初めてのボス戦

「ここまで来るとこいつじゃだめね」


 何度かの戦いの後、更紗がため息と共に木刀を払った。

 壁に当たった先端がかん、と軽い音を立てる。

 軽いのだ。ガーゴイルはタフなので一撃で殺しきれない。


「でも骨には結構いい感じだったじゃん」


 スケルトンウルフはガーゴイルの逆で低い位置から襲ってくる。

 身体もスカスカで銃とは相性が悪かったが、更紗が木刀を振ると面白いようにぽんぽん砕けた。

 木刀は安いし重さもちょうどいい。買い直しも考えると良い武器だと思うが。


「どっちにしたってドラゴンにはこれじゃ効かないわよ」

「今日のところはお前がこれ使うか?」

「やめとく。あたしが撃っても当たらないし」


 初心者の俺がそこそこ銃を扱えているのは湯美の異能のおかげだ。狙いがある程度定まるので後はただ撃てばいい。

 サポートのない更紗が使うなら相当近づかないといけないだろう。

 飛び道具のメリットを殺してまでそうする意味があまりない。


「とりあえず今は狩りに集中しようぜ」

「そうね。ひとまずは木刀でもなんとかなるし」


 銃と木刀のコンビネーションは悪くない。

 ガーゴイルを俺が、更紗がスケルトンウルフを担当して淡々と狩っていく。


「パンツが洗濯できてよかったわね」


 あれ以降、意識改革がうまくいったのか使い物にならないパンツは出てきていない。

 湯美のパンツは一枚を洗っては穿いているので心元ないが……言ったら追加をもらえたりしないだろうか。

 妙な交換条件を出されそうだと思いつつスマホを確認すると時刻は午後六時過ぎ。残り時間は後十五分といったところだった。


「そろそろ良いんじゃないか? 帰る時間も考えるとあんまりゆっくりできない」

「そうね。ちょっと飽きてきたし、ボス部屋まで行きましょうか」


 階層の攻略判定はボスを倒すこと、あるいは下り階段に到着すること。

 階段があるのは基本ボス部屋なのでどっちでも同じようなものだ。


「ボスについて確認しておきましょうか」


 五層ボスは『オーガ』。

 簡単に言うと西洋風の鬼だ。体長三メートル以上、体重三百キロ以上。

 棘つきのこん棒を持っているが、ぶっちゃけ素手でぶん殴られただけでも並の人間じゃ骨を折られる。こんなの学生の相手じゃないだろ。ゴリラみたいな腕した英雄でも連れてきて欲しい。


