脱げ、ジャストなう


 やる気になったおれ達は、まず残り日数の確認とやらなければならないことを列挙した。

 文化祭まで、あと一ヶ月弱。今から選んでいる余裕はないので、脚本は前の放送できなかったものを再利用することにして。大小道具や舞台美術、衣装を一から考えるところから始めた。


「宇宙船の中っていうのを、もっと分かりやすくしたいよな」

「窓の外に地球とか見えたら分かりやすいよね、あたしが描く!」


 絵の心得があることまで暴露したサクラコが、勢いよく手を挙げた。

 どうやら彼女は、今のキャラを崩さないらしい。もう昔の自分には戻らず、こうありたいを貫きたいから、とのことだった。


「……瀬川さん、クラスに戻ってからもずっとこの調子なんです。この前のことや不登校したことも、笑い飛ばしてるくらいで」


 耳打ちでボブの言葉を聞いた時には、感心する以外の感情が浮かばなかった。本当に強いよな、こいつ。すげえわ。


「前のフリー素材の拡大印刷だと、やっぱり味気ない感じがあるし。うん、ここはあたしに任せて!」

「でもお前、役者としての練習もあるのに」

「ううん、やらせて。迷惑かけた分、頑張ちゃうぞ~!」

『じゃあわたしも手伝う。衣装のイメージに絵を描くこともあるから、力になれる』

「よし。ヨルヨル先輩、いっちょやってやりましょうか~!」

『おー』


 こうしてサクラコは、おれとの立ち稽古の合間に、ヨルカと二人して舞台美術を考えるようになった。

 基本的に描いているのはサクラコで、ヨルカも隙を見つけては手伝っているみたいだ。彼女らは宣伝ポスターまで描いてくれたので、早いうちから校内の掲示板に掲載することもできた。


「どさっ」


 そのヨルカは、ある日、部室に重たそうな紙袋を持ってきた。中には色とりどりのロールのようなものが見える。


「ヨルカ、それは?」

『布買ってきた。あとは宇宙人っぽく見せるメイク道具も。はいレシート、部費で落として』

「そりゃもちろんだけど、手に持ったその巻尺は?」

『脱げ、ジャストなう』


 まるで鞭を持った女王様の如くペチペチと巻尺を鳴らしながら、脱衣を迫ってくるヨルカ。

 おい、お前そんなキャラだったか?


『ちゃんとした舞台衣装を作る為にも、リョウイチとサクラコさんの身体情報を丸裸にする。今度は破れない』

「意気込みは買うが、もうちょい言い方ってもんがあるだろうが」

「その、あたしこういうの初めてで……優しく、してください」

『ぐへへへー、良いではないか、良いではないかー』

「いや~ん、お代官さま~!」

「阿保やってないで働け」


 サクラコと二人して悪代官ごっこをしつつも、ヨルカはしっかりをおれと彼女の様々なサイズを測った。

 既に自分の中でのイメージがあるらしく、イラストも見せてもらった時には三人で「おお~」とため息をついた程だった。伊達で有名コスプレイヤーの抽選に当たった訳ではなさそうだ。


「ちょきちょき、たたんたたん」


 次の日からは演劇部室内に、ハサミやミシンの音が響くようになった。ヨルカが家から機材一式を持ってきたのだ。

 作ってからすぐに着てもらったりして調整したいし、何よりも一人でカタカタするよりも、みんなでやっているという感じが良いそうだ。


 人見知り全開だった頃の彼女からは、考えられない言葉だ。ヨルカもまた、気づかない内に成長しているらしいな。

 油断すると、まだぴよぴよ言ってるけども。


「おれもなにか手伝おうか、ヨルカ?」

『邪魔しないで。ここはわたしだけの戦場』

「アッハイ」


 ただ、なんか変なスイッチが入ったらしい。手伝いを断られたおれ達三人は、作業中のヨルカを敬って遠ざけた。結局一人でやってるのと変わらないのでは、というツッコミが芽生えたが、おれは空気が読めるので黙っていた。


