新手の変た……異能者
「わたくしの異能には特定物品の生成能力が含まれております。……このように、わたくし自身を責めるための器具には事欠きません」
「ちょっ!? そんなの生で置かないでよ!?」
「ご安心ください。作ったばかりですのでなんの汚れもございません」
「そういう問題か……?」
ごと、ごとん、とテーブルに並べられていく「特定物品」。
棒状のもの、栓のようなもの、うずらの卵に似たもの、球形が連なったもの。
更紗どころか俺でさえ「おお、すげえな」と感心あるいはドン引きしてしまうラインナップ。この手のアイテムはあの善野でも作れないだろう。
「でも、だからってなんであんたが責める話になるのよ。あんた、自分がされたいタイプなのよね?」
「ええ、もちろんです」
己の欲求について打ち明けて吹っ切れた少女は表情に興奮を浮かべたまま説明する。
「ですが、わたくしの身体は一つしかありません。壊される瞬間は最高の喜びでしょうけれど、残念なことに現代社会は人を物のように扱える社会ではありません」
「わかる。お話の登場人物と違ってあたしたちは社会的に死んでも手足が動かなくなっても『おしまい』にはならないもんね」
「そうなのです。家族や友人の悲しみも考えれば節度を持って欲望を満たすしかありません」
「なるほどね。だから真似なのか」
二人だけで納得し始めるんじゃない。
「すまん。俺にもわかるように説明してくれ」
「あんたなら身体ぶっ壊れてもパンツ脱げば元通りになるじゃない」
「真似さまに代わっていただくことでわたくしは何度でも疑似的な破滅を経験できます。これはとても画期的なことだと思うのです」
「いいなあ。あたしの性癖はそうもいかないもの」
壊される俺の身にもなってくれませんかね?
「あの、悪いけど撫子。俺にはその手の趣味はないからさ。さすがに怖いっていうか」
「じゃあ撫子のブラもつければいいじゃない」
「ご安心くださいませ真似さま。壊すと言っても基本は快楽です。わたくしの身体であればきちんと感じられるはずですし、そうでなくともしっかりと、じっくりと開発いたしますので怖くはありません」
なるほど、この子、更紗だけじゃなくて湯美とも気が合いそうな変態だったか。
湯美と違って撫子は自分をいじめたい。
話は通じそうなぶんだけまだマシだが──はっきり「壊す」と宣言されていることを加味するとどっちもどっちな気もしてくる。
「俺のところには特殊なレズしかやってこないのか……?」
「いや、あたしはそういう性癖ないわよ?」
そういや更紗は性格きついだけで良識はあるな。
「なあ更紗。頼む。俺と付き合ってくれ」
「なっ!? なによいきなり。そりゃあまあ、変な奴と付き合うよりはあたしのことわかってくれるだろうし。別にぜったい嫌ってわけじゃないけど」
「あら。お二人はそういったご関係だったのですね?」
「いや。そういう関係じゃないし更紗が嫌ならしょうがない」
「人の話は最後まで聞きなさいよ!?」
いや、だってお前のことだからさんざん悩んだ挙句「やっぱなし!」とか言いそうだし。
開き直って付き合ってくれたとしても今度は「あんたあたしに惚れてるんでしょ?」とか言ってめんどくさいムーブしてきそうだし。
困ったな。更紗ならもうちょっとまともな体験ができると思ったんだが。
俺が悩んでいると撫子が思い出したように、
「言い忘れておりました。……もちろん、わたくしの望みを叶えてくださるのであれば、わたくしの身体はお好きなようになさっていただいて構いません」
「なに」
「交換条件、ということでいかがでしょうか? そうですね、一回ごとに攻守を交代するということで」
おっと。なんか再び流れが変わってきたな。
「もちろん普段は真似さまを敬い、誠心誠意ご奉仕させていただきます。それがわたくしにとっても喜びになりますので」
「え、それってたとえば首輪とリードつけて歩かされたりしても?」
