ダンジョン・スクール・イレギュラーズ

緑茶わいん

プロローグ ぼっち男と孤高の少女

 世界最初のダンジョンが東京に現れてから百年が経った。

 前代未聞の脅威に人は大いに苦しめられたものの、やがて一つの対抗手段を見出した。


 『異能スキル』。


 物理法則すらも無視して超常の現象を起こす特殊能力。

 形成は逆転。主要ダンジョン周辺には防衛機能を兼ね備えた街が築かれ、さらにいくつかの街には『学園』が置かれた。


 ──探索者育成支援特別学校、通称・ダンジョン学園。


 ダンジョンに潜れるのは国から許された『探索者』だけ。

 危険な代わりに一獲千金の夢と名声を得られるロマンのあるこの職業は俺たち若者の憧れだ。

 学園に入学すれば異能が使えるようになり、探索者としても認められる。

 中学までごく平凡な人生を送ってきた俺──更衣こうい真似しんじはダンジョンでの冒険が自分を変えてくれることを願って学園を受験した。


 倍率は数十倍。

 エリートも受験する中だ。ダメでもともとだったが、結果はなんと合格!

 間違いなく勝ち組の仲間入りだ。

 これでここからの人生は絶対に明るい、そう思った。

 そう思ったのに。


「更衣真似君。『異能』ランクはE。能力は──他人の下着を着用することで対象と同じ姿や能力を得ること、のようですね」

「ほう。それはまた、珍しい能力ですな」

「下着とは具体的には?」

「下半身用のアンダーウェア、その、つまりいわゆるパンツのようです」

「パンツ」


 入学式の翌日、異能の覚醒および覚醒した測定を行う行事で悲劇は起こった。

 空き教室を使った会場には同じ場所に振り分けられた十数人の生徒と測定用の機会、それから何人かの教師がいた。

 異能の覚醒自体は特殊な薬をぐいっと飲んで終わり。わりと一瞬で終わったのだが、その後がよくなかった。

 測定結果も、それが教室中に知られてしまったことも。


「パンツ」

「あいつ、他のやつのパンツを穿くと強くなるんだってよ」


 語尾に(笑)がついていそうな嘲笑。

 次の日には一年生全体に噂が広がっていて、俺には「パンツの人」というあだ名がつけられた。

 友達になろうと声をかければ「俺のパンツを狙ってるのか?」、仲間を集めようとすれば「あいつの仲間になるとパンツを取られる」、女子と目が合えば「こいつがパンツ男? キモッ」。


