能力測定と新メンバー

 異能のランクや効果を調べる機械は学園に常備されている。

 気軽には運べないサイズだが調査自体は時間もかからない。受付で申請すれば混みあっていない限りすぐに利用できる。

 入学後の測定会ではフル動員されるとはいえそれ以外の時期は基本的に利用者も少ないので今回もあっさり機械のところへと通された。


「ランクはD。効果は、

 他人のパンツを身に着けることで相手の姿と異能、身体能力を模倣する。

 他人のブラジャーを身に着けることで相手の記憶と経験を模倣する──ようですね」

「ブラ」

「ブラです」


 係の人は女性なんだが、完全にポーカーフェイス。

 プロだ。


「はあ。いやほんと、ものすごくあんたらしい異能ね」

「ほっとけ」


 なお、俺の異能に興味を持っている研究者がいるので実験に協力しないか? とも誘われたものの「怖いんでパスします」と答えた。



   ◇    ◇    ◇



「ブラとパンツが別でもいいのは便利だよねー」


 ダンジョンから帰ってくる奴らのために学食はかなり遅い時間まで空いている。

 俺はチャーシューメン、更紗はチャーハン。

 食っていたら湯美がやってきて勝手に相席しだした。


「湯美も更紗ちゃんの身体で銃撃ってみたいなー」

「っても逆はたぶんあんま意味ないのよね」

「湯美の身体でお前の経験か? ……宝の持ち腐れだな」

「そもそも更紗ちゃんのブラじゃ入らなくない?」


 むっとした更紗が「胸に貴賤はないらしいわよ」とチャーハンをかきこむ。


「えー? 大きいほうがいいに決まってるよねこーくん?」

「いやまあ、女の魅力は胸だけで決まらないからな」

「あんたちょっと日和ったでしょ」


 しょうがないだろ、大きい胸は攻撃力があるんだ。

 でかい胸はそこにあるだけで強いが、小さい胸はコンボを狙うことで強くなる。

 貴賤はないが使い勝手の差は悲しいが存在してしまうのだ。


「まあ、基本は同じ奴のブラとパンツで揃えたほうがいいだろうな」

「更紗ちゃんが二人とかほんとにバイオレンスだよねー」


 のほほんと言った湯美は紙パックの牛乳をちゅーちゅーしつつ、


「ところでこーくん。身も心も湯美になってえっちする気はないー?」

「……考えておく」

「あんたほんとに戻って来られなくなるわよ……?」


 心まで湯美をトレースしてしまえばヤンデレの恐怖も感じなくなるだろうし、気持ち良くはしてもらえるだろうからある意味幸せだ。

 女子とエロいことできるならそこまでする価値もある、かもしれない。


「文句があるなら更紗ちゃんが相手してあげればいいのに」

「は? なんであたしが」

「俺じゃ露出プレイに付き合うくらいしかできないしな」

「────」


 無言で足を蹴られた。若干照れたような表情なのは……さては意外と満更じゃないな、この変態。


「あの、更衣真似さま。それから月見里更紗さん」

「ん?」

「あ?」


 不意に呼びかけられた俺たちはそっちを振り向き、立っていた一年生女子と目を合わせた。


「あんた、さっきの」

「善野と同じパーティの」

「はい。……少々お話があるのですが、お時間よろしいでしょうか」


 綺麗なストレートロング。