「もちろん、真似さまがお望みになるのであれば」
「なんで更紗が乗り気になってんだよ」
お前がやりたいだけだろと指摘したら「悪い?」と開き直られた。
やりたいのは「つけられる側」だろうに、ほんと一回開き直ったら強いなこいつ。
「そうだ。でしたら月見里さんも参加してはいかがですか?」
「え、あたしも?」
「ええ。月見里さんは受け側固定がよろしいですよね? それから、そう、動画撮影などをつければお好みに近づくのでは?」
「撫子。お前ほんとに変態だな……?」
「お褒めに預かり光栄でございます、真似さま」
いやほんと、なんなんだこれ。
イエスかノーかはっきりさせないと収集つかなくなってきた。
というか、考えてみるとこれはなかなかいい話だ。
交換条件がかなり重いが、それさえ呑めば清楚なお嬢様を好きにできるらしい。それどころか更紗まで乗り気なわけで──うん、別に女になって調教されるくらい大したことないんじゃないか? 撫子なら湯美と違って俺を元に戻してくれないとかないし。
悩んだ末に俺は「わかった」と答えた。
「ただし、そうだな。俺にも撫子と仲良くなる時間をくれ」
「ああ、そうね。パーティに入ってもらうにしても試用期間的なものはあったほうがいいわよね」
「かしこまりました。どのみち、わたくしは再加入に制限がかかっておりますので今すぐにとは申しません」
こうして、撫子にはパーティへの正式加入までもう一度よく考えてもらうこと。
それからやっぱり俺たちと組む場合でも約二週間後──ドラゴンに挑む予定の日までは待ってもらうことにした。決戦前に羽目を外しすぎて肝心な時にミスをやらかしました、じゃ洒落にならないからだ。
撫子もこれに同意し、俺たちはひとまず臨時パーティとして翌日からダンジョンに潜り始めた。
◇ ◇ ◇
擬態を解除したガーゴイルが飛び上がろうとした直後、その全身に黒革のベルトが巻きつく。
四肢どころか翼まで封じられた敵は拘束から逃れようともがくも、すかさず振り下ろされた片手半剣によってその身を両断された。
倒されたモンスターがドロップ品に変わるのを見届けると更紗は「うん」と笑って、
「めっちゃ便利ね、撫子の異能」
「恐れ入ります」
微笑を浮かべて答える撫子はいわゆるシスターのような白黒の清楚な服を纏っている。
本人曰く「気が引き締まりますので。……それから、全身が隠れるのはなにかと都合が良いのです」とのこと。
彼女の身に着けているボンデージ──拘束具は不足の事態に備えて両手が使えるタイプのものなのだが、受けている責め苦が強化されて与えられると言っていた通り、モンスターにはそっくりそのままではなくよりしっかりした拘束が与えられている。
ぶっちゃけこの拘束だけでも十分すぎるほど便利だ。
二年生でもトップクラスだという善野のパーティにいたのも頷ける。黙ってれば服の下にエロいもの装着してるなんて誰も気づかないだろうし。
「ちなみに撫子。あの拘束って連発できるの?」
「可能です。ひと呼吸ほど置けば同じ対象に重ね掛けすることも、他の対象に使用することも」
使うたびに体力を消費するそうなので多用は禁物だが、ぶっちゃけ撫子に攻撃してもらう必要はないので戦いの疲労は最小限に抑えられる。
「でもこれ、ドラゴンには効くのかしらね?」
「どうでしょう。多少のサイズ差であれば無視して拘束できるのは確認しておりますが、極端に大きい相手との交戦経験はありませんので……」
などと言いつつもさくさく狩りが進んでいく。
PDWと西洋剣が加わったおかげもあるが、第五層でまったく苦戦しないのは正直楽しい。
分け前が三分の一になるのも気にならない。
今のメンバーならオーガと戦っても普通に勝てそうだ。
「このまま六層行っちまうか?」
「行っちゃいましょうか。撫子、六層は経験ある?」
「ええ。現れるモンスターはゾンビウォーリアとスケルトンアーチャーです」