 俺はぼっちになった。


 ぼっちのまま一週間が過ぎ二週間が過ぎ、そして一か月が過ぎた。



   ◇    ◇    ◇



 六限終了のチャイムが鳴る。

 授業を終えた教師が出ていくと教室が一気に騒がしくなった。

 普通の高校なら寄り道の相談やら部活がどうこうって話が多いんだろうが、この学園で大半を占めるのは「今日ダンジョンへ行く?」だ。

 入学してから二週間は講習という形でダンジョンの潜り方や戦い方、主な道具の使い方なんかを教わった。そして次の週からは選択式の講義を履修する形で授業が開始。

 大学に近い形式なので教室は固定されていないし顔ぶれも授業ごとに変わるんだが、だからこそ知り合いがいないと本気で寂しい。


 隅の席でとりあえず授業だけは聞いていた俺はため息をついて席を立つ。


 呼び止められることもなく教室を出ると学食へ直行。

 広くて綺麗なうえに早朝から深夜まで開いている学食は生徒の強い味方だが、寮に戻ってから晩飯時に出かけるのは地味に面倒くさい。

 この時間なら空いているのもあって俺は放課後になるとすぐ早めの晩飯を食べることが多かった。

 今日は何にしようか。軽いものだと夜に腹が減りかねないのでがっつり系でいきたいところだが──。


「更衣君」


 廊下の途中で高い声を投げられた。

 女子からのお誘い、じゃない。この声には聞き覚えがある。何かにつけてお節介を焼いてくる俺の担当教師だ。


「なんですか、飛騨ひだ先生」


 二十九歳、彼氏募集中だという先生は目だけで俺を廊下の端に誘導しつつ「最近どう?」と聞いてきた。


「パーティ組むとかあったら先生にも通知がいくでしょ?」


 俺の他にも二十人くらい担当してる生徒がいるんだし、わざわざ会いに来なくても。


「だって、更衣君が一番心配だから」

「ダンジョンにも講習でしか潜ってませんしね」

「うん。それに友達もいないみたいだし」


 もうちょっと手加減してくれませんか先生。

 まあでも、俺にも普通に接してくれるのでこの人のことは嫌いじゃない。つい憎まれ口を叩いてしまうのは格好つけたいからで、それはたぶん先生にバレてる。


「前にも言ったけど、私、更衣君の異能には可能性があると思うの。だから、仲間さえ見つかればきっと」

「前にも言いましたけど無理ですよ。じゃあ先生、パンツくれますか?」


 先生は真っ赤になって「一人だけ贔屓はできないから」と言った。

 俺にパンツをあげたら他の担当生徒にもパンツをあげないといけないわけか。……エロいな。いやそうはともかくとして。


「大丈夫です。いざとなったら単独ソロで潜ります」

「それは止めたほうがいいと思うけど……」


 先生も強くは止めてこなかった。「またね」と微笑む彼女に「はい」と答えて再び学食を目指す。


「浮かない顔だな! そのうちいいことがきっとあるぞ!」


 良く分からないが二年の先輩が肩を叩いて去っていった。俺もだが、この学園には変な奴が多い。


 『カツ丼大盛り、味噌汁・おしんこ付き』。


 タッチパネル式の券売機を操作すると小さな券が出てくる。

 それを窓口で受け取って隅のほうの席に。案の定、今日も比較的空いている。ダンジョンに行く前に腹ごしらえする生徒やおやつを楽しむ生徒がちらほらいる程度だ。

 こういう状況だと俺もあまり注目されないからありがたい。

 学食の味もなかなかだ。国の補助のおかげで定食屋やファミレス並の味が安く食べられる。まあ、ダンジョンに潜って稼げる奴はこのくらいの値段気にしないんだろうが。


「ここ、いいかしら?」

「あ?」


 顔を上げると向かいの席に一年の女子がトレイを置くところだった。


「ガラガラだぞ」

「あんたに話があるのよ、察しなさいよ」


 言いながら返事も待たずに座った彼女。あらためて観察するとかなりの美少女だ。

 アイドルだと言われても納得できそうな顔。肌は白くてすべすべ。

 背が低めで胸もほぼ平ら、気の強そうな目つきをしているのもマイナスポイントだが、それを差し引いても十分すぎる。華奢だから守ってやる妄想も捗るし、逆にこういう女が恋人だけに見せる顔にも興味がある。

 ちなみにトレイの上は麻婆豆腐定食(サラダ・杏仁豆腐付き)だった。


「けっこう食うな」

「あんたが食べてるの見たらお腹が空いてきたのよ。二時間くらいモンスターぶっ殺した後だし」


 サボりか。っても、この学園はダンジョンで戦った実績のほうが重要なので特に問題ないんだが。

 こいつは俺と違って人生充実しているらしい。

 そりゃそうか。一ヶ月も経って仲間がいない奴なんてそうそう──。


「ねえ、あんたよね? パンツで強くなる奴って」

「喧嘩なら買うぞ」

「違うわ。あんた、あたしの下僕になりなさい」


 俺はテーブルの下を覗きながら答えた。


「踏まれるならもっとむちっとした足がいいんだが」

「馬鹿なの? 戦力になれって言ってんの。あたし、事情があって今ソロなのよ」


 少女の顔を見返すと若干イラついているのがわかった。

 麻婆豆腐をやけ食いしているあたり仲間と喧嘩でもしたのか。


「ひょっとして、お前も変な異能なのか?」

「一緒にしないで。あたしは一人でも戦える。ただ単に、ついてこれられる奴がいなかっただけ」


 強さより性格が原因だったんじゃないか?


