対ドラゴン・後編
最初のブレスを防ぎきって迎えた反撃タイミング。
俺は栞先輩に変身すると荷物から付箋の束を手に取る。一番上から数枚をむしり取って投げると、『大槍』書かれた文字に従って付箋が鋭く太い槍へと変化。
本物の栞先輩は『矢衾』、無数の矢を生み出して降り注がせる。
風音先輩は圧縮して風のつぶてを放ち、
「ここは湯美の出番だねー」
注目によって異能を大きくパワーアップさせた湯美はいつものコンパウンドボウ──ではなく、ごついライフルを固定して構えていた。
轟音と共に吐き出された大振りの銃弾は硬い鱗さえも砕いて肉を穿つ。
他の二班からも同じように無数の攻撃が飛び、ドラゴンは見る間に傷を増やしていった。
「さすがにすげえな。これなら意外と簡単に」
「油断しちゃだめだよ、更衣くん」
引き締まった声で風音先輩が言った通り、第十層のボスはこのまま黙って終わらず。
攻撃が激しいと見るや、奴はホール全体に響き渡るような咆哮を上げた。
耳どころか頭すら揺らすような大音量。顔をしかめるだけで済めばいいほう。思わず手を止め、耳を塞いでしまう者も多い。
生じた隙に大きく息を吸い込んでブレスの準備。
のたうつ尻尾が第二班を襲い、攻撃の手を止めさせる。さらにはずん、と、地響きと共に足を突き出して前進の構え。
「敵に自由を与えるな! このまま釘付けにするんだ!」
「更衣」
俺の袖を引いた栞先輩から数枚の付箋が渡される。
『泥沼』。
二人がかりの魔法によってドラゴンの足元がぬかるみに変化。慌てて抜け出そうとする巨大爬虫類の身体にすかさず巨大な拘束具が纏わりつく。
効いたか、撫子の拘束!
四肢を戒められ、首を絞められ、さらには体内にまで異物を送り込まれて絶叫。ぶちぶちと革のベルトが引きちぎられていくも、その間にみんな体勢を立て直している。
俺もまた更紗への変身を完了するとPDWを手にして、
「喰らいやがれトカゲ野郎っ!」
集中攻撃の第二波。
赤黒い鮮血が飛び散り、削れた鱗で宙を舞う。
飛騨先生は腰に差していたナイフを引き抜くとそれを鋭く投擲、即座に転移させて──竜の左眼に突き立てた! いいぞ、視界を奪うのは常套手段。このためにタイミングと狙いを調整してたのか。
さらに先生はナイフをもう一本引き抜きながら、
「攻め時です。このまま一気呵成に決めてしまいましょう」
「おう!」
みんなの声がそれに答え、攻撃がさらに激しくなる。
俺もさらに変身、今度は湯美になってライフルを構える。あれだけデカい的ならどこに撃っても当たるってもんだ。
「真似さま。わたくしは下がります。後はどうか」
「ああ。撫子も気をつけろよ」
にっこり微笑み後方へ移動していく少女は臆病風に吹かれたのではなく、むしろさっきよりも強力な拘束を敵に施すつもりだ。
右目に眼帯を装着、手足の枷を繋げればもう歩くことも何かを持つこともままならなくなる。
この状態で施された再度のバッドステータスはドラゴンから右目の視界を奪い、四肢の自由を封じ、僅かな間ながら完全な無防備状態を作り出した。
二発のライフル弾が立て続けに命中。
栞先輩が遠距離系の付箋をまとめてばらまき叩きつけ、俺の付箋までむしって追撃をかける。
咆哮。
やぶれかぶれか。喉の奥に炎を宿し吐き出そうとするドラゴン。
まともに見えていないので狙いなんてついちゃいないが、だからこそやばいか。
真っすぐ来るよりも逆に風で防御しづらい。
風音先輩に戻りながらもどうするべきか迷ったところに、
「二人とも、捕まってください!」
飛騨先生が俺と風音先輩をまとめて引っ掴んでテレポート。
気づいた時にはドラゴンの口が正面にある。酔った、なんて言ってる暇もなく、放てる最大限の風を叩き込んで──再度のテレポートでみんなのところへ。
