祝勝会と報酬分配
「今日は飲んでくれ! そして盛大に食べてくれ! 学校側の奢りだ!」
帰還後、学食の一角を貸し切って祝勝会が開かれた。
オーガの時も似たようなことはあったがあの時とは規模が違う。人数がめっちゃ多いうえに料理もオードブル的な特別なものが用意されていた。
俺たちが戦っている最中から準備は始まっていただろう。そう思うと負けなくてよかった。
料理も美味い。こういうパーティ料理的なやつは雰囲気で美味さが倍増すると思う。
これで酒が振る舞われていたら完全に宴会だったな。みんな学生で酒が飲める年齢じゃないので残念ながら飲み物はソフトドリンクだ。
それでも思いっきり騒げるのは若い証拠か。
「……本当に良かった。みんな無事で本当に良かったぁ」
「先生? あんた酒飲んでますよね?」
なに自分だけ飲んでんだよ、あんただってまだ若いだろ。
飛騨先生はいつもより赤い顔で「?」と首を傾げ、
「このビールは私物よ?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「固いこと言わないでよ。今日はもうお仕事終わりなんだから」
この人、明日起きたらめっちゃ後悔してそうだな。
「俺もよかったです。仲間がみんな無事でしたから」
「仲間……。更衣君が仲間。良かったね、良かった」
「あ、だめだこの人」
酒は今手にしている一缶だけで隠し持ってる様子もなさそうなので、まあこれ以上は悪化しないか。
「ほら先生、ウーロン茶飲んでください」
「ありがとう、更衣君。優しいんだ」
うん、一人で酒飲むの止めたほうがいいぞこの人、絶対。
どうしたものかと思ったところで「どうしたの?」と風音先輩が通りかかったので押し付け──もとい介抱をお願いした。
なんとか逃れて料理を補充しているとエビチリとチャーハンをこんもり皿に持っている更紗を発見。
「同じもの取りすぎるのはマナー違反だろ」
「なによ。いいじゃない少しくらい。あたしは戦いの功労者よ」
「たまたまドラゴンの首落としただけだろうが」
今回は明らかにみんなで頑張ったおかげだ。
すると少女は「そりゃそうだけどさ」と頬を膨らませて、
「少しくらいは喜ばせてよ。あたし的には夢が叶ったんだし」
「そうだな。よくやったよお前は」
ぽんぽんと頭を叩く──のは食事中だしまずいと思って叩く真似だけをすると、
「あんたも頑張ったわね。一人で何人分も働いてたんじゃない?」
「んなことねえよ。あれくらいしないと追いつけなかっただけだ。おかげでめちゃくちゃ疲れたしな」
「前にやった疲労回復法は?」
「全員に変身したから無理なんだよ」
仕方ないからゆっくり寝て寝過ごすつもりだ。
「寝過ごし過ぎないでよ。明日の午後から会議なんだから」
「また会議かよ」
「取り分決めたりするだけだから気楽だけどね」
ドラゴンの死体はボスだけあってなかなか消えなかった。
話によると半日くらいは残るらしい。その仕様を利用して俺たちは死体を剥いで肉や素材を回収、協力して学園へと運び込んだ。
物資運搬専門のスタッフにも協力してもらってたっぷり回収された素材は適切な処理を行ったうえで分配される。
もちろん欲しい素材がなければ売った金を受け取ることもできる。その辺りの話し合いを明日するわけだ。
「それ各パーティのリーダーだけでいいんだろ? お前行ってこいよ」
「馬鹿ね。あたしだけでまともな話ができると思う? あんたと撫子連れて行かなきゃ使い物にならないわよ」
「自慢になってねえぞ」
別にこいつも頭は悪くないんだし大丈夫だと思うんだが。
「お呼びになりましたか?」
制服に着替えて(エロ玩具を外して)すっきりした装いの撫子がサラダと軽食を手に寄ってくる。
彼女はいろんな生徒と歓談していたようで、向こうから若干名残惜しそうな視線が送られてきた。
「異能の件はバレてないみたいだな」
「おかげさまで。……最悪、バレてしまっても構わないのですけれど」
清楚な顔立ちに艶を浮かべて囁く彼女。
「ところでなんのお話を?」
「ああ。明日は分け前決める会議だから参加しろよってさ」
「撫子もなにか欲しいものがあったら言いなさいよ」
「なるほど。では、どこかですり合わせをしておいた方が良いですね」
後でパーティ部屋に行ってリストアップすることになった。
さすがにドラゴンともなると素材も美味い。単にデカいからたくさん取れるというだけではなく、いろいろと利用価値もあるのだ。
肉も珍味として高値で取引されてるらしいし。
