第十層下見行

 数日後、俺たちは第九層に到達した。

 六層あたりから雑魚モンスターのパワーアップは緩やかになり、PDWや西洋剣が通じたのが大きい。

 撫子によると「攻略するパーティの数が減ること、フロア自体が広くなっていくことなども加味した総合的な難易度の上昇」が主になっていくらしい。

 広くなればなるほど敵の数も増える。

 また、五層のオーガがそうだったようにボスは桁違いの強さを持っているので油断していると全滅しかねない。


「一般モンスターとの戦いとボスモンスターとの戦いは全く別の心構えが必要とお考えください」

「当然それがドラゴンにもあてはまるわけか」

「猶更十層の下見をしておきたいわね」


 撫子には正式にパーティへ加わってもらうことにした。


「よろしくお願いいたします、真似さま。更紗さん」

「よろしくね、撫子」

「一年生だけだし気楽にやろうぜ」


 というわけで、今日はいよいよ十層に行く。

 ドラゴン復活の二日前だ。明日は学園で「ドラゴン対策会議」が開かれるのでそこに参加する予定。その前に現地の地形くらいは把握しておこうという算段。

 下見だけのつもりだから大丈夫なはずだが準備はしっかりしてから突入した。

 俺はこのところ恒例の更紗モード(半袖ウェア姿)。

 更紗も同じ格好で、撫子はシスター服を身に着けたうえでどういうわけか首輪とリードまで装着していた。服でほぼ隠れているのでぱっと見だとわからないが、


「撫子それエロすぎ……じゃない。意味あるの?」

「ええ。この状態でバッドステータスを付与すると拘束と同時に首が締まります」


 首が締まります!?


