二年生からの挑戦
近くに立ってこっちを見ていたのは二年生の男子生徒。
身長は百七十センチ中盤、顔は爽やか系。なかなかのイケメンだ。
なんか見たことあると思ったら祝勝会の時にやたら俺たちを褒めてきた奴だ。あの時はフランクな感じだったのに今は「感心しないぞ」という感じで心理的距離がある。
「なんですか、先輩?」
いいところだったのに。
平静を装った応答に若干、イラっとしたものが混じったのは仕方ないだろう。
すると相手はふっ、と鼻で笑って、
「女子の下着をどうこうなんてセクハラだろ。止めろ」
「まあセクハラなのは確かよね」
「お前どっちの味方だよ」
「ほら、やっぱりセクハラじゃないか」
身内のせいで話がややこしくなったんだが。
「っていうかあんた誰だよ」
「俺か? 俺は二年の
「悪事って、合意の上で売り買いするだけなのに駄目なのか?」
生徒同士で物の売り買いが行われることはよくある。
欲しい素材がある時、使わなくなった武器や道具を誰かに譲る時。ダンジョン攻略に関わる取引であれば学園側は禁止していない、というか公正な価格設定が行われているのであればむしろ推奨している。
俺は異能に必要だから買っているわけだし、新品の値段を考えてもぼったくってはいないはずだが。
善野は髪をかき上げながら笑った。
「校則は関係ない。女子がかわいそうだから止めてもらう」
「おい、話が通じないぞこいつ」
「可哀そうな奴なんじゃない?」
思ったよりひどい意見が返ってきて俺もドン引きしたが、善野もダメージを受けたのか頬をひきつらせた。
「常識的に考えて下着を売り買いするのはおかしいだろう」
「どうするの? 常識持ち出されたら言い返せないわよ」
「俺が常識から外れてるみたいに言うな」
「いや、更衣くんと月見里さんはけっこうおかしいと思うよ……?」
ほんと俺たちの味方がぜんぜんいないな。
仕方ない。俺はため息をつくと善野を見て、
「俺の異能に必要なんだよ。あんたは俺にダンジョン潜るなって言いたいのか?」
「君一人が我慢するだけで多くの女子が救われるならそれが正義だろう」
なんだこいつ正義正義って。
「善野先輩の《一日一善》はそういう縛りなんだよ」
「なんだ、そのバトルマンガの能力名みたいなの?」
「異能につけられた称号よ。……そっか、こいつがあの善野恭介ね」
「名が知られているようで光栄だ」
更紗たちによると善野の異能は「良いことをするほど溜まるポイントを使っていろんなことをする」というものらしい。
『良いこと』の基準は善野の良心。
大きな善行ほどポイントが溜まりやすく、相応のポイントを消費すればなんでもできる。
「なんでもできるってなんだよ、反則だろ」
「だから善野は二年生の中でトップクラスの実力者なのよ」
「こんなのがトップクラス……」
「こんなのとか言うんじゃない」
善野がびしっ! と俺たちに指をつきつけると、周りの生徒から「またやってるのか善野ー!」と野次が飛んでくる。
なんというか日常的にこういうことしてるのがよくわかる。
誰も止めようとしないのは面白がられているのか止めても無駄だと思われているのか。
「月見里更紗。まさかこんな奴と組んでいるとは。良ければパーティを解散して俺の仲間にならないか?」
俺はちらりと更紗を見た。
確かこいつは何人もの一年をリストラしてぼっちになったと言っていた。二年以上と組もうとはしてなかった可能性が高い。
一年の経験の差がある以上、善野ならこいつともやっていけそうだが──。
「お断りよ。あいにくあたしはリーダー以外やる気ないの」
ああ、そうか。
ノーパンなのは気軽に明かせないし、明かしたら「戦力増強のために裸で戦ってくれ」とか言われかねない。誰かに命令される立場はガチで困るわけだ。
そこまで理解したかどうかはわからないが、善野は「残念だ」と肩をすくめて。
「そんな馬鹿に唆されて悪の道に進んでしまうとは」
