何を勘違いしているんですか?
文化祭から一週間が経った。相変わらず、おれ達は演劇部の部室に集まってはいる。
公演後には予想以上の拍手を巻き起こしたにもかかわらず、部員の人数に変化はない。おれと、元気になったサクラコとヨルカ、ボブの四人だけだ。
「今日来なかったら、演劇部も終わりか」
「ま、まだ終わるって決まった訳じゃないから!」
長机に突っ伏したままボヤくように零すと、右隣の長机に座っていたサクラコが気持ち大きめの声を上げる。
「あたし達のアドリブも、ヨルヨル先輩も締めも即興とは思えないくらい完璧だったし、あんなに大盛況だったじゃん! 一人くらい、何とかなるなる、な~るなりゅ! い、いった~」
ちょっと前まで高熱に浮かされていたとは思えない回復っぷりだ。あと、な~るなるは必要だったのか。舌を噛んでいることからも、心ここにあらずといった有様だ。
『そうそう。大体、リョウイチは悲観的過ぎる。今日になって新入部員がわんさか来る可能性だって、ゼロじゃない』
左側の椅子に腰かけているヨルカが、サムズアップしながら演劇部のグループチャット内でメッセージを送ってくる。
文化祭当日はみんなと会話し、今までの棒読みが何だったのかと思うくらいに感情を込めてナレーションしていた彼女だったが。終わって一気に気が抜けたのか、元に戻ってしまっている。
まあ、一気には変われない、か。当分はひよこ饅頭のままだな、こりゃ。
なおチャットの末尾につけられた顔文字は、親指が下を向いているものだった。チョイスミスってんぞ、それじゃデスじゃねえか。
「そうですよ、まだ舞えます。そもそも健全な精神は健全な肉体に宿るもの。さあ、新藤先輩もしましょう、腹筋をッ!」
「やなこった」
正面で筋トレをしているボブは、相変わらず良い身体だ。あれから後遺症が起きることもなく、ピンピンしているらしい。大事がなくて何よりだけれども、無駄にエネルギッシュなのがたまに疲れるな。
ただ腹筋と言いつつスクワットをしている辺り、彼もかなりソワソワしているみたいだ。
おい、どいつもこいつも浮足立ってんじゃねえか。
「でもよお、一週間経っても音沙汰なし。これはもう、観念した方が良いんじゃ」
おれの言葉の途中で、部室にノック音が響いた。室内の全員に緊張が走り、一斉に扉の方へと視線が移る。
「は、は~い、いま開けま~す!」
長机から飛び降りたサクラコ。顔に笑顔を携えて、さっさと扉の方へと走っていく。ヨルカとボブ、もちろんおれの顔にも期待の色が宿っていた。
遂に来たのか、と。
「いらっしゃいませ~! 演劇部にようこ、そ」
「失礼します」
「邪魔するよお」
サクラコが勢いよく扉を開けると、向こうに立っていたのは書類を持っている会長サマと咲田の二人であった。彼女の勢いが失速する。ヨルカとボブの表情がバリカタになったが、おれは肩を落として息を吐いた。
彼女の手にある書類は。
ああ。駄目だった、のか。
「今日は演劇部の皆さんにお話があって来ました。一人でも良かったんですが是非行きたいと言ったので、咲田君も一緒です」
「やあやあみなさん、ご機嫌いかがかなあ?」
いつもの調子を崩さない会長サマに対して、嫌にテンションの高い咲田だった。なんだこいつ。
「お話、ね。はいはい、分かってますよ」
「おやおやあ、地の性格が出ちゃってますよお、新藤く~ん。気弱で従順そうな演技、しなくても良いのかなあ?」
「うるせえ、もうどうでも良いわ」
咲田がウザったく絡んでくるので、おれも対生徒会モードを止めた。今さらこいつら相手に下手に出る必要もない。
「つーかお前、なんでそんなに演劇部を潰したかったんだよ? おれらがなんかしたか?」
「ん~、べ~つに~。特に個人的な恨みとかは、ござ~ませんけども~」
嬉しすぎてキャラ崩壊でも起こしているのか、咲田は今にもスキップしそうな調子だ。
「これでぼくのアイドル研究会が部になるのかと思うと、喜びが止まらないからねッ!」
