戦いを終えて
「本当にごめんなさい、うちの恭くんがご迷惑をおかけしました!」
髪型はゆるめのポニーテール。
二年生のリボンをつけた彼女は垂れ目でおっとりした雰囲気を纏っている。印象通り、胸は湯美よりさらに大きい。
二、三メートルはある客席からふわり、と着地したところを見るに身軽さも持ち合わせている。
俺たちのところへ駆け寄ってきた彼女が何をしたかといえば、真っ先に深く頭を下げて謝ってきた。
なんだこの人。めっちゃまともだぞ。
二人して逆に困惑していると「あ、急に言われても困っちゃうよね?」と苦笑して、
「私は彼の幼馴染でパーティメンバーの風音です。一応、副リーダーでもあるんだけど……恭くんが勝手にこんなことしちゃって、ほんとにごめんなさい」
「そうね。飼い犬には首輪をつけておいて欲しいわ」
「おい。先輩には敬語使えよ」
「あんただってそいつにため口聞いてたじゃない」
あれは先輩じゃなくて敵の分類になったからいいんだ。
すると風音先輩は「いいのいいの」と手を振って、
「気にしないで。今回のことはぜんぶ恭くんが悪いから」
「おい風音。そいつは女の下着を金で買うような奴だぞ」
「うん、まあ、私も恥ずかしいからあんまりしないで欲しいなーとは思うけど、だからって後輩に『ダンジョンに潜るな』なんて言っちゃだめでしょ?」
「でも」
「だめでしょ?」
じーっと見つめられながら言い聞かされた善野は爽やか系イケメンの面目丸つぶれな感じで「……はい」と項垂れた。
「反省してます」
「本人もこう言ってるし、なんとか許してくれないかな? 私たちからもきつく言い聞かせるから」
「私たち?」
首を傾げたところで訓練場の入り口から二人の女子がこっちに近寄ってきた。
一人は何やら辞典を抱えた小柄な二年生。
一人は長いストレートロングの清楚な一年生。
どちらも、というか風音さんも含めて全員かなり可愛い。
「可愛い女の子ばっかり集めたパーティだと……?」
「口に出てるわよ、真似」
「っていうか更紗、お前俺のこと名前で呼んでくれてるのか?」
「今そこ言う!?」
後から来た二人も「本当にごめん」「先輩が申し訳ありません」と俺たちに謝ってくれた。
「彼にはよく言って聞かせる。だから、後のことは私たちに任せて欲しい」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「あたしたちとしては面倒がなければそれでいいので」
「ありがとうございます、お二人とも」
善野のやつ、ハーレムだし羨ましいけど女の子には頭が上がらないのか。
一年生の子に「後でお話があります」と声をかけられてこくこくと頷き、周囲を固められるようにして連行されていく。
どうやら終わったようだ。
俺は異能の第二段階を解除。張りつめていたものがふっと途切れて一気に疲労が押し寄せてくる。
「ちょっ、大丈夫?」
「ああ、平気だ。急に頭の中身が半分になって変な感じがするが」
「そ。……あんたと湯美じゃ半分も残ってない気がするけど」
「なんだとこの」
頬を突っついてやろうとしたら変に更紗が逃げるので胸をぷに、と突いてしまった。
ほとんど膨らんでいないが狙って突けば柔らかいくらいには「ある」んだよな。
「あ、その、悪い」
「……ったく。あたしのなんか触っても楽しくないでしょうに」
「何を言う。おっぱいに貴賤はないぞ」
「風音先輩が頭を下げた時、谷間を凝視してたくせに」
そりゃするだろ。巨乳女子のおっぱいだぞ。
そこで、こほん、と咳払いの音。
程よい胸の持ち主だけど飛騨先生は尻と足だな。
「とにかく、二人が無事でよかった。……人前で服を脱ぐのはどうかと思うけど。本当にどうかと思うけど」
俺たちはよそ見して知らん顔した。
先生は「仕方ないなあ」とばかりにため息をついて、
「更衣君。まだ能力測定受け直してなかったでしょ? 一度行ってきたらどうかな?」
◇ ◇ ◇
「能力測定ね。確かに気になるし、すぐ行きましょうか」
「せめて着替えてからにしようぜ」
「それもそうね。あんた元の姿に戻らないと機械バグるかもしれないし」
