私が助けるのは、本当に頑張っている人だけです


「謝れば許されるとか、そういう話じゃないんだよ。期日までに条件を満たせなかったら廃部。校則でもそう決まってる。そこに同情の余地はなし、決まりは決まり。そうでしょう、会長?」

「ええ。それについては、咲田君の言う通りです」


 得意げな奴の言葉を、会長サマは肯定した。

 ああ、そうだ。アンタらはそうだろうよ。決まりを守らせるのが、生徒会の仕事だもんな。

 だけど、その上で。全部分かった上で。


「お願いしま」

「ですが。皆さん、何を勘違いしているんですか?」


 もう一度だけ願い出ようとしたその時、会長サマがおれを遮ってきた。

 全く予想だにしていない言葉によって。


「へ?」


 当然、咲田の奴も間抜けな声を上げている。おれも、サクラコも、ヨルカも、ボブも、顔を上げて彼女を見た。


「私はこれを、演劇部に提出しに来たんですが」


 彼女はそう言って、おれに持っていた一枚の紙を差し出したきた。てっきり廃部通知書だと思っていたおれは、A4用紙にある表題を見て、目を見開くことになる。


「入部、届?」

「え!?」


 ボヤいたおれの言葉に、サクラコが仰天の声を上げた。演劇部全員で集まってきてみれば、会長サマが差しだしている紙には間違いなく入部届と書かれている。

 何度見返しても、書いてある。


「入部、届だ。入部届、だよ、リョウちん先輩」

「氏名。上代、カンナ。ぴ、ぴよぴよ?」

「え、えーっと。つまり。上代先輩が、演劇部に入部したいって、ことなんですか?」

「はい」


 部員が順番に驚いている中、件の会長サマはいつもと変わらないテンションで頷いた。

 いや、ちょっと、待って。理解が、追いつかない。


「か、会長サマ。順番に確認させて、くれない?」

「どうぞ」


 涙も引っ込んだおれが願い出ると、彼女はあっさりと了承してくれた。


「えーっと、まず。この前の文化祭公演って、活動実績には?」

「入ってます」

「次に、あの。会長サマが、演劇部に入部希望、だと?」

「はい」

「廃部までの期限は?」

「今日中ですね」

「今の時点で、部員の数は?」

「私の入部を認めていただけるなら、五人になるかと。認めていただけないんですか?」

「い、いや。全然歓迎するけど」


 一つ一つ丁寧に、状況を整理していった。結果、導き出される結論とは。


「ってことは……演劇部、は」

「今日までに条件を満たしましたので、廃部はありません」


 会長サマがはっきりと言い切った後、演劇部の部室内に静寂が訪れた。静まり返った室内に響くのは、外で練習をしている野球部の掛け声のみ。


「い……」


 誰一人として声を発しない中、口火を切ったのはサクラコだった。


「いやったぁぁぁ! 演劇部、なくならないんだー!」

「勝ったっ!」


 万歳した彼女に続いて、ヨルカが両手でピースをしている。


「やってやれた、必ず最後に愛は勝つっ! ぴーすぴーす、わたしぴーすっ!」

「ああああああッ! 感動のマッスルダンスッ!」


 彼女とは思えない声が出ている隣で、上着を脱ぎ棄てて全身の筋肉を躍動させ始めたのがボブ。ビクンビクン動いているアニーとクララベルが、彼の喜びを示しているらしい。


「は、は、ハァァァッ!?」


 喜びが有頂天に達している部員達を差し置いて、一人素っ頓狂な声を上げた咲田。


「い、いやいやいやいやッ! か、会長、生徒会はッ!?」

「兼部です。ちゃんと生徒指導の先生の許可は取ってあります」


 しれっと答えた会長サマ。今日これを提出すると決めていたのであれば、彼女ならその辺りの根回しは終えているに違いない。


「な、な、なんで、会長、が?」

「新藤君。私が言ったこと、覚えていますか?」


 咲田の問いかけに答えないまま、会長サマはおれに投げかけてきた。以前の言われたことではあるが、今日に限っては全く心当たりがない。首を横に振るばかりだ


「私が助けるのは、本当に頑張っている人だけです」

「……あああッ!」


 おれは脳内のニューロンが繋がったような感覚を覚えた。

 そうだ、最初に廃部の宣言を突き付けてきた時に言われたじゃないか。


「それに、舞台、凄かったから」


 手を叩くおれの前で、会長は少し顔を俯けていた。