「それもう攻撃よね?」

「ゴブリンとかそれだけで死ぬんじゃね?」


 試してみてもらったら身動き取れないままじたばた苦しんで死んだ。

 若干可哀想な死に方だ。

 なんというか、やっぱり異能は強いのと弱いのがはっきりしてるというか理不尽なやつはほんと理不尽だ。

 そんな能力を駆使しないと攻略できないほどダンジョンは深くて危険に溢れているってことだが。


「十層は構造がかなり特殊です。あらかじめご注意ください」


 上のほうの階層を手早く突破しつつ作戦会議を行う。


「地図見たけど確かに特殊だな」


 十層は真ん中にめちゃくちゃでかいホールがある。

 で、通路はホールの外周からいくつか伸びているだけであまり入り組んでもいない。下り階段はホールのど真ん中だ。

 ボスであるドラゴンが生きている時は当然ホール全体がデッドゾーンになる。


「敵がマグマゴーレムと竜の尖兵ドラゴンズソルジャーだったわよね」

「はい。ゴーレムの硬さと熱には特に注意ですね」


 ドラゴンズソルジャーは人間大の二足歩行する竜で牙や鉤爪、尻尾で攻撃してくるらしい。


「飛び道具がないなら銃で蹴散らすのが無難だな」

「あとあそこ暑いらしいのよね……。あんまり長居はしたくないわ」

「サウナのようなものだと思えばある意味快適かと」

「ごめん。撫子の感想はこういう時はアテにならない気がする」


 方向性を選ばないドMだからな……。


「一応、水筒ステンレスボトルに冷たい麦茶入れてきたぞ」

「冷却スプレーも持ってきたわ」


 なお、スプレー類の中には引火性の物質が含まれていたりするのでそこは注意とのこと。



   ◇    ◇    ◇



 襲ってくる敵を拘束し撃ち殺しぶった斬る。

 走って無駄に消耗はしないが立ち止る時間は極力減らした。

 最短ルートで階段を下りてとにかく下へ。

 目的地が十層ともなると移動だけでもかなり手間だ。


「手間取ると帰った時には学食閉まってるかもなあ」

「外の食事処も駄目ならコンビニね。あたしはカップ麺も用意してあるわ」

「カップ麺も美味いけどちょっと味気ないよな。撫子はああいうの食べるのか?」

「いいえ。身体に悪いので極力手作りの品を食すように、と両親から言われております」

「お弁当を用意するのも検討したほうがいいかもね」


 放課後に潜るスタイルもぼちぼち限界か。

 二年生以上になると「朝出かけて夜帰ってくる」スタイルも多いらしい。

 当然毎日は潜れないが、そのぶん集中的に狩って稼いでくる。こういうスタイルだと中で食べる食料はぜったいに必要だ。

 深く潜ると遭難の危険もある。

 今はピクニックしに行ってるくらいの感覚だが、富士山に登るくらいの心構えはしておくべきなのかもしれない。


「……ん、階段には到着したわね」

「この下が十層か」


 下り階段は静まり返っている。


「階段付近に敵がいる可能性は低いと言われています。細い通路の一つに出ますのでまずは安全を確保し、ホールの様子を窺いましょう」

「OK」


 念のために武器を準備しながら階段を下りて──。

 どこが顔なのかわからない赤熱する岩の巨人に出くわした。

 これマグマゴーレムだろ。


「いるじゃない撫子、すぐ近くに!」

「も、申し訳ありません、た、直ちに拘束を!」

「とりあえず撃つぞ! 撃つからな!」


 さすがに二、三メートルの距離はあったので反応される前にフルオートを浴びせる。

 幸い敵の動きは鈍かったのでガンガン身体が削れていく。

 なお、撫子の拘束は生み出された端から「じゅっ」と溶けて無効化された。


「ちょっとこれ怖いわよ!? 真似、銃貸しなさい!」


 しまいには更紗まで拳銃で応戦してなんとか撃破。

 倒しきった時には、ふう、と三人で安堵の息を吐いた。


「珍しいこともあるものですね……」

「いやほんと焦ったわ。見るからに熱そうだから剣で斬りたくないし」

「まあ、剣が溶けないか心配になるよな」


 ゴーレムが倒れても通路には夏の日中のような暑さが残っている。

 なお、ドロップ品は特に触っても熱くなかった。

 銀貨に加えてなにかの石が二つ。


「マグマゴーレムからは火成岩が取れるのですよ」


 マグマが冷えて固まった時にできる石の総称らしい。

 種類や大きさ、形はランダムだが物によってはそこそこの値段で売れる。


「あいつは近づかれる前に射撃で倒していったほうがいいな」

「頼むわよ。もたもたして囲まれるなんてことになったらヤバイんだから」


 最悪なのは狭い通路で挟み撃ちにされることだ。

 両側からあいつに抱きしめられただけで死にかねない。有効な武器がなかったらガチでアウトか。死ぬ気で脇をすり抜けるか。

 気を引き締め直した俺たちはしばらくしてドラゴンズウォーリアに遭遇。

 人間の肌くらいざっくり切り裂きそうな爪や牙を持っていて見るからにおっかない奴だったが、出会い頭に撫子が拘束、更紗が一刀両断して秒で片付けた。

 うん、一体ならどうとでもなる。

 どうとでもなるが──。


「ホールの入り口ね」


 ぶっちゃけここからが本番だ。


「……いるなあ」


 ドーム球場何個分かありそうな広い空間。

 壁の表面がつるつるしているのはドラゴンのブレスで溶けたからか。

 障害物すらもない広い空間にぱっと見ただけで二、三十体のゴーレム、ウォーリアがうろついている。その多くは中央あたりに陣取っている。まるで下り階段を守っているかのようだ。

