対ドラゴン・前編
「お願いします、真似さま。わたくしに、戒めを与えてくださいませ」
二人きりの室内に吐息や身じろぎの音だけが響く。
撫子は裸だ。
何も身に着けていない、生の姿。本当なら同性にだってなかなか見せない姿を少女は隠しもせずに俺へ晒している。
両手を震えながらも背中で組んで。
期待と不安のまなざしを向けられた俺は少女と同じ声で答えた。
「ああ」
昨日、同調して直に知ったせいか俺までぞくぞくしてしまう。
唾を呑み込み、今すぐここで押し倒したくなるのを堪えながら俺は一つ一つ、撫子に装備を施していった。
「んっ」
声が漏れてしまうのも無理はない。
今までは手足を拘束しないボンデージに首輪とリード程度だったが今日はかなりのガチ装備。常人から見ればただ単に痛そうに見えるだろうアイテムも含まれている。
しかし、撫子が上げるのは喜びの声だ。
裸を飾り終わったところでパンツにブラ、ガーターベルトを装着。その上からボンデージを施していく。首輪に繋がっているのはリードではなく細いチェーンだ。それから手足には枷を嵌める。繋がっていないので拘束効果はないものの、金具同士を押し付け合えば「かちっ」と嵌まっていつでも動きを封じられる。
これだけ装備しても長袖長スカートのシスター服を纏えばほぼ見えなくなる。
男の手によっていやらしく飾り付けられたうえにそれを隠され連れ歩かれる──なんて、もう完全にSMプレイだ。いやまあ撫子に変身してるから「男の手」は若干違うが。正直変身してなかったら興奮してそのまま押し倒していたかもしれない。
「撫子、人前でやっちゃいけない顔してるぞ」
「……っ、申し訳ありません……っ」
はあ、はあ、と熱っぽい息を漏らしながら謝る少女。
清楚で可愛い容姿、それを強調するシスター服とエロい表情のギャップがたまらない。
今、みんながいるところに移動したら一発で男子から「やりたい女子」にランク付けされてしまうだろう。
ある意味、撫子にとってそれは望むところかもしれないが。
「はあ……っ。んっ。なんとか気持ちを落ち着けますので」
慣れている少女は深呼吸を繰り返して表情を落ち着けていく。
数分が経つ頃には平静を取り戻しいつもの彼女に戻った。もちろん、服の下がどうなっているかはわからないというか、確実にすごいことになっているだろうが。
俺は彼女の綺麗な髪を丁寧に編んで動きやすいように調節しながら、
「気をつけてくれよ。ただでさえ敵がヤバイうえにそんなものつけてるんだから」
「ええ。本日はドラゴン退治ですものね。……心してかからなければなりません」
俺たちは彼女に「ドラゴンを倒すまではお預け」と約束した。
若干プレイの前借りみたいになってしまったが、これが終われば撫子は特大のご褒美にありつけるわけだ。
更紗にとっては兄の敵討ち。
俺だって、寮に住める三年のうちに将来の生活資金を貯めるという目的に大きく近づく。今日のドラゴン退治は誰にとっても大きな意味がある。
「勝たないとな」
「もちろんです」
笑いあったあとで俺は姿をチェンジする。
一瞬にして更紗になった俺を見た撫子は何度か瞬きをして、
「何度見ても不思議な光景ですね」
「ああ。俺も身長差で若干くらっとくるんだよな、これ」
この衣装チェンジ能力は荷物として持っている衣装ならどれでも対象にできるらしい。
鞄に全員分の服と下着を詰めておけば必要に応じて更紗、湯美、風音先輩、栞先輩、撫子に変身し放題だ。
体型的に更紗と栞先輩、湯美と風音先輩は(下着以外)同じ服を流用できるので荷物もそこまで多くはならない。移動する時は更紗になっておけば馬鹿力で疲労を抑えられる。
更紗の待つパーティルームに移動すると、うちのリーダーは暇そうに頬杖をついて俺たちを出迎えた。
「遅かったじゃない。まさかお楽しみだったわけじゃないでしょうね?」
「してねえよ。ただ着替えただけだ」
「ふうん、そう」
わかったんだかわかってないんだか不明な相槌を打った少女は撫子に耳うち。
「で? 気持ち良かった?」
「はい。とても興奮してしまいました……」
「そっか。いいなあ、ちょっと羨ましい」
「聞こえてるんだが」
こいつらといる時は女になってるほうが多いくらいだが、俺は男だ。
目の前で女子がエロい話してたら思うところはある。
「俺でよければいつでも露出に付き合うぞ」
「ほんとっ? 言質とったからね?」
「そこは『は? なに言ってんのあんた? 変態なの?』とか言うところだろうが」
