土下座謝罪と元鞘

 廊下にはしばらく湯美の声が響いていたものの、騒ぎすぎて寮母さんに叱られたらしい。

 静寂が戻ったのをドアに耳を当てながら確認して安堵の息。

 危なかったがなんとか貞操を死守した。


「で、なにか言うことは?」

「本当に申し訳ありませんでした、更紗様」

「よろしい」


 湯美withロリータ衣装のまま絨毯の上で土下座。

 目に見えてイラついていた更紗だが少しは気が晴れたのか声色を柔らかくして、


「あいつに謝らせてると思うとなかなか気分がいいわね」


 ……ほんとに仲悪いなこいつら。

 前に何があったのやら。更紗が一方的に嫌っているというのも面白い。いじめっ子といじめられっ子? いや、逆ならともかく想像がつかない。

 と、ここでため息が聞こえて、


「でも、まさかあいつがそこまでやるなんてね」

「予想してたんじゃないのか?」

「玩具にされると思ってたから、溺愛されるのは予想外よ」


 下僕扱いのほうがいっそマシだったぞ、あれは。


「言ってなかったけど、あいつの異能って視られるほど強化されるのよ」

「だから配信なんてしてるのか」

「ついでに自己顕示欲も強いってこと」


 自分大好きだから撮られるのも大好きだし、可愛い自分が二人になるのも大好物ってわけか。

 変態だな。うん、変態だ。

 絡まれると厄介だし、もうあいつには変身しないほうがいいか。

 そう言ったところ返答。


「有効活用しなさいよ。変身できる相手は多いほうがいいでしょ?」

「まあ、それはそうだけどさ……」


 別に更紗になれれば十分じゃないか? そう思ったところで俺は重大な事実に気づいた。


「やべえ。俺、お前の服とパンツあいつらのパーティ部屋に置きっぱなしだ」

「はあ!? なにやってんのよあんた!?」

「着替えたんだから仕方ないだろ!?」


 言い返しながら顔を上げると少女の生足が見えた。

 ハーフパンツ丈のパジャマに身を包んだ更紗はベッドに腰かけた体勢。

 今回は足まで組んでいらっしゃるのでめちゃくちゃエロい。

 これでスカートだったら奥まで見えたものを「顔上げていいなんて言ってない」後頭部を踏みつけにされてぐりぐりと絨毯に押し付けられる。


「おい。変な性癖に目覚めたらどうする」

「そしたらあたしが飼ってあげるわよ」


 楽しそうな声。だいぶ調子が戻ってきたか。


「神様、更紗様。俺ともう一回パーティを組んでください」

「あらそう? いいわ。明日の夜まであんたの気が変わってなかったら考えてあげる」


 一度加入してしまうと二十三時間はパーティを抜けられない。

 少なくともあと二十時間ちょっとは湯美たちのパーティに加入したままだ。


「ん? ってことはまだパーティ部屋には入れるのか」

「そうね。面白そうだからあたしも連れていきなさいよ」


 ろくなことしなさそうだが、言っても聞かなさそうだ。

 仕方なく了承した俺はそのまま更紗の部屋でみんなが寝静まるのを待つことにした。

 諦めたと見せかけて湯美が待ち構えている可能性もあるからだ。


「まあ、この学園だと消灯時間になってから帰ってくる人もいるし、湯美がパーティ部屋で待ち構えてたらどうしようもないんだけど」

「私物を回収しに来ただけでやましいところはない、って言うしかないな」

「あたしは悪戯する気まんまんだけどね」


 くれぐれも良い子は真似しないでください。



   ◇    ◇    ◇



 女子寮の廊下に出る時が一番緊張した。

 そしてパーティルームの前まで誰にも見つかることなく到着。

 学生証をセンサーに押し当てた際の電子音が一番心臓に悪かった。

 幸い、室内は真っ暗で完全に無人。

 ドアを閉めて照明をつけると俺たちは笑い合った。


「作戦成功ね」

「この後押し入られたりしなければな」


 俺の私物は隅のほうにまとめて置かれたままだった。


「今のうちに戻っちゃいなさいよ。あたしは湯美のロッカーアレ物色するから」

「お前それほんとに犯罪だからな?」

「ちょっとくらいなら正当な報復よ」


 変身する前の俺の服は更紗の部屋から回収済み。

 部屋を出たら解散できるように男に戻ると、その間に更紗はロッカーから湯美のパンツとブラをワンセット盗み出していた。


「これであんた用の予備ができたわ」

「盗品をなすりつけるなよ……?」

「あったほうがぜったい便利でしょ?」


 事を終わらせるなら早いほうがいいと迅速に部屋を出てその日は解散になった。


「じゃ、また明日」

「お、おう」


 なんだか妙な感じだ。

 考えてみると今日の放課後まではぼっち飯を食っていたわけで。それが更紗に声をかけられてゴブリン殺して湯美に会って──。

