強敵に備えて

「明日の正午過ぎに第十層のボスモンスター、ドラゴンが復活します」


 参加者の前に立って話し始めたのは飛騨先生だった。

 若手なので雑用が回ってきたのか、それとも実力を買われたのか。彼女はああ見えて学生時代から幾度となくドラゴン討伐を経験している凄腕だ。

 若干頼りない優しい見た目に反して話しぶりには迷いがない。


「多くの方は経験済みだと思いますが、ドラゴン討伐は集団戦です。あれはパーティ一つで倒すような敵ではありません。……私も生まれる前の話ですが、かつてあれが市街地に出てきた際には自衛隊を動員し、大きな被害を出しつつ討伐したそうです」


 外に出るとばんばん飛び回るせいで倒しづらかったっていうのもあるだろうが。

 兵器を使って倒すような相手だというのは事実で、ダンジョンには戦車も重火器も持ち込めない。

 グレネードランチャーくらいなら持ち込めなくもないが、ドラゴンもブレスをはじめとしたやばい攻撃を備えている。そっちをなんとかしつつ攻撃を撃ち込まないといけない。


「ドラゴン討伐においてはいくつかの班を作り、参加者を適性に応じて振り分けます。二年生以上──特に三年生にはバランス調整のために分散してもらうことになりますが理解をお願いします」