「どう? 悪い話じゃないと思うけど」

「確かにな。だけど、なんで俺なんだ?」

「こんな時期にソロの奴がほとんどいないから。あたしが何回もパーティ解散してるのも一年生に知られてるから。それに何より──」


 彼女はこっちを見てにやりと笑った。


「あたしが二人になったら最強じゃない」


 俺の印象は「ちょっとやばいなこいつ」だった。

 だが実際、この時期にソロなのはやばい奴だけだ。性格がアレでも強いなら組む価値がある。それにどうやらこいつは俺の異能も目当てらしい。


「いいぜ」


 空になった丼を置いて手を差し出すと小さな手に握り返される。

 好戦的な奴かと思ったら意外と柔らかい。


「更衣真似だ」

「あたしは更紗さらさ月見里やまなし更紗さらさよ」


 なんだかマンガみたいな展開に胸が躍った。

 ひょっとしてここからこいつといい関係になったり──。


「じゃ、食べ終わったらあたしの部屋に行きましょ」


 意外と本当にワンチャンあるのか、これ?



   ◇    ◇    ◇



 ほとんどの生徒が利用している学園寮。

 男子寮と女子寮は覗けないように離れていて、女子寮に男子は入れない。ただし女子の方から招待された場合は話が別。

 外観はほとんど同じなのに女子寮の中はいい匂いがしてまるで別世界だった。

 俺の顔を知っている女子からは嫌な顔をされたものの、更紗は「パーティの相談よ」とあっさり説明して俺を部屋まで連れていった。


「ルームメイトはいないから楽にしなさい」


 淡いアイボリーの壁紙。

 部屋は意外と片付いている──というか物が少ない。強いて言えば木刀が三、四本まとめて置いてある程度。たぶんこれ武器として使ってるんだろうな。

 さりげなく置かれてある小物はけっこう女の子らしくて可愛い。

 寮の部屋は基本的に個室だ。

 生徒は繰り返しダンジョンにもぐるメンバー、つまりパーティを組む。別のパーティ同士はライバルにもなるので盗難とか嫌がらせ、情報の盗み聞き等々を防ぐための措置だ。


「で? こんなところに連れてきてなんの用だよ?」


 床に敷かれた絨毯に腰を下ろしながら尋ねると、更紗は部屋の奥に置かれたベッドに座った。


「決まってるじゃない。あんたの異能を確認するためよ」

「念のために聞くが、俺の異能を勘違いしてないよな?」

「あたしのパンツを穿くとあんたがあたしになるんでしょ?」


 余裕の笑みと共にスカートへ指が触れる。

 少しずつ捲れていく布を俺は「まじか」という思いで凝視。

 制服は改造自由。更紗はスカート丈を短くしているらしく──座っている高さもあって今にも見えてしまいそうだ。というかまだ見えないってかなりきわどいパンツを穿いて、


「あ、だめだわこれ」

「おい、今めちゃくちゃいいところだったぞ!?」


 ぱっと戻されたスカートが恨めしい。

 少女はぺろっと舌を出すと、


「ごめんごめん。あたしいまなにも穿いてなかったわ」

「は?」


 こいつ今なんて言った?

 更紗がさっと立ち上がってしまったせいで真偽は確かめられなくなってしまったが……。そうか、見えそうで見えないという状態は「穿いてない」ことをも内包している。見たいと願っていたパンツを見られないまま、実はそのパンツが存在していなかったとすれば? エロい。エロいじゃないか。

 月見里更紗、こいつはかなりの達人だ。

 っていうかなんで穿いてんだよ。変態か? それとも単に脱いだのを渡すのが嫌で嘘をついたのか。それはそれで可愛いというか、クローゼットを開いて一枚取り出している今の状況も十分エロいんだが。


「はい、これ」


 ふわりと投げられたそれをキャッチすると小さなリボンのついたピンク色。

 これをこいつが普段穿いてたのか。そう考えるといろいろ妄想してしまうな。


「家宝にしていいか?」

「穿きなさいよ変態」


 穿いても変態じゃねえか。いや異能を使うためには仕方ないんだが、女子のパンツを俺が穿くとかもったいなくないか?


