ささやかな打ち上げ

 ボーナスが無事に配分されてお開きムードが漂い始めた頃。

 飛騨先生は一同にこんなことを告げた。


「近々、十一層のボスが復活します。そちらの討伐メンバーについても募集していますので是非参加をお願いします」


 解散になり、大教室内が一気に騒がしくなる。

 懐が温まったことと終わり際の告知も原因の一つだろう。


「わ、増えてる! 増えてるわよ真似! あははっ、桁がおかしいんだけど!?」

「マジか。マジだ。額が多すぎて現実味がないな」


 スマホを見るなり大笑いする更紗とは逆で、俺は「夢じゃないのか?」と頬をつねりたくなってしまう。


「撫子、つねってくれないか?」

「洗濯ばさみでよろしいでしょうか?」


 よくねえ。

 ぞろぞろ出ていく人を眺めながら「にしても」と俺はこぼして、


「またすぐボス退治か。忙しいなこの学園」

「新入生が来る直前に討伐タイミングの調整が行われるそうですから、その影響でしょうね」


 ドラゴンみたいに無視したりやりすごせないボスも多いが、ある程度誘導や拘束が効くボスもいる。

 オーガとかならなんか岩とかに閉じ込めてしまえば簡単には出て来られないだろう。あんな感じで時期をずらして新入生と即当たらないようにしているわけだ。

 まあ、十一層とかまで潜れる新入生は放っておいてもそんなに問題ないかもだが。俺たちだって初見かつ一パーティだけでオーガと当たっていたら危なかったかもしれない。

 つまりここからはボスラッシュってことだ。


「お前、すぐに挑戦する気か?」

「んー……さすがに難しいわね。まずは牙を受け取って加工してもらわないと」


 でないと武器がない。

 とはいえ加工には時間がかかる。加工賃は牙代を差し引いても十分捻出できるとして──。


「いったん普通の剣買い直したほうがいいんじゃないか?」

「そうしようかしら。いっそ今度は日本刀にする?」

「ハンマーとかのほうがお前に合ってるんじゃね?」

「ああいうのはあたしの美学には反するのよ」


 などと言っていると「参加するなら歓迎する」と声がかかった。


「善野」

「なんだか妙な縁になってしまったが──君たちは間違いなく一年生を牽引している。来年はリーダー格になっているかもしれないな」

「なによあんた、悪いものでも食べたんじゃない?」

「ぐっ……!? 月見里さん、君はもう少し言葉遣いに気をつけるべきだ」

「恭くんの日頃の行いにも問題があるんじゃないかな?」

「そうだぞこの鈍感野郎」


 ついでに思っていたことを言ってやると「なんで君にそこまで言われなきゃならない」と睨まれた。

 そりゃ本人の気持ちを直接感じたからに決まってるだろうが。


「私も、あなたたちにはまだこの学園で活躍して欲しいな」

「飛騨先生」


 彼女は微笑を浮かべてどこか遠くに目をやり、


「ダンジョンは危険よ。でも、ここにいる限りは私たちの目が届く。フリーになったあと亡くなった、なんて報せは聞きたくないの」


 学園に入学した奴の中にはさっさと十分な額を稼いで退学する奴もいる。

 俺もまあわりと目的を果たしたわけではあるが、今のところそういう予定はない。六千万じゃ老後まで遊んでいけるかは微妙だし、なによりこいつらを放ってはおけない。


「心配しなくても俺らは退学しませんよ。なあ更紗?」

「そうね。一回ドラゴンを倒したくらいじゃ有象無象の注目度だろうし」

「わたくしもまだまだお役に立ちたいと思います」

「よかった」


 安堵の息を吐いた先生は更紗の手をそっと握った。

 俺の彼女になった少女は頬を染めて視線を逸らす。なんだ、百合か?