 ただ、実際には違うらしい。

 モンスターは目的もなくうろついており、一体が気まぐれに外周へと近づくとどこからともなく攻撃が飛んで注意を引く。

 怒ったやつは攻撃の主を見つけて近づいていくも──待ってました、とばかりに狙撃されて消滅。


「あれが十層で定番とされている『狩り方』です」


 落ちたドロップ品は動きの素早い奴が回収。

 攻撃したパーティが籠もっているのは通路の入り口だ。穴から攻撃だけを飛ばして安全に、淡々とドロップ品を回収していくシステム。

 見れば他の穴にもすべて同じようなパーティがいる。

 ずるいと言えばずるい。だけど相手はモンスターだ。危険なく狩れるのがいいに決まっている。

 階段を利用するパーティにとってもモンスターの減少は助かるので持ちつ持たれつ、暗黙の了解的にこの狩り方が続けられているらしい。


「でもこの入り口は誰もいないんだな。俺たちもアレやってみるか?」

階段までの道メインルート塞ぐのは迷惑だからみんな避けてんのよ」


 穴の占有は早い者勝ちだ。

 花見の場所取りのごとく物で主張するのはさすがに駄目だが先に来てえんえん粘るのは問題ない。当人たちだって眠気と戦いながら頑張っているわけで。

 しかしこの戦場、新参者が狩りをするのに向いてないな。


「真ん中の塊を狙うのはさすがに無茶だよなあ」

「真似、マガジンはあといくつ残ってるの?」

「十以上はあるが……まさかやる気か?」

「要は全部引っ張らなきゃいいんでしょ?」


 本当にこいつは無茶をする。

 仕方ない。モンスターの復活にはタイムラグがある。ゲームみたいに即湧きするわけじゃないから「倒してもキリがない」という事態にはならないだろうし。

 数体ずつ倒していくスタイルなら十分なんとかなる。


「あたしが引っ張ってくるからあんたたちは援護して」

「了解」

「お気をつけて、更紗さん」

「あたしを誰だと思ってるのよ」


 俺の拳銃を片手に飛び出していった更紗は最も手近にいた一体を狙撃。

 ギリギリ当たった程度だったが、銃声に釣られて何体かが反応。追いかけてきた奴らから一定の距離を保ちながら更紗が逃げてくる。

 彼女は俺の射線を塞がないようにズレて走ってくれているので──撫子がドラゴンズウォーリアを拘束し、俺はマグマゴーレムを優先的に蜂の巣にした。

 落ちたドロップ品はウォーリアをぶった斬るついでに更紗が回収。


 注意は必要だが、なんとかいけそうだ。


「よし。あと二、三回やってから帰るわよ」


 人使いの荒いリーダーのおかげで十層でもそこそこの収入が入った。



   ◇    ◇    ◇



 次の日、俺たちは授業をサボった。

 ドラゴン対策会議が昼間から行われるからだ。

 翌日の本番もサボることになるので二日連続である。


「撫子は抵抗ないのか、こういうの?」

「ええ、学園から認可された行為ですので」

「そういうこと。堂々としてりゃいいのよ」


 うちの女性陣はほんとに頼もしいな。

 遅めの朝食をとってひと息ついたのが午前九時半。

 会議は十時からだということなので俺たちは連れ立って会場となる教室へと向かった。

 前にも言ったようにここのシステムはむしろ大学に近い。

 授業も選択式なので、大人数が入れる大きな教室も用意されている。会場はそういった教室の一つだった。席数は百近いはず。

 だというのに教室内はかなりの賑わいだ。二年生以上の生徒と教師、さらにはOB、OGの姿まで見える。


 ──若干、場違い感があるなこれ。


 談笑している奴や、既になにかを話し合っている奴。

 慣れているメンバーばかりのようで、初心者の俺は「部屋を間違えました」で帰りたくなる。こういう「誰お前?」みたいな空気は入学初期の経験からトラウマだ。

 当然、実際には更紗に睨まれて逃げられないわけだが。


「おや? 君たち、ここはドラゴン対策会議の会場だ。部外者は出ていってくれないか」

「善野」


 座れそうなスペースを探していると二年生の爽やかイケメン──もとい正義馬鹿が話しかけてきた。


「君たちの実力は知っているが、さすがに時期尚早じゃないか? 俺たちが守り切れるとは限らない。悪いことは言わないから今のうちに──」

「善野先輩。決闘での誓いをお忘れですか?」

「な、撫子」


 調子に乗って喋っていた野郎は俺の後ろから少女が進み出てくると途端に表情を変えた。

 一方の撫子は真顔で、心なしか怒っているように見える。


「真似さま、更紗さんにはつき纏わないと誓ったはずです。神聖な決闘を穢すおつもりですか?」

「撫子。君はどうして……そんな下着男の肩を」

「恭くん? どうしてまた一年生をいじめてるのかな?」

「ひっ、風音!?」


 他の生徒と話をしていたらしい風音先輩が合流してきて善野の顔はさらに引きつる。


「私、あれほど言ったよね? まだわかってくれないの?」

「いや、あの、だからな?」

「恭くん? またお仕置きが必要かな?」

「や、やめてくれ! お仕置きは! お仕置きだけは!?」


 従順な犬のようになった善野は風音先輩に首根っこ掴まれると教室の奥のほうへ消えていった。


「ほんとごめんね? この子には首に縄つけておくから!」


 風音先輩、胸が大きくて優しいのに男へお仕置きとかしちゃうんだな。


「俺、ちょっと風音先輩に躾られてみたい」

「わかります。……やはり真似さまはわたくしの運命の方ですね」


 しまった、撫子からの信頼がさらに強まってしまった。

 どうしたものかと悩んでいると「やっほー」という間延びした声。


「やっぱり更紗ちゃんたちも来たんだー」

「湯美。あんたもドラゴン討伐参加するわけ?」

「当然。こんな目立てる機会逃がすわけないよー」


 なんて言ってるが、こいつ更紗と幼馴染──ってことは更紗の兄と交流あってもおかしくないんだよな。

 湯美なりに思うところがあるのかもしれない。

 更紗は気づいているのかいないのか、ふん、と受け流すだけだったが。


 そんなこんなで何人かの知り合いと出会いながらドラゴン対策会議は始まった。

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