vs正義馬鹿

「今のうちに降参すると痛い思いをしなくて済むよ」

「降伏勧告もポイント稼ぎか?」

「俺の異能について勉強したきたのか。感心だな」


 学園内には大人数で使うための広い訓練場がいくつかある。

 善野はそのうちの一つを貸りて決闘場所にした。スタジアムのような楕円形の建物。周囲に設置された座席には何十人もの生徒。

 暇なのかこいつら。いや、他のパーティが戦うところを見るのも勉強なんだろう。

 ちなみに湯美のパーティもしっかり観戦に来ている。応援してくれるのは嬉しい──と思ったら無断で配信してやがるな、あれ。ドローンが見える。


 俺は既に更紗へ変身済みで半袖のトレーニングウェア姿。

 獲物はコンバットナイフとPDW、それに拳銃。

 更紗もナイフと剣を持ってきている。


 対する善野は制服姿で武器も持っていない。

 ハンデのつもり、ではなく単に必要ないからだろう。


「制限時間は三十分。俺が降参するか、制限時間が終了したら俺の負け。君たち二人が降参するか気絶したらそっちの負け。……異論はあるかな?」


 訓練場には特殊なフィールドが張られていてダメージを死なない程度に抑えてくれる。

 斬撃や貫通は打撃として扱われるので致命傷を与える心配なく戦えるそうだ。


「随分優しいルールだな」

「後悔しても知らないわよ」

「後悔はしないさ。こう見えて俺、けっこう強いから」


 監督役には飛騨先生が来てくれた。

 彼女は俺たちに「くれぐれも無茶はしないで」と目だけで伝えながら中立の位置に立って、


「神聖な決闘を穢さないことを双方誓ってください」

「誓います」

「誓います」


 頷いた先生はゆっくりと俺たちから離れ、


「始め!」


 開始の合図と共に俺たちは動きだした。



   ◇    ◇    ◇



 PDWの銃口を善野に向けてトリガー。

 更紗が近づく前に派手なのをぶち込む!


「喰らいやがれっ!」


 PDWのオート射撃は拳銃とは全然感覚が違う。

 弾がガンガン吐き出されるのでつい腕が流されそうになる。更紗の力なら十分制御できるはずだが慣れていないせいで狙いはかなり甘い。

 精度不足を補うための連射でもあるわけだが──善野は慌てることなくその場に立ったまま、半透明の盾を展開。銃弾の全てを防ぎ切った。

 五十発のマガジンを全て使ってもやっぱり割れないか。

 時間制か耐久力制か、いずれにしても『善行ポイント(仮)』の追加で延長できると見るべきだ。ガンガンぶち込んでいけばいつかは割れるんだろうが、


「最初から時間切れ狙いなんて格好悪いわよねっ!?」


 俺がマガジンを交換する間に更紗が突貫、手にした剣を袈裟懸けに振り下ろして、


「無駄だよ」


 刃はかん、と音を立てて弾かれた。

 浮いた刀身を引き戻す間もなく善野が前へ。目を見開く更紗に向けて笑んだかと思うと「かは……っ!?」少女の腹に拳を叩き込んだ。

 吹き飛ばされそうになった身体を空いているほうの手が掴んで、


「おっと。……大丈夫かな?」

「ふざけるんじゃないわよっ!?」


 再度振るわれた剣はむき出しの手のひらに軽く受け止められる。


「まだ刀に慣れていないみたいだね。危ないよ」

「~~~っ!」


 顔を真っ赤にした更紗が蹴りを飛ばすもこれはひょいっとかわされた。

 善野は一歩、少女から距離を取りつつ無造作に掌底を放つ──というか単に手のひらを突き出すと小柄な少女を三メートル以上も吹き飛ばした。

 更紗はうまく着地して剣を構え直したが、ダメージは確実に入っている。


「もう一度聞こう。降参しないか?」


 この野郎、これだけ強いのに手加減してるのが丸わかりかよ。

 とりあえず更紗が息を整えるまで射撃で牽制。

 善野は再び盾を展開し、今度はただ防ぐのではなく防いだ銃弾をその場で蒸発(?)させていく。


「フィールドにゴミが増えると掃除が大変だからね」


 それも善行ポイント稼ぎってわけか!?


「だけど、あんまり撃たれるのも気分は良くない」


 奴がさっと手を払うと空中にナイフが複数生成されて高速で飛来。

 狙われているのは──PDW! 宝物に傷がつかないように必死でかわすと、俺は左手で拳銃を抜きつつ敵に突っ込む。

 バリアを張ってくる敵には超至近攻撃!