 胸は大きくもなく小さくもなく。大事に育てられたのがわかる滑らかな肌と均整の取れた身体。

 お嬢様めいた物腰せいか「失礼があってはいけない」とつい姿勢を正したくなる。

 この面子での馬鹿話には似つかわしくなさそうだが。

 更紗と顔を見合わせてから頷くと、彼女は「ありがとうございます」と微笑んでトレイを置いた。載っているのはサラダうどん。

 ふわりと香ったのは清潔感の中にほのかな甘さの含まれた匂い。

 注視する俺たちに彼女は「実は」と切り出した。


「善野先輩のパーティメンバーから外れることになりました」

「……お?」


 完全に予想していなかった話題に俺も更紗も湯美も瞬きしかできない。


「外れたって、つまりソロになったってこと? なんでまた」

「あの方にはこれ以上ついて行けないと感じたからです」

「まあ、あいつ面倒くさそうだったしわかるけど。……お前、いや君は善野こと好きなのかと思ってた」

「? 何故でしょう?」


 曇りのない瞳で見つめられると「お約束だから」とは答えにくいんだが。


「あの人を見込んで協力してたなら好きになってもおかしくないよねー?」

「そういうことでしたか。ですが、わたくしにあの方への恋愛感情はございません。人間的には好感を持っておりましたが、それも考え直さなければなりません」

「愛想が尽きたってことか。……まさか、俺たちのせいか?」

「お気になさらないでください。遅かれ早かれこうなっていたと思いますので」


 話の合間に少女はつるん、と上品に一本ずつうどんを口にする。

 話を続ける前に丁寧に口を拭く仕草も上品だ。


「わかるわ。嫌よねああいう正義ぶった馬鹿」

「はい。……あ、いえ、わたくしが違和感を覚えた理由は少々違っておりまして」

「今『はい』って言っただろ絶対」


 さすがに失礼だと思ったのか、言葉通り主な理由が別にあるのか。

 ほんのりと頬を染めてちらりとこちらを窺ってきて、


「お二人にお話をした理由にも繋がるのですが、他に人のいないところに移動することは可能でしょうか?」

「二人に……ってことはもしかしてパーティ関係?」

「はい。わたくしをお二人のパーティに参加させていただけないかと」

「な」


 マジか。

 一流企業から潰れかけのローカル企業に移るようなもんだぞ、それ。



   ◇    ◇    ◇



「部外者だし遠慮しておくねー」


 と殊勝なことを言う湯美と別れ、俺たちのパーティルームへ。

 食後だし、自販機で買った飲み物だけを用意して顔を突き合わせると──なんだか面接をしているような気分になってきた。

 まさか俺と更紗が採用担当の側とは。

 妙に緊張しつつ「それで」と話を切り出せば、彼女はこくりと頷いて、


「わたくしは忍野おしの撫子なでしこと申します」

「忍野さんか」

「撫子とお呼びくださいませ、更衣こういさま」


 さま、と呼ばれた俺は背筋にぞくっとするものを感じた。

 当の少女──撫子は「なにかまずかったか」とでも言いたげな表情を浮かべているが、今のは年頃の男子にやっちゃいけないやつだろう。

 それともお嬢様的には単に礼儀作法のつもりなんだろうか。

 でもさっき、更紗を呼ぶ時は「さん」だったよな……?