「俺は現金がいいかなあ。とにかくまとまった貯金額が欲しい」
「いちおう調べてからにしたほうがいいわよ。後で『しまった』ってことになるかも」
「確かに。ドラゴン産の素材を金で買うことになったらアホらしいもんな」
パーティは「いつまで続くんだこれ?」っていうレベルで続いた。
料理もばんばん追加されていくのは学園の支払いだからって厨房スタッフが張り切っているのか。
ここぞとばかりに色んな人に話しかけて顔を繋いでいる湯美を横目で見つつ、俺たちは頃合いを見て引き上げることにした。
風音先輩と栞先輩からは「頑張ったね」と褒めてもらい、善野からは「まあ、足手まといにはならなかったな」と素直じゃない言葉をもらった。
パーティ部屋に引っ込んだ頃には普段ベッドに入るような時間。
食べ過ぎて苦しくなった腹をさすりつつ、ウーロン茶片手に席について、
「更紗。お前はなんか欲しいものあるのかよ」
「あるわよ。ドラゴンの爪か牙」
「なんでそんなもの──ってあれか、それで剣作るつもりか」
「当たり前じゃない。アスカロンは使い物にならなくなっちゃったし」
竜の爪や牙は優れた武器に、鱗は防具に転用できる。
防具のほうは科学技術の産物も負けてはいないが白兵武器に関してはドラゴン素材のそれが最上級。高難易度の階層でごく稀に出現するというレア武器を除けば最強と言ってもいい。
あれなら更紗の馬鹿力でも折れたり砕けたりすることはないだろう。
完成品を買うとめちゃくちゃ高いので素材を手に入れて加工を依頼するのがベター。この機会を逃す手はない、か。
「ってことはお前、まだ下を目指す気か?」
「当たり前じゃない。ドラゴンだってまだまだ殺すわよ」
これからもばんばん戦うための武器。
「撫子はなにが欲しいんだ?」
「わたくしは竜の血です。滋養強壮に良いそうなので」
「まさかそれ、すっぽんみたいに真似に飲ませるんじゃないわよね?」
「いいえ。飲めば三年寿命が延びると言われていますので両親にと」
親孝行な話だった。しかも竜の血となるとガチで効果があってもおかしくない。
「……あたし、戦ってる間にちょっと飲んだ気がする」
「俺もだ」
三年とは言わないから一ヶ月くらい延びてくれるとちょっと嬉しい。
「真似さまはなにか決まりましたか?」
「いや。俺は無理に剣作る必要もないしな」
いざとなったら栞先輩の異能でインスタントな剣を作るという手もある。
「彼女ができる薬とか作れるなら話は別なんだが」
「あんたまだ女の子との縁が欲しいわけ!?」
なんだその、俺が現状女にモテてるみたいな言い方は。
湯美は俺の異能しか見てないし、撫子も俺と付き合いたいわけじゃない。
「お前が付き合ってくれるなら話は別なんだけどさ」
「いいわよ」
「だよなあ。ほら、やっぱり彼女の一人くらい──いま『いいわよ』って言ったか?」
顔を見つめたらじっと見つめ返された。
「なによ。自分で言っといてあたしじゃ不満なわけ?」
めちゃくちゃ可愛い。最近のこいつはなんか妙に素直な時があって、そういう時は棘が抜けている。
話していて気兼ねしなくていいし、正直更紗以上の相手はなかなかいない。
「むしろ俺からもお願いします」
素直に頭を下げると上から「はい」と返事が降ってきた。
「仲間としても彼氏としてもあらためてよろしくね、真似」
「────」
初めての彼女が最高の笑顔をくれた。
立ち上がって回り込んで抱きしめたい衝動にかられた俺は「立ち上がる」ところまで実行してからはっと我に返る。
まずい。
ここには撫子もいるわけだし、いきなりがっつくのも余裕がないと思われる。
もう少し大人の対応をして少しずつ、
「なにやってんのあんた。あたしとあんたの間でいまさら遠慮とかいらないでしょ?」
「自重しないと今すぐ押し倒すぞお前」
「いいわよ。……あ、する時は電気消さないでよね?」
なんか一般的な要求と逆のことを言われた気がする。
「っていうか、撫子はそれでいいの? 真似取っちゃったみたいな感じだけど」
「構いません。わたくしは真似さまと主従関係を結べればそれで良いので」
「OK。それは好きにしてちょうだい。あたしもこいつと普通の彼氏彼女になれる気はしないしね」
うん、彼女になった女が彼氏と他の女との主従関係をOKするなよ。
俺はめっちゃ嬉しいけど。
「お前も俺を首輪つけて散歩させたりするつもりじゃないよな?」
「しないわよ。むしろあたしを散歩させてほしいの」
アリだな。むしろエロすぎてやばい。
でもアレか。欲望に任せてめちゃくちゃにするのはたぶん俺じゃ無理だろう。