威力を減じた炎が横合いから飛んでくるのは善野が作り出した巨大な防壁が全て防ぎ切り、
「待たせたな! 接近戦で一気に片をつける!」
「待ってました!」
ばさっとマントを投げ捨てたのはうちのエースにしてリーダー、更紗だ。馬鹿力から繰り出される剣の威力は折り紙つき。
愛用の片手半剣にはそういや結局名前がついてない気がするが、
「せっかくだからこの子はアスカロンとでも名付けようかしら」
「また名前負けしそうなやつを」
「竜を殺せばそのへんの包丁だって竜殺しの武器になるのよ」
接近戦は弾を込めたり弓をつがえたりする必要のないぶん、もっとも速く強い攻撃だが、その分だけ隙も大きくなる。
更紗の兄が死んだのもこの「詰め」の段階だった。
痛めつけられたドラゴンが暴れるだけでも人なんか簡単に吹っ飛んで死ぬのだ。怖くないはずがない。
だが、笑みを浮かべた彼女には緊張の色は見えなかった。
「死ぬなよ、更紗」
「誰にもの言ってんのよ、あんたは……っ!」
目にも留まらぬスピードで跳躍した少女は敵の顔のうえに飛び乗ると思いっきり剣──自称アスカロンを突き立てた。
血しぶき、絶叫。
見ているだけで背筋がぞくぞくするような光景を同い年の少女が演じている。へそまで見えるようなエロい格好で、鮮血を浴びながら笑みを浮かべて。
「っ!」
飛騨先生の転移させた二本目のナイフが右目を貫通。
善野を含む他の接近戦担当者もまた自慢の武器を閃かせ、ドラゴンから肉を直接切り取っていく。
栞先輩は『鎖』『拘束』『束縛』『雁字搦め』などなど拘束系のワードを連打して敵の自由を奪い続け、
「撫子、立てるか?」
「真似さま。わたくしにこれを着けてください」
差し出されたのはボールギャグ──名前通りボール状の部位を持つ口枷が俺に手渡される。
どこに持っていたのかと言えば異能でいま作ったんだろうが、相手が撫子じゃなかったら冗談か、あるいは気が狂ったんだと思うところだ。
にしても大盤振る舞いだな撫子。
小さな口を大きく開けさせ、ボールを口に嵌めたままベルトで固定するのはなんというか妙に興奮した。後ろのほうなので誰にも見られていないのが幸い、ってこら、そこのマスコミこんなの撮るんじゃねえ。
なにはともあれ、口を戒められた敵は噛みつくことも吠えることもできなくなり。
流れた竜の血で床はプールのような有様になっている。
こうなればもう勝利は時間の問題だろう。
こういう時が一番怖い。やりたい放題やられたドラゴンが「せめて一人でも殺してやろう」と暴れないわけがないのだ。
俺は唇を噛むと再び更紗に変身。
「真似さま?」
「俺も行ってくる。近づけば
「なら、これを使うといい」
いつの間にか近づいてきていた栞先輩が俺に一枚のカードを差し出す。
《竜殺しの聖剣》。
なんかのTCGらしいが、それは見る間に剣に変わって俺の手に収まった。見るからに鋭そうな輝きを放ち、さらにはオーラのようなものまで纏っている。
「ありがとうございます。でも、あのカードってレアなんじゃ?」
「大したことない。一枚百円もしない」
竜殺しの聖剣が一枚百円かあ……。
「魔法の産物は長くもたない。温存しないで存分に使って」
「恩に切ります、栞先輩」
剣をぎゅっと握りしめると、俺は決意をこめて竜を見据えた。
口うるさくて性格悪いが、あいつは初めてできた俺の仲間だ。
死なせたくないし、死なせるつもりもない。
「送るわ、更衣君」
俺の肩に飛騨先生の手がのせられる。
「いきなり視界が変わるけど驚かないでね」
「大丈夫です。俺を誰だと思ってるんですか」
