自業自得の貞操危機

「可愛い声出すからどきどきしちゃったよー」

「なんでそんな上手いんだよお前」


 穿いてたパンツから片足を引き抜く→抜いた足に新しいパンツを引っかける→交換するように新しいのを穿くことで完全に男には戻らず変身しなおすことに成功。

 更紗と湯美は身長差があるのでパンツ穿いてる時に変な感じがしたが、終わってしまえば特に問題なく変身できている。

 ちなみに湯美には下着の上から軽く弄られただけ。

 それなのにパンツがちょっと洗濯したほうがいい状況になってしまった。


「ひょっとして更紗の身体が敏感すぎるのか?」

「気持ちの問題だよー。こーくんは湯美のこと嫌ってないから感じちゃっただけ」

「ひゃんっ!?」


 不意にお尻を撫でられて変な声を上げてしまう。


「湯美様の艶めかしい声……」

「なあ、湯美? 着替えないか? このままだと」

「そうだねー。とりあえず湯美のウェアに着替えよっか」


 胸と身長のせいでウェアがきつい。

 更紗のを脱いだ後に湯美のを着ると今度はぴったりだ。

 見下ろした自分の上半身にはっきりした膨らみがあるのは変な気分。


「……こうして見るとほんとエロいな」

「でしょー? 湯美、可愛いよね? 学校でいちばん?」

「いや、さすがにそれはどうだろ」


 更紗もいるし、他にも可愛い子はたくさんいる──と。


「ふーん? じゃあ、こーくんには湯美の良さいっぱい教えてあげないとねー?」

「お、おお? なんかさっきの調子だと病みつきになりそうで怖いんだが」

「なっちゃえばいいよ。どうせこのままパーティ組むんだし」


 一回じゃ関係は終わらないってことか。……なんだこいつ、女神かなにかか?

 女子の快感っていうのにも興味がある。せっかくだから味わわせてもらうか。


「先にパーティ申請済ませちゃおっか。……あ、二人とも、暇だったら食べ物買ってきてくれない? 今更紗ちゃんに会うと殴られそうだし」

「了解しました湯美様!」

「更衣の分も適当に買ってくるからな」

「こーくんの分は湯美と同じでいいよー。あ、でも、もしかして変身するたびに体重リセットされるとか? 湯美自身よりすごくないそれ?」


 確かにどうなるんだろうな……?

 首を傾げつつスマホを取り出して、


「申請の仕方わかるー?」

「講習でやったから大丈夫だ」


 優しいしエロいし、なんだ、湯美と組むことにして良かったじゃないか。

 俺はパーティ申請を終えた後、パーティ部屋で簡単な夕食をとってひと息ついた。


「これでこーくんもこの部屋使えるからね」


 パーティメンバーが入り口のセキュリティに学生証をかざせばそれでロックが解除される。

 ちなみに、いったんパーティを抜けると二十三時間の再加入制限があるので、いろんなパーティに入っては抜けて悪さをするのは不可能だ。


 さて。

 ここまで来たらいよいよ待ちに待った時間。


 俺たちは男二人と別れると女子寮にある湯美の部屋へと向かった。就寝時間が近いせいか特に見咎められることもなく到着。


 中には更紗とは違う、湯美のより甘ったるい香りが漂っている。

 嗅いだだけで酔ったような気分になりながら、俺はクローゼットの前に手招きされて、


「さ、お着替えしましょうねー?」


 せっかくだから可愛い服のほうがいい、とのこと。

 服を脱がせられてパンツ一枚になった俺はパンツと対になったブラをつけられ、黒のふりふりした衣装──ゴスロリ? を着せられた。

 ガーターベルトにスカートを膨らませる下着に長手袋に長靴下、チョーカーに頭につける飾りとパーツの多さが尋常じゃない。ひとつひとつ飾り付けられていくたび、湯美のデート準備が完了していくのを見せられているような錯覚を覚えた。

