おれはお前がいいん、だよ


 顔を上げたサクラコは、飛び上がりそうな勢いで目を丸くしていた。


「話すの、勇気が要るんじゃなかったか? おれだって、その、自分の情けない部分出すの、恥ずかしかったしな」

「そ、そんな、こと」


 戸惑っている彼女を気にせず、おれは続けていく。


「喧嘩の時はカッとなってたし。お前を勝手に毛嫌いしたり、嫉妬してたのは事実けど。あの日、お前が来てくれたこと……本当は、嬉しかったんだ」


 今なら言える。

 あの時は言えなかったことだって。


「お前が来てくれなかったら、演じることの楽しさを忘れてたかもしれない。一人でぐずぐずした挙句、何もしないままに終わってたかもしれない。どんな理由であれ、来てくれたことだけで万々歳だよ。そもそも人が来なくて、放送もクソもなかったかもしれないしな。お前のお陰なんだ、サクラコ」

「で、でも! あたし、勝手に突っ走って、酷い失敗を」

「あれはサクラコだけの所為じゃない。おれだって薄々分かってたのに止めなかったし、おまけに服まで破って、恥ずかしい思いまでさせて……本当に、すまなかった。ヨルカだってボブだって、責任を感じてるんだ。決してお前だけの所為じゃないさ。だからこそ」


 おれは立ち上がった。

 ここが正念場だ。


 壁も毛嫌いも何もかもを取っ払って。

 おれの思いを、真っすぐぶつける。


「まだ終わらせたくない。ちゃんと始末書も出してきたから、演劇部はまだ続いてる。ヨルカもボブも、リベンジしようと意気込んでくれた。もちろん、おれもだ。サクラコ、馬鹿にしてきたクラスの連中を見返してやりたくないか? おれは廃部を突き付けてくる会長サマや咲田を、思いっきり見返してやりたい。面白い舞台を作り上げて、拍手させてやりたいんだが……悲しいかな、ウチには役者が足りなくてな。あのマモリ部長が認めた程の人材なら、喉から手が出るくらい欲しい」


 人前で話せないヨルカと裏方に徹したいボブを除くと、舞台に上がれるのはおれと、もう一人のみ。おれは彼女に向けて、手を差し出した。


「どうか力を貸して欲しい。それに演技の上手さ以前に、おれの役に立ちたいって言ってくれたお前じゃなきゃ、嫌だ。嬉しいことを言ってくれるお前と、一緒に舞台に立ちたい。おれに一人芝居させないでくれよ。だって」


 勢いのままに言おうとして、急に恥ずかしくなったおれは、一度口をつぐんだ。かと言って、ここで何も言わないというのも、違う気がしている。

 半ばやぶれかぶれのような気持ちで、大きく息を吸い込んで。


 でも、そっぽは向いた。




「……おれはお前がいいん、だよ」

「!」




 言いたいことは、全部言えた。

 吸い込んだ息を余らせるくらい、小さい声だったし。


 役者であるサクラコが良いっていうニュアンスから、若干逸れた気がしたけども。

 言い切ってやった。


 胸の鼓動が耳に届く勢いで、バクバクと鳴っている。

 ったく、おれらしくねえな。


 先輩らとの舞台ですら、ここまで緊張しなかったぞ。

 何やってんだよ、おれ。


「いい、の? あたし、が?」


 少しして、サクラコは掠れた声を漏らした。


「嘘、ついてたのに。酷いこと、言ったのに。利用しようとさえ、してたのに……ロクに友達もいない、こんな、あたしを、まだ」

「酷いこと言ったのは、おれも一緒だよ。謝る。その上で、お前と一緒にやりたいんだ。許してくれなんて言わないけども……駄目、か?」


 なかなか返事をしてくれないサクラコ。

 つーかここまでして嫌とか言われたら、心折れるレベルじゃ済まなさそうだ。


「リョウちん先輩!」

「うおッ!?」


 次の瞬間、彼女はおれに勢い良く抱き着いてきた。

 先ほどまでの壁を置いたような言い回しではなく。


 自分でつけたあだ名で、おれを呼びながら。


「あ、あり、ありがとう。家まで来てくれて、本当は、本当は嬉しくて。ゆ、許してもらえるなんて、思って、なくて。また、一緒にやろう、なんて。あたし、リョウちん先輩のこと、あた、あたしぃ!」

「……あー、ったく」


 泣きながら言葉にならない声を上げているサクラコに対して、おれは後ろ頭を掻くことしかできなかったが。やっと、彼女とも仲直りできたんだと実感できて、おれは引きはがすことをしなかった。