「またか。スケルトンは銃が効きにくいんだよな……」
飛び道具持ちなのも厄介だ。今まではこっちが一方的に攻撃できていたがそうもいかなくなる。
「アーチャーを優先的に拘束して時間を稼ぎます」
「その間にあたしがぶっ壊せばいいわね。真似はゾンビを狙いなさい」
「了解」
今日の日中、俺は授業をサボって射撃訓練をした。
弾代がかかったがお陰で前より当たるようになった。
更紗の身体で撃つのにも慣れたので前より活躍できるだろう。
「六層に挑戦しているのは現状ほぼ二年生以降です。敵も残りやすいですので囲まれないようにご注意ください」
「おっけー。ま、囲まれたら蹴散らせばいいわよね」
脇道に逸れるとほどなくして前方から人影。
ゾンビ×2にスケルトン×1。
敵の数が多くなってきたうえに飛び道具付きだが──視認した瞬間、スケルトンアーチャーはSM拘束されて沈黙した。
「ナイス撫子!」
「よし、とりあえず試しに撃ってみるか」
弾幕がゾンビウォーリアを蹴散らし、ついでにスケルトンアーチャーを砕く。
数は力。結論から言うと多少弾がすり抜けようが関係なかった。ちょうど五十発撃ちきるあたりで三体の敵は全て消滅、後にはドロップ品と銃弾、空薬莢だけが残った。
ちなみに落ちたゴミは不思議な力によって勝手に消滅していく仕様。
壁や床にできた傷もゆっくり修復されていくらしく、百年前からあるダンジョンがこうして形を保っている原因になっている。
「いけそうね」
「いけそうだな」
「善野先輩方も素晴らしいお力でしたが、お二人も想像以上にお強いです」
「まあね。それほどでもあるかしら」
胸を張る更紗にはもうツッコまない。
「あのパーティ、風音先輩たちも強いのか?」
「はい。風音先輩は凄腕の風使いですし、栞先輩は破った辞典のページを魔法に変えられます」
「魔法」
破ったページに書かれた単語のうち一つを元に何かしらの現象を生み出すらしい。
辞典を交換しない限り同じ魔法は使えないうえに破ったページに何が書いてあるか確認しないといけない。使いづらそうに思えるが、栞先輩は辞典の内容を全部暗記しているそうだ。
化け物か。
美少女二人に罪はないが、善野たちとパーティ戦は絶対にやりたくない。
「今のでマガジンが一つ飛んでったし、ドロップに期待したいところだな」
「いくらくらいの出費になるのですか?」
「弾一発五十円くらいで計二千五百円ってとこだな」
「攻撃するだけで二千五百円……。銃って金食い虫だわ」
更紗が「うわぁ」という表情になり、
「真似、あんたも剣買いなさいよ」
「便利なんだぞこれ。剣よりは人を選ばないし」
湯美や撫子に変身した時は銃のほうが便利だ。
撫子の拘束はボンデージ着ないといけないのが難点だが。
「それにしてもドラゴン復活まであんまり余裕ないわね」
狩り自体は円滑に進んでいる。
六層のドロップは一体つき平均二千円越え。レアドロップも加味しつつ銃弾を節約していけば十分黒字が出るレベルだ。
にもかかわらず更紗は浮かない顔をして、
「二日前には十階にたどり着きたいんだけど、けっこうタイトスケジュールになりそう」
「買い物したり決闘したりで何日か潰れたもんな」
「日数的には一層につき二日はかけられませんね」
マップは先人たちによって完成しているし降りるだけなら短時間で済むとはいえ、経験したことのない領域をスキップするのはなかなかの無茶だ。
「敵の対処法と連携は確認しながら進みたいな」
「おっけ、明日はとりあえず七層に進みましょ。このパーティならいけるでしょ」
「撫子も引き続き助けてくれるか?」
「もちろんです。お任せください」
それから俺たちは連日ダンジョンへ潜り、だんだん良くなるドロップに喜びながら着実に到達階層を進めていった。
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