 何十人もまとまっていると攻撃も防御もしづらい。

 あらかじめダンジョンへ潜り雑魚を蹴散らしたうえでドラゴンが復活するまで待機、いくつかの班でドラゴンを取り囲んで袋叩きにする。

 班は三つ。

 ドラゴンの正面に一班、ドラゴンの下半身側斜め左右に二班と三班。

 三角形を作るような陣形は飛び道具が味方に当たるリスクを減らすためだ。


「各班にドラゴンの攻撃を防ぐ役、遠距離からダメージを与える役、そしてここぞという場面で斬りこむ役、物資の管理や援護を行う役を配置し効率よく迅速に討伐します」


 俺たちと湯美たちはまとめて第一班に所属することに。

 ちなみに湯美の取り巻き二人はお休み、というか参加見送りらしい。あいつらは強いて言うと防御系だが相手がデカすぎて手に負えないからだ。

 第一班のエースとなるのは、


「第一班の皆。俺たちはドラゴンの正面に陣取る大事な役割だ。しっかり連携を取って敵を討ち果たせるように務めて欲しい!」


 二年生トップクラスの実力者にして攻撃防御なんでもこなせるチート野郎、善野率いるパーティだった。


「なんであんな奴が……」

「風音先輩の異能がブレスに強いからだと思います。それと、正面に位置する第一班が最も生存率が高いと言われていますので」


 意外だが、これにはれっきとした理由がある。

 ドラゴンからの攻撃で特に怖いのは口から吐き出される炎のブレス、そして尻尾を振り回した打撃攻撃だ。

 ブレスは多少の「溜め」があるので防御しやすいし、波状攻撃を行うことで吐き出すタイミング自体を潰すこともできる。

 一方で尻尾攻撃はダメージを与えれば与えるほどドラゴンが暴れて激しさを増す。

 ランダムに飛んでくる大木の幹をかわすか防御するかという高難易度ゲーだ。


「より経験豊富で異能に長けた三年生が後方両翼に多く配置されたのかと」

「大丈夫だよ。私もいるし、恭くんも面倒見はいいし、栞ちゃんもとっても強いから」

「任せて」


 口数少ない小柄な国語辞典──栞先輩も魔法使いだったか。

 風音先輩の風の異能も攻防一体だろうし栞先輩もいろんな魔法が使える。攻めも守りもできる凄腕が少なくとも三人いるんだから確かに危険は少なそうだ。


月見里やまなしさんは近接攻撃担当、撫子ちゃんは援護担当ね。更衣こういくんは──」

「俺は射撃担当ですかね? ぶっちゃけ誰になるかで変わるんですが」

「あ、そっか。そういう異能なんだよね。……んー、どうしよっか」


 風音先輩はその豊かな胸を強調するように腕を組んで考え込んだ。


「便利さで言ったら恭くんがもう一人いると最高なんだけど」

「すみません。自分以外の男のパンツ穿くのはちょっと」

「それにあいつになっても『善行ポイント』とかいうのってゼロから始まるんじゃない?」

「確かにそうだね。じゃあ……私か栞ちゃんになってもらうのがいいかなあ」


 ここまで話が進んだところで善野が「待て!」と割って入ってきた。


「風音たちのぱん──下着を渡すのは絶対に駄目だ!」

「別に誰のでも変わらないだろ。エロい目的で使うわけじゃないし」

「あんたあたしのパンツでエロいことしたけどね」

「それ今言わなくていいだろ!?」

「私は別に渡してもいい。私がその子のを穿くわけじゃないし」


 淡々と口にしたのは栞先輩。

 まさか彼女も変態の類──じゃないか。単に俺に興味ないだけだな。

 貸すなら抵抗あるけどあげるなら捨てるのと同じってところか。


「んー……聞いた限りだと風音先輩の異能のほうが使いやすそうではあるんですが」

「ブラもセットで提供してもらえばどっちでも使いこなせるじゃない」

「そっか。むしろ一回私たちの気持ちになってもらったほうが女の子に優しくなってくれるかも?」


 乗り気になってきた風音先輩を見た善野は俺を睨んで、


「おい、なんでお前が女子に人気あるんだ」

「知らねえよ。むしろあんた意外と信用ないな」


 相談の結果、俺は風音先輩と栞先輩の下着をワンセットずつもらえることになった。


「ちょっと部屋で選んでくるね?」

「どれでもいいですよ。痛んできて捨てるつもりだった奴とかで」

「それはそれで『こんなのつけてるんだ』って思われそうで嫌なのっ!」

「更衣。今つけてるのでもいい?」

「俺は大歓迎ですが」


 善野が絶対に駄目だとわめくので普通に寮から持ってきてもらうことに。


「なあ、あんた下着がどうので焦ってるけど──ひょっとして経験ないのか?」

「なっ。あるわけないだろ!? ああいうことはきちんと付き合ってから手順を踏んでだな」

「じゃあさっさと風音先輩と付き合えよ。待たせてたら可哀想だろ」


 撫子が「もっと言って差しあげてください、真似さま」と半眼になった。


「お待たせ! じゃあ、他の男子が見てないところで出してね……?」

「はい、私のも」

「ありがとうございます。大切にします」


 これで俺は更紗、湯美、風音先輩、栞先輩の四人の下着を持っていることになる。

 なんだかんだ撫子からはもらいそびれているが……視線を向けると少女は頬を染めて「いまここで脱ぎましょうか?」と囁いてくる。

 さすがにそれはエロすぎるのでトイレかなにかで……うん、それもエロいな。


「せっかくだから使い方をレクチャーしよっか。どこか訓練場借りて」


 移動しながら思ったのは「チョイスが難しいな」ということだ。


「一瞬で着替えられたらいいんだが」

「あたしだって欲しいわよそんな能力」

「こーくんの異能がもう一段階進化すればできるかもねー?」


 俺のランクはD。仮説に従うならあと三回は進化できる。

 進化に必要そうな心境の変化も十分にあった。

 何かきっかけがあれば案外ほんとにできるかもしれない。

 ひとまず少人数用の訓練場を借りて異能の訓練。


「更衣くんは男子更衣室も女子更衣室も使いづらいのが大変だね」

「そうですね。脱ぐと戻りますし」


 風音先輩、栞先輩から交代でレクチャーを受けた後で実践する。


「私の異能は風を操ることなの。ドラゴンの息を押し返したり、風を纏って空を飛んだり、高いところから着地したり、風を叩きつけて攻撃もできるよ」

「私は言葉を魔法に変える異能。魔法に変えるには本や紙が必要。辞典が使いづらいなら、威力は落ちるけど付箋とかでも大丈夫」

「二人ともわりとほんとになんでもありですね?」


 説明を聞いて試してみたところ、(無駄に)ついてきた善野の採点で「三十点」の結果。


「さすがに練習しないと使いこなすのは無理そうね」

「まあ、ほいほいコピーされたら湯美たちが困るよね。逆に」

「いや。ついでだから第二能力も試してみたい」


 身に着けたブラに応じた相手の記憶・経験を模倣する。

 精神を集中して深く潜っていくと先輩たちの戦い方、潜り抜けてきた戦いの一つ一つがわかるようになる。

 同時にその想いも。

 例えば風音先輩がどんな気持ちで善野の後を追い続けているのか──この野郎、本気でさっさと付き合い始めないと先輩が泣くぞ。

 俺の思考と先輩の思考が共存した状態であらためて異能を振るえば、俺は高速で舞い上がった上で烈風を巻き起こしたり、切れ端に書いた文字を「炎」に変えたりとかなり自在に異能を使いこなすことができた。