二人でパーティルームに戻って交代でシャワーを浴びる。
俺たちの場合、先に更紗が使うのがルール。
残り香を俺に嗅がれるのと俺の残り香を嗅ぐのでは後者のほうが嫌だと更紗自身が決めたからだ。更紗の匂いはわりと嗅ぎなれているし変なことをする気もないんだが、そう言ったら「あたしを女子として見てないってこと?」と怒られた。
「っていうかあんたシャワー浴びる必要あるの?」
「まあぶっちゃけそこは気分だよな」
俺の姿に戻ると外傷と一緒に汗なんかも消えるわけで。
浴びなくていいと言えばいいが、そこは浴びておかないと気分がすっきりしない。
「パンツ穿いたままシャワー浴びるのもあれだし」
「そういえば水着でも発動するのかしらね?」
「知らんけど、スク水はそもそも絶対パンツじゃないだろ」
「あんたあたしを小学生かなにかだと思ってない!?」
中学生みたいなもんだとは思ってる……とは口に出さなかった。
「あたしだって水着っぽいのは持ってるわよ。ほら」
投げ渡されたのはセパレートタイプの競泳水着。
「水着っていうか耐水機能付きのウェアだけどね」
「なるほど。これはなかなかにパンツだな」
そもそも水着と下着の違いとはなんなのか。
年頃の男子なら一度は考えるだろう。素材の違い? TPO? だとしたら見る者がパンツだと思えばそれはパンツなんじゃないか。
ブラを利用した異能の新段階に目覚めた今、俺は自分の心とまっすぐに向き合える。
これは、パンツだ!
「お、できた」
いつも通りウェアを引き上げていくほどに身体が変わり、最終的に更紗になる。
上半身裸の自分を見た少女は「さっさと上も着なさいよ!」とわめいて、
「あ、やっぱりいいわ。早く脱いで返しなさい」
「なんだよ。せっかくだから試させろよ」
「だってあんた、上までつけたらあたしの記憶まで覗けるんでしょ?」
まあそうだが、第二能力(仮)は起動しないことも選べる。
「っても遅かれ早かれだろ。お前になりきったほうが絶対役立つぞ」
そもそも俺がこういう能力を望んだのは自分の経験不足を痛感したからだ。
接近戦でも飛び道具でも俺は更紗や湯美ほど上手くない。
自分の持ち味を生かして日々努力してる奴らより弱いのは当たり前といえば当たり前だが、それでも追いつきたいとは思う。
俺の言葉に更紗はしばし黙って考え込むと「……しょうがないわね」と頷いた。
「あたしもあんたの家族の話とか聞いちゃったし、おあいこってことにしてあげる」
「は? 俺が話した件──じゃないよな? 誰から聞いた」
「飛騨先生」
あの先生、個人情報保護とか知らないのか。
いやまあどうせ何かお節介焼いてくれたんだろうけど。
「じゃあ遠慮なく」
「少しは遠慮しなさいよ」
上半身側の耐水ウェアもまあざっくり言えばブラみたいなものだ。
更紗用なので当然身体にはしっくりくる。その状態で心の奥底に意識を向けていくと──またあの不思議な感覚が来た。
心の余裕のぶんだけ落ち着いて迎え入れられたものの落ち着かない気分になるのは同じ。
二つの意識・記憶を分別して共存させていくとようやく馴染んできた。
「いやほんと、真似なんかと一つになるとかほんと勘弁だわ」
「その状態であたしの真似するのは本気でやめなさい。あたしにしか見えないでしょうが」
「顔も声も性格もお前だもんなあ……」
もはやドッペルゲンガーみたいなもんだ。
「っていうかそこまで同じだったらもうお前自身なんじゃね?」
「あんたの意思が混ざらなかったらそうでしょうね」
「俺の意思がなくなったら元に戻れるか怪しいだろうが!?」
「湯美としては戻れなくするのがお望みかもよ」
怖すぎる。実際、こうしている間にも更紗としての思考や感情が流れ込んできているわけで、あまり深く長く同調し続けていると本気で影響されかねない。
この状態での振る舞い方に慣れるまでは極力短時間に留めておいたほうがよさそうだ。
「で?」
椅子に座ってテーブルに身を預けながら更紗が尋ねてくる。
「あたしになってみて、なにかわかった?」
自分自身を見つめる更紗の感情は思ったよりもどろどろしていた。