「……なるほどね」
こいつがどうしてこんなに演劇部を目の敵にしていたのか、最後の最後で合点がいった。
現在の校則上、部室の関係で部になれる団体の数は決められている。同好会等は放課後の空き教室等で集まる以外に方法はなく、学校のホームページで紹介されることもなければ、部費ももらえない。
「同好会を部にするには、既存の部を潰す以外に選択肢はない。たまたま潰せそうだったのが、ウチだっただけってことか」
「そゆこと。いや~、長かったねえ」
わざわざ裏であれやこれやと手を回していたって訳だ。ひょっとしたらこいつが生徒会に入った所以も、その辺にあるのかもしれん。
コイツの所属が、部活動紹介で一番の盛り上がりを見せたアイドル研究会だったとは、思わんかったけども。
「そろそろ本題に入っても良いでしょうか?」
会長サマが声を上げた。咲田がにんまりしながら身を引き、代わりに彼女が一歩前に出る。
「待ってください!」
そこで声を上げたのは、サクラコだった。頭を直角近くまで下げている。
「お、お願いです、お願いします! 演劇部を、潰さないでください! やっとできた、あたしの居場所なんです。あたしだけの友達なんです! みんなともっと、笑って、いたいんです。お願いします。どうか、どうか考え直してください!」
「お、おおおおねが、い、しま、しゅ」
後に続いたのはヨルカだった。彼女も頭を下げ、必死になって声を上げ、噛みながらも言葉を続けていく。
「みん、な。ががが頑張って、るんです。もう、一回、チャンス、くだ、しゃい」
「どうかこの通りッ!」
最後に声を上げたのはボブだった。なんと彼は、その場にしゃがみ込んで土下座の態勢に入っている。
「ボクの行ってるトレーニングジムの割引券もあります。何ならボクが無料で教えても構いません。ですからどうか、どうかお願いしますッ!」
お願いなのか賄賂なのか分からないボブの要求からは、必死さを感じ取れた。何を差し出すことになろうとも、お願いを聞いてもらいたいと。
「お前、ら」
彼らの姿に、おれは見入ってしまっていた。
正直、もうさっさと廃部通知を受け取って、「じゃあな」で済ます気でいた。
何せ規則にうるさい会長サマだ。文化祭公演のお願いをした時とは違い、決め事に沿って突き付けてきた条件を翻す筈がない。
そうであるからこそ、少しでも自分へのダメージを減らそうと、最初から諦めていたのだ。まあ無理だったよなあ、くらいのテンションでいないと、保てない気がしていたから。
そうでもしないと。
「お願い、します」
溢れてくる涙を、抑えられないから。
「マモリ部長から引き継いで、みんなが集まってくれた演劇部を、なくさないで、ください。どうか、どうか、お願い、します」
こぼれ落ちるものを拭いもしないまま、おれはみっともない顔を隠すように頭を下げていた。
嫌だ、嫌だ。
マモリ部長から続く演劇部を。やっと一つになれた、おれの新しい居場所を。
無くしたくない。
終わらせたくない。
まだまだ、みんなと舞台を作っていきたい。
やりたいことは、まだたくさんあるんだ。
みんなでやりたいワークショップは山ほどあるし。
文化祭以外にも外部で公演したり。
勉強と称してみんなで観劇ツアーに行ったり。
全国高等学校演劇大会にだって、エントリーしてみたいんだ。
マモリ部長達みたいに受賞したりできなくても。
その悔しささえも楽しんで。
もっともっと、挑戦していきたいんだ。
だから。
だから、どうか。
「「「「演劇部をなくさないでください、お願いします」」」」
「……あの」
四人の声が、意図せずして重なった。
会長サマが、息を吐いた。
「何を勘違いしているんですか?」
「そうそう、何を勘違いしてるのお?」
会長サマに続いて、咲田がずいっと前に出てくる。
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