 実用性は皆無だが、悪くない。


「脱がせる楽しみがありそうだな」

「そうだね。でも、脱がされるのはこーくんだよ?」


 手を惹かれるようにしてベッドに押し倒される。

 湯美の匂いがさらに強い。柔らかなベッドの感触とそれに反発しない柔らかな自分の──湯美の身体を堪能しながら、俺は今の自分と同じ顔をした可愛い女の子を見上げた。

 興奮しているのか瞳が潤み、唇がかすかに開きっぱなしになっている。

 吐息までが甘く、鼓動が高まりっぱなしで抑えきれない。


 まさか、初体験が女になって女に押し倒されることになるとは。

 だが悪くはない。

 パーティ部屋で軽くお試しさせられた感覚を思い出すと身体が疼くような気分になり──。

 はあ、と。

 熱っぽい少女の吐息が二つ重なる。


「可愛い。やっぱり湯美が世界がいちばん可愛い……♡」


 恍惚とした声。こっちまでエロい気持ちになってくるが、こいついま変なこと言わなかったか?


「こーくんのおかげで夢が叶っちゃった。……ううん、こーくんじゃだめだよね。どうしよっかな。そうだっ、今からあなたは湯奈。いいでしょ、湯奈?」

「湯奈?」

「そう。湯美の双子の妹で、湯美のいちばん好きな人。素敵じゃない?」


 耳元からの囁き声にぞくぞくする。

 このまま身も心も委ねたらきっと気持ちいいだろうが、


「なあ、お前の夢ってなんだったんだ?」

「湯美の夢? もちろん、だよ?」

「あ、だめだこいつ」


 普通に呟いてしまったのは一周回って冷静になったからだ。

 こいつはやばい。

 俺を女にしたのは女が好きだからだと思っていたが、それなら自分に変身させる必要はない。俺が必要だったのはダンジョン攻略のためじゃなくて自分自身を抱くためだったのだ。

 冗談じゃない。

 女の快感を教えられるだけならともかく、こんなヤバいやつに抱かれたら戻れなくなる。堕落するとかそういう話じゃなくて物理的に。監禁されてパンツの履き替えさえも許してもらえなくなりそうな、そんな怖さがある。

 ほら、よく見ると目の焦点が微妙に合ってないし。


「どうしたの? さ、湯奈、お姉ちゃんと遊ぼう? 大丈夫だよ、これからはずーっと一緒だからね?」

「ちょっと落ち着けこの変態!」


 勢いに任せてお互いの位置を入れ換えると、俺はばっ、と部屋の出入り口へと向かった。

 湯美はすぐには対応できないはず。

 その間にドアを開けて──。


「待ちなさい湯奈!」


 開けたところでスカートの端にしがみつかれた。くそ、こんな服着てるせいで動きにくいうえに掴む場所がいっぱいだ。まさかそこまで計算してこれを着せたのか!?