「戦うことになっても俺は絶対近づかないからな」

「あたしが引きつけるから安心しなさい」


 更紗の異能は単純だからこそ強い。

 反射神経、腕力、耐久力──あらゆる身体能力が強化されているのでオーガ相手にタイマン張ってもある程度渡り合えるだろう。

 学園の医務室には治癒系の異能持ちがいるので生きてさえいればだいたい治る。俺の銃も使ってオーガをぶっ殺して後はなんとか帰ればいい。

 邪魔しようとする雑魚を片付けつつ進むと時刻は二分前。

 見えてきた最後の部屋からは既に戦闘音が聞こえていた。


「先を越された! 戦ってるのは──」

「湯美たちだ!」


 アプリに表示されている時刻は前に倒したパーティの自己申告を元にしたもの。

 数分のズレは発生するのが常なのだが、今回は早いほうにズレたらしい。

 広い円形の部屋の中央に暴れまわる巨体の鬼──オーガがいて、それを湯美の取り巻き二人がなんとか引きつけている。

 肝心の湯美は部屋の端あたりに陣取って仰々しい弓を構えていた。


「あ、やっと来たんだ。やっほー」



   ◇    ◇    ◇



 コンパウンドボウと呼ばれる機械式の洋弓。

 あれが湯美の武器か。

 ドローンは天井付近の高い位置。レンズを向けられると異能のせいなのか「ぞくぞくっ」とした気持ち良さが身体に走る。

 癖になったら困るな、ってそんな場合ではなく。


「やっほーとか言ってる場合じゃないでしょ!? 死ぬわよあいつら!」

「大丈夫。二人ともしぶといからー」


 電柱みたいな太い腕をした鬼。

 俺だったら絶対近づきたくないが、あの取り巻き二人は耐えている。

 片方は振り下ろされるこん棒(丸太みたいに太い)を両腕で受け止め、もう片方は殴る蹴るされて吹っ飛ばされても効いていないかのようにすぐ起き上がる。


「あの二人は硬くなる異能と耐える異能なんだー」

「前衛にはもってこいってわけか」


 言わば耐久型前衛タンク

 後衛である湯美は隙を窺いながら矢を放ち、オーガの身体に傷を作る。無から生成され続ける矢は残数を気にしなくていいのでばんばん撃てる。

 怒ったボスが湯美に迫ろうとするのは前衛二人が攻撃したり前をちょろちょろしたり進路を遮ったりして邪魔してくれる。

 なかなかいいコンビネーションなんじゃないか、これ。

 惜しいのは矢を多少当てた程度じゃ大して効いてるように見えないことだ。湯美も想定外だったのか若干浮かない顔をしている。


「他のパーティは来てないの?」

「何組か来たよ? でも、湯美たちが倒したいって言って譲ってもらったの」


 入学から一か月半。第五層まで到達している一年生は多くない。

 二年生以降は新入りに譲る余裕がある。自信まんまんの一年生なら大丈夫と踏んだか。

 ただ、先輩方の判断は裏目だったかもしれない。


攻撃役アタッカー一人であれ倒すのはきついだろ!?」

「でもそのほうが絵になるかなって? 知ってる? スパチャって結構稼げるんだよー?」

「マジか。俺もやろうかな、配信」

「先に生き残る方法考えなさいよ!? 湯美、あたしたちも戦うわよ!?」

「もちろんいいよー。だってこれ競争だもん」

「そりゃどうも……っ!」


 間延びした口調ながら大した余裕はないのだろう。

 承認欲求過多少女はあっさり俺たちの加勢を受け入れると矢次早に攻撃を加えていく。いくら前衛が硬いって言ってもゲームじゃないんだからノーダメージとはいかない。

 疲れが溜まっていけばいずれ限界が来る。

 話がつくが早いか、ノーパン娘は床を蹴ってオーガに急接近。

 勢いのまま跳躍して木刀による大振りの一撃。

 あれだって人間の頭蓋骨くらい割れる威力のはずだが──硬い音と共に真っ二つになったのは振るわれた木刀のほうだった。


 耐久力の限界。


「決めた! やっぱりもっと高い武器を買うわ!」


 言いながら折れた木刀を捨て、予備に持ち帰る更紗。

 咆哮と共に襲い来る反撃を軽やかにかわしながら的確に打撃を加えていく。まだ酷使されていない二本目はすぐに折れることはないものの、さっきみたいに思いっきりぶん殴ったらどうなるか。

 あのデカブツ、人っていうより車かなんかだと思って戦ったほうが良さそうだ。


 俺は湯美の邪魔にならないように距離を取ると銃を構える。

 弱点らしい弱点はほとんどない。強いて言えば人間と同じところが狙い目だが、分厚い胸板を貫いて心臓まで弾が通るかどうか。それより小さい部位はそもそも当てられる気がしない。

