配信女の誘惑

「とりあえず一回ダンジョン潜ってみましょうか」


 パーティ申請は一度行うと二十三時間ほど解除できなくなる。

 テスト第二弾として先に連携を見てみることになった。

 念入りなことだ。こいつもパーティ解散が多くて疲れてるんだろうか。

 着替えを投げ渡されたのでそれに着替える。学校指定の半袖トレーニングウェア。予備だったらしく新品で、色は赤だった。

 身体にぴったりフィットする素材でなんだか独特の感触だ。


「男子用と全然違うなこれ」

「胸を保持しないといけないから、吸水性よりフィット感重視なのよ」

「へえ。でもお前の場合別に関係ない──」

「言うと思ったわよこの!」


 言い終わる前に教科書が投げつけられた。

 慌てて避けると更紗はちっと舌打ち。


「さすがあたしの身体ね。素早いじゃない」

「角が当たるところだったぞおい!?」

「でもあたしならもっと早く避けられたわ。技術や経験まではコピーできないのね」


 とん、と少女が床に降り立つ。


「武器は木刀でいいわよね? あ、折ったやつは行きがけにゴミ箱放り込んでおいて」

「お前は着替えないのか?」

「誰に言ってるのよ。第一層の雑魚じゃ準備運動にもならないわ」



   ◇    ◇    ◇



 ダンジョンの入り口は学園の建物内にある。

 非常事態に備えて常時警備が行われているが、資格を持つ者が中に入る分には特に止められたりはしない。セキュリティに学生証をかざせばそれでゲートが開かれる。

 入り口は縦横五メートル以上の巨大な穴が緩やかに下へと向かう形。


「久しぶりだな、ここに来るの」

「ああ、そっか。あんたぼっちだもんね」

「あいにく講習で来たきりだな」


 守衛の人に挨拶をして、「双子!?」と驚かれながら中へ。

 壁には等間隔に明かりが設置されていて十分すぎるほど見通しがいい。

 もちろん最初からこうだったわけじゃなくて、攻略に役立つようにと百年かけて整備してきた結果だ。

 別途明かりはいらない。武器はそれぞれ木刀が一本ずつ。ちょっと下見して帰るつもりなので食料や水もなくていい。荷物はかなり少なく、「あんた持ちなさい」と言われた俺はむしろ拍子抜けしてしまった。

 っと、地面の小さなでっぱりに足を取られて躓きそうになる。


「気をつけなさいよ。完全に舗装されてはいないんだから」

「身長のせいで勝手が違うんだよ」


 更紗は「やっぱり来てみて良かったわね」と笑った。


「お手本を見せてあげるから参考にしなさい」


 ダンジョンは一般的に下へ下へと階を重ねていく構造だ。

 この新宿ダンジョンは世界初にして世界一の規模と言われる場所。未だにその最深部が何層なのかは判明していない。

 各階層にはモンスター──つまり化け物がいて侵入者を見つけると襲ってくる。

 一層を徘徊する敵は、


「はい、ゴブリンみっけ」


 人間の子供ほどの背丈を持つ小鬼。そいつは俺たちを見て奇声を上げるとこん棒を振り上げこちらに走ってくるが──。


「おっそ」


 あっという間に距離を詰めた更紗がぼぐっ!? っと頭に木刀の一撃。

 ゴブリンでも人間でも、あれを喰らったら頭蓋骨がやばいことになるだろう。案の定、小鬼は心配する間もなく身体が分解されて消えていく。

 不思議なことにモンスターは死ぬとこうやって消えてしまう。

 代わりに所持品や身体の一部が死んだ場所に残され、それは持ち帰っても消滅することはない。これをドロップ品を呼んでいる。


 記念すべき最初のドロップは銅でできた貨幣が一枚だった。

 十円玉じゃない。知らない文字の書かれた銅貨。

 あちこちのダンジョンから産出されるので研究用・資料用としての価値はまったくないが、単なる金属としては売れる。

 俺は拾った銅貨をポーチにしまいつつ、


「これ一枚で約一円だっけか」

「駄菓子も買えないわよね。せめてレアドロップでも出てくれないと」


 ドロップは一定ではなく、たまに値の張るアイテムが出現する。

 もっとも一層の敵程度ではレアドロップもたかが知れているらしいが。


「じゃあ、次に敵が出たらあんた倒してみなさい」

「マジか」

「近づいて思いっきりぶん殴ればそれで死ぬわよ」


 上のほうの階層はマッピングが完了していて情報も出回っている。

 スマホの専用アプリを使えば現在地も表示してくれるので迷う心配もない。下り階段に向かうメインルートを外れて順に散歩していると何組かの一年生と出会った。

 なかなか肝心の敵とは出会えない。

 ダンジョン内のモンスターは時間経過によって勝手に復活する。放っておくとどんどん数が増えて外に出てくるのだが、逆に頻繁に討伐されているとこうやってなかなか出会えなかったりもする。

