかな……」


 これについて「試してみればいいじゃない」と更紗は軽く言ってくれたものの、試着室で男に戻るのはまずいので試すのは後回しにした。

 それにしても自分用に女子の服を買うとかなんか変な感じだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る