「仕方ない。向こう向いててくれ」

「見てないと確かめられないじゃない。いいから早くして」


 お前の身体なんて見てもどうってことない、みたいな態度に傷つきつつも俺は仕方なく服を脱いだ。


「うわ。うわあ。ほんとに裸になろうとしてるんだけど。女の子になに見せるのよ」


 脱げって言っておいて勝手な話だが、ベッドに座り直した更紗が恥ずかしそうにもじもじしながら罵声を浴びせてくるのはなんか微妙に気持ち良かった。

 視線をめちゃくちゃ感じる中で全裸になった俺はゆっくりと少女のパンツに足を通す。

 男ものの下着とは違う滑らかで柔らかな感触。若干の頼りなさを同時に覚えつつ引き上げていくと、徐々に身体へ違和感が生じた。

 ほんの少しずつだが手足が細くなり肌が繊細で白いそれに変わっていく。男女でもっとも違う部分にも変化が出て、パンツが触れる頃にはそこは完全に女子のものと化していた。

 残念なことに胸はほとんど膨らまなかったものの、指で触れるとかすかにふに、という感覚。


「なにこれ。……すごいわね、これ」

「これ、お前になってるのか?」


 唇から漏れた声は更紗にそっくりだった。

 恥ずかしそうに頬を染めた少女は部屋の一角を指さし、そこに置かれた姿見に俺を誘導。

 鏡の前に立つとパンツ一枚だけを身に着けた美少女──月見里更紗が驚いた顔でこっちを見ていた。


「俺も初めて試したけど、ほんとにお前そっくりだな」

「ええ。これ、あたしの異能も使えるのよね?」

「どうだろうな。測定の時は『能力』としか言ってなかったし」

「じゃあこれ、折ってみて」


 放り投げられた木刀はほんの数秒で真っ二つになった。


「……俺だって少しは筋トレやってるけど、こんなこと絶対できないぞ」

「ちゃんと異能も効いてるみたいね、よかった」


 なにも考えず力を込めただけでこれだ。

 確かに更紗は俺と違って一人でも戦える異能のようだ。


「具体的にはどんな異能なんだ?」

「表向きは単なる身体強化ってことになってるわ」

「ああ。で、本当は?」


 測定で特殊な異能だと判明した場合、その詳細は他の生徒に伏せられるのが普通だ。

 俺の時はあまりにも特殊過ぎてついつい普通に喋ってしまったと後で謝られた。謝られても遅かったんだが、まあ、それはともかく。

 更紗は「誰にも言わないでよね」と俺を睨んだ上で小さく、


「……露出が多くなればなるほど身体能力が上がる異能」


 強い代わりに条件付きの異能というのは珍しくない。

 普通は回数とか使える場所とか手順とかがどうにかなるのだが、こいつの場合は露出が必要と。


「だからパンツ穿いてないのか」

「いやまあ、うん。スカートの中ならバレないし」

「ちなみにズボンだと?」

「完全に隠れてるから穿いてても穿いてなくても一緒」


 なかなか難儀な異能である。

 スカートの下だけならそこそこ安全だが視られる危険はあるし、バレたら笑われかねない。こいつが必要以上に攻撃的になるのもわかる気がする。

 頷いて「お前も大変だな」と言うと驚いた顔で、


「笑わないんだ?」

「笑わねえよ。俺だって気持ちはわかる」

「ふうん。で、本心は?」

「エロいから何の問題もなくね?」


 氷点下に落ちた視線。「ふーん。へー?」と怒りを露わにした更紗はしばらくしてからため息をついて。


「まあいいわ。あたしはパンツを提供する。あんたはあたしを手伝う。それでいいわね?」

「報酬の分配は?」

「山分け。仲間になるんだったらそこはちゃんとするわ」


 なら問題はない。


「これからよろしくな、月見里」

「更紗でいいわ、よろしくね下僕」


 そこは俺の名前呼ぶところじゃねえのかよ。

 ともあれ。

 同じ姿で笑い合うというわけのわからない状況を経て俺は更紗と協力関係になった。

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