だから陽キャは嫌いなんだ畜生ァァァッ!


 と、そこで第三者が乱入。オレンジ色のパイナップルヘアーを揺らした、憧れの先輩。


「マモリ部長ッ!」


「およ、知らない顔が。初めましてだねー、前部長のマモリだよ」

「初めまして。今日から入部しました上代カンナです」


 すぐに挨拶を交わしたカンナ。この辺はサクラコとは違ったグイグイ感があるな。


「今日から入部ってことは。演劇部は存続か、でかしたぞリョウイチッ!」


 一瞬で状況を把握したアルティメット部長が、おれの頭を抱えてくる。


「い、痛い痛いッ! 部長、頭締まってます、部長ッ!」

「締めてんだから当然だろう? ……それよりもリョウイチ」


 するとマモリ部長が、おれの耳元に顔を寄せた。


「遅くなったけど、見てたよ、舞台。面白かった」

「ッ!」


 おれの目が見開かれる。マモリ部長の口から、この言葉が聞けるなんて、思わなくて。


「即興の癖に、よく話をあそこまでまとめ上げたね。厳密に言わせれば、何もかもまだまだだったけど……観てて、熱が感じられた。面白かったよ。よくやったな、リョウイチ」

「あっ、あああっ」


 おれの頬を涙が伝う。憧れの人からの初めての称賛が、今までの頑張りを分かってくれたことに対する安堵感が、おれの涙腺を決壊させた。


「あり、ありがとう、ございますマモリ部長。全部、全部部長の、お陰で」

「ったく、泣いてばっかだねえアンタは。男ならもっとシャキッとしなッ!」


 頭を撫でてくれているマモリ部長。みんなの前だということを忘れ、おれはただただ涙していた。


「部長とこのマモリさんの関係って、何なんですか?」

『飼い主と飼い犬』

「よく分かりました」


 どさくさに紛れて物凄く失礼なことを言われていた気がする。覚えてやがれ、このひよこ饅頭。会長サマも分かってんじゃねえよ。


「さあて、と。部員も集まって演劇部が存続ってんなら、今日は宴だな。アタイの奢りだよ、後輩共ッ!」

「キャー! マモマモさん素敵ー!」


 マモリ部長の宣言にサクラコが黄色い声を上げた。


「い、いいんですか、マモリ部長?」

「いいっていいって。どーせアルバイト代なら余ってるからなッ!」

「もしかしてデートとかすっぽかされたからお金が余ってるんじゃ痛い痛いマモリ部長腕はそっちに曲がりませんってーッ!」

「余計なこと言ってんじゃないよッ!」


 適当に言っただけだったのに、ホールインワンだったらしい。すぐ来られなかったのも、その辺に理由があるんじゃなかろうか。これ以上いけない。


「ではこの辺りのお店を調べましょう。高校生で集まれる場所で、個室があると良いですね。二次会の道順も考慮して、お店の選定を」

『お饅頭があるお店を希望する』

「い、いや。上代先輩は主役なんですから。ボクらが調べますってッ!」

「遠慮せずに食いたいもん選ぶんだよ」


 早速スマホを取り出したカンナに向けて図々しくヨルカが要望を出し、ボブが慌てて止めに入っている。マモリ部長はああ言っているが、所詮は大学生のアルバイト代だ。無難なファミレスとかにしておきたいな。


「ねえねえ、リョウちん先輩」


 サクラコが話しかけてきた。


「楽しいね。あたし今、人生の中で一番楽しいかも!」

「……そうだな」


 嬉しそうな彼女を見ていると、自然とおれも表情が緩んでくる。


「陽キャだなんだも、演技も何もなく。普通でいられる今が、おれも楽しいよ」

「あの日。ウチまで来てくれて、本当にありがとう」


 すると、彼女が声を潜めた。これは、素の彼女か。


「リョウちん先輩が来てくれなかったら、あたしはまた真っ白に戻ってたと思う。ううん。いっそ灰色にすら、なってたかもしれない。感謝しても、し切れないよ」

「そんなことないさ。元はと言えば、お前が来てくれなかったら、何も始まらなかったかもしれないんだし」


 サクラコが来てくれなかったら、ボブも来なかっただろうし。ヨルカと二人で、終わっていったような気がする。

 最初こそ、互いに色々思ってはいたが。蓋を開けてみれば、おれとよく似ていた彼女だった。お礼を言うのは、おれの方だ。


「ううん、やっぱりリョウちん先輩のお陰だよ! お礼しなくっちゃ!」


 彼女は許してくれないらしい。声を大きめに上げて、こっちの手柄にしようとしてくる。


「いや、おれは別に」


 何とか違うと言おうとした、その時。おれは言葉を切らされた。

 何故かって?


 サクラコの奴が、頬にキスしてきたからだ。


「お、お、おおおお前ッ!」

「えへへ。しちゃった」


 ペロリ、と舌を出しているサクラコ。彼女の頬も、隠しきれないくらい赤くなっている。


「初めて、だったから……じ、じゃあ、あたし先に行ってるね!」


 限界が来たのか、サクラコは部室を飛び出して行った。おい、まだ行先も何も決めてないんだぞ、何処へ行く気だ?


「あ、あー。ぼ、ボクは通りすがりのダビデ像なんで、お気になさらず」


 ふと気が付いてみると。ボブが視線を逸らしながら、腹筋と脚の筋肉を強調するアブドミナルアンドサイのポーズで固まっていた。

 ヤベ、見られてた感じ。


「校内での不純異性交遊は厳禁です。部長、後で始末書を書いて、生徒会まで提出してください。その後は生徒指導の先生によるお話もありますので」


 生徒会長モードに入ったらしいカンナは、淡々とこの後の手続きを述べてくる。えっ、マジ? おれ生徒指導室行きになるの?


「おいリョウイチ。部長を差し置いて春たぁ、どういう了見だ、えええッ!?」


 更には、男日照りのマモリ部長の逆鱗に触れたらしい。

 ヤベ、殺される。コブラツイスト辺りでで済めば良いが。


「…………」


 最後にヨルカだが。無言のままにこちらを睨みつけてたかと思うと、即座にスマホを取り出し、おれにチャットを送ってきた。


『最低』

「なんでだァァァッ!?」


 短い一言が、おれの心にグサリ。

 キスされたのはおれの方なのに、なんでここまで言われにゃならんのだ。


 嘘みたいだろ。

 やった方に言及してる奴、ゼロ。


 これだけ人がいて、味方がいないんだぜ?

 こんなことある?


「だから陽キャは嫌いなんだ畜生ァァァッ!」


 偏見を再認識したおれの叫び声は、百年の歴史を持つ文化棟に吸い込まれていった。

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