「あんなに、感動したの、初めてで。みんなで、あんな凄いの作れるんだって、思って……私も、混ぜて、欲しいなって」


 下を向いた彼女の頬は赤くなっており、とても校則に厳しい堅物会長には見えない。もじもじしている彼女は、まるで初恋の人に告白しているようにしか見えなかった。


「こ、こ……これで終わったと思うなよおッ!」


 咲田が声を荒げた。


「絶対に演劇部は潰してやるッ! そしてぼくのアイドル研究会が、この無駄に広い部屋を頂くんだッ! 壁中にぴこたんのポスター貼ってやるから、今に見てろよおおおッ!」


 言いたいだけ言って、彼は演劇部の部室を後にした。どうやら、まだ諦めていないらしい。あとぴこたんって誰だ、今のアイドルは分からん。


「ご心配なく。咲田君が変なことした場合は、私の方で抑えますので」


 いつの間にか、会長サマの調子は元に戻っていた。こちらに生徒会長が味方についた以上、勝敗は火を見るよりも明らかだ。奴の未来は、明るくはなさそうだな。


「では皆さん。改めまして、上代カンナです。演劇は素人ですが、よろしくお願いします」


 部室に部員しかいなくなった後、会長サマは改めて頭を下げた。おれ達は拍手を送った。


「ところで部長。今日の予定はどうなっているんですか?」

「えっ、予定? い、いや。部員集まらないと思ってたから、何も」

「では、今後の予定は?」

「こ、今後? え、えーっと、ワークショップとか、観劇とか、全国高等学校演劇大会とか」

「全国高等学校演劇大会が目標なんですね?」

「ま、まあ。出たいなあとは、思ってたけども」

「開催はいつですか? 参加申込の期限は? 顧問の先生の了承も必要だと思うのですが、話はついているんですか?」


 矢継ぎ早に質問攻めにしてくる会長サマに、おれはもうたじたじである。


「何も決めてない、です」

「わかりました。ではまず、部内打ち合わせからですね。部員内で情報共有をしつつ、今後の活動の見通しを」

「そ、の、ま、え、に~」


 何やら勝手に仕切り出した彼女ではあったが、そこに割って入る存在がいた。流れすらぶった切る、イケイケの奴と言えば。


「まずは新入部員の歓迎でしょ! あたしサクラコ! よろしくね、カンカン先輩!」

「か、カンカン先輩?」


 サクラコだ。いつものように勝手にあだ名をつけており、会長サマの腰が引けている。流石は陽キャ志望。


『そうだね、先ずは洗礼の儀式だ。生徒会長だか何か知らんが、演劇部とは何かを骨身に染みさせる必要がある。あ、わたしは水無瀬ヨルカだ。シクヨロ』

「お前は何を言っているんだ?」

「えっ? 彼女いま、何か言いましたか?」


 あとまだ会長サマがチャットに参加してないから、メッセージが見れんぞ。この後、すぐに参加してもらったが。


「生徒会長が来てくださるなんて、光栄ですね。ボクは宗像ササエです。会長、好きなプロテインは何味ですか?」

「栄養補助のサプリメントなら取ってますが、プロテインは分かりませんね」

「バッサリ切られてて笑うわ」

「なんでボクって女子からはこんな扱いなんですかッ!?」


 綺麗にあしらわれてるわ、笑えよボブ。


「……と言うか、私はここでは生徒会長ではありません。瀬川さん程じゃなくても良いので、会長とは呼ばないでください」

「まあ、会長サ……上代さんがそう言うなら」

「部長。ちなみに、他の部員の呼び方は?」

「え、えーっと、サクラコにヨルカにボブ」

「ボクは宗像ササエです」


 ノイズが入ったのでキャンセリングする。


「他の部員は呼び捨てなのに、何故私は苗字にさん付けなんですか?」

「えっ? いや、別に。なんと、なく?」

「私だけハブにされている感じがあって嫌です。部長、私も呼び捨てを希望します。何なら呼び捨て希望申告書を提出させていただきます」


 呼び捨て希望申告書って何だろう。もらったら何処に保存しておけと。


「な、ならまあ。か、カンナ」

「はい部長。呼びましたか?」

「い、いや。呼んだだけ」

「ふふっ、そうですか」

『なんだこの初々しいカップルみたいなやり取りは。誠に遺憾』

「り、リョウちん先輩! 歓迎会どうしますー!?」


 なぜかヨルカとサクラコが絡んできた。なんだなんだ。


「ハァーイ、お前らッ! 元気にやってるぅ?」

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