「おい、馬鹿だの悪だの言いたい放題言いやがって。謝れよ」
「馬鹿に正義を教えているだけなのになんで謝らなきゃいけない?」
駄目だ、本当に話が通じない。
俺とは住む世界が違いすぎるんだ。たぶん、こいつは昔から優等生だったんだろう。家でも学校でも不自由はしていなくて失敗もろくに知らない。
俺も自分がまともだとは思わないが、ここまで凝り固まってしまっていはいない。
だけど、こいつは『正義』だから多少極端でも世間から非難はされないんだろう。
「パンツを売り買いするのを止めればいいのか?」
湯美と更紗のパンツがあればとりあえず攻略は続けられる。
できればいろんなパンツが欲しかったが最悪諦めることにしてそう尋ねると、
「いや。女子の下着を穿くこと自体をやめてもらう」
「OK。お断りだ」
俺は立ち上がると奴の顔面に拳を思いきり叩き込む。
が、拳は奴の手前数センチのところで見えない壁に阻まれた。いや、よく見ると半透明の何かが善野を守っている。
これが《一日一善》。
ふっと笑った善野は軽く右手を払い──それだけで俺は強い衝撃に弾き飛ばされた。飛ばされた方向が通路に沿っていなかったらテーブルをなぎ倒していたかもしれない。
手加減されたんだろうな、と思いつつ俺は立ち上がって、
「断られたらどうすんだ? 拷問でもするのか?」
「いや」
首を振った奴が提案してきたのはそれこそマンガみたいな条件だった。
「決闘しよう。君たちが勝ったら諦めてやるよ」
いや、勝てる気がしないんだが。
◇ ◇ ◇
決闘は校則にも書かれているれっきとした揉め事解決法だ。
教師一名以上の立ち合いのもと公開で行われ、事前に取り決めた条件に則って勝者は敗者に言うことを聞かせられる。
もちろん殺したり重傷を負わせるのは禁止だが、ほどほどに痛めつけるのは禁じられていないので──まあ、ボコボコにされる可能性は十分ある。
よくあるシチュエーションに思うのは「そんなもん受けなければいいだろ」だが、実際問題、断ったとして善野にえんえん付きまとわれるのは鬱陶しいとしか言いようがない。
「俺たち、って言ったな。パーティでやるってことか?」
「いや。俺は一人で戦うよ。そっちは仲間と一緒でも構わない。……戦ってくれる仲間がいるなら、だが」
「なら、あたしも参加するわ」
こっちは俺と更紗。
俺たちが勝ったら善野は今後俺たちにつき纏わない。善野が勝ったら俺は女子のパンツを穿かないし売り買いもしない。
学食にいた他の生徒の見ている前で条件が取り決められ、決闘は次の日の放課後ということになった。
「で、勝算はあるわけ?」
あんなことの後じゃ授業に出る気にもならなかったので、俺と更紗は購買で菓子とジュースを買ってパーティ部屋へと移動した。
あのまま学食にいると目立って仕方ないし、ないとは思うが善野が作戦会議を盗み聞きする可能性もゼロじゃない。
「というか良かったのか? こんな馬鹿馬鹿しい話に付き合って」
「別にあんたのためじゃなわよ。あたしが気に食わないから乗っただけ」
相変わらず素直じゃない女は「あんたがいなくなったら戦力半減だし」と続けた。
「勝算なあ。……正直ないんだよなあ」
「実際喰らった感想がそれ?」
「ああ。あんなのぽんぽんやられたら持久戦以外勝ち目ないだろ」
瞬間的な防御能力に不可視の衝撃波。
こっちの銃や剣を防ぎながら素手で飛び道具を撃たれたらどうしようもない。なんでもできるって言うならあれが全力じゃないだろうし。
唯一、勝ち目がありそうなのは相手の異能の条件──善行で溜まるポイントとやらを尽きさせることくらいだ。
「でも、どうせ簡単に尽きるポイントじゃないだろ」
「まあそうでしょうね。……詳しそうな奴に聞いてみてるけど」
「善野先輩の《一日一善》は基本的に尽きないと思ったほうがいいよー」
呼び出されてやってきた『詳しそうな奴』──
「なんでかっていうと、ポイント溜まる基準が先輩次第だから」
「それだとなにがまずいのよ」