 結局、誤射しないことだけを優先して射撃を加えていく。

 さすがに効いてないってことはないものの、やはり決定打にはならない。

 数発撃つたびに弾を補充しないといけないのがもどかしい。


 そうやってもたもたしているうちに二本目の木刀がへし折れた。


「ああもう、安物なんじゃないのこれ!?」

「ゴリラみたいな馬鹿力は想定してなかったんだろ」


 舌打ちした更紗はサバイバルナイフを抜いて小さな斬撃を積み重ね始めた。

 オーガだって無限に耐えられるわけじゃない。矢と弾と斬り傷が蓄積していくと徐々に焦りが見え始めた。それは敵の行動パターンの変化を生み──。


「更紗!」

「人の心配してる暇があったら攻撃しなさい!」


 ボスは男たちを無視して更紗を狙い始めた。

 取り巻き二人の異能は防御特化。いちおう警棒のような武器は持っているものの大した威力にはなっていない。無視しても問題ないと判断されたのだ。

 慌てた二人が可能な限り更紗のカバーに入るも、暴力の嵐はそう簡単に抑え込めない。

 出血多量で死んでくれるのを待つってのはさすがに厳しそうだ。


 何度目かの弾の補充を終えた俺は銃を収めて異能を発動した。

 不思議な高揚感と共に手の中に現れるのは湯美とそっくりのコンパウンドボウ。


「こっちのほうが弾を気にしなくていいな」

「わ、おそろいだね湯奈」

「俺をその名前で呼ぶなよ!?」


 異能で生み出された弓は本物よりかなり軽そうだがそれでもかなりずっしりしている。

 構え続けている湯美はよく見ると額に汗を浮かべていた。それでも彼女は気丈に笑って俺と共に矢を放ち続ける。突き刺さった矢は数十本を超え──。

 がっくりと、少女が弓を落として膝をついた。


「少し休め、湯美」

「駄目。休むならあいつを倒してからだよー」


 弓が光に包まれ、みるみるうちにボウガンへと変化。

 握り直した湯美は床に座りこんだまま射撃を再開した。形はある程度任意に変えられるわけだ。ただ、威力っていうか出せる武器の上限グレードは視ている人数に影響される。

 くそ、せめてHPゲージが見えりゃいいのに。

 時間がない。

 放っておいたらこっちが詰みかねない。だっていうのに湯美の武器は威力を落とし、更紗はかわすのに必死であまり攻撃できていない。

 これは、思い切った作戦が必要か。


「ああもう、しょうがないわね!」


 更紗もそう思ったのか、攻撃をかわしながらウェアの袖をナイフで切り落としはじめた。

 身軽になった分、というか露出が増えた分だけ身体能力がブーストされて動きが良くなる。さらに胸の真ん中とボトムのサイドにスリットが入れられた。

 湯美が「ふむ」とうなってドローンを遠隔操作。上から撮影していたのを低空飛行に変え、オーガを挟んで俺たちの反対側に置いた。

 湯美自身の映りは悪くなってしまうものの、パンチラを期待する野郎どもがスパチャを増やすかもしれない。ついでにそれで視聴人数が増えれば弓の威力が上がる。


 もう一押しか。


「仕方ねえ」


 俺は荷物からあるものを取り出すとスカートをめくり上げた。


「ちょっと、何する気ー?」

「変身するんだよ、あいつに」


 露出度の高い格好だったのは湯美への嫌がらせじゃない。

 ピンチの時、更紗に変身し直すためだ。

 前にもやった入れ替えテクで穿きなおせば完全に男に戻らずに済む。撮られてるってのがアレだが、恥ずかしい思いをするのは更紗たちなので構わない。

 変身を終えた俺は半分開いていたブラウスの前を全開に。

 漲る力。身体が熱くなるのを感じながら再び銃を手にした。


「おら、鬼野郎! こっちを見ろ!」


 馬鹿みたいな運動能力を使って接近、跳躍。

 振り返ったオーガが同じ顔に戸惑った一瞬を狙い、至近距離から発射。

 放たれた弾丸は見事、奴の命中した。

 銃声より大きな悲鳴が上がり、オーガの動きが乱雑かつ激しいものになる。


「でかしたわ、下僕!」


 視界の半分を失い激痛に襲われるオーガは戦力半減。

 俺、更紗、湯美は残る力を振り絞ってもう一方の目を潰すと、もはや何も見えなくなったデカブツをじっくりと料理してやった。

 地面に倒れ、動かなくなった鬼の巨体は溶けるように消え──ない。


「まだ生きてんのかこいつ?」

「違うわ。強い敵ほどすぐには消滅しないの」

「その間に身ぐるみ剥いでドロップ品の足しにするんだってー」


 今回で言うと角や内臓なんかは高く売れる。

 俺たちは持っているナイフを総動員して角をがりがりしたり腹をぐりぐりしてオーガの死体を解体した。

 ちなみに配信中にエロい姿をダブルで晒すことになった更紗は後でめちゃくちゃキレた。


 半分は俺のせいじゃないのに。

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