 銃口を突きつけて防御を抜こうとすると「っぶねぇ!?」鈍い輝きが咄嗟に跳んだ後を通り過ぎていく。

 いつの間にか奴の手に握られていたのは鍔のない日本刀だ。


「なにあれ格好いい!」

「言ってる場合か!?」


 半透明の盾。不可視の衝撃波。身体強化に物質生成。

 神様に愛されているとしか思えない男は俺を見てふっと笑い──。


真似しんじ!」


 気づいた時には腹に強烈な衝撃が走っていた。

 日本刀を一閃されたのだ、と遅れて理解しながら吹っ飛ぶ。善野はさらに落ちていた銃弾をふわりと持ち上げると加速させて俺の身体に叩き込んでくる。

 数十発のパンチを連続で打ち込まれたような痛み。

 男相手なら手加減はいらないとでも思っていやがるのか。今、更紗の姿をしてるんだぞ俺は。

 せめてもの情けか銃器には攻撃が加えられなかったものの、手が痺れて地面に落としてしまう。目はちかちかするし足はがくがく、膝が折れて座りこんでしまう。


「ちょっとやりすぎたかな? まあいいや。ほら、降参しなよ」

「いやだね」

「そうか、なら」

「このっ!」


 加えられかけた追撃は更紗の剣がキャンセルしてくれた。

 日本刀と西洋剣。馬鹿力の更紗と打ち合っても善野はまったく力負けしない。

 それどころかリーチの差を活かして圧倒し始める。異能を活用すれば他の攻撃手段だってあるだろうに。更紗も悔しそうに顔を歪めた。

 二人がかりでこのザマとは。

 一年修行すればこいつに追いつけるのか? わからない。だが、どっちみち今ここで勝てないなら意味がない。


 ──やってみるか。


 俺には一つの秘策があった。



   ◇    ◇    ◇



「異能はその人の魂の表れだって言われているの」

「じゃあこいつはパンツ大好きってこと?」

「お前だって人のこと言える異能か?」

「湯美は先生の言ってることわかるけどなー」


 こほん、と咳払いした先生はさらにこう教えてくれた。


「異能を進化させた人は今までにもたくさんいるわ。逆に進化させられなかった人も。そのデータを集めて役立てたのが今の異能測定システムなの」


 進化可能な推定回数を元に異能のランクを出している。


「じゃあ、どうすれば進化させられるか。私は『どれだけ開き直れるか』にかかっていると思うの」


 善野は頭がおかしいくらいの正義バカだ。

 湯美も自己中心的な性格を隠そうともしていない。更紗は素直じゃないが進んでノーパンにしているあたり露出癖を自覚してはいるんだろう。

 つまり、Aランクの奴らはだいだいみんな欲望なり願望なりに素直だ。


「大切なもの。譲れないもの。それにどれだけ深入りできるか──もっと言えばが進化のカギなんだと思う」

「ねえ、先生? その理屈だとこいつはパンツに狂わないといけないわけ?」

「おい待て人を変態みたいに言うな」

「えっと、うん、まあ。……変態でいいんじゃない、かな? 更衣こうい君の場合はそこを開き直らないと道は開けない、かも?」


 なんか最後のほうは自信なさげというか「あんまりおススメしないほうがいいのかも」みたいなノリだったが、先生に言われて俺は少し腑に落ちた。

 俺はどうして自分がこんな異能になったのか疑問だった。

 笑われていじけてたせいもあるだろうけど、そうでなくても更紗たちみたいに活用法を探せていたかはわからない。それはきっと俺が『恥』に縛られていたからだ。


 自分の気持ちを隠して格好つけようとしていた。


 金が欲しい? 人生を変えたい? 違う。そんなのは俺の望みの中心じゃない。

 俺が本当に思っていたのは──更紗が、湯美がってことだ。



   ◇    ◇    ◇



 どくん。

 胸が大きく跳ねると共に、俺を何か奇妙な感覚が包んだ。


 一瞬にして何もかも変わってしまったかのような感覚。

 自分が何者だったのか。

 何をしていたのかさえもわからなくなって瞬きをする。

 周囲を見渡して記憶を探り、ようやく状況を思い出した。


「ちょっと真似、大丈夫なの!?」

「起き上がらないほうがいいよ更衣君。むしろ俺としては降参して欲しい」

(更紗ちゃん頑張ってる。善野君かあ。格好いいし彼氏としてだったら嬉しいけど、仲間になるのは勘弁かなあ。湯美の配信にもうるさく言ってきそう)


 頭の中の誰かが勝手なことを言って思考をかき乱す。

 違う。これは俺自身の思考だ。

 流れ込んできたが俺自身のものと混線したのが「なにもわからなくなった」原因。理解してしまえば分別して統合するのはわりと簡単だった。

 溶け合わせて、自然に利用する。


(更紗ちゃんの身体ってすっごく軽い。身体ちっちゃいせい? それだけじゃないよね。これだけ動けるのはちょっと羨ましいかも)


 しかしうるさいなこいつの思考。


(さ、こーくん。さっさと立って戦お?)