 いろんなことがありすぎてどっと疲れたが、どうやら俺は結局、更紗とダンジョンに潜ることになるらしい。

 でもまあ、それも悪くはないかもしれない。



   ◇    ◇    ◇



 翌日、俺は朝から何人もの男子生徒に声をかけられた。


「なあ更衣こうい。お前女子に変身できるんだって?」

「ちょっと変身して胸とか揉ませてくれよ」


 どうやら「パンツ(笑)」から「女子になれる奴」に俺の認識が変わったらしい。

 朝食セットの味噌汁を味わっていた俺はお椀を置いて、


「男にも変身できるんだが?」

「馬鹿かお前。男になって何が楽しいんだよ」


 確かに。


「まあ、別に胸くらいなら揉ませてやってもいいけど。相手のパンツが必要だぞ」

「パンツ」

「パンツか……」


 急に遠い目になる野郎ども。

 見れば遠巻きに様子を窺っていた他の奴らもがっかりしている。

 なんだこいつら。


「パンツくらい用意しろよ。おっぱいのためだぞ」

「お前な! 合法的にパンツもらえるくらいなら胸くらい普通に揉ませてもらえるだろうが!」

「ごもっとも」


 俺もたぶん「真似しんじ君の胸板撫でさせて」って言われるほうが「真似君のパンツちょうだい♪」って言われるよりマシだ。っていうか後者はドン引きする。

 納得する俺をよそに野郎どもは「こうなったら非合法な手段しか……」とか言い始めた。

 それを見た女子が「男子マジ最低」と冷たい視線を向けてくる。完全にとばっちりだ。俺は何もしてないのに。

 まあ男子だけでも俺の評価を上げてくれたならラッキーかも──。


「あー、こーくん見つけた! 湯美の部屋でえっちなことする約束だったのになんで逃げるのー!?」

「は? あんな可愛い子と部屋で二人っきりだったのかよ!?」

「しかも逃げたのかよ!?」

「こいつやっぱ敵じゃね?」


 せっかく上がった評価はあっという間にどん底まで落ち込んだ。



   ◇    ◇    ◇



「あんた本当に変態的な人生送ってるわね」

「誰のせいだよ」

「あんた自身に決まってるじゃない」


 放課後、更紗の部屋。

 俺に初めてパンツ穿かせた調本人はあっさり言ってのけると「じゃあ着替えて」と言ってきた。


「今日はあたしじゃなくてあいつの方ね」

「いいけど、お前になったほうが戦力にならないか?」


 脱ぐほど強くなる更紗と視られるほど強くなる湯美。

 本物の湯美みたいに配信でもしない限り、人の少ないダンジョンじゃ実力が出せない。

 そう思ったのだが更紗は笑って、


「あいつの異能は身体強化じゃないの。状況に応じて威力が変わるだけの別物よ。あたしも素のスペックは見たことないけど、一度現地で試してみましょ」

「OK。じゃあそこで一つ残念な報告なんだが」

「なによ」

「お前のパンツと湯美のパンツ、一枚ずつだめになった」

「なんでよ!?」

「いやー、ははは。使うとだめになるのかもな」


 俺は首根っこ掴まれて「詳しく吐きなさい」と命令された。

 ぺったんこでも意外と柔らかくて男とは雲泥の感触──ってそれはいいとして、ことの経緯としては簡単だ。

 昨夜部屋に帰った後、俺はもう一度更紗に変身してみた。

 いろいろあってじっくり観察する機会がなかったからだ。で、いろいろして、ついでに湯美の身体でもいろいろした結果、もう一回試しても変身できなかった。


「いろいろって具体的になによ?」

「そりゃ健全な男子がやることと言ったら……痛い痛い! お前の馬鹿力洒落になってないからな!?」


 たっぷり痛めつけられたうえで解放された俺は思いっきりため息をつかれ、さらに「あんたほんとにどうしようもないわね」と呆れられた。


「お前だってイケメンの身体になったらいろいろ試すだろ」

「は? そんなことするわけ──」


 途中で言葉を止めたノーパン女は「そんなことはどうでもいいのよ」と言いながら俺にパンツを投げつけてきた。


「しょうがないから二枚目をあげるわ」

「恩に着る。……でも、二回は変身できたわけだよな? なんでだろ」

「異能には主観の影響するものもあるらしいわよ」


 俺の主観が「このパンツはもう使えない」と判断したってことか。

 そう言われると確かに、だめにした二枚については「洗ったとしてもこれをあいつらのパンツと呼ぶのは気が引ける」という思いがある。

 ふむ、と納得して、


「穿いた状態で汚す分にはお前らが汚したのと一緒なわけだから、今度から開き直ればいいな」

「っていうか、あたしたちの身体でこれ以上遊ぶんじゃないわよ!」

「えー。じゃあ男子に胸を揉ませる商売とかは?」