身に着けた更紗のブラを使い、あいつの記憶・経験と同調。
握った剣が今まで以上にしっくりくる。身体がより軽くなって──。
「行って! そしてあの子を守ってあげて!」
「はい!」
飛騨先生はこの学園のOGであり、当時からドラゴン討伐に参加していた。
そして当時組んでいたパーティメンバーをドラゴンの攻撃によって失っている。
失った仲間の家族のところへ謝りにいったこともあったらしい。……どうして知っているかと言えば、故人の妹の視点でそれを知っているからだ。
「更紗!」
転移で追いついた時にはもう更紗は血でべとべとになっていた。
剣も刃こぼれがひどく、修理してももう使えそうにない。本人としても「この戦いだけもてばいい」と思っているんだろう、温存する様子もなく叩きこんでいる。
彼女は動きを止めないままに視線だけを向けて、
「なんだ、来たんだあんた」
「お前だけじゃ頼りないからな」
「はっ。言ってくれるじゃない」
だけど言うほど少女も余裕がなさそうだ。
熱気。浴びた血によって手も足も滑りやすくなり攻撃の手が止まる。武器を叩き込むごとに疲労が蓄積して動きが鈍る。
どうせ死ぬだろうが、さっさとドラゴンを殺すには加勢がいる。
竜殺しの聖剣を振り下ろすと面白いように鱗が砕けて肉が裂ける。吹き出した鮮血を浴びると服も身体もあっという間に真っ赤になった。
「はは」
なんだか面白いと感じてしまうのはこいつの思考と同調しているせいか。
本人もまた笑って、
「いいじゃない。もっとやりなさい」
「こうか?」
「駄目よ。もっと、もっと激しく!」
血が、肉が、鱗が舞い散る。
服が邪魔だ。下着だけを残して着ている服を手の中に転移。そのまま放り捨てるとさらに身体の動きが良くなった。
「あははっ! あたしの服も斬りなさい真似!」
「あいよ!」
戦いの高揚とは恐ろしいものだ。
後で映像を見せられたら自己嫌悪と恥ずかしさでどうにかなりそうだが、ともかく俺たちは下着だけになったままドラゴンの上で踊った。
「めんどくさいわ。首を斬り落とすわよ!」
「了解!」
二人がかりで左右から。
斬りつけ、斬りつけ、細くなっていく首の肉。
「せーのっ!!」
思いっきり跳躍して刃を重ね合わせると、刹那、肉の重みがなくなって──。
──ずん、と。
大きな音を立て、ドラゴンの首が血の海へとダイブした。
静寂。一瞬の後の歓声。
竜殺しの剣となったアスカロンは剣としての形を保っているのが奇跡の有様で、竜殺しの聖剣は役目を果たしたとみるやあっという間に虚空へと消えていった。
ぶった斬った勢いのまま落下した俺たちは頭からつま先まで血まみれになり、やっとのことで這い出したところにばさっとタオルをぶっかけられた。
「お疲れ。……本っ当に戦い方はどうかと思うが、よくやったよ、君たちは」
善野だった。
面倒臭い奴だが、こういう時に紳士的な対応ができるのはいいところかもしれない。
有難くタオルを受け取って少しでも汚れを落とそうと顔を拭った。
「だが、ここからも大変だぞ。少しでも多くの部位を持ち帰らなければならない」
「うあ」
「殺しても終わらないとかほんとこいつやばいわね」
どうせ汚れてるんだから手伝いたいところだったが腰が抜けて動けない。
顔を見合わせてため息をついた俺たちは這うようにして解体現場から抜け出した。
「お疲れ様でした、真似さま」
やりすぎたせいか苦笑気味の撫子が出迎えてくれて、その横、飛騨先生は俺たちの無事を確認するや、ふわりと二人まとめて抱きしめて、
「無事でよかった」
ただ優しくそう告げたのだった。
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