「後輩に花を持たせるために決闘を長引かせた。はい善行だからポイント追加。なるべく手加減してじわじわ嬲り殺す。慈悲深いからポイント追加。こんなことされながら持久戦できる?」
「チートかよあいつの異能」
「異能はぜんぶチートだけどね」
「さすがAランクだよねー」
異能にはランクがある。善野のは最高のAらしい。
俺の異能は入学時に笑われた通りのEランクで、
「更紗。お前の異能ってどうなんだよ?」
「あたしのもAよ。同じAでもかなりの差があるわよね」
「ちなみに湯美のもAだよー」
多いなAランク。これじゃ俺のEランクが笑われるのもわかる。
「まあでも、異能のランクって異能の強さとは限らないのよ」
「ん?」
「なんていうかね。ランクは強さじゃなくて『進化段階』だっていう説があるんだよー。Aランクっていうのは極まってるだけで強さの上限に達したわけじゃないって」
「いや、極まったら強いだろ」
「あたしもややこしいと思うけど、なんていうかほら、サッカー上手くなったからってバスケの役には立たないじゃない?」
なんとなくわかった。
ランクはできることの幅であってイコール強さじゃない。ランクが同じでも使いこなせるかどうかで強さは変わるし、異能を鍛えていくことで強くはなれるってわけか。
「じゃあ猶更、Aランクで鍛え上げられてるあいつの異能には勝てないじゃねえか」
「湯美、あんたこっちにつく気ない? パーティごと」
「先輩に睨まれると面倒そうだからパス」
決闘で勝っても「俺と更紗につき纏わない」だから湯美は普通につき纏われる。目をつけられないほうがいいと判断したわけだ。
「湯美的には、他の人にはないこーくんの長所を生かすしかないかなーって」
「俺の長所ってなんだよ」
「なんであんたが他人に聞くのよ」
「えへへー、それはね。異能が進化する可能性が残ってることだよ」
ランクが進化段階なら、俺のEランク異能は最大であと四回進化するということ。
進化しても縦にパワーアップするとは限らないができることが増える。そうすればなにかしらの活路が開けるかもしれない。
「能力を覚醒させて決闘に勝つとかいよいよマンガじみてきたな……」
「何もないよりはいいじゃない。まあ、どうやって覚醒させるのかが問題なんだけど」
「誰か詳しそうな知り合いがいれば聞いてみるといいと思うけどー」
そう言う湯美は特に紹介する気がなさそうなので俺は更紗を見た。
少女はなにやらものすごく嫌そうな顔をして「あたしも知り合いなんかいないわよ」と言った。
「一人だけいた異能持ちの知り合いは死んじゃったし」
「そうか。……なんかすまん」
「いいわよ別に。まあ、だから頼るならあんたの知り合いにしなさいって話」
「っても、俺だって知り合いなんかいないぞ。頼れるのは先生くらいだ」
言ったところで一人の先生の顔が思い浮かんだ。
ぼっちの俺になんだかんだ声をかけてきた──声をかけてきてくれた先生。
あの人も異能持ちだったはずだし、何かアドバイスをくれるかもしれない。
「駄目もとで聞いてみるか」
まだ授業時間中だし先生も帰ってはいないだろう。
もしかしたら職員室にいるかもしれない。ちょっと見てくると告げて外に出ると「きゃっ」と女性の声がした。
見れば、目の前に会いたかった人が立っていて驚いた顔をしている。
「更衣君。大丈夫なの?」
「先生こそ怪我しませんでした? っていうか、どうしてここに?」
「決闘を申し込まれたっていうから様子を見に──っていうかお説教をしに来たの。どうして二年生と喧嘩なんかしようとするの!」
「いやあの、先生。そういうのは勘弁してください。教えてくれるなら決闘に勝つ方法がいいです」
回れ右して先生を中に招き入れると「うわあ」という顔をした更紗と、面白そうに笑う湯美が俺たちを出迎えてくれた。
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