 これは更紗も気になったようで、


「ねえ、あんた。どうして真似だけ『さま』なのよ?」


 慣れてないと喧嘩腰に聞こえる問いかけに撫子は微笑んで答えた。


「更衣さまならば、わたくしの望みを叶えてくださると思いまして」

「望み?」

「俺に叶えられるのはエロい望みくらいだぞ?」

「自分で言ってて悲しくならない、それ?」


 もしエロいことが望みなら彼女もまた新手の変態だということになってしまうが。

 ほう、と、部屋の中に悩ましげなため息が広がって、


「善野先輩はとても正しくまっすぐな方です。ですが、あまりにも正しすぎました」

「あれは馬鹿なだけだと思うけど」

「問題なのは善野先輩が正しさを追い求めるあまり狭量になっていることなのです。……あの方は人の小さな欠点や弱点さえも見逃せません」


 小さいかどうかはともかく、俺たちもそれで決闘になったわけだ。


「なるほどね。……じゃあ、次はこう聞きましょうか。あんたの異能はなに?」


 更紗の率直な問いかけに撫子はくすりと笑ってこう答えた。


「表向きは『対象の動きを封じる』異能ということになっています。ですが本当は違います」

「正直に言っていいわよ。あたしもこいつもそのことに関しては人に言えないタイプだから」


 言いふらされた側の気持ちが痛いほどわかるから言いふらす側に回ったりはしない。

 これには撫子も頷いて、


「信頼しております。お二人にならお話してもいいでしょう」


 ゆっくりと席を立ち、テーブルから少し離れて立った。

 しなやかな指が制服のスカートをつまんでゆっくりと持ち上げていく。「ちょっ!?」上がった声にも動きが止まることはなく、いつかの更紗のように寸止めもない。

 やがて限界点を超えるとスカートはもはや遮蔽物としての役割を果たさなくなり、その下にあった清楚な白いパンツが俺たちに晒される。

 細かい刺繍の施された一品。湯美の持っていた奴は勝負下着感があったが、撫子が穿いていると「お嬢様の普段着」といった雰囲気になる。


 これだけでも十分に唾を呑み込むべき光景なのだが、今回はまだ先があった。

 透けやすい白の下着の奥に何やらく黒いベルトのようなものが見えるのだ。


「わたくしの異能は、自身に与えられている責め苦を強化して他者に与える──言わばバッドステータスの強制付与能力なのです」


 自分の受けている責め苦を相手に与える。

 これまで彼女は『対象の動きを封じる』異能として運用していたらしいが、それはつまり彼女が日常的に拘束状態にあったということ。

 説明を終えたところで戻されてしまったが、あのスカートの奥にあったのは俺の印象通りSM的な──いわゆるボンデージコスチュームで間違いないわけか。

 こんな清楚な子がSM好きとかめっちゃエロいんだが。


「真似、顔がにやけてるわよ」

「しょうがないだろ。こんな可愛い子にこんな話されたら」

「お褒めいただいて大変光栄です」


 恥ずかしそうにしながらも微笑を返してくる撫子はもはや育ちがいいのを通り越してそういうプレイが好きだとしか思えない。


「更衣さまさえよろしければ下着もいつでもご提供いたします」

「なあ更紗、この子パーティに入ってもらおうぜ」

「早い。……いやまあ、パンツ見せてまであたしたちを騙すメリットがないだろうけど」


 どんな作戦だって話。

 だいいち善野ならこんな策略は用意しないだろうし、風音先輩もそういうタイプには見えなかった。

 あの小柄な二年生の独断というセンはなくもないが……それにしたって目的がわからない。撫子が本当にそういう趣味だと考えるほうが自然だ。


「ねえ、撫子。あんたってどういうプレイが好きなの? 見せるの? 視られるの? 痛いの? 苦しいの?」

「なんだ? 随分会話のレベルが高いな?」

「あんたにはどうせもうバレてるんだからいいじゃない。あたしは露出。見せるのも視られるのも大好き。命令されたりして無理やり感があるとなおいいわね」


 本当に開き直りやがったなこいつ。エロいし可愛いからいいけど。

 これに撫子は頬を染めながらもどこか嬉しそうに答える。


「わたくしは破滅を望んでおります。大人しく真っ当な人間である忍野撫子を壊して乱して支配してくださるのであればどんな責めも甘んじて受け入れます」

「完全な被虐願望かあ。それはあんな正義馬鹿じゃ満足できないわよね」

「ええ。おそらく善野先輩ではわたくしの望みをわかってはくださらないでしょう」


 うん、まあ。いい話にしたいなら「まずは信じるところから始めてみろよ」と言うところなんだろうが。ぶっちゃけ「俺が君を更生させてみせる!」っていう未来しか見えない。


「確かにそういう点で見たら真似は安全ね」

「おい。俺がまともじゃないみたいな言い方するなよ」

「まともじゃないでしょ実際。じゃああんた撫子を放っておける?」

「いや。むしろ全面的に協力したい」


 これに撫子の表情がぱっと輝いた。


「お二人ならばわたくしを理解してくださると思いました」

「あはは。……あんまりこいつに女の子を近づけたくないんだけど、そういう事情なら放っておけないわ」


 性癖的に理解できる部分があるせいか、更紗が妙に甘い。

 リーダー様がOKを出した以上、撫子の加入には決まったも同然だろう。

 今まで話せる相手がいなかっただろう秘密を抱えた少女は、感極まったように深く頷いて「ありがとうございます」と漏らした。


「では、更衣さま。……いいえ真似さま。わたくしに壊させていただけますか?」

「ん?」

「へ?」


 ちょっと待った。なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。

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