おれが、悪かった


 夕暮れも進み、窓の外はほとんど暗くなった。今部室内にいるのは、パイプ椅子に座っているおれと、ヨルカと、ボブの三人だけ。マモリ部長は部室の電気を点けた後で、「頑張りなよ」の一言だけを残して帰っていった。


「…………」

「…………」

「…………」


 残されたおれ達だったが、しばらくの間は無言だった。誰も何も言い出せないまま、時計が針を進める音だけが響き渡っていたが。


「……おれが、悪かった」


 口火を切ったのは、おれだった。

 マモリ部長からの後押しもあったし、何よりもおれから言わなきゃいけないと思ったからだ。


「せっかく来てくれたのに、分からないことだらけだったと思うのに。おれ、何も教えてない癖に、悪く言った。本当に悪かった。この通りだ」


 座ったまま、おれは頭を深く下げた。


「始末書はマモリ部長のお陰で、何とか提出できた。演劇部はまだ、終わりじゃない。だから」

「申し訳ありませんでしたッ!」


 謝罪を続けようと思ったら、大声で遮られた。ボブの声だった。頭を上げてみれば、彼は椅子を下りて、膝を床につけている。


「ボクがちゃんと道具を確認していれば、新藤先輩を危ない目に遭わせずに済んだ筈なんです。瀬川さんにだって、恥をかかせることもなかった筈なんです。昔に拘って、変な意地なんて張ってないで、ボクが、しっかり」

「ご、ごごごごめん、な、さいっ」


 ボブに続いたのは、ヨルカだった。必死になって声を絞り出し、彼女も頭を下げている。


「衣装、破れちゃったの、わ、わたしの所為。す、寸法を、ちゃ、ちゃんと……」


 限界が来たらしく、プルプルと震えていたヨルカはスマホを取り出した。


『寸法をちゃんと測って、衣装をちゃんと直してさえいれば、あんなことにはならなかった。リョウイチが倒れることも、サクラコさんが恥ずかしい思いをすることも。正直に言うと、コスプレイヤーさんの方にばっかり意識が行ってて、だいたいで、やってた。わたしの所為だ』


 スマホを取り出してみれば、演劇部のグループチャットに流れてくる、彼女の謝罪。ついた既読数は二件だった。


「いいえ、ボクの所為です。あそこで台が壊れたりしなければ、あそこまでのことには」

『ううん。そもそもリョウイチが転んだのはわたしの所為。悪いのはわたし。本当はすぐに謝らないといけなかったのに、こんなに遅くなっちゃって』


 その後は彼らによる、自分が悪いの応酬だった。

 おれは目を丸くした。てっきりおれに対する愚痴や文句が飛んでくるものだとばかり思っていたのに、蓋を開けてみれば二人とも自分を責めているばかり。


 おれが悪かったなんて、誰も言ってこない。


「お、お前、ら」

「新藤先輩?」

『リョウイチ?』


 気が付くと、おれは涙を流していた。さっきマモリ部長の元であれほど泣いたというのに、雫はまだ枯れていなかったらしい。


「な、なんでだよ。おれ、何も教えない癖に、偉そうにして。みんなに、酷いことまで言って。自分は悪くないみたいに、突き放したのに、なんで」

「また、誘って、くれたから」


 口を開いたのは、ヨルカだった。最も、すぐにチャットに切り替わったが。


『わたし、久しぶりにリョウイチから連絡が来て、嬉しかった。中学校から疎遠になっちゃって、全然話してなくて。もう、忘れられちゃったんだと、思ってたから。演劇部に入って欲しいって頼まれた時、嬉しかったし、力になれるように、頑張ろうって思った。保育園の時、塞ぎ込んじゃったわたしを励ましてくれたのが、リョウイチだったから。いつか、お返ししたいって、思ってたから』

「ヨルカ、お前」


 疎遠にしていたのも、おれの勝手だったというのに。彼女はずっと、おれのことを気にかけてくれていた。


『衣装のこと、本当にごめん。リョウイチにああ言われても、仕方ないくらいの出来だったから。わたしは、怒ってないよ』

「……新藤先輩は、ボクを気遣ってくれましたから」


 続いたのはボブだった。


「良いように使われたボクの話を聞いてからも、突き放したり敬遠したりしませんでしたよね? ボク、甘えてたんだと思います。自分が一方的に被害者だって思って、分かってくれたって調子に乗って。本当にやるべきことを、サボってたんです。指摘されたら、ぐうの音も出ませんから」

「ボブ、まで」


 二人の言葉が、身体にしみ込んでくる。乾ききっていた大地に、優しい雨が降ったみたいに。


「た、頼む二人ともッ!」


 感極まったままに、おれは勢い良く頭を下げた。


「おれは、このまま終わらせたくない。最高の舞台を……いや、違う。みんなと一緒に、演劇部を続けていきたいんだ。もう一度、もう一度だけでいいから、力を貸してくれッ!」


 手に持っていたスマホが、通知によって震えた。


『嫌』

「ッ!?」

「み、水無瀬先輩?」


 顔を上げたおれは、簡潔な一文と共に腰を抜かしそうになる。ボブと共に戸惑い気味を送る中、当の本人であるヨルカはせっせと指をスワイプさせていた。


『もう一度だけなんて、嫌。わたしはこれからも、演劇部にいたい。次の一回で終わるなら、お断りだ』


 望んでいた、その一歩先の返事をくれたヨルカ。おれが彼女を見やると、彼女もスマホから顔を上げて、真っすぐにこちらを見ていた。

 その視線に射抜かれそうになる。


 彼女は、本気だ。


「ぼ、ボクだってそうです。次で終わりなんて、アニーとクララベルも認めませんよッ!」


 自分もそうだと、ボブも続いてくれた。おれが彼の方をみやると、脱いで腕を組んだ彼が力強く頷いている。


「そう、だよな。これで終わりなんて、ないよな……もう一度、頼む二人とも。これからもおれと一緒に、演劇部を続けてくれッ!」

『任された』

「もちろんです、新藤先輩ッ!」


 スマホでチャットを送った後におでこの付近でダブルピースをしたヨルカと、両腕の上腕二頭筋を強調するダブルバイセップス・フロントで答えたボブ。

 奇しくも彼らのその行動は、初めて部室に来た時のものと同じだった。ここからが再出発だと言わんばかりの。


「ありがとな、二人とも。本当にありがとうッ! あとはサクラコだけ、か」


 良かった。二人と、ちゃんと、仲直りできた。

 残るのは、あと一人。


「あいつにはかなりキツく言っちまったから、おれから出向かないと駄目だよなあ。ボブは同じクラスだったよな、何組だっけ?」

「あー、その。新藤先輩。実は」


 問いかけたボブは何故か、言いにくそうに口ごもっていた。


「瀬川さん、なんですけど。実は……あれからずっと、学校に来てないんです」

「「えっ?」」


 続けて放たれた後輩の言葉に、おれとヨルカは目を見開くことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る