「すごい。これならいろいろ連携ができそう……!」

「八十点」


 風音先輩と栞先輩からも褒めてもらえた。


「先輩方がこれまで頑張ってきたからこそです。俺はあくまで真似してるだけなので」

「え、あれ、更衣くんってすっごくいい子だね……?」

「私、こっちに乗り換えようかな」

「おい更衣! 君には俺のパーティメンバーを引き抜く趣味でもあるのか!?」


 うるせえ馬鹿リア充爆発しろ。


「経験までトレースするのはけっこうリスクあるんだぞ。変身してない状態でも引きずられたり」

「いっそ女の子になっちゃえばいいよー」

「真似さま、女子はとても楽しいですよ」


 いや、うん。ちょっとまだ股間のアレを投げ捨てる勇気はない。

 その後、明日に備えて休むという先輩たちと別れて俺はさらに異能の練習を続けた。

 一度同調した後で感覚を忘れないうちに繰り返せば平常状態での腕も上がる。

 しかし、


「あー。立て続けに二人と同調するのはさすがにクるな」

「大丈夫ですか、真似さま。膝枕をいたしましょうか?」

「大丈──いや、せっかくだからお願いしようかな」


 撫子は微笑んで「はい」と膝を貸してくれる。

 柔らかな感触。太腿の心地良さもさることながらすぐ近くにパンツが隠れていると思うと妙なロマンを感じる。

 慈愛に満ちた表情の撫子相手にこんなことを考えるのもアレだが。でもこの子は筋金入りの変態のはずで。

 親しい女子とひととおり同調した俺はこの際、撫子の気持ちにも触れてみたくなって「パンツをくれないか」と少女の瞳を見上げた。


「え」


 瞳を丸く変えた撫子が足を震わせる。


「悪い。さすがに変態っぽかった」

「いえ、お気になさらないでください。……少々、興奮してしまいました」

「ほんと撫子は外見詐欺よね」

「可愛いからいいと思うよー」


 外野が好き勝手なことを言い放った後、


「でも真似、まだ先輩たちの影響が強いんでしょ? これ以上やらないほうがいいんじゃない?」

「こーくんほんとに女の子になっちゃうよー?」

「ならねえよ。ただ、色んな奴になってみるのも必要だと思っただけだ」

「そういうことならあたしは止めないけど」

「では、真似さま。一度更衣室に参りましょう」


 二人きりの更衣室。

 撫子は入り口にしっかりと鍵をかけると「では」とスカートを持ち上げた。

 布の奥からパンツが見える瞬間は何度見ても心が躍る。

 恥ずかしそうにしながらも少女は隠そうとせず、黒レースのパンツに指をかけた。

 ゆっくりと。

 足を通って引き抜かれるパンツ。「どうぞ」と差し出されたそれはまだ温かい。

 ブラはどうするのかと思ったら上半身裸になることなく上手く手を引き抜き、一つだけ開けたブラウスのボタンからするりと引き抜かれる。男の俺からすると魔法のような手順。


「ありがとう、撫子」


 受け取ったパンツを例の入れ替え方法で穿いてブラも身に着ける。

 ほう、と、口から息が漏れた。

 同じ年頃の女子でもみんなそれぞれ感覚が違う。更紗の身体は馬鹿みたいに軽いし湯美はノリの割に鈍くさい。風音先輩は胸にずっしりとした感触があり、栞先輩は全体的にさっぱりしていた。

 撫子は、なんだかすごく女の子らしい女の子って感じでどきどきする。


「着替えたら訓練場に戻られますか?」

「いや、いいよ。撫子の異能は試し撃ちしづらいだろ」


 だったらここで同調を試してしまえばいい。

 何度かやったおかげで慣れてきた手順。意識を潜らせた俺は撫子を受け入れ──その整った表情の奥に隠れた衝動の強さ、そしてそれを律する意志の強さに愕然とした。


「真似さま?」

「大丈夫。……大丈夫だから」


 見つめ合った瞳が潤んでいる。

 目の前に俺──がいる。その澄ました顔をめちゃくちゃにしたい。弄んで、欲求を少しでも解消したい。

 俺がそう思っているんだから向こうもそうだろう。

 気軽に「ドラゴンを倒してから」なんて言ってしまったが随分待たせてしまっていたようだ。

 同調を切った俺はもう一度息を吐き出した。

 熱っぽい。身体の高揚が抑えきれない。


「いかがでしたか、わたくしの内面は?」


 どこか期待するような問いかけに「すごかったよ」と答える。


「打ち切ったのにまだ余韻がしっかりある。着替えたほうがいいかもしれないな」

「では、一度更衣室を出ておりますね」

「いや。大丈夫……だと思う」


 俺はさっき脱いだばかりの風音先輩のパンツとブラを手にすると意識を集中して──。

 身体が一瞬光に包まれたかと思うと次の瞬間には俺は風音先輩に戻っていた。


「できたな。早着替え」


 俺の異能のCランク能力。

 それは『所持している服と下着に今すぐ着替える』だった。

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