 と、思っていたら一匹とばったり遭遇。


「ほら、出番よ」

「ああ。……ゴブリン倒すなんて久しぶりだっ!」


 講習の時、先生や他の生徒に見守られながら一匹だけ倒したのを思い出す。

 入学まで喧嘩もしたことなかった俺は初めての殺し合いに恐怖と興奮を覚えながらとどめを刺したのだが──意を決して踏み出すと想定の倍近いスピード(体感)が出る。そのまま木刀を横薙ぎするとゴブリンはまともに吹っ飛んで壁に激突。

 あ、死んだ。


「はいお疲れ。簡単でしょ?」

「俺の知ってるダンジョン探索と違うぞ」

「異能使えばこんなもんでしょ」


 確かに、ダンジョンでは異能で戦うのが当たり前。更紗が身体能力をブーストしているように、俺も異能で誰かになって戦えばいいわけか。

 初めてまともに敵を倒した手ごたえを感じつつ、地面に落ちた二枚の銅貨を拾う。


「楽しいな、ダンジョン探索」

「でしょ?」


 ゴブリンを雑魚扱いする少女は笑って木刀を突き出してくる。

 同じようにすると、かん、と木刀同士が軽く触れ合った。


「合格よ。あんたさえ良ければ正式にパーティ組みましょ?」

「いいのか? 俺はお前のパンツがないと戦えないぞ」

「別にいいわよ。どうせ余ってるし」


 異能を手に入れてからは基本ノーパンだからパンツなんか穿かない、と。

 妙な利害の一致だが、パンツの提供に躊躇がない美少女なんてこいつ以外には見つからないだろう。俺に異存があるわけもなく。


「ぜひ組んでくれ。帰ったらさっそく申請する」

「ええ。あんたとならドラゴンだって倒せそうな気がするわ!」


 俺っていうか実質、お前が二人だが。

 ドラゴンは確か第十層のボスモンスターだったか。

 何十年か前にはダンジョンの天井突き抜けて外に出てきた挙句大暴れしたとか。その時はめちゃくちゃな被害が出たらしい。


「あんな化け物倒す気なのかよお前」

「そうだけど、なによ。まさか怖気づいたんじゃないでしょうね?」

「ゴブリンとドラゴンじゃ大違いだろ。なんでまたいきなりそんな強敵なんだよ」

「決まってるでしょ」


 どこか遠くを見るように少女は視線を上げて、


「目立てるからよ」

「駄目だこいつ」


 さっさと帰ろうと踵を返すと「待ちなさいよ」とばかりに追いつかれて、


「……あたしってけっこういい匂いするわね?」


 確かに、近くにいるとほんのり甘いいい匂いがした。 



   ◇    ◇    ◇



 狩る気のなくなった途端、帰り道で敵に出くわすこと二回。

 銅貨二枚を追加し、合計で銅貨五枚──約五円分のドロップ品を携えた俺たち。


「もっと下に行かないと狩るほど損だな、これ」

「慣らしながら下に進んでいきましょ。そんなのだって貴重な資源だしね」


 ダンジョンからの産出品はなにもないところから生み出されたもの。

 少量の銅でもこまめに持ち帰れば俺たちの生活を豊かにする役に立つ。これが金や銀、宝石になれば猶更だ。ダンジョン探索に夢やロマンがあるとされる一つの理由。

 それにしても小腹が空いたな。山分けすると二円ちょいとはいえ初探索のお祝いになにか食べるか……と。


「あれー? もしかして更紗ちゃん? なんで二人いるのー?」


 入り口付近の十字路で別のパーティに行きあった。

 女一人、男二人の計三人。

 見た感じ全員一年生で、声をかけてきた女だ。更紗は彼女の顔を見るなり嫌そうな顔をする。


「行くわよ下僕」

「待ってよー。待たないとつまらない女だって配信しちゃうよー?」

「うっざ」


 言いつつも立ち止る更紗。

 見れば近くの空間に小型のドローンが浮き、俺たちにレンズを向けていた。

 撮っているのか。

 いわゆる「ダンジョン配信」を行う探索者は意外に多い。ニ十歳未満の視聴は法律で禁止されているものの、ダンジョンの脅威と探索の必要性を示すためにも配信自体は認められている。