 いっそパンツを脱いでしまおうかとも思ったが、そんなことをしたら「女子寮で女装している変態男」だ。

 こうなれば一か八か、こいつの虚を突くしかない。

 俺は湯美の目をまっすぐに見つめると笑顔を浮かべて、


「お姉ちゃん、大好きっ♡」

「……はうっ♡」


 勝った。変態ヤンデレナルシスト女は呆けたような表情で俺のスカートを離した。


「隙あり!」

「え? あーっ、こーくん騙したでしょー!?」


 稼げた距離はほんの僅かか。

 せめてもの抵抗とドアを後ろ手に閉じながら飛び出して──。


「ばーか。だから言ったじゃない」

「更紗! 匿ってくれ!」


 寮の入り口とは逆方向にある自室からこっちを窺っていた美少女に、俺は「もうお前しかいない!」と抱きついたのだった。



   ◆    ◆    ◆



「月見里更紗さん、ちょっといいかな?」

「……はい?」


 誰にも話しかけられたくない気分だった。

 学食で担々麵(小ライス付き)を黙々と平らげていた更紗は不機嫌を隠すことなく、声をかけてきた相手を見上げた。

 目を見開き、その名を口にしかけたところで唇に指を押し当てられる。

 隣に座った女教師は「更衣君のことなんだけど」と意外なことを言った。


「彼とダンジョンに行ったって本当?」

「行きましたけど、気まぐれです。別にパーティ組んだわけじゃありません」

「そうなの?」

「今頃、別の女と組んでる頃じゃないですか」


 教師は自身のスマホを操作すると「そうみたいね……」と呟いた。

 あの馬鹿。忠告も聞かずにほいほい乗せられたのか。

 舌打ちしたくなったが、もうあいつとはなんの関係もない。むしろ良い気味だ。

 視線だけで「もういいですか?」と尋ねつつ麺を箸で持ち上げると、


「良かったら、これからも気にかけてあげてくれないかな?」

「どうして?」

「更衣君は悪い子じゃないと思うから」


 意外な台詞にしばし呆然としてしまう。

 性的な欲望を隠そうとせず、他人にあけすけな態度を取る男。


「……どっちかと言うと悪人じゃないですか?」


 すると苦笑いが返ってくる。


「誰にでも事情はあるものでしょう?」

「────」


 そう言われると何も言い返せなかった。

 探索者には命の危険が付きまとう。それを承知で学園に入学する者はどこか他の人間と異なっていることが多い。

 教師もまた、非常時の戦闘要員を兼ねているため大部分が異能持ち。この学園のOB・OGも多い。

 更紗はため息をつくと相手の顔を見ないで言った。


「あなたが構えばいいんじゃないですか」

『更衣君はね、お父さんのリストラをきっかけに一家離散しているの』

「っ」


 何も言わず差し出されたスマホ画面にはそう表示されていた。


『お父さんは自殺。お母さんは浮気相手と再婚。お姉さんは風俗で稼ぐようになって、妹さんは親戚の家に貰われて幸せに暮らしているそうよ。……というか、もともとお母さんの浮気が発覚したのがリストラよりも前みたい』


 浮気されたことが仕事に影響した可能性は否定できない。

 破滅的な状況の中、残されたのは更衣真似一人。寮制かつ稼ぐ手段を得られるこの学園は彼にとってうってつけだったと。


 ──異能には個人の深層心理や性格が影響すると言われている。


 聞く限り真似は女に裏切られた。

 もっと言えば、女が女であるというだけで成功する中、一人過酷な状況から逃げられなかった。

 女である更紗には言いたいことがいろいろある。

 けれど、男である真似の心境も想像はできる。そんな境遇で女に幻想を抱き、あんな異能を手に入れたのはどういう心理からだったのか。


「生徒の個人情報、勝手に明かしていいんですか?」


 咎めるような口調も若干、棘を外したものにならざるを得ない。

 女教師は申し訳なさそうに微笑むとこう答えた。


「私はね、月見里さんに更衣君と仲良くなってほしいの」


 大人はずるいと、月見里更紗は心から思った。


「考えておきます」


 それだけ答えて席を立つ。食器はすっかり空になっている。

 学食のスタッフに返却してさっさと立ち去ろうとして──喉がからからに乾いていることに気づいた。汁を全部飲んだせいだ。めちゃくちゃ気まずい。教師の視線が背中に刺さるのを感じながら水を二杯おかわりし、何食わぬ顔で学食を出た。

 更衣真似と仲良くしろ、か。


「あいつに篭絡されてそんな必要なくなってるかもだけど」


 部屋に戻った後、外の物音に気付いたのは多少気にかかっていたからだろうか。

 更紗は何気なくドアから顔を出して──ゴスロリに身を包んだ広江湯美が泣きそうな顔で逃げてくるのを見た。

 湯美本人、のわけがない。

 本当になにをやっているのか。


「ばーか。だから言ったじゃない」


 本気で呆れかえりながら、更紗は真似を部屋に迎え入れてやった。

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