「さあて、ボクの出番ですね」


 最後にボブだ。紺色の半ズボンに白のタンクトップという、脱いでいるのに暑苦しい恰好をしたかと思ったら。

 開かずの間となっていた演劇部の倉庫に箒とチリトリとゴミ袋と雑巾を持って、一人で突撃していった。


「おお、このパネル足が折りたためて背景にも使えそうじゃないですかッ! 数も結構ありますが、これくらいならアニーとクララベルで十分ですよ。よいしょっと」


 中にしまわれていた大道具小道具に衣装、パネル、その他諸々を次々と出していき、掃除を開始する。


「ボブ。おれも手伝うぞ」

「ありがとうございます。ではボクが搬出しますので、新藤先輩は使えそうなものを仕分けしてもらえたら嬉しいです。捨てる用のゴミ袋は、そこにありますので」

「わかった。さあて、先輩方の負の遺産。ここで全部清算してやろうか」


 もちろん見ているだけではなく、おれも手伝いに入った。ボブと二人で出して並べて掃いて拭いて揃えて晒して確認して。


「……新藤先輩。この開かずの間って四次元ポケット的な何かだったりします? 明らかに収容できる容量以上の物が入ってた気がするんですけど」

「あのアルティメット部長ならやりかねんな」

「アルティメットにも程がありませんかねぇッ!?」


 部室に収まりきらないので他の文化部の出入りがなさそうな時を見計らって、廊下にすら並べていた。

 やべえよここ、本当に開いちゃいけない場所だった気がするよ。マジもんそっくりな頭蓋骨とかあったけど、これ本物じゃないよね。おれはそう信じている。


「では、僭越ながらボクが合図させていただきます。まずは校舎十周から、スタートッ!」

「よし」

「いっくよ~!」

『おー』


 裏方の仕事をする一方で、白いシャツと紺色の短パンという学校指定の体操服に着替えたおれとサクラコとヨルカは、ボブと共に外に繰り出した。

 トレーニングジムに通っているボブ指導のもとでの体力トレーニングだ。演技をする為の体力、声を張る肺活量を鍛える為であり、最初はカットしていた部分でもある。


 真剣にやることを決めてから事情を話したところ、是非やりたいとサクラコから申し出があったので復活。演者であるおれ達と、ナレーションを頑張ると決めたヨルカも参加を決意し、今に至る。


「ひ~、揺れる~、痛い~。スポーツブラ新調しなくちゃ~。って何見てるの~? も~、リョウちん先輩のエッチ!」

「み、見てないわッ! なあヨルカ、おれ見てなかった、よ、な?」

「ちーん」

「水持ってこいボブッ! ヨルカがひよこ饅頭どころか干物になっとるッ!」

「しっかりしてください水無瀬先輩ーッ!」


 長い髪の毛を後ろでお団子状に一まとめにし、白いうなじを汗で彩りつつ、大きな胸を揺らしながら走っているサクラコの姿は実に眼福であったのだが。

 それ以上に半分も走ってない内に静かに倒れた、ヨルカの心配をする羽目になった。インドアを極めつつあった彼女の運動神経を舐めていた。


 給水をさせて休ませた後、ボブは彼女用に別メニューを提案。みんなと一緒にできないと彼女はスネていたが、鍛える以前に身体を労わることが大事と言いくるめられ、渋々ウォーキングから始めたのであった。


「ハア、ハア、な、鈍ったなあ。っておい、サクラコは?」

「瀬川さんなら、もう一週行ってくるって言ってました」


 何とか十周を終えた後、辺りを見回してみると彼女の姿がなかった。


「おいボブ。勝手にやらせておいて良いのかよ?」

「無理しないでくださいって言ったんですけど、意気込んでいる彼女の勢いを止められなくて」


 ボブは止めたらしいが、もう一週だけだと押し切られたらしい。言っている間に、彼女は帰ってきた。


「たっだいま~! ふう、良い汗かいた~!」

「サクラコ。張り切るのは良いが、あんまり無茶するのは」

「え~、大丈夫ですよ~。あたし痩せる為に、すっごい頑張って運動してたんですからね~。何ならこのまま、筋トレまでしちゃいましょうか~?」

「まあ、できる人を止めやしませんけども。ちょっとでも不調を感じたらやめることです。あとはそのまま筋トレもしませんよ。休むことも、トレーニングの一環なんですから」

「は~い、ボブトレーナー」

「できれば宗像トレーナーって言って欲しいんですが」


 校内の自動販売機で買ったらしいペットボトルのスポーツドリンクの飲みつつ、サクラコは分かっているのかいないのかイマイチ分からない返事をしていた。気負ってなけりゃいいけど。


「ちなみにヨルカはどうした?」

「目標の半分くらいでダウンしたので、今はあそこで涼んでます」


 顔を向けてみれば。文化棟の入り口から延長コードを伸ばしてきた扇風機の前で、抜けた顔のまま風を受けている彼女の姿があった。回っている羽に向かって声を出して遊んでいるくらいだ。

 やる気を出しすぎているサクラコと、ぽーっとしているヨルカ。


「よ~し、次は腹筋百回に挑戦しちゃうぞ~!」

「ぴよよよよよよよよよ」

「……演劇部にちょうど良い女子はいねーのか」

「新藤先輩って美乳派なんですか?」

「そういう意味じゃねーんだよ」


 たまにスケベ出してくるよな、このボブ。こいつも筋肉馬鹿とは言え、健全な青少年の一人ということか。

 エロ談義はまた今度、女子のいないところでやろう。


「俺達は宇宙人に屈することなんてないッ!」

「私たちを宇宙人なんて呼ぶなッ!」


 もちろん基礎トレーニングだけではなく、サクラコとの立ち稽古も何度も繰り返した。

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