 彼女の持つ柔らかい身体と髪の毛から漂う桜の香りが、おれの頬を緩ませる。抱きしめ返そうかとも思ったが、何か違う気がして。


 おれ左手を彼女の背中に置き、右手を頭に置いた。



 放課後になっておれが演劇部の部室を開けた時、中で席についていた三人が笑顔で出迎えてくれた。


「リョウちん先輩!」

『リョウイチ、遅い』

「新藤先輩ッ!」

「待たせたな、みんな。改めて、謝らせてくれ」


 久しぶりに全員が揃った部室内。おれも席につくと、まずは頭を下げた。


「一年だけだが唯一の経験者で、部長なんて偉そうな肩書を持ってた癖に。舞台をめちゃくちゃにした挙句、みんなに当たり散らして、本当に悪かった。その上でおれの我が儘を聞いてくれて、もう一度集まってくれたのは、嬉しい以外の何者でもない。ありがとう」

「ボクの方こそ、すみませんでした」


 続いたのはボブだった。


「頼まれたこともせず、適当に仕事した結果。新藤先輩に怪我させそうになった挙句、瀬川さんに恥ずかしい思いまでさせてしまいました。本当に、自分が情けないです。今度こそ、みんなの役に立ちたいんです。頑張りますッ!」

「わた、しも。頼まれた、こと。ちゃんと、できな、かった」

「ヨルカッ!?」


 頭を下げたボブの後に声を上げたのは、なんとヨルカだった。


「今度、こそ。ちゃんと、やりたい。ナレー、ション、もう一回、やらせて」

「で、でもお前、無理したら」

「みんなと、ちゃんと、お話、した」


 彼女は首を横に振ったが限界だったらしく、スマホを取り出す。


『時間はかかるかもしれないけど、わたしも頑張るから。もう少し、ここに居させてください』

「ああ、もちろんだ」

「最後は、あたしかな」


 ヨルカからのチャットを全員が確認した後。サクラコは立ち上がった。


「演劇のこと何にも知らないのに、勝手に突っ走って。初舞台じゃ台詞まで忘れて、迷惑かけました。本当にごめんなさい! 実はあたし、本当は根暗なオタクで」

「えっ、お、お前ッ!?」


 その後、彼女は自分の身の上話を始めた。

 驚いたおれを手で制して、彼女は二人に対して順番に説明していく。


「……こういうことだったの。自分の為だけに利用しようとして、騙して、本当にごめんなさい。でも、これから一緒にやっていきたいって思ったら、隠したままにしておくの、嫌だなって思って。幻滅されるかも、しれないけど。でも、あたしは」

『話してくれてありがとう。凄く嬉しかった』

「へ?」


 話し終わった時、スマホが震えた。ヨルカだった。

 送られてきたチャット内容を見たサクラコが、間抜けな声を上げている。


『わたしは自分のこと、ここまでは話せないから。幻滅したりしないよ。むしろわたしと同じなんだって分かって、安心した。変わろうって思ってそこまで変われるの、本当にすごいと思ってる。見習いたい』

「ボクも水無瀬先輩に同感ですよ、瀬川さん」


 呆けているサクラコに、今度はボブが声をかける。


「ボクなんか後悔して、二度とやるもんかとか思ってたのに。瀬川さんは自分に負けずに、歩き出したんです。素直に尊敬します。あなたは強い人です」

「えっ。そ、そんなこと」

「サクラコ」


 困惑が止まらないと言った様子の彼女に、最後に声をかけるのはおれだ。


「みんなは駄目だった過去じゃなくて、変わろうと頑張っている今のお前を見てる。もちろん、おれもそうだ。心配しなくて良い。ここにいる面々は、その程度でお前のことを嫌いになったりしねーよ。だって」


 おれはここで、一度ヨルカとボブの方を見る。

 彼らはおれの視線を受けて、頷いてくれた。


 ったく、察しの良い部員達だな。


「部員とか先輩後輩の以前に。おれら、友達だろ?」

『そうそう。歳なんて一個しか離れてないし、関係ない』

「そうですよ。って言うか、そうじゃなかったら悲しいじゃないですか」

「!」


 三人で調子を合わせたその時、彼女の瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。

 雫は窓から差し込んでくる夕日を受けて、キラリと輝いている。


「み、みんな……みんなぁ」

『あ、リョウイチが女の子泣かせた。これは裁判だ。判決、有罪。一週間ボブの刑』

「では新藤先輩。ボクと一緒に地獄の一週間ブートキャンプ合宿を」

「なんでおれだけの所為にしてんだテメーらァッ!?」

「あ、あはは。あははははははははっ! 何それ、ウケる~!」


 幼馴染と後輩と戯れていたら、サクラコは笑ってくれた。

 いつものように、笑ってくれた。


 おれ達も、笑顔を返すのであった。

 何はともあれ、これでようやく始まったんだな。マモリ部長から引き継いだ、新しい演劇部が。


 目指すのは活動実績作りと、あと一人の部員確保。その為にも、なんとしても文化祭公演を成功させなければならん。

 日にちはかなり迫ってきているが、もう今までのおれ達じゃない。


 見てろよ、会長サマに咲田。そしてサクラコを馬鹿にしたトモミとか言うクラスメイト共。

 新生演劇部による、反撃開始だ。

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