「ダンジョンはまだまだ下があるわ。……もっと言えば国内にあるダンジョンはここだけじゃない」


 たまにダンジョンが攻略完了して消滅したっていうニュースは聞くものの、新たに発生するケースもあるので結果的に大して減ってはいない。

 卒業生はその腕を買われて各地のダンジョンに潜ったりすることが多い。

 学園だって専門のチームを持っていて定期的にここのダンジョンや他のダンジョンに派遣している。

 要は世界はまだまだ広いってことだ。下に行けばドラゴン以上の強敵だって待っているし、どうして世界にダンジョンが生まれたのかも解明されていない。


「腕のいい探索者は一人でも多く必要よ。そして一日でも早く世界からダンジョンがなくなればいいと思う」

「ダンジョンのせいで人が死ぬから?」


 尋ねた更紗は多くを語らなかった。

 先生も静かに「ええ」と答える。


「仲間も、生徒も。一般の人たちも。死ぬ人は少ないほうがいいでしょう?」


 学園の教師なんかやっていれば教え子が死ぬこともあったはずだ。

 誰かのために俺が犠牲になる。……そんなのを承知する必要はない。俺はそこまでお人好しでも正義漢でもない。

 だけど。

 拳を握る。この学園に来て俺の人生は変わった。最初はどうなることかと思った。それでも蓋を開けてみればこの学園とこの異能のおかげで俺は冒険ができている。


「俺たちなりに頑張りますよ」

「そうね。結果的に世界を救っちゃったりはするかもだけど」

「どこまでもお伴いたします」


 善野が呆れ顔と笑顔を半々にして肩をすくめる。


「本当に君たちはマイペースだな。まあいいさ。十一層の件、考えておいてくれよ」

「考えておきます。ちなみにどんなボスなんです?」

「ドラゴンに比べれば小物だよ。小さい分、個々にかかる負担は大きいけどね」


 小物って物理的なサイズの話かよ。

 会場を出ると一気に肩の荷が下りた感じがした。はあ、と息を吐いて、


「んじゃ帰って寝るわ」

「待ちなさい」


 リードで繋がってるの忘れてた。ぐいっと掴まれて物理的に制止させられる。


「もう、あんた回復用のパンツ用意しときなさいよ」

「そんなもんどっから調達するんだよ」

「外部の親しい子からもらってくればいいでしょ? 戦わない奴なら安心じゃない」


 そんな女がいたら俺はこんなに女に飢えてない。

 いや、姉貴なら売ってくれそうだな。あいつのパンツ穿くとかなんか嫌だけど。

 穿いたら姉貴の気持ちも理解できるようになるんだろうか。

 理解してみたいような、理解したくないような。


「いちいち男子寮に呼びに行くのも面倒なのよね。いっそ女子寮に部屋を作れればいいのに」

「おい、俺男だからな? 忘れてないよな?」

「寮にいる時はずっと女でいればいいじゃない。どうせ一瞬で着替えられるんだし」


 それで周りが納得するか? ……しそうな気もするな、この学園だし。


「で? これからどうするんだよ? 飯でも行くか?」

「そうね、そうしましょうか。撫子もそれでいい?」

「ええ。真似さまの体調を考えますと羽目を外すのは難しそうですし」

「悪いな撫子。もう一日寝たら回復するだろうから辛抱してくれ」


 そう言うと撫子は「はいっ!」と笑顔で頷いてくれた。

 これには更紗がジト目で、


「あんた、けっこう進歩したわよね? ……いや、退化なのかしら」

「どういう意味だ。俺は最初っから好青年だっただろ」

「どこがよ」

「ふふっ。お二人はわたくしが出会った時から優しくて誠実ですよ」


 誠実……? 俺たちとは縁遠い言葉だ。

 ありえないだろと思いつつ、まあ撫子だし一般人とは感覚がかけ離れているんだろうと納得する。

 歩きながら何を食うか相談するといろんな意見が出た。

 ステーキは前に更紗と食ったので却下。中華はお前昨日さんざん食ってただろってことでダメ。最終的に撫子の提案で決まった店は、


「本当に良かったのか? ハンバーガー店こんなところで」

「ええ。真似さまや更紗さんの好みを知りたいと思いまして」


 ハンバーガーのチェーン店。

 日本で一番有名なあそこに比べると高級感のある店だがファーストフード。ナイフとフォークで食べるレベルのハンバーガーではない。

 たぶん、急に大金手に入れてはしゃいでる庶民がターゲットなんだろう。見事にぶっ刺さってるな俺たち。

 だけど値が張る分味はいいしカスタマイズもしやすくて楽しい。


「定期的に通おうかなここ」

「いいわね。あたしも付き合うわ」


 何千万って手に入れた結果が「ちょっと高いハンバーガー屋で腹いっぱい食べる」とは……。

 もっとぱーっと使ってもいいような。しかしこれくらい庶民感覚のほうが金がなくならない気がする。


「撫子、味はどう?」

「はい。とても美味しいです」


 こういう時のこの子はとてもほっこりする。

 お行儀悪くならないように小さく口にしているのが小動物みたいで可愛いし。どうせ時間はあるんだから、と、ずっと眺めていたくなる。


「それにしても、お嬢様なのによくお家が許可したわよね。こんな学園反対されなかった?」

「ええと……そうですね。両親は反対だったのですが、家としてはむしろ好都合だったようで、結果的にはすんなりと承認されました」

「なるほど、あんたにもいろいろあるのね……」


 前に同調した時には過去の記憶にはあまり触れなかった。

 思い出そうとすれば断片的に思い出せるだろうが今はやめておくことにする。いずれ自然とそういう時が来るかもしれない。

 美味いハンバーガーを腹に入れポテトを頬張っていると幸福感で満たされる。

 寝起きですきっ腹だったのもあってなんだか余計に眠くなってきた。


「寝ちゃってもいいわよ。寝顔見ててあげる」

「うわ。お前に変身してて良かった」

「何よそれ。変身解いてから寝なさいよ」

「着替え持ってきてないから無理なんだよな、それが」


 言いつつ本当に限界になってきたのでゴミを片付けてからテーブル身を預けた。

 慈愛の表情の撫子が頬を撫でてくれる。

 くすぐったいような嬉しいような。


「にしてもほんと紛らわしいわねこれ。なんか見分けのつくアクセサリーとか買うべきだわ」

「そうですか? わたくしはなんだか見分けられそうな気がします」


 ゆっくりと眠りにつく中で女子たちの他愛ない話が聞こえてくる。


「更紗さんは真似さまとどのようなデートをなさるおつもりですか?」

「ええ、それ聞いちゃう? 別にいいけど……そうね、まあ割と普通なんじゃない? ショッピングとか映画館とか、水族館とか動物園とか?」

「素敵です」


 なるほど、それでデートの途中に物陰に入って「スカートめくれ」ってやればいいわけだな。

 なんかわりと正しい気もするアホな思考に身を委ねつつ、俺は幸せな眠りの中に落ちていった。


 夢オチ──なんていうことはもちろんなく、目が覚めると「あんたさすがに寝過ぎよ」と怒る更紗と「お疲れだったのですよ」と微笑む撫子がいて、俺はなんだか妙にほっとした。

 のんびりしすぎたせいで空は暗くなり始めていて、俺たちはついでに夕食をどうするか相談することにしたのだった。

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