やっと素顔見せてくれた感じある


 どんな状況に陥っても、台詞が出てくるように。頭ではなく身体に覚えさせ、やっているのではなく自然にそうなったという動きを見せる為に。


「うーん。ここの言い方、ちょっと固かったかな? もうちょい言い回し変えても良い気がする」

「リョウちん先輩って言うよりも、一つ前のあたしの台詞が固いから、引きずられてるんじゃない?」

「でも敵対する勢力同士の会談ですよ。友達同士じゃあるまいし、固くならないなんてことがあるんですか?」

『ボブの言う通り。この設定だとこういう言い方の方が説得力がある。むしろその後にフランクに話してる方が違和感』


 まずは通して稽古をし、全員で見返しながら忌憚のない意見を出す。気になったところは徹底的に話し合い、その部分だけを繰り返して違和感を消していく。

 気になったことは絶対に言う、がルールであった。


『いっそのこと二人は幼い頃からの知り合いで、敵対することになってしまった、くらいの方が納得できる』

「……ちょっと待てヨルカ。それ、良くないか? おれとお前みたいな幼馴染が、仕方なく敵対することになって」

「アリかも! 二人は幼い頃に将来を約束してました、とか入れるともっと悲劇的にならない!?」

「瀬川さんのアイデアも良いですね! さっすが水無瀬先輩!」


 台本の設定が大きく変更したり。台詞や状況、登場人物たちのバックグラウンドも固まっていく。

 校内放送の時に想定していたストーリーとは大幅に変わることになり、覚える台詞もコロコロと変わったが。おれとサクラコは楽しんでおり、嬉々として新しい台詞を覚えていった。


『伊達にチャチャ入れてきた訳じゃない。ふんす、ぴーすぴー』


 ヨルカのチャットが途切れた。どうも別の連絡があったらしい。


『ごめん、そろそろクラスの方に行かなきゃ』

「了解。確かメイド喫茶だっけ?」

『うん。そっちの衣装も仕立てることになって、コスプレイヤーさんへの衣装の仕上げもある。えらいこっちゃ』


 どうも演劇部で衣装やってることがバレたらしく、クラスの出し物の方でも良いように使われているらしい。

 頼まれたら断れないヨルカだし、本人も楽しんでいるみたいなので止めはしてないが、大丈夫なのか。おれの心配を余所に、疲れが顔に出始めている彼女はピースしながら部室を後にした。


 そうこうしているうちにも、時計の針はどんどん進んでいく。


「遂に、できた」

「これは、達成感が凄いです。まるで腹筋を目標以上の回数をこなせた時みたいに」

『みんなの努力の結晶だ、エモい』

「や、やった~!」


 完成していく各種の道具や衣装。中でも開かず間から見つけ出した複数のパネルをおれとボブで修繕し、サクラコとヨルカで地球と宇宙、宇宙船内部を描いた背景パネル。

 数枚を横に並べることで一つの巨大な背景となり、あたかも宇宙船の内部にいるかのような臨場感がある。実際に並べてみると、実に壮観だった。


『持ち運びを考慮して折りたたんだ足を固定する部分も、機能美として素晴らしい。ボブも良い仕事した』

「ありがとうございます、水無瀬先輩ッ! 裏方って、楽しいんですねッ!」

「あと、やっぱこの絵は圧巻だな。サクラコ、お前本当にスゲーよッ!」

「えへへ~、それほどでも~……なんかリョウちん先輩、やっと素顔見せてくれた感じある」


 不意に、サクラコが口を開いた。


「そうか? あんまし変わってねえぞ」

「ううん、そんなことない。距離を置かれてない感じ、ある」

「確かにそうですね。なんかこう、取り繕ってないって言うか。剥き出しの上腕三頭筋って言うか」

『リョウイチの地は口が汚い性悪だ、気を付けろ後輩たち』

「なんだと、このひよこ饅頭」


 言われてから気が付いた。

 いつの間にか、おれはもう何も演技しないままに彼らと接するようになっていた。サクラコに対しても対陽キャモードになることもなく、まるでヨルカと二人っきりでいる時のように振舞えている。


 気が付いてびっくりしたが、悪くないと思えている自分がいて、さらにびっくりした。


「……ちょっと、寂しい」

「ヨルカ、なんか言ったか?」

『なんでもない』


 その時のヨルカのつぶやきを、おれの耳は拾ってくれなかった。

 何はともあれ脚本も固まり、各種大小道具や舞台背景、衣装もできてきて大詰めとなっている。


 おれ達は土日も含めて、全員休むことなく部室に顔を出し。最後の仕上げへと取り掛かっていた。時には遅くまで残り過ぎて、会長サマに怒られたくらいだ。


「のら如来のら如ら、けほっ、けほっ! ちょっとボブ~、木くずが舞うから窓開けてよ~」

「えっ、すみません。あとボクは宗像ササエです」


 咳をしたサクラコに対して、道具に釘を打ち直してボブは怪訝な顔をしつつも謝罪していた。本番が近づいてきたということで、全員の顔に緊張感が走っている。


「かたかた、たたんたたん。ちくちく、ぬいぬい」

「そりゃそりゃそりゃそりゃ、廻って来たは、廻って来るは、あわや咽喉、さたらな舌に、か牙さ歯音。はまの二つは」

「んん、ンンン!」

「大丈夫か、サクラコ?」


 ボブは最後の大道具の作成中、ヨルカは衣装の仕上げ。おれとサクラコは立ち稽古をしつつ、合間合間の休憩に外郎売を読むなどして滑舌を鍛えていた中。喉を鳴らしている彼女に対して、違和感を覚える。


「だ、大丈夫よリョウちん先輩! ちょっと咽喉がイガイガしただけだし、水飲んどきゃ治る治る!」


 いつも通りの元気でそう答えたサクラコの頬は、いつもよりちょっと赤い気がする。そういうメイクなのかもしれんが、気のせいか。

 だがその引っかかりよりも、気にしなければならない噂を耳にしてしまう。演劇部が文化祭で公演できない、という噂を。


 おれ達全員に、動揺が走った。

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