 視られていると思うと落ち着かないが、女は慣れているのかむしろ積極的に話しかけてきて、


「なるほどー、そっちが本物の更紗ちゃんか。じゃああなたは?」

更衣こうい真似しんじだ」

「ああ、あのパンツを被ると変身する人?」

「被らねえよ、穿くだけだ!」


 そこはせめて間違えないで欲しい、変態度合いがぜんぜん違う。


「あんたは?」

広江ひろえ湯美ゆみでーす。よろしくね、えーっと、こーくん?」

「こんなのは下僕で十分よ」

「まあ、『パンツの人』って呼ばれるよりマシだし別にいいが」


 知り合いかと尋ねると更紗は「腐れ縁よ」湯美は「幼馴染だよー」と返してきた。


「湯美は仲良くしたいのに更紗ちゃんってばずっとこうなの。ひどいよね?」

「お前、人付き合いはちゃんとした方がいいぞ?」

「こいつの性格知らない癖に適当なこと言うんじゃないわよ」

「どうでもいいけどこれ全部配信中だよー?」


 俺たちは顔を見合わせて黙った。めちゃくちゃやりづらい。


「でも、そっかー。パンツの持ち主に変身するってことは、湯美のパンツ穿いたら湯美になるんだよね?」

「そうだな」


 頷いたところで湯美の取り巻き二人(顔はわりといい)が進み出てきて、


「じゃあ今は月見里やまなしのパンツ穿いてるのか?」

「身体は触ったのか? 触ったよな?」

「お前ら口挟んでくるのかよ」


 ツッコミを入れた俺の頬がぷに、と押された。


「ねえ、こーくん? 良かったら更紗ちゃんとこじゃなくて湯美のパーティに来ない?」

「へ?」

「ちょっと、あんたなに人の仲間勧誘してるのよ!?」

「いま仲間って言ったか?」

「そこ今いいでしょ!? ……ああもう、あんたからちゃんと断りなさい!」


 断れと言われましても。

 ノーパン美少女──更紗のパーティに誘われたと思ったらまさかの勧誘。

 よく見ると湯美もかなり可愛い。ついでに言うと人当たりはこっちが断然よく、しかも胸が大きい。

 俺の視線に気づいた少女はにんまりと笑みを浮かべて、


「湯美になって協力してくれるなら、えっちなこと……させてあげてもいいよー?」

「マジですか」


 仲間──になるはずだった女が「は?」と露骨に睨んでくるも、湯美の「ほんとほんと」という言葉が忘れさせてくれる。


「今もほら、撮ってるし。視聴者さんたちが証人」

「そりゃいいな。まだパーティ組んでなかったし」

「ちょっ、あんたまさかOKする気じゃ──」

「是非よろしくお願いします」

「……へー。ああ、そう、そうですか!」


 怒声と共に振り下ろされた木刀が俺の頭と一緒にドローンを叩き割りかけたが、どっちもギリギリでかわしきった。

 俺の腕に湯美の柔らかな胸が押し付けられて、


「悪く思わないでね、更紗ちゃん。こーくんは湯美にも必要な子なの」

「………っ」


 これ、ひょっとしてNTRってやつか?


「悪いな、更紗。条件の良いほうを選ぶのは当たり前だろ?」

「うんうん。自分に素直なところ嫌いじゃないよー」


 腕を取られたまま歩き去ろうとすると、後ろから声。


「あんた、後悔しても知らないから」


 可愛い女の子とエロいことができるのに後悔するわけないだろ。



   ◇    ◇    ◇



「ここが湯美たちのパーティ部屋だよー」


 宴会パーティ部屋ではなく一行パーティの控え室。

 室内には仮眠用のベッドが一台に丸テーブルと椅子が四脚、複数台のロッカーに小さめの冷蔵庫等々。エアコンに専用のトイレ、シャワーも完備。

 食事や休憩、相談など多目的に利用できる。

 パーティ部屋は一パーティにつき一つまで、部屋が余っていれば無料で借りられる。あのまま更紗と帰っていたらあいつと共同の部屋を借りることになっていただろう。

 まあ、それはそれとして。


「ここでエロいことするのか?」

「あはは、こーくんってばけっこうせっかちなんだー? 焦らなくても後で二人っきりになろうね?」


 腹をくるくる円を描くようになぞられた俺はぞくっとした快感に身もだえた。


「なあ、あいつってビッチなのか?」


 問われた男二人は「まさか」と口を揃える。


「湯美様は男にも優しいが貞操観念のしっかりした方だ」

「そうでなかったら俺たちはとっくにいい夢を見ている」

「様って」


 こいつらはこいつらで湯美の下僕をやっているわけか。


「でも、じゃあなんて俺はOKなんだ? もしかして罠か?」

「違うよー。変身する条件はこーくんが変身すること」


 奥にあるロッカーでごそごそしながら答えてくる湯美。


「ん、これでいいかな。はいこれ、着替えてみてー」


 手渡されたのはレースの刺繍が入った黒の下着。更紗からもらった下着より明らかに高そうなうえに勝負下着感があってエロい。取り巻きどもはそれを見ただけでごくりと唾を飲んだ。

 それにしても女子に変身した俺とエロいことがしたいとは……少し残念だがそれはそれで悪くないか。


「それとも……着替えさせてあげようか?」

「あっ……んっ♡」


 艶めかしく動いた指に肌を撫でられて、俺は思わず更紗の声で甘い声を上げてしまった。

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