 わかってるっての。

 俺はPDWを掴んで立ち上がるとマガジンを交換。


「善野!」


 声と共に、白兵戦を繰り広げる更紗たちの元へと向かった。

 動けなかったのは主に俺が痛みに慣れていなかったせいだ。俺に染みこんだゆみの記憶が「これくらいの痛みへっちゃらだよー」と言うおかげで立ち上がれた。

 我慢さえできれば丈夫な更紗の身体はまだまだ動く。

 PDWを持ち上げてトリガー。

 弱点狙いの異能はコピーされていないものの、繰り返し飛び道具を使ってきたが狙いどころとタイミングを教えてくれる。


(誰かと呼吸を合わせるのってけっこう得意分野なんだよー?)


 更紗と交互に攻撃を加えて善野を休ませない。


 ──俺がどうなったかと言えば簡単だ。


 俺はあらかじめ湯美からをもらって装着していた。

 進化した異能がからを引き出して俺の足りない戦闘経験を補ってくれている。

 今の俺は更紗の身体と湯美の技術を持った状態というわけだ。

 動き回りながらの射撃なら向こうも対応しづらくなるし、タイプの違う二人からの波状攻撃はさすがにちょっと面倒臭そうだ。奴が対応に困るような表情を見せ始めた。


「あまり手荒な真似はしたくなったが、制限時間も気になってきたな」


 ここからは奴も今までより本気で来る。

 勝つつもりならもう一押し、なにか決め手が欲しいところだ。

 前もって相談していた対策はもう一つあるにはあるのだが。


「仕方ない、更紗! あれをやるぞ!」

「ええ、あれ!? ……ああもう、しょうがないわね! やればいいんでしょ!?」


 射撃で牽制しながら距離を取る俺たち。

 善野は眉をひそめて、


「何か秘策でもあるのか? だけど、これ以上何ができるっていうんだ」

「通じるかどうかはわからないし、俺たちにもダメージがあるんだけどな」

「何もしないで負けるよりはマシでしょ」

(あーもう、どうせなら湯美の身体でやりたかったんだけどー)


 俺たちは服に手をかけると──思い切って露出した!


「なっ!?」


 二人揃ってウェア姿なのでぱっと脱げる衣装じゃない。

 なのでめくり上げる&ずり下ろすのが限度。下着が見え隠れするくらいでアウトな光景じゃないんだが、無理に見せているせいで逆にエロい気もする。

 ちなみに俺の下着は黒で更紗は白。

 客席にいる男子から歓声が上がったし──善野は露骨に目を逸らしてこっちを見ないようにしていた。

 いいぞ、どうやら効果はあるらしい。


「おい善野。お前の《一日一善》とやらは悪行を働くとポイントが減るのか?」

「っ!?」


 驚きに目を見開いたところを見るとどうやらそうらしい。


「そうだよな。彼女でもない女の下着を見るとか悪いことだもんなー。そりゃポイント減っちゃうよなー。そもそもお前の主義に反するからまともに戦えないよなー」


 見られている高揚で身体が熱いのもあって俺はノリノリで奴を挑発する。


(やっぱり更紗ちゃんは露出狂だったんだねー。湯美もいい気分だけど)


 更紗も顔を真っ赤にしながらも下着を隠さず剣を構えて奴を睨みつけ、


「降参しなさい。しないならもっと脱ぐわよ」

「わかった! わかったから! 降参する!」


 とうとう二年生のエース──善野恭介は降参を宣言。


「これでいいな? 頼むから服を着てくれ!」


 奴は「格好つけてるくせに女の子の下着も見られない」と、俺たちは「勝つためなら下着姿にもなる」という不名誉な噂を立てられる羽目になったものの、決闘自体は俺たちの勝利で幕を下ろしたのだった。

 ウェアを元に戻した俺たちは善野に約束の件をつきつけ、


「約束する。もう君たちにはつき纏わない。だが君たちの行いが正しいとは俺は絶対に」

「ちょっと待って、さすがにやりすぎだよ恭ちゃん」


 この期に及んで強がりだした善野のところへ客席からふわり、と舞い降りてくる女子がいた。

 なお、残念ながらパンツは見えなかった。

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