なんで目をきらきらさせながら懐いてくるんだよ、可愛いじゃねえか。
俺は青春っぽいときめきを感じつつ目を逸らして誤魔化し、
「あんまり時間ないだろ。さっさと準備終わらせるぞ」
「っても、時間かかるのはあんただけよ。あたしはいつもとあんまり変わんないし」
「撫子はもう準備終わってるもんな」
服や下着はあらかじめバッグに詰め込んである。
後はこまごましたアイテムがちゃんとあるか再確認して、銃やナイフを身に着けていけばOK。長さ調節できるベルトに装着しておけば変身して体型が変わってもそのまま身に着けていられる。
PDWを使う暇があるかはわからないが。
備えあって憂いなし。更紗も「あんまり変わんない」とか言いながらいつもとは違う装いだ。上はノースリーブ、下はレーシングショーツのような形に改造されたトレーニングウェア。その上から薄手のコートを羽織って道中の身を隠す。
決戦に行くっていうのに一人は激しい動きのできない状態、一人はこれでもかと軽装、俺に至っては何故か服ばっかり持ち歩いてるってのが俺たちらしい。
「行くか」
「行きましょうか。さっさとドラゴンぶっ倒してお祝いしましょ」
「必ず全員で生きて帰りましょうね」
集合場所に向かうと、そこには既に第一班のメンバーがかなりの人数集まっていた。
十層へは第三班から順に時間をずらして突入する手筈。最後に移動する俺たちは道中の敵を蹴散らしつつ最短で十層まで到達すればいい。
二十人近いメンバーがいるので雑魚はぶっちゃけどうとでもなる。
「やっほー、みんな。昨夜はちゃんと寝られた?」
取り巻きを置いてきた湯美はここぞとばかりに俺たちに合流。
「お前はほんとにテンション変わらねえな」
「そんなことないよー。いつもよりテンション上がってるってば」
そう言う彼女の傍には浮遊するドローン。
めっちゃ撮ってる。まあ、実は討伐メンバーに交じってマスコミ関係者まで来てたりするので湯美のカメラくらいどうってことないんだが。
ドラゴン討伐は重要イベントだし絵にもなるので映像として残し、宣伝活動に役立てようというのが国の方針らしい。
注目の一戦だけに湯美はいつも以上に力を発揮できるだろう。
「君たち、くれぐれも言っておくが勝手な行動はしないように。一人の無茶が全員を危険に晒すと胸に刻んで──」
「恭くん? そういうことはみんなに言ったほうがいいと思うよ?」
「恭介の往生際の悪いところ、長所だけど短所だと思う」
俺たちにちょっかいをかけにきた善野が風音先輩と栞先輩に引っ張られていき、
「時間か」
「第一班のみんな! いよいよこれから第十層に向かう!」
善野の演説の後、俺たちは大人数での行軍を始めた。
◇ ◇ ◇
ぶっちゃけ移動中は何もやることがなかった。
先頭にいる善野が敵を見つけた端から衝撃波でぶっ飛ばして消滅させるからだ。
俺たちは真ん中あたりに配置されたため後ろからの奇襲を警戒する必要もない。
「当たり前だけどめちゃくちゃ楽ね」
「その代わりドロップ品も頭割りだからねー」
二十人近くで山分けするとなると相当乱獲しない限りはお小遣いみたいな収入にしかならない。
今日みたいな大物狙いでなければ数人のパーティで戦うほうがマシだ。
「あんまり今から緊張しすぎないようにね? 本番の前に疲れちゃうから」
「はい。ありがとうございます、風音先輩」
先輩は気を遣ってかいろんな人に声をかけて回っている。
アホの善野もなんだかんだ緊張を緩和するのには役立っているし、栞先輩のポーカーフェイスも「なんか大丈夫そうだな」という雰囲気を作っている。
彼女たちがリーダー役に選ばれたのもそれなりの理由があるんだとわかった。
俺らはぶっちゃけそういうの向いてないしな……。入学して二か月の今はまだぜんぜん自分たちのことで精一杯だし。
「さあ、この階段を下ったら十層だ! 既に第二班、第三班が雑魚の掃討を完了しているはずだが、復活してくる奴がいないとも限らない。各自注意してくれ!」
十層に降りてからホールまでに出くわした敵はマグマゴーレム一体。
これも善野がぶっとい氷の槍を撃ちこんでさっさと倒し──。
「うわ、なんか壮観ね」
ホールには既に第二班と第三班が陣形を構築していた。
対照的にモンスターは一匹もいない。始めて見る光景に俺たちは思わず息を呑んだ。
今来たこの通路を背にするように俺たちが構えれば三角形が完成する。
もちろん、ドラゴンがどの向きで復活するかはわからないので適宜ぐるっと回転させる必要はあるが。
「第一班、到着しました」
「ご苦労様です。異常はありませんか?」