「どうやら死にたいみたいね?」


 しょうがないから自分でこっそり楽しむ程度に収めることにした。



   ◇    ◇    ◇



 そういうわけで。

 湯美たちのパーティからはまだ抜けられないものの、更紗と一緒にダンジョンへ。

 単独ソロで潜るやつもいるし臨時で組むこともあるのでパーティが違っても問題はない。


「首輪に鎖でもつけておこうかしら」

「お願いですから勘弁してください」


 パンツは湯美のもの、衣装は昨日着せられたゴスロリだ。

 一般的な女子である湯美の身体は俺より貧弱なようで更紗とは大違いだ。「うおお……!」と悲鳴を上げていたら更紗が荷物持ちを代わってくれた。

 同じ顔が二人並んでいないので守衛さんもさらっと通してくれ、昨日と同じく一階でゴブリンを発見。


「さ、あいつの異能を使ってみなさい」

「使うって、どうやるんだ?」

「使い方は持ち主ならわかるはずよ」


 構わず襲ってくるゴブリンは更紗が死なない程度にぶっとばしながら足止め。

 時間を稼いでもらっている間に俺は異能を試してみる。自分や更紗の力を使った時を思い出しつつ自分の中に意識を潜らせると──。

 ぽん。

 手の中に何やら道具が生まれた。Y字型の棒にゴムのバンドが付いたような形。

 パチンコ、もしくはスリングショットなどと呼ばれる飛び道具だ。


「あー、誰も見てないとそんな武器になるのね」

「ってことは飛び道具を出すのが湯美の異能か」

「それだけじゃないわ。撃ってみなさい」


 言われた通りに武器を構えると空いているほうの手に石が握られる。

 石をゴムに当てて引っ張りゴブリンを狙うと──不思議なことにどこを狙えばいいかなんとなくわかる。

 えいや! と飛ばした石は見事ゴブリンの額に命中し小さなダメージを与えた。

 敵自体はさっさと更紗が撲殺して、


「ね、面白いでしょ?」

「ああ。飛び道具を出したうえで、相手の弱点が分かるのか」

「視られてるほど威力も精度も上がるみたいね。視られてなくてもまあこれはこれで」

「そうか? 殴ったほうが強いぞ」

「じゃあ殴ればいいじゃない」


 言われて木刀を持ってみると──ふむ、近接武器でも弱点は狙えそうだ。

 更紗みたいな馬鹿力じゃないのがアレだが、武術の心得が大してない俺には湯美の能力のほうが使いやすいかもしれない。

 ゴブリンでの試し撃ちが終わり、ないも同然のドロップを回収したところでうちのリーダーは「二層に行くわよ」と宣言。

 最短距離で奥に進み下り階段を利用するとまた似たような洞窟が広がる。


「二層の敵はなんだっけか」

「ゾンビとスケルトン」

「うげ、そういやそうだった」


 心なしか腐ったにおいのする通路が懐かしい


「気持ち悪いけど、においを辿っていくとゾンビの位置がわかりやすいのよね」


 ただし、頼りすぎるとスケルトンに不意打ち喰らうから注意──などという話を聞きながら歩いていくと先に発見したのはスケルトンの方。

 かたかたと骨を慣らしながら襲ってくるのでこっちは音で判別可能。

 動きはそんなに速くない。


「さ、下僕。あれの弱点は?」

「腰の骨だな」

「正解」


 振るわれた木刀が腰骨──というか腰を丸ごと叩き割ると敵が消滅。


「腰の骨を砕くとこいつら立ち上がれなくなるらしいわ」


 いや、お前なら頭でも胴でも適当に叩けば勝てるだろ。

 とはいえ湯美になった俺にはこの弱点知識が役だった。一撃必殺の威力がないので腰の骨を片側ずつ砕いていくのが手っ取り早い。

 ゾンビは映画でよく見る素早い奴ではなく、腐った筋肉を無理やり動かすのろいタイプ。

 痛みを感じないうえに心臓が止まっているというタフな奴だが、


「こいつの弱点は?」

「ない」

「正解」


 更紗の木刀は関係ないとばかりに頭から腐肉を叩き斬った。


「ゾンビ相手は武器が汚れるのが難点よね」

「もうお前ひとりでいいんじゃないか?」

「だから言ったでしょ、あたしについて来れる奴がいなかったって」


 二層のドロップ品は一層より若干良い。

 銅貨は平均して五枚。売値に直すと約五円だ。


「こいつらどこに金なんか持ってたんだろうな?」

「お墓に備えられてたお金なんじゃない?」


 日本は火葬だからお金入れるのはNGだが、土葬の国だと金属を入れるところもある。


「そう聞くと死んだ人の物を盗ってるみたいで気分悪いが」

「一層で生きてるゴブリン殺して金盗ったじゃない」

「それもそうか」


 こいつらはモンスター、人間とは違うんだから悩んだって仕方がない。

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