侮蔑や劣等感に近い感情。
(あたしは必死に虚勢を張ってるだけ。完璧じゃないし一人じゃドラゴンだって倒せない。あたしは本当は強くなんてない)
自分を客観的に見つめることができてしまうからこその生の感情。
向こうも似たような気分なんだろうか。なるほど、だとしたらそれは楽しくはない。
胸を締め付けられるような想いを抱きながら更紗の記憶へと手を伸ばす。こいつがドラゴンにこだわる理由はなんなのか。
ああ。
見えた。黒こげになったスマホ。ビニールに包まれたそれを抱きしめて泣いた記憶。
俺は元の姿に戻って着替えを終えてから答えた。
「お前、兄貴をドラゴンに殺されてたのか」
「そうよ」
答える少女の目には涙が潤んでいる。同時にその声はどこか吹っ切れたようにも見える。
「あたしは証明したいの。あたしは生きてドラゴンを殺したって」
「敵討ち、とは少し違うんだよな」
「難しいわよね」
本人の生の感情を共有してしまったせいで俺には手に取るようにわかってしまう。
ドラゴンへの怒りがある。今度復活するドラゴンを殺しても兄貴を殺した奴とは違うのもわかっている。死んだ兄と同じ道を選ぶなんて馬鹿だとも思う。本当は「目立てるから」という理由だって格好つけた表向きの理由にすぎない。
本当の
「笑いたきゃ笑いなさいよ」
だけど、こいつは強い。
自分の顔を見て自分のどうしようもなさを直視させられても泣いたりわめいたりせずに気を張っている。
それは十分凄いことだと俺は思う。
だから、
「笑わねえよ。別にいいじゃねえか。俺だって立派な志なんかないぞ」
「あんたは結局、なんでそんな異能になったのよ?」
「さあ。まあ、羨ましかったんだろうな」
「お姉さんたちが?」
「女が」
浮気して親父の自殺原因を作ったくせにのうのうと生きてる母親が。
男に媚びて金を稼いでうまいこと生き延びてる姉が。
一人だけ親戚に引き取られて不自由なく生きている妹が。
パンツ見せても嫌われるどころか男たちからより執着される更紗が。
可愛い自分を心の底から好きと言える湯美が。
「どうして女ばっかり得をするんだ。お前らばっかりずるい、ってそう思ってたんだよ。たぶん」
「そっか」
くだらない話だ。
異能なんて本当は格好いいものじゃないのかもしれない。善野の《一日一善》でさえ本人の基準で働いているわけで、世のためひとのためになるかは使い方の問題で、結局はそいつの心の奥底にある何かが形になっただけのものでしかない。
「いいんじゃない、それで」
「更紗」
それなのに、少女の笑顔はなぜかとても綺麗だった。
ちょいちょいと手招きされるので隣に座ると、細い指が俺の頬を撫でた。
「くだらない人間同士、仲良くしましょ。下僕──ううん、相棒として」
「ようやく人間扱いしてくれるのか」
「別に本気で下僕扱いしてたわけじゃないわよ」
知ってる。
「相棒か。下手したら三年間付き合うことになるぞ」
「卒業してもダンジョン潜るならもっとかもよ」
くすくすと笑いながら俺を撫で続ける更紗。
指の感触がくすぐったくも心地いい。「で、さ」。遠慮がちに囁かれて。
「あたし露出すればするほど興奮する変態なんだけどOK?」
「おい今けっこういい雰囲気だったよな!?」
「だから思い切って聞いたんでしょ!?」
めちゃくちゃしまらない会話になってしまった。
俺は、はあ、とため息をついて答える。
「お前が露出狂だったことくらいとっくに知ってるっての」
「それってあたしの記憶を見たから?」
「見なくてもわかる。湯美も気づいてるっぽいし」
しばらく付き合ってれば誰でもわかるってことだろう。
特に異能を使って戦ってる限りはこいつほぼ常にノーパンなわけだし。
……こいつ彼氏とかどうするんだろうなマジで。
「心配しなくても付き合ってやるよ。ドラゴンでもなんでも」
すると、いったん離れた指が俺の頬をつん、と突いた。
「ありがとね。真似。いちおう頼りにしておいてあげる」
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