なにしろ更紗とも撫子とも同調してるから情が湧いてしまう。……まあ、だからこそこいつらも俺を信頼してくれたんだろうし。
俺は「わかった」と頷いた。更紗の露出癖に付き合うくらいお安い御用だ。なにしろ撫子の願望も叶えてやらないといけないわけだし。それ比べたら普通すぎる。
「ええと、その場合どうなるんだ? 俺と撫子が交代でご主人様やればいいのか?」
「そうですね。それでよろしいかと」
ストッパーになるはずの撫子がむしろカオスを加速させるせいで俺たちの性癖が収集つかなくなってきた。
◇ ◇ ◇
恋人同士になった勢いで部屋の合鍵(物理的なものではなく電子ロックの解除権限)を渡したところ、翌日さっそく部屋に突入されて寝ているところを叩き起こされた。
「あんたこのまま寝過ごすきだったでしょ?」
「単に目覚ましかけ忘れただけだって……」
むしろ、かけていても起きられなかったかもしれない。
眠い目擦りながら「二人で行ってきてくれ」と告げると半ば強引に顔を洗わされ、コーヒーを飲まされ──そこまでするとさすがに多少目が覚めてきた。
「シャワー浴びてる時間あるか?」
「ないわね。適当にあたしにでも変身しとけばいいんじゃない?」
「じゃあそうするか」
「シャワーの代わりに使われる変身能力ですか……」
おお、珍しく撫子のツッコミが機能した。
「しかし二人並ぶと紛らわしいな。伊達眼鏡でもあるといいんだが」
「アイマスクならすぐにご用意できますが」
「着けたら寝る自信がある。それならチョーカーのほうがいいな」
ついでにリードもつけて更紗に引っ張っていってもらうことにしたら、会場で会った湯美に「更紗ちゃん」と声をかけられた。
「更紗はあっちだ」
「えー? ぜったいこっちが更紗ちゃんだと思ったのに」
なお、更紗の性癖を良く知らない外野は「んなわけねえだろ」という顔をしていた模様。
で。
結論から言うと更紗と撫子の希望は通り、それぞれドラゴンの牙一本と竜の血一瓶を提供してもらえることになった。
これは俺たちが交渉を頑張ったから、というよりは分配で揉めづらいシステムがあらかじめ用意されていたからだ。
まず、報酬の売却総額(概算)を「参加したグループの総数に多少の+αを加えた数字」で割り、算出された額を各グループの取り分にする。
余った+αの分は特に貢献の大きかったグループに分配。
ここで言うには教師や学園自体も含まれている。学園側が中抜きする額も公平にあらかじめわかる、というわけだ。
ちなみに一グループあたりの基本的な報酬額は六千万円。
「六千万っ!?」
明かされた時、盛大に叫んでしまってめちゃくちゃ恥ずかしかった。
ごほんと咳払いした飛騨先生(酒は抜けてるっぽかった)は、
「おかしな数字ではありません。ドラゴン討伐による経済効果は著しいものがありますので」
ドラゴンの血を長生きのために買いたがる金持ちもいるし、ドラゴン素材を使いたがる企業もそれはもうたくさんいる。研究のために素材が欲しい研究者だってもちろんいる。肉も高級食材として売れる。マスコミから取材費も出る。
素材の売却額がすごいことになるので分け前もその分多くなるというわけだ。
一人頭二千万がこの時点で確定。
更紗や撫子はこの取り分を減額する代わりに素材そのものを受け取った形。
「ボーナスに関しては攻撃・防御・各分野で活躍したパーティに振り分けたいと思います」
善野のパーティは当然ここで名前が挙がり、湯美のパーティは挙がらなかった。
「まあ、そうだよねー。湯美はパーティっていうか個人だし。これで六千万もらえてるだけありがたいよー」
「確かにそう聞くとめちゃくちゃ美味しいな」
実際は取り巻き二人にも分けるんだろうからあんまり変わらないが。
と。
「月見里さんのパーティは全ての方面で重要な活躍を果たしました。よって二枠分のボーナスを提案いたしますが、いかがでしょうか」
「ボーナス二枠……!?」
この提案は賛成多数で可決され、俺たちの取り分は一億八千万に決定。
一人頭でもなんと六千万。
「君たちのおかげで随分戦いが楽になった。戦い方に言いたいことは山ほどあるが、まあ、正当な報酬だ。受け取っておけ」
「ありがとね。連携もしやすかったし、また一緒に戦いたいくらい」
「今後の成長にも期待してる」
「……なんか、頑張った甲斐があったわね」
更紗の呟きに俺は「ああ」と短く返した。
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