「ありません。作戦は予定通りに?」
「ええ。約三十分後のドラゴン復活と同時に戦闘開始です」
飛騨先生が中心となって指示を出し、俺たちは善野の号令のもと陣形を作った。
防御に参加するメンバーが前衛。射撃するメンバーが中衛、接近戦をするメンバーとバックアップが後衛となる。斬りこみ役はしばらく温存して防御と遠距離攻撃に徹する構えだ。
「じゃあ、俺は風音先輩に変身しておきます」
言って衣装をチェンジ。
変身できる中で最大のブレス防御性能と胸の大きさを誇る女性に早変わりすると風音先輩本人が目を丸くした。
「すごい。もしかして他の子にもなれるの?」
「はい。なのでこき使ってくれていいですよ」
これを聞いて「風音ちゃんに胸でしてもらった後、栞ちゃんに足でしてもらって、最後に撫子ちゃんと……って夢のコンボができるのか? 頼む更衣!」とか言ってきた先輩がいたが、女子全員からの白い視線を浴びて無事沈黙した。
先輩、黙っていれば殺されずに済んだのに。
「それにしてもじれったいわね、この時間」
「仕方ないだろ。早めに待機してないと時間ズレた時大変だし」
「ですが、気を張り続けているのも確かに辛いですね」
到着までリラックスしていろと言われた理由がよくわかる。
学園の卒業生の中には自衛隊に行くやつも多いらしいが、在学中から鍛えられてるのが大きいんだろう。
俺は規律とか性に合わないから駄目だろうな。……いや、今のうちにドMの資質を磨いておけばいけるか? わざわざ磨くもんでもないが。
予定時刻が近づくにつれて徐々に場は静まり返って、
「気温が上がってきたな」
善野が呟いた。
ドラゴン復活には予兆があるらしい。それが気温の上昇。人が多いせいもあるだろうが、それだけではなく、体温の高い巨大生物が現れようとしているからだ。
「来るよ!」
モンスターが消滅する時と逆。
まるで虚空に突如生み出されたかのように少しずつ実体化していく巨大なモノ。
胴体部分だけで数十メートル。頭と尻尾を入れたらその倍近いだろう竜。身体はびっしりと鱗に覆われ、炎を操ることを誇示するかのように赤い色をしている。
巨大な両の目は睨まれただけで動けなくなりそうな威圧感を持ち、大きな口にはびっしりと牙が生えている。
やばい。
こんなもの、人がまともに立ち向かう相手じゃない。
太いかぎ爪の生えた足でも、丸太より太い尻尾でも、どこで撫でられてもぶっ飛ばされて致命傷になる。
年に数回討伐されるドラゴン。
有志を募り、作戦を立て、万全で臨んでもなお死者が出ることは普通にある。更紗の兄もそういう一人だ。
外に飛び出せばもっと多く──千、万の人が死に、街の復興には何年もかかる。敵どころか災害と呼ぶのが相応しい化け物。
生まれた時にはもうダンジョンが当たり前だった俺だが、どうしてこんなものがこの世界に現れたのかと思わずにはいられない。
──その顔は、第二班を正面に見据えていた。
復活した状態で正面に来てくれるほど都合が良くはないか。
こういう場合の対処は、
「各自、予定通りに動いてください!」
普段とは大違いな凛とした声を上げた飛騨先生。
全身をぴっちりと覆う戦闘用ウェア姿でその姿をかき消し、気づいた時にはドラゴンの身体の上へと到達。
鱗の生えた背中に手を添えると──ドラゴンがその場で瞬間転移して俺たちのほうへとその顔を向けた。
飛騨先生の異能はテレポート。
体力さえ相応に費やせばあんなデカブツだって転移させられる。もちろん役目を果たしたらすぐに後方へ戻って、
「来るよ! 更衣くん、わかってるよね!?」
「はい!」
復活直後のドラゴンが『敵』を見つけた場合、高確率でブレスを吐いてくる。
大きな口、その奥にある火炎袋から超高熱の息を吐いて全てを焼き、溶かす。チャージが済んでいる最初の一発はなんとかして防ぐか避けるかしないと即、死だ。
だから、俺は風音先輩と隣り合うようにして手を突き出して──喉の奥から吐き出された赤い輝きに向け、全力の突風を叩きつけた。
風が息を受け止め、押し返し、単なる熱気へと変えて拡散させ。
善野が霧のようなものを全体に拡散、上がり過ぎた気温をすぐさま下げ、栞先輩が辞典の表紙にびっしり貼った付箋の何枚かをむしり取って
「除湿」
増した湿度さえも元の状態へ戻した。
ドラゴンが怒りの声を上げるよりも早く号令が飛んで、
「さあ、行くぞ! 反撃だ!」
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